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私釈三国志 91 柴堆挿話

F「はいっ、というわけでコラムシリーズですが、ラストは柴堆三国志で締めくくりたいと思いまっす」
A「……例によってヤスがいないのはその辺が原因?」
F「だな。せっかく、アイツが喜びそうな曹操もののオハナシもあるというのに。えーっと、柴堆三国志と云うのは……以前触れたな。農民が農作業の合間に、柴を積みながら、自分のとっておきの『三国志ばなし』を披露しあい、次第にそれが集まったもの、だ」
A「要するに民間伝承だろ?」
F「そゆこと。ついでに、オハナシの性質上カットした、曹操に関する小話なんかもやっておこうかな、と。まずは、僕の『妙才暗躍』にも引用した例のエピソードから。ある日、曹操のところに匈奴の使者がやってきた」

 見るからに筋骨隆々とした武人で、容貌貧相な曹操は直接会うのを躊躇った。そこで、見栄えのする武将を主君の座に座らせて、自分は軍師ヅラして隣に侍ることにする。これなら、身替わりがヘマをしてもその場でフォローできる。
 会見は滞りなく終わったものの、曹操は、ひとをやって使者たちの会話を盗み聞かせた。宿舎で一行は曹操について話している。
「……曹操と云うのは、確かに立派な男でしたな」
「いや、見かけだけが立派だが、妙におどおどとして応答もはっきりしなかった。噂ほどでもないようだ。……だが、傍らにいた小さな男。アレは只者ではないぞ。尺こそないが常人ならぬ風格が漂っていたからな。国に帰ったら、あの男が何者か早急に調査させねば」
 この話を聞いた曹操は、静かに云った。
「――消せ」
 使者は、匈奴の地に帰らなかったという。

F「この使者が誰なのかは不明。雰囲気にそぐわないエピソードだったので、80回では載せなかったンだけど」
A「曹操なら、自分を見抜くほどの男は、配下に招こうとするンじゃねーか?」
F「着眼点はいいな。実は、無視できないエピソードがある。程cに関してなんだが、ある日、程cの立てた功績をねぎらって、曹操は彼の背中を叩いたという」
A「……それだけのエピソードなら、無視していいだろ?」
F「気づかんか、アキラ? 程cの身長は2メートル近かったンだよ。確か八尺三寸だから張飛(八尺)より高い」
A「でかっ!?」
F「普通、部下をねぎらうなら背中じゃなくて肩を叩かんか?」
A「……あ?」
F「気づいたねー。程cの肩まで、曹操の手は届かないンだよ」
A「…………………………だから殺されたのか? この使者は」
F「案外、このオハナシって実話なんじゃないかって思うンだよね……。ちょっとコミカルになっちゃうから『曹操孟徳』の雰囲気にそぐわないと思って、カットしたのがお判り願えたかと」
A「納得しました……」
F「続いては曹操の娘のオハナシ。曹操の配下に、腕は立つもののいつ裏切るか判らない武将がいた」

 その武将を何とか家臣に引きとめておきたい曹操は、娘の曹娥を嫁にやった。彼が裏切るなら殺せ、と云い含めて。
 ところが武将は阿娥に礼儀正しく接する。主の娘であるからか、まるで貴人に接する態度で阿娥を扱い、妻なのか賓客なのか判らぬくらいであった。一度など、曹操から送られた一本のろうそく(ろうそくが一本しかないということは、夜になるとその灯りの下で一緒にいなければならず、間違いのもとになる)をふたつに斬って、半分を阿娥に渡し、自分は別の部屋で兵書を読みふけっていた。
 その高潔な人柄に接するうち、阿娥は次第に武将に惹かれていったが、ついに曹操から密書が届いた。彼が自分を裏切るので毒入りの酒食を送った、と。しかし、阿娥には彼を殺すことなどできない。
 曹操から届いた食事を、何も知らない武将は口にしかけた。だが、阿娥がそれを奪い、これも送られた酒をブチまけると煙が立ち上るではないか。驚いた武将に事の次第を説明し、すぐに逃げるよう伝える。阿娥に礼を云いながら、武将は兄嫁を連れ屋敷を出ていった。
 ところが許昌を出るより早く、阿娥に仕えていた侍女が追いかけてきて、阿娥からの手紙を渡す。そこには彼女の達筆が書かれていた。

 ――死

 曹操に背いて彼を逃がせば、娘といえど命はない。自死をもって夫に殉じたのであった。
 怒り狂った武将は、出会う曹操の配下をことごとく斬り捨て、行く先を遮る関門全てを突破した。
 その数、実に五関六将であったという。

