私釈三国志 100 劉備玄徳
7 忘恩孤児
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Y「……おい、幸市。今回長すぎやしないか? 今の時点ですでに『漢楚演義』13回分の容量に匹敵してるぞ」
F「うーん、いつも通りの計画性のなさが響いてるなぁ。今まで『私釈』で曹操や袁紹はしっかりやってきたつもりだけど、劉備は、話を始めようとすると先を競って邪魔されていたから、やりたいエピソードがいっぱいあってな。せめてお前らがボケ続けなければ、ここまで長引くことはなかったンだけど」
A「アキラのせいじゃないモン!」
F「とりあえずまとめる。劉備の敗因、つまり天下統一ができなかった原因は、反曹操勢力をまとめきれなかったことにある。孫権もそうだが、曹操が漢中を得る前に荊・益両州を平定して漢中を抜き、漢中王を名乗っていれば、天下三分どころか二分にも持ち込めたはずだ。反動は大きかっただろうが、得るものはもっと大きかった」
Y「それができなかった理由は?」
F「孔明を重用しておきながら、その意見に従わなかったからだ。たったひとつ、この意見を」
――劉表を殺し荊州を得なさい。
F「長年に渡って荊州を治め、民心を得ていた劉表から荊州を奪ったらどうなったか。蔡瑁を筆頭とする家臣団がどう動いたか。天下の支持を得られたのか。劉備はそれを躊躇った」
A「……益州では上手くやったけど」
Y「あれは治めていたのが劉璋だったからだ。劉表相手ならそうはいかん」
F「確かに、厚顔な劉備でも躊躇ったのにはそれなりの理由があっただろう。劉表は劉表で不当に低い評価をされているように思えるし……。かくして、荊州を得られなかった最初のつまづきは、最後まで修正できなかった」
A「それが劉備の失敗か……」
F「ところで」
A「……うん」
F「以前云った通り、僕は劉備を低く評価しているわけではない。ただ、劉備を評価することは、ある意味においてヒトラーを評価することにつながる。歴史という棺桶に片足突っ込んでる身としては、それは避けたいのが本音だ」
A「では、聞こう。劉備とヒトラーがどうつながるんだ?」
F「伏見健二氏が『奇書三国志』というものを書いているが、これでは劉禅の父が曹操、母が劉備の妹というトンデモな設定でな。しかも、実際には劉備は死んでいて、その妹が男装して劉備に成り代わっている」
Y「興味深いのかどうでもいいのか微妙なオハナシだな」
F「僕の記憶では、劉備のきょうだいを出した三国志ものは、他に存在しない」
2人『……は?』
F「劉備がひとりっこなのはいまさら確認するまでもないが、たとえフィクションでも劉備の妹なり弟なり、何なら兄なり姉なりを、出したヒトが伏見氏をおいて他に思い出せないンだ。僕の頭がボケてるだけかもしれんが、思いつくか?」
A「……うーん」
Y「いきなり云われてもなぁ。というか、お前が知らないなら他にはないと考えるのが筋じゃないか?」
F「そこまで云われるとちょとアレだが、そのように、劉備にはきょうだいがいないというのが通説でな」
A「まぁ、義弟がふたりいるしね。頼れる義兄弟が」
F「羨ましい……」
A「真顔で云うか!?」
F「早くに父親亡くしたワケだから、無理もないと云えば無理もないンだが、同様に、劉備には頼れる親族がいなかった。孫策・孫権には孫堅の弟を始めとする孫一族、曹操には曹・夏侯両一族がついていたが、劉備に仕えた劉氏はほとんどいない。少なくとも血縁者は、劉禅が生まれるまでいなかった……ことになっている」
A「誰もいなかったのか?」
F「表立って劉備に仕えた者は。さて、現在世界にヒトラーという姓をもつ者はいないとされているのは知ってるか?」
A「あぁ……ナチスのヒトラーと同姓なのを恥じて、改名したヒトが多いンだっけ」
Y「いち時期は、同じ姓だっただけで殺されたらしいからな」
A「……洒落になってないな。それで?」
F「ナチスのヒトラーにも親戚はいた。木の股から生まれたワケじゃないからな。当然ながら、と云っていいと思うが、親戚のひとたちはアドルフがナチスの総統としてドイツの支配者となると、そのおこぼれに与ろうと群がった」
A「いるンだよな、そういう連中って……」
F「アドルフは、その全てを追い払ったらしい」
A「……は?」
F「ナチスの上層部に、ヒトラーの親族はいないンだよ。末端の構成員まで見れば遠縁の者くらいいただろうけど、少なくともヒトラーの親族と呼べる者は幹部クラスにはいない。ある親戚は追い払われたことに腹を立てて、反ナチス運動に参加したくらいだ。正しい日本語ではこういうのを逆恨みと云う」
A「極端から極端に走るね、そいつ……」
F「念のため云っておくが、僕はヒトラーの行いそのものは肯定していない。ただ一点、親戚・血縁者をナチスの要職に就けなかったことは評価できると云っているだけだ。世襲で得たものならまだしも、当人の才覚で得た地位と権力を、血縁という脆弱な理由でひとに分けてやる必要がどこにある」
Y「世襲ならいいのか?」
F「そういう制度があるならいいが、伝統ならよくない。王の子が王になる制度はいいが、政治家の子が政治家になる伝統や不文律は認めない。成文化されているかどうかが僕の評価の分かれ目だ」
A「その心は?」
F「僕の父は盲目だ。子が親を継がねばならんなら、僕は眼を捨てなきゃならんし、僕の娘は腕を捨てなきゃならん。法律がそうなっているならまだしもただの目暗のワガママにつきあってやる理由はない」
Y(何度か云われてるらしい。親が盲目なんだからお前も目を潰せ、と)
A(……アキラが云っていいことじゃないけど、何で親を殺さないの?)
