前へ
戻る

私釈三国志 93 蜀帝即位

F「では、何事もなかったように『私釈』を再開する」
Y「またタイトルの順番が変わってるンだが」
F「頼むから見逃せ!」
A「劉備だから許すっ♪」
F「ありがとう。まず、ことの流れを見て行こう。曹操が死に、曹丕が後を継ぎ、そして禅譲を受けて皇帝となった」
A「事実上の簒奪だろうが」
Y「不思議なのはその辺だな。曹操についてはいくらでもフォローするくせに、どうして曹丕にはこんなに手厳しいンだろう、この雪男は」
F「思うところがあってな」
A(……ヤス、ヤス? こいつスイッチ入ってない?)
Y(帰りてェ)
F「話を戻すが、どうしたわけか『献帝が曹丕に殺された』との報せも届いたンだ。ために劉備は喪に服し、献帝に諡さえ奉った。漢王朝が途絶えてしまった〜と本人はふらふらになっているのに、よせばいいのに孔明さんは『たとえ一日たりとも、天下に主がいないのは許されません!』と、劉備に皇帝になるよう奏上する」
Y「アホか」
A「ひと言でゆーなっ!」
Y「献帝は死んでないし曹丕もいるンだぞ。それなのに皇帝を立てようと考える奴を、阿呆と云わず何と云う」
A「その帝位に異論があるンだよ!」
F「はいはい、仲良くしなさいなアンタたち。もちろん、劉備はこれを拒んで『お前たちは俺を逆賊にする気か!』と後宮に引っ込んでしまう。文武の諸官が口々に帝位につくよう勧めるものの、劉備は頑なに拒む」
Y「……む?」
F「(ニヤリ)そこで孔明は一計を案じた。病と称して屋敷にひきこもったのね。劉備は心配して見舞に来たものの、孔明は寝台から起き上がらない」


孔明「――心の病にございます」
劉備「原因は何だ?」
孔明「曹丕が漢の命脈を絶った今、あなたが皇帝となって魏を討たねばならないのに、どうしてもお聞き届けいただけないとおっしゃる。これでは家臣たちは愛想を尽かして去っていくでしょう。そこに魏・呉が攻め入ってきたらどーしよーかなーぁ、と気の休まる暇もございませんので、病がよくなるはずもありませんわ」
劉備「いや……でもね? 俺だって皇帝になりたくないンじゃないンだよ? ただ、天下が何を云うかなって」
孔明「天が与えるものを取らないのは、かえって失礼というものですよ」
劉備「……お前さんの茅盧を三度訪ねて、もう14年になる。お前さんの立てた作戦に従って、ついには漢中王にまでなれたンだ。今回も、お前さんがきっと正しいンだろうな」
孔明「陛下、ご決断を」
劉備「よきにはからえ。それがきっと最善なのだろう」
孔明「その台詞、待っておりました!」
 壁から床からドアから天井からベッドの下から出てくる出てくる家臣一同。
いっぱい『よくぞご決断くださいました、陛下!』
劉備「てめーら全員グルか!?」
孔明「まぁまぁ、諦めが肝心です」


