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私釈三国志 100 劉備玄徳

2 放浪人生
F「では、茶菓子の補給が済んだところでオハナシを再開します。なお、泰永は発言の前には挙手して、アキラがバットを持つのを待つように」
Y(挙手)「おーらい」
A「がるるーっ……」
F「ともあれ、正史に記述されている劉備の人生をおさらいしてみる」

・黄巾の乱に義勇軍として参戦。功績を上げ県尉になるも、郡の督郵を縛りあげて杖で200回ブン殴り出奔。
・コーソンさんの配下となり、平原(地名)を任される。黄巾の残党に包囲された孔融を助けたのはこの頃。
・曹操から徐州を救うべく出陣し、感激した陶謙から豫州刺史に任じられる。陶謙の死後は徐州を統治。
・呂布に徐州を奪われ、曹操の保護下に入る。曹操に従って呂布を討ち、その功から左将軍を拝領。
・董承による曹操暗殺計画に巻き込まれるも、袁術討伐のため外に出されたことで処罰は免れる。
・徐州にこもって袁紹と組むものの、曹操に敗れ、家族と関羽を見捨て逃亡。
・袁紹の配下となり、汝南(地名)の劉辟と共同で曹操軍の後方を脅かすが、敗れて劉表の所に逃げ込む。劉辟は死亡。
・荊州では対北の防備を担当し、侵攻してきた夏侯惇を撃退。また、劉g派に属して後継問題を複雑化させる。
・荊州が降伏したため、民衆を連れて何とか逃走。孫権と同盟して曹操を赤壁で退ける。
・劉璋が頼ってきたため益州に入り、数年がかりで攻略。益州牧となる。
・国境紛争を、南荊州の東部を孫権に割譲して和睦。
・夏侯淵を討ち漢中を攻略。漢中王に即位し、左将軍の印璽を返還。
・後漢が魏に禅譲したため、正統を自称し皇帝に即位。それなのに荊州に侵攻し、陸遜に大敗。
・永安宮に崩御。