Y(さあな。……それにしても、スイッチ入れずにこんな話をしでかす辺り、親のワガママをはねつけるのはコイツにとっては日常茶飯事みたいだな)
F「そこで問題になるのが、表立って蜀の要職についた劉備の親族がいなかったという事実でな」
A「へ?」
F「確かに幽州から益州までの距離を考えると、物理的に同行できなかったというのは判らんでもない。だが、実質は地方軍閥の長にすぎないとはいえ皇帝にまでなったなら、その権力のおこぼれに与ろうする輩が近づいてくるだろう」
Y「いるだろうな……アキラの台詞じゃないが、気持ちと理屈は判る」
F「そして、劉備はそのことごとくを退けたことになる」
A「……いや、でも子敬おじは? 孟達が字を変えたってことは、蜀に来てたンじゃないか?」
F「思い出してみろ。劉子敬は劉備に何をしでかしたのか、を」
Y「劉備を『出世なんて大それたことを考えるな、このバカが!』と怒鳴りつけたンだったな」
F「劉元起なら、重用しなければならん理由が劉備にはある。元起には直接の恩義があり、それがなければ劉備は幽州でむしろ売りを続けていた可能性が高い。だが、益州に劉子敬がいる理由も必然性も、ない。これははっきり断言できる。劉子敬には、劉備の国にいる資格はない」
A「……でも、そういう発言をする奴は、劉備が権力を握ったら『私は小さい頃からお前に期待していたんだ』と近づいてくるぞ。間違いなく」
F「経験者は語るなぁ。そんな奴だというのに、だが劉備の親族だったばっかりに、孟達は敬意を表して字を変えた。……が、劉子敬は要職にはつけられず、それに取り入った孟達は魏に走っている。提示した時にはさらっとしか触れなかったけど、こういう考え方をする場合、孟達の出奔は重要なオハナシなんだよ」
A「劉備は、親族には冷淡だった……と?」
F「元起および徳然を要職に就けなかったばかりか、その後はまったく触れられていない。劉子敬とは違って直接の恩義のある元起でさえ、だ。横山光輝三国志の副読本で、張世平に金を返した記述がないことをネタにされている(年老いた劉備のところに本人が請求に来る小噺)ように、劉備が果たして彼らの恩に報いたのか判ったモンじゃないンだ。ちなみに、劉備の母でさえ、正史にはその最期が記されていない」
Y「云われてみれば、老境に差しかかってようやっと得られた一粒種でさえ、地面に投げつけてたな」
F「ただな、上に『現代での』とつけるべきかもしれんが、これは権力者の姿勢としては間違ってはいない」
A「?」
F「繰り返すが、権力者の家族・親族も権力者だというシステムがあるならまだしも、そんな制度もなしに『私は権力者の姉の夫の前妻の亡娘の父親の祖父のひ孫だ!』と威張るバカが許されるような社会をオレは認めない」
A「……誰が何回結婚して何人の子供がいるンだ?」
F「権力者の身内も権力者か否か。近代社会では、それは権力者とは認められない(少なくとも認められるべきではない)が、劉備はそのことを把握していたようでな。劉備の遺言も、そのことが判っていると違った見方ができる」
――息子が無能ならお前が皇帝になれ、孔明。
F「能力のある者が国の指導者となる、近代政治の社会体制を実現せよと云っているに等しい」
Y「いや、そこまで云うのはいくらなんでも無理があるぞ」
A「……つまり、劉備もまた、生まれる時代を選べなかった悲運の人物だった、と?」
F「親族だからといって重用せず、部下の能力を十二分に活用し、死に臨んでは自分が作り上げた人生の成果を無能な息子ではなく有能な他人に受け継がせる。いまの日本の政治家にはできないことを、1800年前の時点ですでに実践していたンだ。しかも、儒教偏重の当時にあってだ。行いそのものは評価したくないが、家族を家族だから家族として扱っていたその態度は認めなければならない。……こういう意味における、ヒトラー同様にな」
A「血のつながりではなく別のものでひとを評価し序列するシステムの体現者、という意味でか」
F「劉備の人材活用術は、1800年後の現在でも通用する、そして現代でも――日本では――実現できていないほど高度なものだった。だからこそ、劉備は最終的な勝利者の立場になれなかった。そう思うのは、考え過ぎだろうか」
A「生まれるのが1800年だけ早かった……と?」
Y「だけって数字じゃねえよ」
F「……ま、アレだ。割とボロクソ云ってきたが、繰り返すが劉備を嫌っちゃいない。もし生きていたのなら、僕はその軍に身を投じていただろうな」
2人『何か悪いモンでも喰ったのか!?』
F「確認するまでもないが、そういう考えをする者の前に立ちはだかる最大の敵は儒者だ。儒教を盾に劉子敬が『蜀を俺に返せ』と迫ってきたら、儒者なら従うだろうが劉備は逆らう。そう考えれば、劉備の軍に僕がいてもおかしくはあるまい」
A「……家族と戦おうとする軍勢の先頭に、木の股を掲げた片腕の雪男がいるワケか」
Y「ひとつだけ確認しよう、幸市。家族とは何だ?」
F「血縁という脆弱な根拠しか持たない上下関係だ。それを絶対視していることに、家族制度の欠陥はある」
Y「上下関係と云い切っていいのか?」
F「親と子が対等だったら、それを家族と呼ばないのはオレじゃないだろう」
Y「……違うな、確かに」