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私釈三国志 99 桃園終焉

F「先週はやむなく休んだけど、仕事を口実に『私釈』をやらないのはこれを最後にしたい」
A「だといいけどな」
F「まぁ、精神的に1回どころかもう書くのやめようかとさえ思ったンだがな。このサイトの全テキストデータや『私釈』のネタが詰まったUSBメモリが、何か知らんが認識されなくなっちまった。内容が内容だけに修理にも出せんし、出して直るかも判ったモンじゃない。本気で首吊ろうかと思ったぞ」
Y「バックアップくらいとっておけよ」
F「云うな……。ともあれ、気を取り直して『私釈』やるよー」
A「……ねぇ、オープニングジョークにしてはオチがないよ?」
Y「ネタじゃなくて実話だ。冗談抜きでコイツが命より大事にしてるメモリがクラッシュしたンだよ」
A「……前の会社のときにはファイルだけだったのに、今度はメモリごとかよ。間抜けなことするねぇ」
F「はいそこふたり、しみじみバカにしない。さて、少し話を戻す。黄権が魏に降ったことについて、演義では――つまり、羅貫中は『こんなおかしなことはない』と云っている」
A「そりゃそうだろ。于禁は生きて返されたンだから、降伏していたら蜀に帰れたかもしれんじゃないか」
F「判ってきたな。一連の関羽戦役において、于禁(に限らず魏軍)は呉と直接は敵対していない。于禁が敗残の身で処刑されなかったのは、それが原因だと見ていい。となれば、魏への抑えに回されてほとんど成すことなく敗戦を迎えた黄権も、一時は膝を屈すれば蜀に帰参しえた可能性はある」
Y「じゃぁ何で魏に降った?」
F「お前ら、いくら命が賭かってるからって、孫権や劉邦に降伏しようと思うか?」
A「……そのふたり並べるのはどうかと思うけど、降伏したくないなぁ」
Y「同感。人格的に信用できないのは事実だ。俺にしてみれば魏に降るのは間違いでも何でもないから、黄権のふるまいはむしろ評価したいところだが」
F「死ねば一時の恥で済むが、暗君に仕えては一生の恥だからな。追い詰められた黄権が信用できない孫権に降伏しなかったのは、無理もないことだったのではなかろうか」
A「うーん……」
F「ともあれ、劉備は負けて逃げ、白帝城に立てこもった」
A(黙ります)
Y(そうしろ)
F「演義ではここでもう一幕あった。本音としてはこの件で1回やりたかったンだが、石兵八陣のイベントが発生だ」
A「孔明が馬良に『間にあわなかったら魚腹浦に向かえ、10万の兵を伏せてある』って云っておいたアレだな」
F「孔明が益州に攻め入る前に、長江のほとりに石や砂で陣営を築いていったんだね。殺気を感じた陸遜は兵を留め、ひとをやって探らせるンだけど、異常は見当たらない。やむなく自分で視察に出た」
A「で、入りこんだが最後、もう出られなくなってしまった。日が暮れてきて、風は出るわ砂は飛ぶわでどんどん心細くなるのに、出口は一向に見つからない。横山三国志では水まで流れ込んで来たくらいだ」
F「困り果てた陸遜の前に、杖をついた老人が現れて『や、や? お困りですかのう』と出口へ案内……」
Y「いや、相変わらずの無駄な台詞回しのせいで、それ黄承彦だって丸判りだから」
A「でも、何で黄承彦が陸遜を助けるンだ?」
F「ほめた矢先にコレかね、アキラ……。少しは頭を使おうよ。いちおう、その答えの見当がつくようなものを、僕は『私釈』で書いてきたつもりだぞ」
A「は?」
F「まず、この黄承彦という人物は、今ひとつ謎が多い。江夏の生まれらしいがその実像はほとんど伝わっておらず、孔明の舅で蔡瑁の姻族、龐徳公や水鏡先生と並ぶ荊州知識層の有力者……というくらいしか判っていない」
A「……だな」
F「荊州での自分たちの権益を守るため曹操に降った蔡瑁が、いまさら劉備が荊州に戻ってくることを是とするはずがないだろうが。存命だったかは不明だが、少なくとも赤壁では死んでいない。そこで、窮地に陥った陸遜を守るため、自分の姻族にある黄承彦を動かした。……というシナリオじゃないかな」
Y「……筋は通ってるな」
A「いや、でも、動くか!? 孔明とも姻族だぞ、このおじいちゃん!」
F「そこで注目したいのは、龐徳公をはじめとする荊州知識人層が、曹操に仕える道を選んでいる事実だ。一部民衆は劉備に従って逃げたが、蒯越たちは曹操に降伏し、その家臣団に迎え入れられている」
Y「荊州の文人連中は、劉備に対して好意的ではなかった、と?」