F「何で僕が書くと、どーしてもコミカルになるンだらう」
A「劉備の皇帝即位は、演義でも屈指の名場面なのに……」
Y「正史だと、周りから勧められるままに帝位についたことになってるンだがなぁ。拒絶もしないで」
F「謙譲の美徳を示さなかったのは、正史における劉備の真相に近いと思うが」
A「非道いこと云うンじゃありません!」
F「ともあれ、劉備は皇帝に即位した。これによって、孔明の提唱した天下三分の計は成ったことになる。――とりあえず、真面目な話に入る。天下は天下の天下だ」
A「意味が判らんわ!」
F「これが理解できないと、ここから先は大変だぞ? 天下は、天下の天下だ。これならどうだ」
Y「天下とは、天下の天下だということか?」
A「判るように云ってくれ、ふたりとも!」
F「天下を単純に定義すると、そこに住まう全てがそれと認めうる最大公約数、といったところでな」
A「……つまり、離れ小島に旗を立てて『ここが天下だ!』と云えば、それが天下になる、と?」
F「それを2000年ばかり続けている離れ小島の原住民を、世界では日本人と呼んでいるな」
A「むぐっ……」
F「実際、島なら考えやすいンだが、大陸だとそうはいかない。ために、マサ君は自分の領土の北に線を引いて『ここから南がオレのもの!』と意思表示した。以後、それが漢民族のスタンダードな天下になっている」
Y「ラインはときどき上下してるが、基本的には長城以南、南シナ海に至るまでを"天下"と呼ぶ、と?」
F「そゆこと。漢民族にとっての天下とは、俗に云う中国大陸を意味する。だが、それを決めたのは天下そのものであって始皇帝ではない、あくまで天の意思だ、と考えている。ゆえに、天下は天下の天下なんだ。ついてこれてるか、アキラ?」
A「なんとか……」
F「さて、そんな天下をはじめて統一したマサ君は始皇帝を名乗った。つまり、皇帝とは天に選ばれ天下を治める者を云う。……と云っても、BC221年(始皇帝即位)からAD221年(劉備即位)までで帝位についた中に、その称号にふさわしかった人物は、マサ君本人を含めても片手に余るが」
A「始皇帝、項羽、劉邦、劉秀(光武帝)……くらいか。漢の武帝はあまり評価できないよな」
Y「というか、項羽外せよ」
F「昔、南京で楚王朝の入った古年表を見たンだが……ともあれ。基本的に、漢王朝は秦からその座を受け継いだに等しい。演義で孫堅が手に入れたことになっている伝国の玉璽だって、実際にあったとしたら秦から劉邦が譲り受けたものだ(漢楚演義第5回参照)。少なくとも漢民族にとっての皇帝とは、長城から南を治める者になる」
A「あ、あの玉璽って同じものなんだ?」
F「それはいいんだ。どうせフィクションだし。問題は、皇帝は性質上ひとりしか存在できないということでな」
Y「まぁ、ふたりも3人も皇帝がいたら天下が増えることになる……って、オイ」
F「天下三分の計は、天下を分けることで曹操に対抗する勢力を整えるものだった。それが、何をどう間違ったのか、いつの間にか劉備が皇帝になることにすり替わっていたンだ。たしか、曹操を倒して漢王朝を再興すると御題目を掲げていたはずなんだが」
Y「いや、当時も漢王朝は滅んでなかったから」
A「当時は、だろ? 曹丕の簒奪で漢王朝が滅んだンだから、正統を受け継ぐものが必要だったンだよ」
F「だったら秦の天下を受け継ぐ者がどこかに必要だろうな。ついでに項羽の天下もだ」
A「むっ……」
F「天下は天下の天下だぞ。劉氏の天下、漢王朝の天下じゃないンだ。いや、確かにそうだった時期はある。だが、それが終わったのなら別の天下になるのが筋だ。でなけりゃ漢土には今でも秦が続いていなければならないことになる」
Y「定期的に焚書坑儒がありそうだな」
F「大歓迎さ! ……こほん、本音はさておき。諸葛孔明が偉大であったのはここにある。天下は天下の天下だということを忘れさせ、劉氏の天下と誤認させることで、たかだか益州ひとつを支配する地方軍閥の主を皇帝に祭り上げたンだからな。まさしく偉大な謀略家だと認めざるをえまい」
A「そんな評価いりませんのだー!」
Y「落ちつけ」
