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私釈三国志 85 烏角先生

F「では、本日は『恋姫』におけるいちおうのラスボス、左慈老師ですー」
Y「烏角ってのは? 確かお前『Cafe恋姫へようこそ!!』でも店名にしてただろ」
F「道号だね。僕の『幸市』、神社の三郎おじいちゃんの『義盛』みたいな、仙道としての名乗りだ。えーっと、この左慈(字を元放)は道号をして烏角と称していたのね。ために『Cafe恋姫』での左慈の店を烏角屋としたンだけど、まぁそれはさておいて」
A「演義で云うと68回だっけ」
F「そうだね。魏王としての宮殿ができたから、その祝賀の物品を送ってこい、と云われた孫権は、とりあえず温州のおみかんを四十籠ほど出発させた。苦力がえっちらおっちら……」
Y「若い読者は苦力って云っても判らんと思うぞ。読みは『クーリー』で、植民地時代に中国で使われていた肉体労働者を指す用語な」
F「フォローありがと。ともあれ人足が休んでいると、隻眼跛行の道士が現れた。手伝ってくれると云うので籠を背負わせて出発したンだけど、少しして他の籠と取り換えると、どうしたワケか道士が背負っていた籠は軽くなっている。四十籠ひと通り背負ってやると、道士は『オレは魏王と同郷の左慈ってモンだ』と名乗って去っていった」
A「届いたみかんを早速喰おうと、曹操が皮をむくのに中身がない。コレは何事だー、と怪しんでいると本人がやってきた。何をしたと聞かれても、左慈は平然とみかんの皮をむく。すると果肉たっぷりで瑞々しい」
F「求められるまま酒食を与えても、左慈は平然と、酒は五斗(90リットル)、羊を一頭平らげてけろりとしていた。峨嵋山で修行し遁甲天書を得た左慈にしてみれば、その程度の飲食は造作もないンだね。位人身を極めた曹操に、左慈は勇退を勧めに来た。遁甲天書をやるから自分と峨嵋山に上がれ、とね」
Y「功成り名遂げて身を引くというのは、一般的には理想の人生だが、為政者にしてみればただの責任放棄だぞ」
F「その辺の事情は、第80回『曹操孟徳』を参照です。当然曹操も『興味はあるが天下を手離せん』とやんわり断る。すると左慈は『劉備に任せりゃいいだろ』とか云ってしまう。左慈を牢につなぐと拷問させるンだけど、棒打ちしても痛がらずに居眠りを始め、首かせをかけて壁にぶら下げても、外して床で寝ている。それなら水も食事も与えず七日幽閉したのに、血色はよくなる始末だ」
A「霞喰って生きてるンだから、それくらいじゃへばらんだろうよ」
F「ある日、宴会を開いていると、呼びもしないのに幽閉していたはずの左慈が入ってきた。望みのものを出してやる、と云うので竜の肝・牡丹・松江の鱸・山椒の実、挙句の果てに孟徳新書まで出してしまう。そして酒杯を献じて『これを呑めば千年長生きだぞ』と突き出した」
Y「アンブローシア?」
F「ネクタルじゃないか? 怪しんだ曹操は呑まなかったンだけど、杯を投げると白いハトになって暴れ出す。出席者一同で慌てふためいていると、左慈はとっとと退席した」
A「怒り心頭の曹操は、許褚に兵300与えて左慈を追わせる」
F「左慈はゆっくり歩いているのに、馬を走らせても追いつけない。やがて羊飼いが羊を放牧させているところに出くわすと、左慈は羊の中に入っていき、許褚は羊を皆殺しにして引き揚げる」
Y「……お前、何しに来たンだ?」
F「羊飼いの少年が泣いていると、突然羊の頭が『オレの身体にくっつけてみな』とか云いだした。怖くなって逃げ出すと、左慈が『羊を活かして還してやるぞー!』と叫んで追っかけてくる。生き返った羊の群れから、左慈は高笑いしながら黒雲の中に消えてしまう」
Y「……どんな妖術だ」
F「こんな奴を野放しにしておけんと、曹操は人相書きを城下に配って左慈を探させる。ところが、3日で400人近くの隻眼跛行の道士が捕まった」
A「誰か何とかしてくれー」
F「もう堪忍ならんと魏王陛下自ら兵を率いて、ひとり残らず斬り捨てたンだけど、斬首された全ての死体から青いオーラが立ち上り、左慈の姿になった。白い鶴を呼び出すとそれに跨り、曹操の最期を予言して、高笑いしながら飛んでいく。弓を用意させたものの、突風が起こると首なし死体がそれぞれ自分の首を持って、踊りながら曹操に詰め寄る。これには豪胆な曹操でも昏倒した。すると風はやみ、死体は跡形もなく消えうせた」