F「孔明・龐統らの若手は劉備に仕えたが、年長者はそうでもなかったようでな。実際、演義に収録されたこのイベントは、深読みするとかなり興味深いものがある」
A「うーん……」
F「いつぞや云ったが水鏡先生は208年に死去。龐徳公も、明記はされていないがこの年に死んでいるようだ。赤壁からの帰り道に何があったのやら」
Y「55回の『資料的裏付け』が進行しているということか」
A「や〜め〜て〜……」
Y「というか、石の迷路くらい崩しながら直進すればいいだろうに」
A「それ反則」
Y「戦争に卑怯もクソもあるか」
A「じゃぁ孔明も、石の下に地雷しかけるもん。崩したら爆発するような仕掛けを、馬良にやらせたってコトで」
Y「……おのれ、孔明」
F「はいはい、仲良くしなさいなアンタたち。さて、演義ではこんなイベントがあって陸遜は兵を引いたが、正史では荊州から蜀軍を追いだしてそれで良しとした雰囲気がある。陸遜はどーにも慎重でね」
A「武将連中は不満タラタラでしょうね」
F「好戦的という性格の対位置にいるような男だからな。攻めたいという諸将の声を完全に無視して、防御を固めて蜀軍の疲弊を待った。戦術としては有効なんだが、こーいう地味な作戦は歴戦の武将には受けが悪かったらしい」
A「戦うために出てきたのに戦わずに守り固めろって云われたら、武将じゃなくても怒るよ」
F「ただし、孫権から全権を与えられているモンだから、表立っては反発もできない。周泰が『孫桓殿が敵勢に包囲されていますが、救援には行かれないのですか』と尋ねても『あのひとは統率力があるから守り抜かれますよ。僕たちが行かなくても大丈夫です』と応えて動こうとしなかった。ために周泰『コレで勝てたら奇蹟だぜ』とぼやいたとか」
A「これじゃ怒るだろ。主の一族まで見捨てたら」
F「一族じゃないってば。孫堅の遠縁の男がよそに養子に出たけど、そいつが勇猛だったから孫策が孫姓を与えて一族に迎えてるンだけど、その息子」
Y「遠縁の一族じゃないか?」
F「……ともあれ、孫桓は陸遜の期待に応えて張南の攻撃を支え切り、蜀軍潰走に際しては逆撃して、馮習・張南を討ち取っている。父に劣らず勇猛な武将だったワケだな。戦後になぜかポックリ逝ったが」
A「なぜに!?」
F「判らん。正史では『思いがけず亡くなった』としかなくてな。そー書いてあるからには、戦死したワケじゃなさそうなんだが……。ちなみに、陸遜と合流した孫桓は『見捨てられたのかと思いましたが、大都督の策が当たったのですから何も申しますまい』と云っている。かくして陸遜は、いちおう抑えを残して兵を引いた」
Y「弱気の虫が出たワケじゃないな。魏が兵を上げ……」
F「あ、それは101回でやるから、ここでは流す」
Y「ちっ」
F「さて、何とか趙雲のところに逃げ込んだ劉備だが、この時点では陸遜に抗うだけの兵力がなかったと見ていい。ために、自分で白帝城に立てこもって士気を高めようとしていたンだろう。現地を永安と改名して、そこに留まった」
A「兵力集めりゃいいのに」
F「難しいところだ。兵はだいたい劉備が(地獄に)連れていったし、魏延の軍勢は動かせない。張飛の軍勢は孔明の指揮下に入って、成都周辺の警備に当たっている。動かせる兵力残ってたのかね」
A「……馬超は魏延の援護に回ってたか」
Y「で、趙雲と合流したからには、確かに他に兵がいたのか……なるほど、残っていないかもしれんな」
F「白帝城が抜かれたら、劉備は成都にまで逃げるだろうけど、そこまでに防衛線を構築することができたとは思えない。陸遜は、かつて張飛・趙雲を率いて孔明が侵攻した道を進んだだろう」
Y「劉備が捕まるないし戦死する可能性はまったく考慮しないでいいのか?」
A「呂布も張飛も関羽も故人なのに、誰がそんな神業を実演しうるのかね」
Y「神業云うな」
F「ただし、成都包囲戦は劉備の益州攻めの比ではない。あれは劉璋が相手だったからあっさり降伏したようなモンで、劉備が孔明と立てこもる成都を陥落すにはどれだけの時間がかかるか」
Y「時間がかかれば荊・揚州に魏が攻め入り、それを見届けた魏延が南下するしな」
F「……いや、それはないだろう。魏は、荊・揚方面で呉と戦火を交えていても、長安周辺での二正面作戦が可能だった。魏延が南下しても、魏につけいる隙を与えて天下統一の契機を与えるだけだぞ」
Y「でも、当時の長安にいたのは、確か夏侯一族のツラ汚しだぞ?」
F「さすがにその状況ならもちょっとマシなひとが来るンじゃないかな」

