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私釈三国志 110 魏軍苦戦

F「110回を数えたこの『私釈』で、タイトルを見て内容が判る回は少なくないけど、今回は露骨に判るな」
A「判るねェ♪」
Y「気に入らんがな」
F「さて、孔明さんは軍を率い魏へと攻め入った。この際、趙雲・ケ芝に一軍を預けて長安への牽制とし、自身は魏延たち本隊を引き連れて隴右に向かった……というのが前回のオハナシ」
A「北伐当初は快進撃を続けるワケだな」
F「かつて『曹豹血盟軍』というアナーキー集団があったが、コーエーの雑誌で罵声コーナーみたいなものがあった。曹豹が三國志Wでスキル『罵声』を持っていたので、読者の考えた罵声の数々を列挙していたものだ」
A「……いきなり何を云いだした?」
F「その中で、発売間もない『三國無双』の勝ち台詞をもじったものがあってな」

「相手がよかったようだな!」(元ネタ「相手が悪かったようだな!」ただし、うろ覚え)
「所詮、俺はこの程度だ」(「所詮、この程度だ」)
「雑魚ばかりでも俺が負けるぜ」(「雑魚ばかりじゃ腕がなまるぜ」)
「お前にかなうわけないだろ〜」(「オイラにかなうわけないだろ〜」)
「虫けらの俺に何ができる」(「虫けらどもに何ができる」)

A「えーっと……なに? コレを敵に向かって云うの?」
F「そうらしい。ネタなので流してもらっていいが、実際のところ、孔明が緒戦である程度の進軍を続けられたのは、どうにも『相手がよかった』からのようでな」
A「その心は?」
F「アレは何回だったかな? 以前さらっと挙げたンだが……47回か。あっさり死んだ夏侯恩を下回る、その名も低き夏侯一族のツラ汚し、夏侯楙が相手だったンだ」
Y「古い伏線の回収も手間だな。えーっと、コーエーの三國志シリーズ11作で、武力平均33(最大58、最低7)、知力平均27(最大42、最低4)。参考として挙げると、曹豹は武力平均59(最大73、最低18)、知力平均24(最大36、最低12)。劉禅が武力平均14(最大26、最低2。曰く『兵士より弱い』)、知力平均22(最大34、最低4)」
A「さりげなく曹豹をさえ下回っているのか!?」
F「劉禅よりマシというレベルだな。特に、\以降の凋落ぶりが凄まじいンだよ。]でついに両方ひとケタ、11では5つの能力値が合計で54という体たらくだから。えーっと……?」
Y「曹豹は202、劉禅が77。コレを下回るのは、呉の岑昏(52)、蜀の黄皓(43)しかいない……はずだ。さらっと数えた分では」
A「……むしろ曹豹が高く聞こえるのは、アキラの気のせいですか?」
F「とまぁそんな具合に、夏侯楙という武将は曹豹や劉禅にも引けを取るというか、押されも押せぬというか、とりあえずこの下なき無能者と評価されている。そんな奴だのに、大将軍夏侯惇の次男(演義では夏侯淵の子で、夏侯惇の養子)にして曹操の娘婿だったモンだから、夏侯淵の戦死後は関中の軍を指揮していたらしい」
A「やっぱり、夏侯淵の死因って魏の人材不足だよ」
F「69回でンなこと云ってたな。だが、コイツが軍を指揮するようになったのは夏侯淵の死後だぞ」
Y「縁故だけじゃなくて、曹丕と若い頃から仲が良かったともあるな。曹操の娘を娶ったのは曹丕の口利きだし」
A「何でそんなことするかな……? 姉だか妹だかを夏侯楙なんかに」