A「……なぁ、こういうオハナシは82回でやってくれん? 80回じゃできんのは判るけど」
F「あくまで民間伝承だ。実際にあったオハナシかどうかの判断は、読み手にゆだねる。……関羽のもとに嫁いだ曹操の娘が、本当にいたのかどうか」
A「むぅ〜……」
F「さて『私釈』では軽んじているが、民間伝承でも孔明さんは大人気。そんな孔明さんの嫁取りに関するエピソード」

 隆中で勉強ばかりしていた孔明は、ハタチすぎても独身だった。
 見かねた黄承彦が自分の娘を娶せたいとたびたび申し出るのだが、はかばかしい返事をしない。というのも、彼の娘・月英は有名な醜女で、内心まっぴらごめんでございましたのだ。
 ある日孔明は黄承彦に招かれて、彼の屋敷を訪ねた。門に一歩踏み入ると犬が吠えかかってきて、孔明はぎょっとして立ち尽くすものの、黄承彦がその犬の頭を叩くと動かなくなった。犬は精密な作りものだった。
 少しゆくと虎が吠えかかってきた。孔明今度は驚かず、さてはまたしても作りもの、と白羽扇で虎の頭をなでてみるものの、虎は止まらずに襲いかかってくる。慌てて逃げ出すのだが、黄承彦は笑って虎の尻を叩いた。作りものの虎は動かなくなってしまった。
 ようやく茶席についた孔明は出された茶を口に含むも、その茶を運んできたのもからくりじかけの木人で、すっかり孔明は参ってしまった。
「先生の才能には、ほとほと頭が下がりますな」
「や、や。ほめてもらって恐縮じゃが、作ったのはワシの娘じゃよ」
「噂の御息女が、これを作ったと? それほど器用で、聡明であられましたか」
「そーなんぢゃよ。顔が悪いせいでか、いい年こいて嫁の貰い手はないがのー……ちら」
「……判りました。お嬢さまと結婚させてください」
「や、や。そうこなくてはのー」
 そんなこんなで初夜を迎えた孔明は、はじめて件の醜女とまみえた。顔にかけた薄布を掲げると、月英の素顔は天女のような美しさではないか。
 三日してようやく閨を出てきた孔明に、黄承彦は笑顔を見せた。
「や、や。お疲れじゃな、孔明さんや」
「……先生もお人が悪い。あれのどこが醜女と云われますか」
「なにぶんワシに似て、頭と手先は達者でな。それだけに、自分の顔につられてくるような男はいらんと常々云っておったのじゃ。そこで、外見ではなく才知を重んじる男を探して、自ら醜女と噂を広めておったのさ」

F「まぁ、月英さんが実は美人だった、というのはよくあるオハナシなんだが」
A「その母体になったようなモンかね……? つーか、何なんだこのジジイ」
F「ひとを喰ったようなジジイを演出してみました。さて、孔明の引き立て役として、周瑜が翻弄されることが少なくない。そんな憐れな周瑜の、最後に関するエピソード」

 周瑜は、自分が死んだと偽って孔明をおびき出し、棺桶から飛び出して殺してしまおうと計画した。
 やめた方がいいですよ、との慎重論(と書いて魯粛と読む)を一蹴した周瑜は、計画を実施する。果たしてノコノコやってきた孔明は、式場に入るやわっと泣き出し、傍らにあったろうそくをつかんで何度も何度も棺桶に頭を打ちつける(普通は床に打ちつける)。ついには棺桶にすがりついて、ひと目もはばからずに大声で泣き叫んだ。
 魯粛は戸惑った表情を浮かべていたものの、他の参列者はそんな計画とは聞いておらず、孔明の大泣きにつられて涙しはじめる。ひとり素面ではいられず、ついに魯粛も棺桶に近づき「提督、提督! どうかもう一度生き返ってください!」と嘘泣きをするものの、周瑜からの返事はなかった。
 やがて孔明は、諸将の見送りを受けて帰っていった。ひとり残った魯粛は、提督は思いなおされたのだろうかとか何とか思いながら、棺桶のふたを開けてみた。
 すると、周瑜がマジで死んでいた。
 中にいる周瑜の息が詰まらないよう、棺桶のふたには穴が開けてあったのだが、孔明はろうそくを垂らしてその穴をふさいでいた。さらに、上から抑え込んでは大声で泣き叫んだものだから、周瑜が暴れようが叫ぼうが周りには判らない。
 何もかも孔明にはお見通しだったというワケです。苦悶の表情な死に顔を軽く叩いて、魯粛は溜め息ひとつ。
「……だから、云ったのに」

A「非道ェ」
F「不思議とオチ要員なんだよね、魯粛って」
A「いーけどよ……。ところで、リクエストいいか? どっかで捕まっていた孔明が、気球を作って逃げたってエピソード頼む。演義にはなかったが、お前がコレを知らんとは云わせん」
F「……あぁ、アレか。第5段いつやるンだろうな?」(74回参照)