A「いくら権力者でも、道士の前では形無しですな……とツッコミが入って、左慈の出番は終わるンだよな。しかし、改めて見てみるととんでもねー奴」
F「日本の仙人は雲に乗り霞を食んで生きると思われているけど、左慈はそんな仙人像からはかけ離れた存在でな。……というか、道教の祖たる老子が『物事には手を出さず、自然に生きよ』と教えているのに、世俗の権力者向こうに回してこーいう真似をしでかすのは、どう考えても作為だろうに」
A「まぁ、世俗的で俗物的で、おまけに暴力的で絶対無敵の仙人だって世の中にはいるからなぁ」
F「……何でそこで僕を見るかな」
A「ところで、正史には、もちろん左慈は出ないンだろ?」
Y「いや、いる」
A「……マジ?」
Y「といっても、こんなトンデモ仙人じゃないがな。房中術に秀でた道士として曹操に仕え、天から与えられた寿命を全うした……としかない。いちおう『固い意思を持ち、深く(房中)術に精通していればこそ、成果を上げることができたのだ』と褒めちゃいるが。ちなみに、廬江出身とあるから曹操じゃなくて周瑜と同郷になるな」
F「後漢書その他での記述はスルーするのか?」
Y「かまわんだろう。史書でわざわざサンジェルマン伯爵みたいなエピソードを取り上げる、その感性が判らん。そもそもお前も、後漢書が曹操に否定的なのは認めてるだろうが」
F「まぁ、な……。内容はともかく無視できないオハナシもあるンだが」
A「……アキラでもついていけるオハナシしてください」
F「于吉(正確には干吉)に孫策が呪い殺されたようなエピソードは、正史にもある。だが、曹操が左慈に翻弄されるというエピソードは正史にはないンだ。後漢書や他の史料にはある。……演義でやったように曹操を翻弄している道士の生々しい記述が。演義ではカットされた、劉表に追っ手を差し向けられても酒食を振るまって煙に巻く、どっかで見たようなエピソードもあって」
Y「だが、肝心の正史で『寿命を全うした無害な道士』にさえ見える左慈を、いったい羅貫中は何を考えて、こんなエピソードに使った?」
F「それは僕だけでなく周大荒サンも判らなかったようで、あそこまで曹操をけなす内容の『反三国志』には左慈が出てこない。まっとうな妖術使いなんて月英さんしかいなかったはずだ」
A「……あの周大荒で使い方が判らなかったキャラクター、か」
Y「しかし、まっとうな妖術師って表現もアレだな」
F「左慈とは何者だったのか、その辺りを検証する材料が、実はひとつある」
Y「その心は?」
F「名前だ。僕なら絶対にこんな名は名乗らない」
A「……避諱か!」
Y「アキラが俺より早く、幸市の意思を把握するとは珍しいが……どういうことだ?」
A「左道というのは、仙人にとって黒魔法だぞ。ダークサイドの術。たとえ本名であっても、左道を連想させる名は名乗らんだろう」
F「えくせれんと。本当に左道であったなら邪法を平気で使うだろうが、さて、左慈は老子の教えにどうだった?」
A「……ほとんど、背いていたに等しいな」
F「あるいは、左慈というのは本名ではないのかもしれない。左道の仙人という意味で、そう伝えられたのではないだろうか。詳細を書いていると分量オーバーになるので検証は控えるが、左慈は、風や雲は呼んでも雨は降らせなかった。そこは注目しておきたい。曹操も神仙伝で左慈の術を邪法と喝破している」
Y「ダークサイドに堕ちた仙人が、トリックスターとして曹操を翻弄する役割を背負わされたワケか」
F「格好のネタが、正史ではない関連書籍にたっぷりあったワケだから、動かしやすかったンだろうね。左慈の下りを呼んでいると、羅貫中、書いてて楽しいってのが伝わってくるもの」
Y(確かに、こーいう話をさせるとどっかの雪男がすっげぇ楽しいってのが伝わってくる)
A(それでいて『書き足りねー、書き足りねー』って腹の底でぼやいてるのもな……)
F「何か云った?」
A「相変わらず、羅貫中は曹操が嫌いなんだなーと」
F「だねー。さて、天機を知る仙道・左慈は曹操の最期を予言している」

 ――大王は子の年、寅の月に死ぬでしょうな。

F「曹操がいつ死んだのかは、周知の通りというワケだ」
A「その通りになったワケか」
F「続きは次回の講釈で」
Y「……意外とあっさり引き揚げたな」

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