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私釈三国志 130 諸葛孔明

5 一党独裁
F「年若い皇帝を、皇帝よりは年長だが周囲よりは若い宰相が支えている」
A「ん?」
F「有能で功績もあるのは誰もが認めるのだが、彼より皇帝に近しい者や年長者、長年国家に尽くしてきた面子は、不満はあってもそれを口に出せない状態になっていた。若くして父を亡くした皇帝本人が宰相に頼り切っていて、その関係に手も口も出せないからだ」
A「うん、うん」
F「ある日、くにの重鎮が宰相に『いっそあなたが皇帝におなりなさい。世界もそれを望んでいます』と勧めたところ、宰相は『ワシがそんなことをするはずなかろうが!』と突っぱねている。それが公然のことと思われていたため『あぁ、あのヒトには簒奪の意思はないンだな……』と思われていた。そんな宰相が死んだとき、皇帝は泣いて悲しんだ」
A「惜しいひとを亡くしました」
F「つまり、蜀における孔明の立場は、漢王朝における在りし日の曹操の立場と酷似しているワケだ」
A「どーしてそういうブっ飛んだ暴言吐きますかっ!?」
Y「ちょっと休んだら本調子になってきたようだな。どっちの話をしているのかと思いながら聞いていたが」
F「だろ? 地名と人名を挙げないと、曹操なのか孔明なのか判らんのだよ。年若い皇帝を支える、皇帝よりは年長だが周囲にはさらに年長者のいる丞相で、国家そのものを背負いながら生涯簒奪を考えなかった忠臣」
A「普段なら『酷似している』がキャッチコピーに入ってくるンだよな……」
F「それをすると反応が面白くないのは128回までで懲りたからな。以来、ちょっと手心を加えている次第だ」
A「なおさらタチが悪いわ! 納得したり感心したりしたところですっとんと衝き落とされるンだから」
F「劉備に仕える前・劉備に仕えてからと見てきたので、順番通り劉備死後だ。臨終間際の劉備から『いっそお前が皇帝になれ』と云われたモンだから、孔明が蜀の最高権力者となるのに異を唱えられる者はいない」
Y「魏延のように内心で不満を覚えても、それを表には出せないだろうな」
F「そう、先帝への遠慮からな。たとえ劉禅でも、孔明への勧告はできても命令はできないような状態だ」
A「……この野郎」
F「確認するが、孔明を含む劉備一家は、漢王朝の再興を旗印に蜀を立てた。曹操を『アレは国政を私物化するこん畜生です!』と非難することで反曹操派をまとめ上げ、対立構造を作り出すのが目的だった」
A「荊州で劉gを立てたのと同じかな? 天下諸侯に『曹操につくか、反曹操派につくか』と選択肢を示した」
F「どちらかと云えば劉gを立てたのが同じ、と見るべきじゃないかな。隆中で隠遁していた時代から天下三分そのものは考えていたワケだから」
A「……荊州でやったのは天下への予行演習か」
Y「だったら、それが失敗した時点でやめておけばよかろうに」
A「失敗したのは曹操のせいでしょー!?」
F「そう、それが天下三分における最大の問題なんだ。天下を群雄それぞれの器量・力量に応じた大きさに分割することで一種の膠着状態を形成し、曹操の死を待って魏を討つのがマスタープランだった。つまり、劉備(および孫権)の器量が曹操に及ばないと見ていたのに加えて、曹操には大陸全土を治められる器量があると認めていたワケだから」
Y「……おお」
F「呉・蜀が興り共同で北に当たれば、曹操でもそう簡単には南下できない。三国を鼎立させることで永遠ならざる膠着を作ろうとし、やや形はずれたものの作ることはできた。だが、呉・蜀が興らず簡単に南下できるようだったら、曹操によって天下は統一されていたのではないか……と、賢明な孔明が危惧しても無理はなかろう」
Y「劉備に天下三分について説明した内容からも、その危惧は見てとれるな。守りをかためて曹操が死ぬのを待てという計画性に、曹操をこそ高く評価しているのが伝わってくる。いや、なかなか賢いじゃないか」
A「上から目線やめろ!」
F「ところが、陸遜と曹丕のせいで、孔明の意図していた天下三分が崩壊した。厳密には時系列が逆で、陸遜のせいで天下三分の実体が崩れ、曹丕のせいで名分が崩れた」
A「再興しようにも漢王朝そのものが滅んでしまった。そこで、漢王朝の血を引く劉備を皇帝に立てて『漢王朝の天下を我らの手に取り戻せ!』とスローガンを変更する」
Y「で、その皇帝サマが陸遜にしてやられ、荊州と多くの将兵を失う。天下三分は実質的に崩壊した、と」
A「……曹操は死んだけど、その時点で手を出せなかったのが響いたンだね」
F「曹操より早く龐統と関羽が死んだのが痛いンだよ。実働段階において、益州から出す軍は劉備本人が率いる、コレは確定だった。漢王朝の始祖の地から出す軍は、当然劉備が率いていなければならない。そこで、荊州から出すもう一隊を率いるのがほぼ確定していたのが関羽だった」
A「事実上の大将軍、だね」
F「劉備に長年仕え信頼篤く、天下に名高い呂布亡きあとの最強武将だ。劉備本隊には張飛や馬超がいれば充分だし、参謀は龐統と孔明本人がつけばいい。のちに孔明本人ではなく、法正という逸材をもって充てることにしたようだが、曹操に前後してそれら全員に黄忠まで死んでしまった」
Y「そりゃ、手を出せンわな。ボロボロの国と二級以下の将兵では、魏を攻められるわけがない」
A「うううっ……」
F「蜀が(というか、孔明が)どうすればよかったのか、ここで論じるつもりはないが、やはり遅かったと云わねばならない。手遅れな状態に追い詰められた蜀を背負った孔明は、劉禅の下に立って魏に立ち向かうことを選んだ」
Y「ここまででの孔明の失敗は、思っていたより多いな。荊州を失い、諸将を失い、文官もおおむね失い、兵の大半も失い、魏を攻める契機を逸した」
F「加えて、呉が蜀の国力を上回っていた。荊州を失ったことで『呉につく』という選択肢が『蜀につく』より魅力的なものに思えるようになったンだね」
A「曹操の支配下にない地域をひとつにまとめられなかったのみならず、蜀主導で魏に向かうこともできなくなった?」
F「蜀は弱い。劉備が漢中を平定した頃には強かったが、孔明があとを継いだ頃には弱くなっていた。その蜀を率いて魏に向かうため、孔明が選んだのは、自己に権力を集中させることで、挙国一致体制を形成するものだった」
Y「ために、趙雲・魏延といった元勲クラスの武将をないがしろにし、唯一の政治的なライバル・李厳を庶民におとしめ、蒋琬・費禕ら子飼いの連中を重用させる。どこからどう見ても権力欲に取り憑かれているが、実際には、小さな国をまとめ上げる手段として必要悪だった」
F「なお、加来耕三氏は李厳の死について『これにも、孔明派の人々による謀殺の可能性を捨てきれない』としている。容量の都合で内容は割愛するが、蜀における孔明の立場が絶対的なものではなかったこと、劉巴・李厳が孔明にとっては政敵だったことなど、思うところはかなり多い」
A「やかましいわ!」
F「それはともかく、孔明が、若い頃から権力欲の権化で、劉備に向かって『オレがアンタに仕えてきたのは、出世するためですよ!』とまで云いきっているのは見てきたが、ところが劉禅には『どれだけこの国が疲弊しても、我ら家臣は見捨てずに忠勤に励んでいますよ』と云っている」
Y「なんだ、出師の表に嘘を書いていたのか」
A「いっそ清々しいまでに孔明が嫌いだな、お前は!?」
F「アキラは聞き流すが、孔明の側で意識が変わってきたンではなかろうかと思っていた」
Y「変わるモンか?」
F「うーん……ときどき『私釈』に鋭いご意見をくれる中井様とゆーヒトがいるンだが、孔明の欲ボケ模様について、かなり考えさせられるメールが来ていてな。そういえば使っていいか許可取るの忘れてたので全文は掲載できんが、僕は割と薄れていたと見ていたンだけど『変わっていないのではないか』とのこと」
Y「124回でお前がンなことを云っていたのは記憶にあるが……何だ、同好の士か」
F「いや、蜀贔屓のひと。孔明は自分の限界を察していたとして『自分が万人受けしないと自覚していた』『ために、己を表現できる主を求め、そのひとのもとで位人臣を極め、やりたいことを為したかったのではないか』とある」
Y「やりたいこと?」
A「天下三分、そのあとでの天下統一だね」
F「そんな野望のために生じる責任は生涯手放さなかった、とした上で、こう締めている」

