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私釈三国志　１７６　�ｹ艾奮戦

Ｆ「……ついに、この日がやってきたな」
Ａ「あぁ……」
Ｆ「２年９か月で１７５回、産休の期間を除いては、ほぼ週２回のペースで公開してきた『私釈』だったが、ついに禁を破るときが来た。準備と覚悟はいいか、お前たち」
Ａ「……うん」
Ｙ「いいぞ。正直、お前ならやるだろうと考えていたからな」
Ｆ「うむ。……では！　本日は、蜀漢滅亡を記念し、掟破りの１日３話公開を決行する！」
Ｙ「おー」
Ａ「真面目な顔してバカなこと云う悪癖は治らんね……」
Ｙ「コイツからは云わんから俺が云っておこう。８月に入るとしばらくお前がいないし、お前がいない状態で蜀を滅ぼすワケにはいかん。ンなことしでかしたらどうなるのか、１７２回で予行演習が済んでいる」
Ａ「……謝んないぞ、俺」
Ｙ「もう１回だ、幸市」
Ｆ「うむ。では！　本日は、１日３話公開を決行する！」
２人『おー！』
Ｆ「といっても、とりあえずは２６２年からなんだが。この年姜維（キョウイ）は、４年ぶりとなる北伐を行っている」
Ｙ「ん？　その間、蜀は負け戦をしていなかったと？」
Ａ「負けの字外せ！」
Ｆ「まぁ、考えてみれば単純なオハナシでな。２５８年といえば諸葛誕が討ち死にした年だが、蜀では黄皓（コウコウ）が権力を握り、宮廷政治が悪化の一途をたどりだした年でもある。蒋琬（ショウエン）・費禕（ヒイ）とは違って前線指揮官にすぎない姜維でも、北伐どころじゃない事態なんだ」
Ｙ「とりあえず宮廷を何とかしないと戦争もできんか」
Ａ「斬ればいいのに」
Ｆ「それをしなかったのが姜維の人生が変遷した原因だからなぁ」
Ｙ「残り短いンだが」
Ｆ「いや、そっちじゃなくて……いいけど。まぁ、いちおう斬ろうとはしているンだ。姜維自ら成都に乗り込んで、劉禅に『黄皓を斬るべし』と迫っている。ところが劉禅は『あんなパシリを斬ってどうするのだ、君が気にかけるほどのものでもない』とかばいだてた」
Ａ「巧みに劉禅をたぶらかしていた、と」
Ｆ「自分で小物と云っておいて、それをかばうのはどうかと思う。こういう小物にどうすれば生き延びられるのか教えると、味をしめて増長する。現に黄皓は調子に乗って、劉禅から姜維に謝罪するよう勅命が下ったが、従ったという記述がない。あえて云うが、小物なら踏み潰してかまわんと思うンだよ」
Ｙ「かばうべきでない者をかばい、容れるべき意見を容れなかった辺り、やはり劉禅はボンクラだな」
Ａ「それはハナから否定してないよ」
Ｆ「ただ、前にも云ったがこの当時、黄皓のせいで政治が混乱していたのに、姜維が北伐で負け続きだったがために、その辺りの怨嗟の声まで姜維に向けられてしまってな。陳祗の後任の尚書令・董厥（トウケツ）や孔明の子・諸葛瞻（ショカツセン）でさえ『姜維を閻宇と交替させ、軍権を剥ぐべきです』と上奏している」
Ａ「変えるべきは黄皓のクビのありかでしょー！？」
Ｆ「それは判っているンだよ、皆さん。だが、たとえば黄皓にへつらわなかった羅憲（ラケン）という武将は、にらまれて閻宇の下に送られ、後日死にそーな環境に追い込まれている。権勢のある黄皓に表立って反発したらどうなることか……と、批判するのを尻ごみしていたワケだ」
Ｙ「誰だって命は惜しいよなぁ」
Ｆ「そうなると、黄皓斬るべしとの上奏が容れられなかったら、前線に出向いて戻らなかった姜維は、むしろ賢明と云えるかもしれない。かくなる上は実績をもって評判を覆すしかない、とは誰もが思うところだが、気がついたらすでに重鎮と化していた"当先鋒"廖化（じんざんぶそく）さえ、北伐には反対を唱えた」

