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私釈三国志 115 涙斬馬謖

F「……あれ?」
A「どした」
F「おかしいな……予定表だと今回が116回になってる。どこで間違えたンだ、オレ? えーっと……あ、『西羌軍団』を消し忘れてた」
Y「その予定表、俺にも見せてみろ」
F「お前の耳こそきょうは安息日になってろ。……まずいなぁ、120回に『孫権即位』持ってくるには、どっかで1回増やさないと。突発性間抜け症候群が再発したかな」
A「常駐じゃね?」
(ぺぺんぺんぺん)
F「ハリセンってのはこうやって使うンだ」
A「……ヒトが殺せるツッコミって……きつい……」
F「うーん、『真・恋姫』の発売が近いから浮足立っているのかな、オレ? どうするかなぁ。全体のスケジュールに影響するぞ、このボケは」
Y「とりあえず落ちつけ。いーから落ちつけ」
F「とりあえず、今回のオハナシ始めよう。今後のことは終わってから考える。改めまして、今回は馬謖の、そして蜀軍の敗走について」
Y「北伐の失敗だな」
A「うううっ……やかましいわ」
F「まず、演義での馬謖と正史での馬謖は、割と別人ちっくだというのを認識してもらいたい」
A「フォローもナシに話を進めるな!」
F「うるさい仔だね。演義での馬謖は孔明の信頼篤い副軍師で、本陣にあって孔明を補佐する分には間違いを犯さなかった。ところが、この街亭(地名)の戦いではじめて一軍を率いたところ大失態を演じ、処刑されている。この際孔明が涙して斬ったことから『泣いて馬謖を斬る』という故事が生まれた」
A「外に出すべき男ではなかったってところかな」
F「対して正史では、高定を叛乱に追い込んで孔明に尻拭いしてもらい、汚名挽回と出陣した街亭でも失敗して蜀軍全体が撤退。前科があったモンだから孔明でもかばいきれず、処刑されている」
Y「劉備の発言は正しかったな。まさに汚名を挽回した辺り、用いるべき男ではなかったということだ」
A「むぎぐぐぐっ!」
F「ロシア語かヒンディー語で喋りなさい、翻訳はするから。ただ、いずれにせよ孔明からある程度の信頼を寄せられていたのは事実で、たいていの三国志ものでは孔明の愛弟子扱いされている。コーエーの『三國志孔明伝』では、孔明がキレて劉禅に叛旗を翻す場合、魏延を一騎討ちで討ち取ってくれる(趙雲は姜維が討つ)」
Y「どんなクソゲーだ?」
F「帝位につくと結局ゲームオーバーだけどな。馬謖を斬っているとできないし。ともあれ、演義でのオハナシから。北伐に際していちばん怖い仲達が、涼州方面の軍権を預かったと聞いた孔明は、どうしたものかと馬謖に諮ってみた」
A「すると馬謖が一計を案じて、魏に『ワタクシ仲達は曹植サマを皇帝にするべく戦いますっ!』というビラをバラまかせた。この策は見事的中し、仲達は故郷に追放されてしまう」
F「孔明は安心して北伐に臨んだ……で、夏侯楙を打ち破り、姜維に苦戦するもこれを降し、王朗を罵殺し、西羌軍団を退け、曹真率いる軍勢をも退けている。演義ではほとんど絶好調だったワケだ」
A「その曹真が宮廷に助けを求めたンだな」
F「援軍を求められて、華歆は曹叡の親征を勧めたンだけど、鍾繇が『いえ、ここは仲達を呼び戻すべきです。思えば孔明が仲達を恐れていればこそ、あのような謀叛という噂が立ったのでしょう』と発言。曹叡も『ボクも申し訳なく思っていました……』と、仲達を呼び戻すのに合意する」
A「仲達謀叛と聞いて真っ先に弾劾したのが華歆で、二番手は王朗。曹真は真っ向から異を唱えているけど、結局華歆の讒言で仲達は故郷に帰された……だったな」
F「かくて曹叡は自ら長安に向かうことにし、仲達には南方諸侯を率いて参陣するようにとの命が下された。そのころ、孔明の本陣に李厳の息子がやってきて、孟達が蜀への帰参を謀ってきたと報告。孔明は『それが成れば漢朝復興第一の功績だ!』と多少のリップサービスを込めて合意した」
Y「ところが、そうは問屋が卸さないのが前回のオハナシ……だったな」