F「腹違いの姉かな。楊修に次ぐ曹植のブレーンに丁儀という男がいたンだが、曹操は丁儀が切れ者と聞いて娘を娶せようと考えた。そこで曹丕に意見を聞いたところ、曹丕は反対してむしろ夏侯楙が婿に相応しいと進言したのね。のちに丁儀は曹植に接近し、曹丕が皇帝になると処刑されている。要するに、曹丕・曹植による後継者争いの一環だな」
A「……割と深い理由があったのか」
F「ただし、夏侯楙は正史でさえ『生まれつき武略がない』と酷評されている男でな。長安にあって西域の魏軍を統率していたこの男に、国防を委ねるのは危険だと判断したようで、蜀が国境を超えたと聞いた曹叡は、大将軍・曹真に軍を与えて迎撃に出しているくらいだ」
A「要衝を抑える役柄を取って代わられるほど、無能だと思われていたワケか」
F「演義では、この男の無能っぷりがさらに顕著だ。経過を見ていこう。蜀軍北上と聞くと、本人が志願して趙雲別動隊の迎撃に出ている」
A「よく認めたな、そんな暴挙……」
F「演義では夏侯淵の息子になっているのを思い出してもらおう。公では国のため、私では父の仇討ちを……と云いだしたンだ。曹操の娘婿にして先帝の朋友ではおいそれと止めるわけにもいかず、制止した王朗は『蜀に通じているのか!?』と罵声を浴びせられたくらいだ」
A「……何だかなぁ」
F「かくて戦場に出て来たはいいが、緒戦で韓家四兄弟、次にその父・韓徳を討ち取られて十里退却。程武(程cの息子)の策で反撃して趙雲を包囲したのに、駆けつけた関興・張苞に斬り散らされて、城に逃げ込む。何とか反撃しようとしたが、到着した孔明相手に城を失い捕らえられ、謀略のタネに使われた挙げ句、羌族の地に落ち延びていった」
A「情けないにもほどがあるというか、何と云うか。正史ではどうなんだ?」
F「迎撃に出たという記述がないからなぁ、そもそも」
A「……そっちのが夏侯楙らしい気がする」
F「正史では、この第一次北伐の終了後宮廷に戻され、素行不良……愛人を多数囲っていたせいで、例の曹操の娘と不仲になっていたので讒言され、逮捕されている。結局釈放されたみたいだけど、その後どうなったのか記述はないな」
A「とことん、夏侯一族の名を辱める奴……」
Y「なるほど、夏侯恩でさえまだマシに見えるな」
F「まぁ、孔明が出陣してきたなら手をこまねいてもいられない。さっきも云ったが曹叡は、曹真に軍を与えて迎撃させている。……ここで演義では、さらにもうひとつイベントを重ねている。さっきも出てきた王朗だが」
A「誰だっけ?」
F「もともとは会稽の太守だ。孫策に負けて捕らえられ、曹操に引き取られた文官でな。司徒(三公の一)の地位にあったが、老いも老いたり76歳だというのに従軍したいと、曹真に自分からくっついてきた」
Y「元気なおじいだな」
A「……あぁ、アレか? 孔明と、陣頭で口論した」
F「そう、それ。20万の兵を率いた曹真に、王朗は『ワシが孔明と一席弁じましょう。野郎が頭を下げて兵を引くよう説得しますぞ』と申し出て、何を考えたのか曹真はこれを容れた。孔明のところに果たし状まで送って舞台を整えたくらいだ」
Y「アホか?」
F「かつて酈食其が舌先三寸で斉を降伏させている(『漢楚演義』10回参照)が、それを狙ったらしい。そんなワケで、両軍の陣頭にふたりは立った。王朗は曹真・郭淮を率いて馬に乗り、孔明は関興・張苞を左右に四輪車に座って対峙する」