孔明が死ぬまで権力を手放さなかったこと自体が、孔明の欲、即ち自分の考えである天下三分の計を最後まで抱き続けた証拠だと思います。
孔明は死ぬ直前まで自分の野望を捨てなかったそう言う意味での欲深だと僕は思いますね。

A「うーん……欲深いじゃなくて責任感があるって云ってほしいところなんだけど、確かに……」
F「積極的には否定できないかな、と思うンだよね」
Y「表現の問題、といつかのお前のようなことを云っていいか? 欲というより野望が薄れなかった、その手段として権力を必要とした。で、国を率いる立場としての責任感もあった。内容を積極的に否定しないのは同じだが、もう少し穏便な表現があるだろう……と、いつものアキラみたいな発言をしよう」
A「ヤス、悪いものでも食べた?」
Y「幸市が云うのはよくて俺ではいかんのはどういう了見だ、おい!?」
F「はいはい、仲良くしなさいなアンタたち。まぁ、そういうこと。孔明に欲なり野望なり野心なりがあったのは明白でな。その意味では、孔明が生涯欲深かったことは事実だと僕も認める。だが、こと権力欲に限定するなら、割と薄れていたのではないかと思っている」
Y「なぜ」
F「その前に、いつからかを聞いてくれ。これについては、さっきも見たが、孔明が劉備・劉禅に上奏した文書での裏付けが取れている。223年がボーダーだ」
A「……劉備が死んでからか」
Y「そして、劉備が死んだからか」

「もし劉禅が補佐するに値するようなら、助けてやってもらいたい。だが、補佐するに値しなかったその時は、お前さん自らが帝位に就け。俺への遠慮は無用だ」
「臣はただ、一命をもってお仕えする所存にございます」

F「かつて自らあばら家に来てくれた主が、死に臨んでそんな遺言を受け、孔明は、自分の選んだ劉備の偉大さ・大きさを改めて思い知った。権力欲にボケていた自分を改めて、主の恩義に報いることに身命を賭すようになった……ンではなかろうか、と」
Y「ずいぶん単純だな、オイ」
A「それくらい感激したってことじゃぁ!」
F「だから、仲良くしろって。ともかく、孔明本人が自供しているように、劉備への恩義を思いながら孔明は戦い続けた。位人臣を極めて権力欲が頭打ちになったのではなく、劉備から全幅の信頼を受けたことに感激したのだと思いたい」
A「どうしても任侠が似あうよな、蜀って……」
Y「それを取ったら何も残らんだろ」
A「やかましいわ!」
F「あ、中井様。メールありがとうございます。勝手に使っちゃいましたが、今後ともよろしくお願いしますね」

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