「『戦争とは火のようなもので、やめなければ必ず自分を焼く』と云うが、まさしく姜維そのままではないか。智謀でも武勇でも敵に劣るのに、戦争しかけてどうして勝てようか。ワシは思う、今の事態がどうして、ワシの生まれる前か死んだあとに起こらなかったのであろうか、と」

Ａ「そこまで云うか！？」
Ｙ「云われても仕方ないだろーが」
Ｆ「２６２年、姜維は洮陽（トウヨウ）より出兵。その東にある侯和（コウワ）で�ｹ艾と戦闘したが、曹奐伝・�ｹ艾伝・劉禅伝・姜維伝のいずれでも『（姜維が）来た、負けた、退いた』としか書かれていない」
Ｙ「もう陳寿でも書くのが面倒になったか」
Ａ「とことん正史は蜀に厳しい……」
Ｆ「どんな戦闘が行われたか、どれくらいの被害が出たか……すら、一切書かれていなくてな。史上最高の蜀贔屓・羅貫中は、いちおうイベントを挿入して盛り上げようとしたのがうかがえる。正史ではいつ死んだか定かではない夏侯覇が、この戦闘で�ｹ艾の策にかかって討ち死にしているンだ」
Ｙ「蜀に降ったからって、ちゃんとした死に場所を用意しなくてもいいだろうに」
Ａ「あんがいホントのオハナシなんじゃない？　書いてないなら否定する材料もないだろ」
Ｆ「ないけど、例の張飛のロリ妻が『夏侯覇のいとこ』と書かれているからには、２００年の時点ですでに生まれていることになる。どーあがいても還暦回ってる計算だぞ」
Ｙ「それじゃ死んでも無理はないな」
Ａ「ある程度の武将は、もうそれくらいの年代になってるンだねェ……」
Ｆ「ともあれ、洮陽の戦いがあっけなく終わったことに、司馬昭は『もはや蜀恐るに足らず』との結論を下したようでな。もう少し姜維にてこずっていれば多少は悩んだかもしれんが、あっさり打ち破ったモンだから、蜀の軍事力はすでに底をついていると判断したワケだ」
Ｙ「ひとりの男の敗戦が、一国の命運を断ちきったに等しいのか。さすがに同情しないといかんかな」
Ａ「やかましいわ！」
Ｆ「この時……２６３年５月に出された詔勅を、ちょっと見てみよう」

「蜀は小国で領土は狭く民は少ないのに、姜維はその軍勢を酷使して志を放棄しようとしない。先年敗北してからも、沓中で屯田して羌族を搾取し、民衆は圧制を耐えかねている。そもそも、弱者を併呑し道義に外れた者を膺懲するのは武力の正しい使い方であり、敵を我が方におびき出しても敵中深くまで入らないのは兵法の上策。もはや蜀が頼みとするのは、姜維ただひとり。かの者が成都を遠く離れているのに乗じれば、滅ぼすのはたやすい。�ｹ艾・諸葛緒・鍾会に命じる。姜維を捕らえ、蜀を討て！」

Ａ「やっちゃったよ……」
Ｆ「西方軍主将の征西将軍�ｹ艾と、副将格の雍州刺史諸葛緒（ショカツショ）はいいとして、３番に鍾会が指名されている。これまで西方軍で戦っていた司馬望（シバボウ、演義では侯和で夏侯覇を討ち取った）と交代して、ということのようでな」
Ａ「司馬望、なんかしでかしたの？」
Ｆ「いや、鍾会の自薦だろう。何しろ、蜀の国力が衰えているのを数年前から察していて、蜀の地形図から侵攻作戦案まで用意していたンだ。一方で、青・徐・兗・豫・荊・揚の各州に軍船の建造を命じ、唐咨（トウシ）には大型船を作らせている。これに関しては、演義での説明がむしろ詳細だ」