 ぴんぽんぱんぽーん
A「兄ふたりは、夷陵の戦いが継続した場合どうなるのかを熱く語りこんでいます。テープを確認したところ、この先のネタとして温存していたものまで投入していたとのことで、カットさせていただきます。ごめんちゃい」
 ぴんぽんぱんぽーん

F「まぁ、呼ばれた孔明が兵を率いて来ていたなら、ある程度の防備は固められたかもしれんな。ともあれ、蜀と呉が争って喜ぶのは魏だ。ために、陸遜は兵を退いて魏への抑えに回った。その上で、和睦の使者が行き来して、何とか停戦に持ち込んでいる」
A「蜀の文官連中は、だいたい死んでたンじゃなかった?」
F「このとき、呉の使者として立てられたのが切れ者だったンだよ。鄭泉と云って……」
A「鄭姓の武将について語るのは、アキラが許しませんからねっ!」
F「……ちっ」
A「やっぱりそっち系の武将かよ!?」
F「知らずに云ってたのか? 先週、正史読んどけって宿題出してたのに」
演義読む宿題出されてた奴「意外とお笑い武将は多いからなぁ」
F「露骨にな。そんなこんなで何とか和睦に持ち込んだけど、そこで疲れが出たのか、劉備は病の床に伏すようになってしまった」

 ある夜、劉備が伏せっていると、近くに人の気配がある。眼を覚ましてみれば、関羽と張飛が侍していた。
「なんだ、ふたりともそこにいたのか」
「……ええ。遠からず、また一緒にいられるようになりますよ」
 酒でも持ってこさせようと人を呼ぶが、気を利かせたのかなかなか来ない。話しこむうちに劉備は寝入ってしまった。
 揺り起こされた劉備が眼を開けても、そこには関羽も張飛もいない。
「遅いじゃないか……ふたりとも、もう還ったぞ」
「陛下……?」
「孔明を呼べ。……俺は、もう長くない」

A「演義でのこのシーンは、涙を誘うね……」
Y「しかし、よく化けて出るな、関羽は。普静和尚が成仏させたンじゃなかったのか?」
A「だからー!」
F「急を聞いた孔明は、劉禅を成都にとどめると劉永・劉理の二皇子(劉禅の異母弟)と李厳を伴い、永安宮に駆けつけた。すでに劉備は虫の息となっており、すっかり心細くなっていたようで、孔明に夷陵の敗戦を泣いてわびる」
Y「ところが、この主従はこんな席だというのに、意見の不一致を見せた。その辺にいた馬謖を、孔明は『当代の英才です』と評価したのに、劉備は『アレは口だけだから重用しちゃいかんゾ』とのたまう。気をつけろと云われても、孔明はこの遺言に背きいずれ失敗するのだが、それはまた先のオハナシ」
A「あんたねー!?」
F「こらこら、先走っちゃいけないよ。えーっと、傍らに侍していた趙雲に向かって『お前さんとも長いつきあいになったが、どうか俺のことを忘れないで、子供たちを助けてくれ!』と泣きつく。趙雲も涙ながらにそれに応えた。居あわせたひとりひとりに遺言したかっただろうが、それを成し遂げる生命力は劉備に残されていなかった」
A「……そして」
F「孔明が呼ばれた」