F「肝心の、仲達の故郷が宛だったンだ。復帰命令を受けた仲達が出兵準備をしていたところ、例の申儀から孟達謀叛の報が届く。息子の司馬師が『まず陛下に上奏しては……』と慎重策を献じるものの、仲達は『そんなモンやってる余裕はありませんのだー!』と新城郡へ急行。孔明から『仲達はすぐに来るから注意するように!』との書状は来ていたものの、まだ現れまいと高を括っていた孟達は仰天。徐晃こそ討ち取ったものの、ほとんど鎧袖一触で斃されている。演義での孟達は、今ひとつ粘りに欠けるね」
A「だから演義では二流以下と思われてるンじゃないか?」
F「ともあれ孟達は『嗚呼、孔明は正しかった……!』と天を仰いで討ち死に。仲達は申儀らを従えて、堂々と長安に入城した。独断で孟達を討ったことを詫びるも、曹叡は『キミがいなかったら洛陽は陥落していたはずです!』とかえって称賛。そのまま孔明にあたれとの命が下った。徐晃の代わりに張郃を借り、20万からの兵を率い出陣する」
A「直接対決が近づいてきたンだねェ」
F「さて、演義でも正史でも第一次北伐のハイライトは街亭の戦いだ。ここは隴右と関中の中間に位置する険阻な要害で、大軍を動かすことは難しい。蜀がここを抑えれば関中へはほとんど目前になり、魏がここを抑えれば隴右と漢中を分断できる。ために、ここを抑えられるかどうかで勝敗が左右できると云っても過言ではない」
A「それが判っている仲達は、まず街亭に向かった?」
F「孔明としても、孟達の失敗をいつまでも悔やんではいられない――正史ではとっくに失敗していたし、演義では『死んだらもう仕方ない』で済まされている。ともかく街亭を抑えようと、一軍を出すことになった。二万五千の兵を率いることになったのが、肝心の馬謖だ」
Y「劉備が健在だったなら、魏延を出しただろうに」
A「仕方ないだろうが。何回か前にコイツが云った通り、魏延にあまり手柄を立てさせたら、孔明の立場を危うくする可能性があるンだから」
F「いや、そもそも劉備が健在だったなら、例の長安急襲作戦を採用していたはずだぞ。自ら選んで魏への最前線を委ね、10年近く現地を守り抜いた男の進言を退けるほど、劉備は愚かではないはずだ」
Y「……愚かかどうかはともかく、意見はごもっともだ」
F「ここで馬謖が選ばれたのは、ひとつには孔明が愛弟子に軍事的功績と云う箔をつけようと考えたから。ふたつには、孔明は馬謖ならこれが務まると考えたから」
Y「2番が判らん」
F「正史で馬謖は『好んで軍略を論じ孔明から高く評価された』とある。孔明は馬謖と議論することを好んで昼夜を問わず談論していた、と。これくらい兵法に明るいなら、充分務まるだろう……と考えた節があるンだ。例のOJTだな」
A「1番についてはアキラの云った通りでいいのかな?」
F「だろう。で、演義ではさらに姜維への対抗意識がある。降ってきたばかりの新参者を、孔明が『我が後継者!』と絶賛したモンだから、馬謖が面白かろうはずがない。何とか功績を上げようと躍起になったのも無理はないな」
A「あー……その辺の人間関係があるな、確かに」
F「加えて云うなら、演義での馬謖は、南征に際して『南蛮の心を攻めるのが上策』とほざいたり、孔明が仲達を危険視したら謀略で失脚させたりしている。つまり、ある程度の実績があると認められているンだ」
A「……それじゃ孔明が信じるのも無理はないのか」
F「ただし、孔明としても全幅の信頼は寄せられなかったようで、熟練の王平をつけて出している。――そして悲劇は起こった。街道をふさげと孔明に云われていたのに、馬謖は手近な山の上に陣を構えると云いだし、それに反発した王平だけが五千の兵で街道をふさいだ。それを見た仲達は『……なんだって孔明は、こんなアホに軍を預けたのだ?』と呆れ果てて、馬謖がこもる山を包囲する」
A「水路を絶ったンだな。水がなくなった馬謖の軍は、どんどん士気が落ちて戦えなくなる。山から下りて魏軍に攻め入ったものの撃退され、王平は張郃に防がれる。助けも来ないモンだから、ついに一部の兵が魏に降りだした」
F「それを見計らって仲達は、山に火を放つ。水がない馬謖の軍にはこれを防ぐことはできず、何とか血路を斬り拓いて山を降り、駆けつけた魏延のおかげで逃げおおせたが、兵の大半は討ち取られてしまう」