 山東・諸城に住まう葛は、早くに親を亡くし、大工の徒弟となった。手先も器用で頭もよかったので、徒弟が開けるとすぐに評判となり、若いながらも葛親方、葛親方と慕われるようになる。ところが、とある金持ちの恨みを買って、無実の罪で投獄された。
 ちょうど元宵節(燈籠祭り)が近づいていたので、県令は葛親方を牢から出して、誰にも負けないくらい大きな燈籠を作るように命じた。親方、そこで一計を案じ、高さは三丈、直径が一丈もあろうかという燈籠を作り上げ、周りに空気が漏れる隙間もないほど厚い紙を張りかため、そこに見事な龍を描いた。
 なるほど立派な燈籠で、いざ元宵節を迎えると、城下のひとびとがみな見物に集まった。気分のいい県令、親方に火を灯すよう命じる。百本ものろうそくを抱えて燈籠の下にもぐった親方が、片っ端から火をつけると、どうしたことか燈籠が夜空に浮かび上がっていく。
 そのまま逃げるつもりかと県令は蒼くなったものの、見物人は大喜びで喝采する。
「亮! 亮!」(明るい、明るい!)
「孔明! 孔明!」(とにかく明るい!)
 歓声を浴びながら葛親方は、風に流されるまま燈籠に乗って飛ばされ続ける。諸城が遠くなっていき、やがてろうそくがすべて消えると、ついに燈籠はとある村に落ちた。
 逃げおおせたのはいいが、天から落ちてきた親方を、村人は珍しそうに見ていた。
「お前さんは何者だね?」
「……諸の……葛ってモンでさぁ……」(←息もたえだえ)
「諸葛さんかね。名は何と云われる?」(注 諱を聞くのは失礼なことだが、相手は年下なのでいいのだろう)
「あー……孔明」(←脱獄したての囚人。本名は名乗れないし、そもそも当時技術者の身分は低く、名を持たない者も少なくなかった)
「や、や? 二字なら名ではなかろうて」
「……あぁ、孔明は字だ。名は、亮という」
「諸葛、亮……孔明さんか」

A「……また出たか、黄承彦」
F「こんな民間伝承もある、ということなんだがな。さて、ずいぶん長くなってるンだが、もうふたつ。曹操と関羽に関するエピソードを」

 曹操は、孫権から送られてきた関羽の首級を見るや大声で泣き叫んだ。許昌での(実らぬ)親交の日々や、赤壁から落ち延びる時の恩義を思えば、その首を見て泣かずにはいられなかったのだ。
 ひとしきり泣いた曹操は、洛陽に立派な霊堂を建てようと考えた。仙木で胴を作ってやり、王侯の待遇で葬儀を行い、彼への手向けとしたい。ところが仲達が異を唱える。
「後漢の首都に敵将を祀るのはいかがでしょうな」
 もっともな発言だったので、朝廷の百官もこれに賛同した。
 関羽への尊敬と友情をどうしても後世に遺したい曹操は、そこで、自分の生まれ故郷に霊廟を立てることにした。国家の政治とは関係がない、ただ自分と関羽の友情のために建てたのだ、と。
 それと知った劉備は、曹操の篤い情や義理に感謝する一方で、孫権への怒りや憎しみを募らせ、ついには江東へと兵を差し向けるのだった。
 そして、魏の各地では、曹操へのご機嫌取りで関羽を祀る霊廟が建てられるようになった。

 今では漢土のみならず、世界各地にそんな霊廟……関帝廟が建てられている。

A「……はぁー」
F「いよいよと云うかようやくと云うか、次回から本筋に戻るからな。それにつなぐエピソードを披露しておいてもいいだろ?」
A「そーだな。……しかし、曹操がそこまで関羽を慕っているって民間伝承があったとはなぁ」
F「歴史は奥が深いね。ところで……逃げるな!」
A「逃がせ! というか、頼むから締めでその『ところで』はやめろ!」
F「お前が逃げたら僕ひとりだろうが! まったく……。えーっと、柴堆もので僕がいちばん気に入っている小話で、長々続いた三国志コラムを終えようと思います。次回からは本筋に戻るので……くっくっく」
A「ぅわあああああっ!? ナニ書くつもりだ、お前は!?」
F「ええぃ、やかましい。かの神医・華佗がどれだけ慕われていたのかを物語るエピソードです」

 子供は、姉を見上げた。
「天帝さまのご病気は重いの?」
 姉は不思議そうに子供を見返す。
「どうして、そう思うの?」
「だって、華佗センセが亡くなったんでしょう? きっと天帝さまがご病気で、それを治せるのがセンセだけだったからお召しになったンでしょう?」

F「続きは次回の講釈で」
A「締めはいいが……次回からどーなるンだ?」

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