 伏せっていた劉備だが身体を起こし、遺詔をしたためる。頼りにならぬ劉禅に、孔明の云うことをよく聞いて、国の大事を委ねるように、と。
「最期に、云っておかねばならんことがある」
 そして、涙ながらに続けた。
「丞相、お前さんには曹丕に十倍する才がある。必ず、漢の天下を成し遂げてくれよう。もし劉禅が補佐するに値するようなら、助けてやってもらいたい。だが、補佐するに値しなかったその時は、お前さん自らが帝位に就け。俺への遠慮は無用だ」
 孔明はどうしていいのか判らず、身体中汗だくになりながら、血がにじむほど額を床に叩きつけた。
「臣はただ、一命をもってお仕えする所存にございます」

F「劉備は皇子ふたりを近くに呼び、孔明を父として兄弟3人助けあうよう命じる。皇子たちにも頭を下げられ、孔明はますます感じ入った」
A「うん、うん……」
Y「孔明が謀反を起こそうとしていたのを察して先手を打った、という説もあるが」
A「黙ってろ!」
F「泰永、泰永。さすがにそれはない。事実上、劉備を帝位につけたのが孔明なんだから」
Y「だが……」
F「後漢は魏に禅譲した。それに反発して劉備を皇帝とし、漢の社稷を続けようとしたのが蜀だぞ。劉氏にあらぬ皇帝を立てたら、そもそもの国是が成立しない。孔明が帝位についても、誰もついていく理由がないンだよ」
Y「ついて行ったらただの野心家だな……なるほど」
A「……なんか、納得していいのか判断しかねる説明なんですけど」
F「野心があったのか、と聞かれたらあるとしか思えんよ。孔明だって人の子だ、野心がないなら荊州の山中で畑仕事を続けていたさ。だがこの場では、劉備の言葉に感動したのと相まって、蜀のおかれた状況を把握していた孔明が、皇帝につくという間違った選択をするとは思えない……としておこう」
Y「口には出せん本心もある、というところかな」
A「ヤス〜……」
F「ともあれ、223年4月24日、劉備は死んだ。桃園で誓いを交わした関羽に遅れること4年、張飛に遅れること2年での崩御であった。享年、63とある」
A「ひとつの時代が終わったね……」
Y「戦乱の時代は終わらなかったがな」
A「劉備が死んで戦乱が終わるなんて、どれだけの大物だよ」
Y「むっ……」
F「――ところで」
A「うわあああああっ!?」
F「無視して話を進めるが、これが本当に2世紀の話なのか疑問に思えてくるな。日本では卑弥呼が竪穴式住居で鬼道をよくしていたというのに、大陸ではケタ外れの文化・戦術を駆使して天下を争っている。戦術家なんて日本では、900年後の義経を待たなきゃならんのに」
Y「そりゃ仕方なかろう。大規模な戦役が源平時代までなかったなら、戦術家の出番だってないさ」
A「ふーぅっ……。平和な時代が続いてたワケだからねェ」
F「時代……か」
A「ん?」
F「邪馬台国に生を享けていたら、万難を排して東シナ海を超え、戦乱冷めやらぬ大陸に何としても渡っただろうに。生まれる時代も場所も親も選べんのが、神ならぬヒトの身の哀しさだな。正直、こればかりは神を怨まずにはおれんよ」
Y「お前が怨んでるのは神じゃなくて親だろうが」
F「たはは……違いない。では、劉備が亡くなったところで、今回は終わりかな。何とか100回に持って来たけど、正直今回は2回に分けたかった」
Y「例によって計画性のなさが響いてるな」
F「続きは次回の講釈で」
A「いよいよ……だね」

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