Y「思えば孔明と云う男は、いささか人物鑑定眼は乏しいと云わざるを得ない。熟練の魏延の意見を退け、口だけだから重用するなと劉備に云われていた馬謖を信用したのだから。さらに云ってしまえば、劉備を選んだその考えこそが過ちであったと云わざるを得ない」
A「やかましいわぁ!」
F「何かオレみたいな口調で締めに入ろうとするな。さて、例によってこの辺りは演義のオハナシ。正史では割と違う」
Y「勝ってはいないはずだが」
F「そもそも仲達は街亭に来ていないンだ。宣帝紀(司馬懿伝)では、孟達を討った後で宛に戻っている。孔明と相対していたのはあくまで曹真で、街亭に来たのは張郃だった」
A「後漢書ですら飽き足らずついに晋書にまで手を出したのか、お前は!?」
F「余人は知らぬがオレはやる」
Y「どーしてそこまでやるのやら……呆れ果てたバカだね、まったく」
F「張郃は、馬謖が山上にこもったのを見て山を包囲した。水が尽きて蜀軍が渇きと餓え(煮炊きもできなくなった)で弱り果てたところを攻撃し、さんざんに打ち破っている。伏兵していた王平がやっとの思いで救出しなかったら、馬謖の部隊は全滅していただろう」
Y「寿命が少しだけ先延ばしになっただけだがな。まぁ、張郃の相手もできない馬謖が、仲達と戦って勝てるわけがないか」
F「当然だな。演義で仲達が馬謖を破っているのは、先に馬謖が小細工を弄して一時的にだが失脚させたことの意趣返しに思える。どうしても仲達を出して孔明と直接対決させたかったンだろうが、そのための伏線として、馬謖の計略と敗走があったワケだ」
A「やはり、劉備の発言は正しかった……ということかな」
F「実際のところ、街亭には魏延か呉懿を向かわせるべきとの意見があったンだが、孔明はその意見を突っぱねて馬謖を出している。孔明が何を考えて馬謖を使ったのかはさっき見た通り」
Y「孔明の眼が悪かったという結論だな」
A「やかましいわ!」
F「今回その台詞多すぎるぞ、アキラ。実はもうひとつ、高定を蜂起に追い込んだ失態を挽回させようとしていたのではないかとも思える。孔明が馬謖を信頼していたのは事実だ。だから、何とか功績を立てさせて、周りからの眼を変えさせたかった……という見方もできる」
A「うーん……」
F「かくて、演義の記述によれば2万5千の兵で20万からの軍に、正史でなら五千の兵で三万からの軍に立ち向かわされたモンだから、馬謖は敗れた」
A「って、何でそんなに兵力差があるンだよ!?」
F「演義でははっきりそう書いてある。正史には、曹真および張郃が率いていた軍勢がどれほどかの記述はないが、国土の防衛戦なんだからこのラインを下回るとは考えにくい。馬謖の率いた人数も書いてはいないが、演義で五千だった王平分隊が一千とあるから、比率で考えるなら馬謖隊全体で五千程度になる」
A「負けて当然という数字なんだが……」
F「そうかなぁ。そもそも街亭は大軍が通れないという前提なんだから、しっかり街道を抑える分には五千でも充分だったように思える。現に馬謖を全滅から救った王平分隊は、一千で三万(推定)の張郃隊を退けているンだぞ」
Y「はい、結論。結局馬謖がアホだった」
A「……とてもじゃないがフォローもできん。どーして山に登るかな」
Y「そこに山があったから」
A「他の理由を求めろ! せめて納得のできる理由を!」
F「はいはい、とりあえず落ちつけ。かくのごとくして街亭を失った蜀軍は漢中へと総退却し、第一次北伐は失敗した。……が、実はここで演義の巧妙さが明らかになる。正史で姜維が孔明のところに来たのは、街亭で馬謖が敗れたあとなんだ」
A「このタイミングなのか?」
F「当然だが、馬謖が姜維に対抗意識をもつことはない。それどころか姜維は、たまたま孔明のところに顔を出したタイミングで蜀軍が退いたから、帰るに帰れなくなった……という笑えないオハナシさえありえる」
A「あっていいのか、そんなモン!?」
Y「この辺に関する正史の記述って、そういう風にも読めるンだよ。笑えないことに」
A「ついてない奴なのか、それともこれが天命なのか」