「蜀は我が軍が進攻すれば、呉に救援を求めるでしょう。ところが、こうやって呉攻めの準備をして見せれば、呉も警戒し動くのを躊躇います。１年後には、蜀は滅び、呉を攻めるための軍船ができあがっている、という算段です」

Ｆ「演義で夏侯覇が、�ｹ艾を警戒するよう姜維に勧めたのは先に見ているが、正史の注には鍾会を『あの者が朝廷を牛耳れば、呉や蜀の脅威となりましょう』と警戒したのが引かれている。降ってきた折に両者を警戒するよう云ってもいるが、実史でも鍾会が恐るべき智略の持ち主だというのが判ってもらえたと思う」
Ａ「さすがに、怖いな……」
Ｆ「一方の�ｹ艾も優秀な武将だ。今までにあまり触れなかったが、出身は荊州でな。曹操の侵攻で汝南（ジョナン）に移住し、牛飼いとして育っている。学はあったンだが吃音のせいで出世できず、性格がひねくれたっぽい。だが、たまたま会った仲達は彼を高く評価し、副官として採用している」
Ａ「司馬懿の肝煎りか……」
Ｆ「新しい土地に来ると、どこに陣を敷き軍を展開するか、測量して地図にしていた、とあるな。ために、周囲からは嘲笑されたが、仲達には評価されている。魏東方の耕作地を開拓して食糧を貯え、水路を整備して災害を防いだのは、�ｹ艾のおかげだと正史に明記されており、土木水利に関しては三国時代を通じて最高の人材と云っても過言ではない」
Ｙ「地味だが、こういう人材がいたからこそ、３度の叛乱と数えきれない呉の侵攻を防ぎきれたンだろうな」
Ｆ「完成したの２４１年だけどな。どうにも活動時期は遅いから。……とまぁ、このように、かたや牛飼いからの叩きあげ武将、かたや魏の重鎮・鍾繇（ショウヨウ）のご子息では、気が合わないのは火を見るより明らかでな」
Ａ「まぁ、そうだわな……」
Ｆ「実は、�ｹ艾は蜀への侵攻は時期尚早と考えていた節がある。実際の戦闘が始まってからも『真っ向から攻め入っても被害は大きい』みたいな上奏をしているくらいだ。現場で姜維を相手取っていた�ｹ艾には、朝廷からでは判らない蜀軍の脅威を感じていた……ともとれる」
Ａ「そうじゃよなっ！」
Ｙ「だが、司馬昭と鍾会は意に介さない？」
Ｆ「ために、司馬望と鍾会を交代させた……というのはどうだろう。長年姜維を相手に奮闘していた�ｹ艾の意見を無視して、蜀侵攻を成し遂げかねない人物が現れては、�ｹ艾としても反対し続けていられなかった。かくて秋８月、魏軍は十数万の軍勢をもって蜀へと侵攻を開始する。……のだが」
Ｙ「�ｹ艾と鍾会の仲がしっくりいかないワケだな」
Ｆ「まぁ、繰り返せば当然だがな。何しろ鍾会は鎮西将軍だが関中諸軍事都督で、�ｹ艾は征西将軍・隴右諸軍事都督。これはつまり、�ｹ艾が隴右（ロウユウ）周辺の軍しか動員できないのに対し、鍾会は関中一帯の軍の指揮権を持っているということになる。兵数で云うなら、�ｹ艾・諸葛緒が各３万を率いていたのに対し、鍾会の軍は十数万とある」
Ａ「２倍かよ！？」
Ｆ「それなのに、地位で云うなら�ｹ艾のが上なんだから、ふたりとも互いが邪魔で仕方ないだろう。むしろ中級クラスの武将のが頭抱えていたンじゃなかろうか」
Ａ「……待って。総司令官ってどっち？」
Ｆ「どっちでもない、司馬昭だ。�ｹ艾伝に『大将軍司馬文王が全指揮をとり……』と明記されている」