王朗「高名な貴公にお会いできたのは幸いだが、天機を知る貴公がなにゆえ無用な兵を起こす?」
孔明「賊を討つことが無用とはもってのほかですな」
王朗「天下は漢のみのものではなく、その資格のある者が天下を治めるのだ。漢の天下が乱れたことで、亡き曹操様・曹丕様は天下に望まれ帝位につき、魏は天意のもと成立した。天の摂理に逆らうのはやめ、帰順されよ。貴公は侯に封じられ国は助かる民は安らぐ。いいことづくめであろう」
孔明「これはまたお粗末なことを云われる。天下が乱れたのは事実でしょうが、では貴公はその天下に何をなされた? その弁舌でもって曹賊に仕え、銭勘定で出世なされたではないか。その貴公が天下について語るなどはなはだおこがましい。二四代の漢帝に、どのツラ下げてまみえるか! 亡き劉備様に成代わり命じる、消え失せろ!」

F「ま、相手が悪かったな。演義での王朗は、孫策に負けた折も『孫賊ごときに降れるか!』と突っぱねた、硬骨と云えば聞こえはいいが実情としては権威至上主義の老人だ。曹操の下で出世したということは、曹操の天下盗りに尽力したということ。漢王朝の正統をもって任ずる孔明に降伏勧告しても、上手くいくはずがない」
Y「演義だなぁ」
F「演義だとも。王朗は興奮のあまり口がきけなくなり、落馬して悶絶していたが、そのまま死んだ」
A「情けなっ!」
F「いつかも云ったが、王朗のこの死に様『罵殺』は、あまりにも情けない。袁術の『野垂れ死に』呂蒙の『呪い殺され』にも匹敵する、演義でもトップクラスの死に方だぞ」
Y「正史では、この228年に死んだだけなんだがなぁ。もちろん、曹真に従軍したとも記述されていない」
F「手頃だったンじゃないかと思うぞ」
A「てごろ?」
F「演義で初回から語られ続けた漢王朝復興の大義が、劉備の死によって一度頓挫した。その志を継いだ孔明が、自ら軍を率いて魏に立ち向かうにあたって、中に対しては出師の表を示したが、外に対しても所信表明しておく必要があった。そこで、魏の文官を相手に蜀の正統性と魏への非難を講釈することにしたンだと思う」
A「劉備の死によってやや消沈した蜀の大義を、改めて表明した……ってコト?」
F「要するに中だるみの解消だな」
A「……ちょっとずれてる気はするが、云いたいことは判った。大事なことは繰り返しましょうって話だな」
Y「で、相手に選ばれたのが、この年に死んだ老人か」
F「はっきり聞くが泰永、お前、この孔明の発言をどう思う?」
Y「俺なら死なんぞ。この発言は蜀、つまり劉備が正統だという前提がある。その前提が成立していないンだから、わざわざ死んでやる理由がどこにある?」
A「バットどこにしまった?」
F「実際、孔明の意見は蜀と劉備が正統だという意識がない奴には通用しないンだ。孫策を『漢の威光に属さぬ賊』と罵った王朗なのに、ここで孔明に論破されたのは、孔明にこそ『漢の威光』があったと演出しているに等しい。その辺が人選の理由なんだろう」
A「よし、許そう♪」
Y「何かなぁ……」
F「さて、王朗を失った曹真は、改めて軍を整え、孔明と対峙した。もちろん、演義での話だが」
A「郭淮が『王朗爺のことでこちらが喪に服すとでも考えるでしょうから、ひとつ夜襲をかけましょう』と献策するンだったよな?」
F「ちょっと違う。王朗の喪に服すだろうからと、孔明は夜襲を考えるはず。そこで、兵を蜀軍の背後に回して夜襲に出たところを攻撃させ、夜襲に来た部隊には陣を空けておいて攻撃しよう、と考えたンだ。裏の裏をかこうとしたワケだな」
A「だったか。でも、ひっかかる孔明じゃない」
F「うむ。夜襲の裏をかかれると踏んでいた孔明は、先に陣を空けて魏軍を中に誘い込む。そこへ火を放ったモンだから、魏軍は混乱して同士討ちを始める。すかさず王平・馬岱が攻撃して、魏軍は這う這うの体で逃げだした」
Y「情けない……」
F「情けないのはこれからだ。陣地に戻ってきた敗兵を、曹真は夜襲に来た蜀兵だと思ってしまった。またしても始まった同士討ちに、魏延・関興が斬り込んで被害を拡大させる。曹真・郭淮はやっとの思いで窮地を脱して、本陣へと逃げ帰ったのでした」
A「裏の裏の裏をかかれたワケだねー」
Y「正史だと、曹真がきっちり蜀軍を退けてるンだがなぁ。確かに、序盤での苦戦はあったようだが」
F「まぁね。ただし、と云っておこう。演義でも、孔明は緒戦で快進撃していたワケじゃない。その進行を喰いとめた麒麟児が天水(地名)にいた」
A「……おい、そーいえば何でそのネタが今までなかったンだ? 姜維は王朗が死ぬ前に出てきただろうが」
F「演出の都合だよ。夏侯楙と王朗の間になるエピソードだから、タイミングが中途半端になる。だから、いっそずらして1回を割くことにした。次回、『私釈三国志』第111回、『涼州麒麟』」
A「孔明の後継者たる姜維の出陣だな♪」
Y「わざわざ割かんでもよかろうに」
F「ところで……」
A「次回予告したら終われ! 終わってくれ! 頼むから!」
F「無視して続けるが、演義に割とアレな記述がある。出陣してきた曹真の軍についてだが」

 次日 兩軍相迎 列成陣勢於祁山之前 蜀軍見魏兵甚是雄壯 與夏侯楙大不相同
(翌日、両軍が祁山に布陣すると、蜀の兵たちは、今度の魏軍を驚嘆の眼差しで迎えた。先の夏侯楙の部隊と較べると、なるほど明らかに威容が違って見えるのだ)

F「魏延が夏侯楙を軽んじていたのが正しかったと、間接的にだが判る記述だな」
Y「羅貫中は、どこまで夏侯楙が嫌いなんだ?」
F「正史では確たる失敗談もナシに、演義でここまでボロクソに描かれているというのも、またある意味不幸なオハナシですね」
A「所詮は虫けら扱いですかね……? 敵ながらとことん憐れな奴」
F「続きは次回の講釈で」

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