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私釈三国志 80 曹操孟徳

2 勝母盗泉
F「曹操がずるがしこく利己的な人物である……という評価の論拠として挙げられるのが、曹徳及び呂伯奢に関するエピソード。まず曹徳。曹操の叔父だけど、曹操の放蕩ぶりを曹操の父に忠告して、父は曹操を叱った。それを根に持った曹操は、ある日曹徳の前で中風倒れるようなしぐさを見せる」
A「慌てた曹徳が父のところに知らせ、父が駆けつけると曹操何事もない。曰く『オジサンは俺が嫌いだからそんなことを云ったンじゃね?』と。というわけで、以後父は曹徳を信用しなくなった……だな」
Y「正史にもあるエピソードだな。もっとも、叔父の名は記されていないが」
F「そこが重要でな」
Y「は?」
F「演義では、この曹徳は、曹操が父を呼んだ時に一緒に現地を出発したとある。つまり、父と一緒に徐州で陶謙に殺されたことになっている。ところが、さっき泰永が云った通り、正史ではこの叔父の名が記されていない」
Y「ないが、陶謙に殺された曹操の弟が曹徳だ、とあるぞ。いつもの人物すり替えだろ?」
F「……おいおい」
Y「何だ、その正体不明の物体を見る眼は?」
A「いや、確かにおかしいよ、それ。曹操の字が『孟徳』なのに、その弟の名が『徳』ってのは儒教では考えにくい。……考えてみれば、父の弟の名が『徳』なら、それを字で使うとは考えられんぞ!?」
Y「え……? しないのか?」
F「日本人に判るように例えると、信長の息子が家信って名前、みたいな状態だ。考えにくかろ? 名や字には明確なルールがあるンだが、こういう使い方はまずしない。孫策の子供には、字に『権』がついた者はいないぞ。泰永らしからぬ浅慮だな」
Y「いや、母の名が遥香で娘の名が那遥、というパターンを知っていたので、つい……」
F「あの母娘か……。まぁ、信長の孫は秀信というから、その意味では無理もないンだが。えーっと、重要なので確認しておこう。正史ではこの弟、どう書いてある?」
Y「ちくま学芸文庫版正史三国志1の29ページには『太祖の弟の曹徳を門の中で殺した』と」
F「原文には曹の字がない」
2人『……は?』
F「正確には『太祖の弟の徳を……』なんだ。翻訳の段階で、この『徳』を『弟の名だな』と考えて『曹徳』にしたようだが、アキラが云った通り兄の字を弟の名にする、というのは儒教では考えにくい」
A「じゃぁ、この『徳』って……」
F「断定はできんが、字と考えるべきだろうな。兄弟で、字に共通の文字を使うというのは、珍しいことではない」
Y「……いや、というか、それがどうした? 正史でも演義でも、曹操が叔父をだましたのは書かれている。つまり歴史的な事実だと考える、ということだろ。叔父だか弟だかの名が『徳』だということが、それほどの問題か?」
F「大きい問題だよ。僕には理解できんが、名が『盗泉』だからその泉からは水を飲まない人種が、『徳』に向かって顔面を崩し口をねじ曲げるンだから」
A「……曹操は『徳』を軽んじています、と?」
F「羅貫中はそう云いたかったンだろうね。曹操は、(儒教では)帝王にもっとも必要な要素である『徳』を軽んじています、と。しかも、見落としがちだがこのエピソード、騙されてるのは父親なんだ」
A「……云われてみれば、その通りじゃね」
Y「……現に俺たちは見落としてたな」
F「深読みすると、曹操は"孝"も"徳"も持ちあわせていません、と云っているに等しい。そう考える以外に、羅貫中がなぜこの叔父を『曹徳』という名にしたのか、納得のいく説明はできるか?」
Y「……俺にはできん」
A「同じく……」
F「歴史的にはあったエピソードなんだろう。だが、羅貫中はそれを故意に歪めている。それも、いつぞや触れた『影の旋律』の域に達した読み手でなければ読み解けない深層レベルに仕込んだトラップとして、な」
A「深層というか、ほとんど下衆の勘繰りに達してるように聞こえるンだが……」
F「呂伯奢のエピソードなんか、さらに顕著だぞ。すたーと」
A「えーっと、董卓の魔の手から逃れた曹操は、故郷に逃げ帰る途中、父の義兄弟の呂伯奢の家に立ち寄った。呂伯奢が隣村に酒を買いに行った夜半過ぎ、家人が刀を研ぎながら『縛りつけて殺せ!』と騒ぐ声。身の危険を感じた曹操は、自ら剣を抜き8人を斬り殺すも、屋敷の裏手ではブタが縛られていた。慌てて逃げ出したところ、帰ってきた呂伯奢さんに遭遇。後々の禍根を残すまいと、呂伯奢をも斬り殺す……というオハナシ」
Y「正史には、コレの元ネタになったと思われるエピソードがみっつ。まず、呂伯奢は留守だったのにその子や食客に襲われたのでやむなく殺害した、というもの。次いで、家人はよくしてくれているのに曹操が猜疑心から殺したというもの(ブタすら出てこない)。そして、食器を用意する音を勘違いして夜のうちに殺してしまった、というもの。ちなみに、いずれにおいても呂伯奢本人はいなかったような記述がなされている」
F「ここで注目してもらいたいのは、羅貫中が正史に併記されたみっつのエピソードのうち、よりにもよって一番非道いモノを採用した、という事実だ。しかも、正史では殺されなかった呂伯奢まで殺す」
A「……それに関しては、反論する余地はないね、確かに。羅貫中が悪意を持って、曹操に殺させた」
F「うむ。序盤にこんなエピソードを並べたモンだから、三国志演義を読み始めたヒトは『あぁ、曹操ってのは悪い奴なんだなぁ』という感想を嫌でも抱くことになる。おそらく、というか間違いなく、羅貫中の狙いはそこにあったはずだ。――演義は、曹操を故意におとしめている」
Y「つまり、演義での曹操像は、実像からは割引いて見るべき、ってコトか」

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