F「ちなみに、冀県にいた姜維の母親だが、演義でも版によっては、思い出したようにぼそっと、この撤退に併せて漢中に呼び寄せられる場合がある。が、繰り返すがそれは演義の創作にすぎない。実際の姜維の母親は、そのまま魏に留まっている。それは余談だが……ところで」
A「……来たな」
F「北伐に失敗したため、蜀軍は当然ながら戦後処理を行うことになった。孔明自身は三階級降格(ただし、丞相の職務はこれまで通り行う)、馬謖を処刑(逃亡との説もある)、殿軍を張った趙雲でも(本人が固辞したとはいえ)恩賞はなかった」
Y「カッコ書きで蜀の本性が見えるな。処分したくないのが本音ですが、形式だけ処分したので許してくださいって」
A「やかましいわ! ……つーか、馬謖が逃げたって? さりげなく『ところで』かませたってことは、今回の締めなんだろうけど」
F「うむ。正史尚朗伝……蜀の文官で、孔明の南征の折には丞相府の代理を張った男の伝にだけ、そんな記述がある。文官としてはそれなりに信頼されていたンだが、馬謖の逃亡に前後して免官された……馬謖と親しかったらしいが、関連は不明」
A「でも、孔明は泣いて馬謖を斬ったンだろ?」
F「うーん。とりあえず、その辺りの記述を引用する」

 謖逃亡 朗知情不挙

Y「翻訳をしろ」
F「その前に第1回から読み直せ。正史ないし演義の文章を引用する場合は、僕は『書き下して』とつけるか原文も併せて引用している。基本的には原文だけで済ませたいが、お前がいるからそうもできん」
Y「……まさか、今回のためにそんな伏線張ってたンじゃなかろうな?」
A「えーっと……なに? 馬謖が逃げたのはいいけど、後半ちょっと判んない」
F「この部分はちくま版(5巻325ページ)でも『馬謖逃亡の記事は、馬謖の伝はもちろん、他にも見えない。街亭の敗戦と関係があるのかどうかもよくわからぬ』と書いてあるくらいだ。この"情"が何か、"挙"がどこにかかるのかでずいぶん文脈が変わるし、そもそも尚朗伝にしか逃亡したとの記述がないから、僕の手元にある資料でも大半は無視している」
Y「そして、書き下さずに原文だけを提示したということは、お前でも判らんということか?」
F「口惜しいがその通りだ。これをどう訳せばいいのか、正直よく判らん。ちなみにちくま版では『(尚朗は平素より馬謖と仲が良かったので、)馬謖が逃亡した際、事情を知りながら黙認した』となっている」
A「つまり『(馬)謖逃亡ス。(尚)朗、情ヲ知リテ挙ゲズ』と読んだワケか」
Y「お前が漢語を読めるのはちょっと悔しい」
A「おほほほっ」
F「肝心の加来氏が、この一件を完全に無視しているのが痛いンだよ。まぁ、加来氏だけじゃないンだが」
A「で、結論は?」
F「繰り返すが、よく判らん。口惜しいがな」
A「私釈の書き手たるオマエらしからぬ結論だな?」
F「馬謖が逃亡しても処刑されても、結局斬られたことになっているのが歴史上の事跡だ。現在まで伝わっている成語は『泣けば馬謖も斬られない』ではなく『泣いて馬謖を斬る』なんだから。あえて講釈するなら、馬謖は歴史における役割を終えたンだろう。あるいは、役割を果たせずに退場したのかもしれんが」
A「役割?」
F「孔明の後継者」
A「……ふむ」
F「馬謖は死んだ。直接の生死ではなく、孔明の後継者候補から落選したことで社会的に死んだ。それと時を同じくして、新たな、そして有力な候補者が孔明のもとに参じたことで、馬謖は見捨てられたのかもしれない」
A「えーっと……『(馬)謖、逃ゲテ(候補者の資格を)亡クス。(尚)朗、(その辺りの事)情ヲ知リテ(その後の馬謖を)挙ゲズ』とでも読むのか?」
F「後付けの歴史的観点からならそうも読める、とは応えておく。ともかく馬謖は歴史から去り、不名誉な名だけが後世に残った。代わりに得られた英才をして、孔明は『馬良でも及ばぬ』と評している」
A「……逃げたか逃げなかったかはともかく、孔明が泣いたのは確かみたいだね。惜しんでるのが伝わってきた」
Y「云いたくて仕方なかったことを今云おう。俺なら泣かずに斬る」
A「ホントにお前は黙ってろ!」
F「続きは次回の講釈で」

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