F「魯粛が提唱した天下二分の計は、あくまで曹操に対抗すべくその支配域にない地域をひとつにまとめあげようというものだった。結果論で云うなら、これは劉備のせいで失敗している。ところが、孔明の天下三分の計は成功した。天下は天下の天下だということを否定し曹・孫・劉で分けるという、天下かでなけりゃ歴史への叛逆とさえ思えるこの計略を、少なくとも益州の民衆に信じ込ませたのだから」
A「……いや、天下への叛逆って……」
F「お前や孔明は、そもそも、皇帝という地位を軽々しく考えすぎている。マサ君が始皇帝を名乗れたのは、親も子も友も何もかも敵に回し、血も涙も流し尽くして天下を統一したからだぞ。だからこそ、かつて天を平らげ地を成した三皇五帝の偉業を凌ぐとして"皇帝"の称号を作りえたンだ。王と皇帝の差は、極めて大きくそして重い」
Y「天下も盗らずに皇帝を名乗ったンだからな。確かに天下への叛逆だ。かつて袁術がやったことと何ら変わらん」
F「いや、たったひとつ違うことがある。劉備は受け入れられた、そこだけが違う」
A「……なぜ、と聞いていいか?」
F「みっつ。曹丕を天下の主と認めない者が少なくなかったということ。加えて、光武帝から二百年、劉邦から四百年の劉氏王朝への追慕は一夕では消えなかったこと。そして、劉備本人のもつ異常なまでのカリスマ性だ」
A「袁術にはそれがなかった?」
F「第1点と第2点は、袁術の頃にはイコールだ。劉氏の帝位を否定する者はいたが、積極的に簒奪しようとは思わなかった。そして、袁紹や孫策にさえ見捨てられるほど、袁術には人的魅力がなかった。……まぁ、劉備に比べるのは酷な話なんだろうけど」
A「無理もねーか」
Y「しかし、一朝二天か……日本の南北朝時代とはちょっと意味合いが違うよな?」
F「あれはひとつの天下にふたつの天皇家だろ。……つーか、南北朝について語らせるのはやめてくれる? 僕、あの時代について語り始めるとかなりヒートアップするから。佐々木導誉大好き」
A「せめて楠正成にしとけ」
F「ともあれ、かつて袁術が皇帝を自称したときに云ったが、三国志の深淵は"ここ"にある。天下にひとりしかいない、いてはならない皇帝が、ふたりも3人もいた、異常な時代だ。そして、天下が三つに分かれていたのなら、それはそれで罪深い時代だったと云わざるを得ない」
A「むぅ……」
F「三国志とは何か。それは、三人の皇帝がいた時代だ。だからどうしたと思う奴は、天下や皇帝に対する知識や意識が足りない。性質的にひとりしか存在してはならない皇帝が複数いた、異常で、罪深く、そして魅力的な時代だと認識できないのは、ある意味不幸だとさえ云えるだろう」
Y「魅力的か……。否定はしないが、研究者ってのは罪深い人種だな。戦乱の時代をしてそう口にするとは」
F「ともあれ、劉備は皇帝に即位した。西暦221年、ここに、狭義における三国志が幕を開ける」
Y「本格的な三国時代が今こそ始まるワケだな」
A「つーか、せっかくの劉備メインの回なのに、ここまで真面目なオハナシするとは……」
F「アキラが反応しやすいようにこう云おう。――ところで」
A「ぅわあああああっ!?」
Y(←踏みとどまった)「……いや、それほど反応すべきことは云わないと最近の傾向がある。さぁ来い」
F「曹操の死を聞いた劉備は、弔問の使者を送ったらしい」
2人『何ですと!?』
F「うん、僕もそれなりに驚いた。ただね、劉備の性格からして、これは驚くべきじゃないかもしれない。むしろ、送るだろう」
A「……云われてみれば、確かに」
F「魏書(注に引かれたもの)では、その使者は『弔問にかこつけて誼を求める、その態度は気に入らん!』と曹丕に斬られたとある。一方の典略では、魏領に入るも(殺されたら嫌だったようで)病気と称して曹丕のところに行くのを拒んで書状だけ送らせたとある。書状の内容についての記述はないし、陳寿の記述じゃないンだけど、劉備が弔問を送ったのは間違いないと思う」
Y「その辺の礼儀はわきまえてそうだからな、あの男」
A「いや、これは礼儀じゃないね」
Y「立ち直り早いな、お前。その心は?」
A「英雄は英雄を知るって奴じゃよ〜♪」
Y「つまり、曹操は英雄だったと認めるワケだな」
A「認めますが何か?」
Y「……おい、何とか云え」
F「続きは次回の講釈で」
Y「流すな」

津島屋幸運堂は【真・恋姫†無双】を応援しています。
【真・恋姫†無双】応援中!
進む
戻る