F「時系列でまとめるとこんな具合だが、呂布と変わらんのは理解できると思う」
A「お前な!?」
F「まず、コーソンさんの配下であったが、出兵したのをいいことに陶謙の下についた。コーソンさんを見限ったとの見方もできるな。演義ではひとのいい勇猛な武将だったが、史実におけるコーソンさんは、曰く『河北のプチ董卓』だ。機を見るに敏な呂布でも頼らなかったひとりだし」
A「いや、純粋な距離と間にいた袁紹の問題だと思うが……そっか、コーソンもそんな感じの武将だっけ」
F「次の陶謙も、演義では善良なおじいちゃんと書かれているけど、正史では勇猛な武将だ」
A「待て!?」
F「ホントに。張温の下について韓遂討伐に出たし、徐州を任されたのも現地の黄巾残党を討伐した功績からだ。別して弱気なおじいちゃんじゃないンだよ。年齢は確かに高齢のようだが……194年に63で亡くなったとあるな」
A「……驚きなんですけど」
F「善良でもない。張昭を配下に招いても応じなかったから投獄したり、皇帝を名乗った賊と同盟して略奪をほしいままにしながら、あとで賊を殺して厄介払いした。小人を重用したことでもコーソンさんと変わらんな」
A「……でも、劉備に徐州を譲ったから、演義では善人に書かれたワケか」
F「ちなみに、陶謙には息子がふたりいたが、いずれも劉備には出仕しなかったと明言されている」
Y(挙手)「なにがあったンだ?」
F「そんな君主を仰いでいたら、周辺諸侯との関係は悪化する一方だ。曹操はもちろん、孫策との関係も最悪に近いものだったしな。ところが劉備が後を継ぐと、曹操は劉備を鎮東将軍に任じている。つまり、関係修復を謀っている」
Y(挙手)「つまり、他の(もっとマシな)君主を求めて、家臣に殺された可能性がある、と?」
F「徐州の影の支配者たる陳珪老辺りが『息子たちは助けるから徐州のために死んでくれ』と迫ったのかもしれん。孔融が人柄は保証しているから、陳登や糜竺が中心になって劉備を迎え入れた……というシナリオだ。いつか云ったが、臣下がその気になれば君主を王とすることもできるが、それはひとつの禅譲とみなされている」
A「……むぅ」
F「もちろん、孔融の人物鑑定が正しいワケもなく、劉備は徐州を失う。これは、陶謙の家臣であった(現地出身ではないと思われる)曹豹が、陶謙と敵対していた曹操と組んだ劉備を追い払おうと呂布を迎え入れたのが原因だった。荊州の時とは異なり民衆にも見捨られた劉備は、むしろ呂布の下風につくことでこの難局を乗り切っている」
Y(挙手)「空き巣狙いに全面降伏か。やってることが呂布よりタチが悪いな」
A「やかましいわ!」
F「その後に呂布に攻められて徐州を逸した劉備を、曹操は保護下に置いた。呂布を保護しておいて裏切られると、一時的にその下についておいて、曹操のもとに走ったワケだ。あからさまな正当防衛だから、これについては裏切りではあっても同情の余地はある」
A「もーちょっとマシな表現はできんのかい」
F「で、その呂布を討ち果たすと、曹操に気に入られて左将軍に任じられる。以後、漢中王になるまで、正式な階位としては左将軍のままだ。ともあれ劉備は曹操を裏切り、袁紹についた。コーソン・陶謙には資料による証拠はないし、呂布はさっき見た通り同情の余地があるが、これは完全に裏切りだ」
A「裏切り云うな! 曹操の専横を嘆いた董承の曹操暗殺計画に乗っかったンだろうが! 義挙と云え」
Y(挙手)「偽嘘?」
A「ナイフを持つな、頼るな、強くなれ……」(素振り)
Y(挙手)「刃物はダメで鈍器はいいってのは何なのかね?」
F「近所の床屋にまだあるンだが、あのポスターはいったい何を云いたいのか、いまだに判らん。ともあれアキラ、その計画に関しては、ここではスルーする」
A「えー」
F「この件に関しては、いささか思うところがある。それを聞いた上でまだ劉備が曹操を裏切っていないと考えられるなら、そのバットを僕に向けろ」
A「……むぅ」
F「話を戻す。曹操の追討軍に敗れた劉備は、関羽と妻を見捨て、張飛ともはぐれ、何とか袁紹のもとにたどりついた。『蒼天航路』では張飛も同行していたが、正史の記述ではいたのかどうか判断しかねる」
Y(挙手)「劉備は曹操に背いて、袁紹・劉表のもとに身を寄せた――と張飛伝にあるが、コレ劉備の動きだからなぁ。張飛伝に書いてあるからって同行していたとは云い切れない。いなかったとも断言はできんが」
F「そゆこと。一方で、袁紹の下から去るに到ったのは釈明の余地がある。関羽が曹操の下で大活躍したモンだから、少なくとも本陣では居心地が悪くなったンだろう。というわけで、曹操軍の後方を攪乱するという名目で逃げた」
A「コレは仕方ないよね……」
F「関羽・張飛・ついでに趙雲と合流した劉備だけど、汝南で曹操軍に敗れ、荊州に落ち延びる。戦死した劉辟こそいい面の皮だが、劉表のところに派遣された孫乾に向かって蔡瑁が『劉備は呂布につき、曹操につき、袁紹につき、いずれも終わりを全うしておりません。そんな輩を迎えるのはどうかと』と発言しているのは注目すべきエピソードだ」
A「その蔡瑁だって演義では純粋な裏切り者だ!」
F「ごもっとも。さて、例によって正史での話をするが、劉表は最初から劉jを後継ぎにしたいと思っていた。これが本人の意思なのか、それとも蔡瑁の意思だったのかは今となっては知る術がないが、これでは劉gが面白かろうはずがない。ために、劉gの側から劉備に接近した可能性もある」
Y(挙手)「外部の勢力と組んで巻き返しをはかるわけか」
F「云うまでもないと思うが、そんなことをしたら抗争に勝利できても、その外勢に喰い潰される。実際、劉gはその通りの最期を迎えるンだが、それはともかく。夏侯惇の侵攻を退け荊州の防備に尽力する一方で、劉gを荊州の首座に据えようと画策したモンだから、劉表の死後は劉j一派に見捨てられ、南下してきた曹操軍の眼前に孤立する」
A「珍しく、劉備が裏切られたかたちかな」
F「で、魯粛の仲介で孫権と同盟し、曹操軍に赤壁で勝利。南荊州を拠点に自前の勢力を築いていたところ、張松・法正らの手引きで益州に侵攻することになった。これは、最初から益州を奪うのが目的だったけど、当初は大人しくして劉璋の油断を誘った次第だ。ま、だまし討ちだな」
A「非常の策です!」
Y(挙手)「乱世ゆえにやむなき事態だったのだろう。呂布も誰かに聞かれたらそう応えただろうな」
A「やかましいわ!」
F「僕の尊敬しているウィリー・サットンという人物がいるが……」
A「何だよ、いきなり……何者だ?」
Y(検索中……挙手)「世界奇人変人列伝のバックナンバーには含まれていないな」
F「毎回違う服装で押し入ったことで"ジ・アクター"と称された銀行強盗だ。なぜ銀行を襲うのかと聞かれた時に、人類史上に遺すべき名文句を応えている。あえてその全文を引用したい」

 ――そこに、宝の山があるからだ。

2人『ブっ殺せ!』
F「呂布や劉備に『なぜ人を裏切るのか』と聞いたら、むしろこういう答えを」
A「しない! しない! 劉備はしない!」(↓泰永の手を押さえこんでいる)
Y(発言できない)
F「ホントに義理堅いな、お前……。ともあれ、龐統を失い数年がかりでようやっと益州を攻略した劉備は、荊州を巡る抗争を東側を割譲することで納め、今度は漢中に兵を向けた」
A「珍しく曹操に快勝して、現地を攻略。漢中王に即位した♪」
F「ちなみに張魯……は、ラストでやるか。半年後に関羽が曹操・孫権に敗れ死亡。翌年に後漢が魏に禅譲したことで皇帝を自称し、ところが最初にやったのは呉への侵攻だった」
Y(挙手)「方向性を完全に見失っていたワケだな」
F「かくて敗れるべくして敗れ、劉備は永安宮に没した……と。ダイジェストでお送りしたが、意外と手間取ったな」
Y(挙手)「仕方なかろう、アキラがいらんツッコミを連発してたンだから」
A「俺かよ!?」
Y(挙手)「俺は必要最低限しか発言しなかっただろうが」
A「むっ……」
F「まとめると、劉備は、追い詰められるとその時点での主を捨てて別の誰かの保護・協力を受け、それを利用して自己の勢力拡大に努めていた、というところでな」
A「呂布とは違って自発的には裏切らず、主に曹操に追い詰められたから逃げるということを続けていたのが、この両者の性格と評価と結果の違いなんですー!」
Y(挙手)「いや、性格だけはたいして違わんと思う」
A「うがーっ!」

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