Ａ「これじゃ揉めないワケがないだろうが！」
Ｆ「そうだよなぁ……。司馬昭の政治的な狙いがどこにあったのかはさておくが、戦略方針としては堅実だった。この頃、姜維が沓中（トウチュウ）に駐留していたのは先に見た詔勅にある。これは漢中からはるか西に位置し、武都（ブト）や陰平（インペイ、いずれも第三次北伐で攻略）に属する地だ。漢中送りが左遷の語源だが、そこからさらに左（西）に遷されていたワケだ」
Ａ「自分で行ったンだよ！」
Ｆ「�ｹ艾の第一任務は、この沓中の攻略……というか、姜維の補足にあった。先の詔勅にある通り、蜀で恐るべきは姜維ただひとり。それを捕らえるか殺せば蜀攻略は半ば以上成ったも同じだ」
Ａ「第一攻撃目標、か」
Ｆ「そこで、諸葛緒を南下させ姜維の退路をふさがせると、牽弘（ケンコウ、北狄戦で名を挙げた隴西太守）・王頎（オウキ、故毌丘倹配下で勇将の名を馳せた天水太守）・楊欣（ヨウキン、金城太守）らに包囲網を作らせ、それを狭めていく」
Ａ「話の腰折るけど、隴右と隴西って違うの？」
Ｆ「隴西は郡で隴右は地域名。ただし、正史にも記述が混乱していることがある。ともあれ、別働の鍾会軍がすでに漢中に入ったと聞いた姜維は撤退を開始するものの、楊欣に追いつかれて会戦し、敗れている」
Ｙ「しかも、逃走ルートには諸葛緒が陣取っている」
Ｆ「これにはさすがに、姜維も頭を使っている。脇道から、諸葛緒率いる雍州隊の背後に回ろうとしたのね。そんな真似をされたらいち大事と諸葛緒が三十里陣を下げると、姜維も即座に転進して囲みを突破。慌てて諸葛緒が軍を返しても、一日分の距離をすでに稼がれていた」
Ｙ「逃げ足は速いな」
Ａ「逃げ足ゆーな！」
Ｆ「かくて、蜀攻略戦の火蓋は切って落とされた。攻める側も守る側も智略を尽くしての、決戦の行方はいかに……というところで、今回のところで〜」
Ａ「１日で３回『ところで』聞くことになろうとは……」
Ｆ「魏軍が蜀に侵攻を開始した、と聞いた呉では、同盟国としての責任から、合肥へ兵を差し向けている。魏の意識がそっちに移れば、蜀への負担が減ると考えてのことだった。……のだが」
Ａ「のだが？」
Ｆ「結論だけ云えば、この軍は間に合わなかった」
Ｙ「……まさか、それを率いていたのは」
Ｆ「そのまさか、大将軍の丁奉サマであらせられる。いつか云ったが、相方の徐盛はすでに故人」
Ａ「ここでそのネタが来るのかよ！？」
Ｆ「実際、丁奉がホントに、赤壁に従軍していたのか判ったモンじゃないンだがな。演義での登場が前倒しなモンだから『私釈』でもけっこう早くから出していたンだが、何度も見てきたように演義でのこの男は、蜀か劉備が絡むと異常なまでに足が鈍る。赤壁では孔明を逃がし、孫尚香にも逃げられている。というわけで」
Ｙ「夷陵で劉備が逃げおおせたのも、追撃したのがコイツだったンじゃないか……か」
Ａ「８０回……いや、１２０回前からの伏線が消化されたが、確かにコレは説得力があるンだかないンだか……」
Ｆ「蜀も劉備も絡んでいないと、むしろ迅速な行動がしでかすのは、東興の戦闘で見た通りだ。何が原因なのかは判らんが、羅貫中が丁奉の登場を前倒しにしたのは、この辺りの事情があるンだろうな」
Ｙ「ぎゃふん」
Ｆ「続きは次回の講釈で」

津島屋幸運堂は【真・恋姫†無双】を応援しています。