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私釈三国志 60 西域都護

A「……おい、待て? いつ死んだ、水鏡センセ?」
F「西暦で云うなら208年」
A「いい。そこから先は聞かなくていい。今回のオハナシ、とっとと始めて」
F「ほいほい。えーっと、赤壁終戦後の曹操は、しばらくなりをひそめていたんだけど、大陸の半ば以上を治めている責任感から兵を動かす日がやってきた。劉備と孫権、いずれを討つべきか……という話題だけど」
A「いずれにせよ、敵に回すと厄介な連中だが」
F「それと判っているからこそ、動いた先は西方だった。しばらく名前しか挙がっていなかった涼州だけど」
A「馬超の叛乱だな」
F「……馬首の向け先が誰かにもよるけど、その表現正しいかなぁ。まぁ、あとで触れるけど。現実問題、劉備・孫権のいずれもが強敵であることが判っている以上、矛先を他所に転じるという判断もアリだろ?」
A「え? えーっと、荊州と揚州……益州か?」
F「そういうコト。劉・孫の仲を裂かずに攻め入って勝てると思うほど、曹操も自信家ではない。そのため、局外ではあっても勢力としては無視しがたい(この時点の公孫康は、まだ『無視できる』勢力)、益州を平定するのも手段ではなかろうかと考えたのね」
A「判断としては、間違ってないのかなぁ」
F「以前さらっと触れたけど、実は益州からの使者も来ていたのね。劉璋は部下の張粛を派遣して(蜀錦などの)供物を捧げ、曹操と誼を結ぼうとした」
A「何で、劉璋がそんな真似するんだよ」
F「漢中の張魯。道教の一大サンクチュアリを創り上げていた五斗米道教が、いよいよ邪魔になってきたんだ。でも、劉璋にはこれを平定する自信がなかった。そこで、曹操と誼を結んで、張魯を討ってもらおうと画策したんだね」
A「はー……。でも、曹操の漢中入りって、まだ先じゃないか?」
F「実は、ここでしょーもないイベントが発生した。漢中平定の軍を司隷に集めていたところ、涼州の軍閥が『ひょっとして、こっちに攻めて来るんじゃね?』と危機感を抱いたんだね。あながち事実無根とも云いがたいオハナシで、むしろ居直った韓遂は、馬超をけしかけて涼州をまとめ、反曹操の涼州連衡を結成した」
A「正史だとそういう展開なのか」
F「いちおう触れておくと演義では、涼州(にいた)の馬騰を、孫権討伐という名目で都に呼び寄せ、これを殺す。父が死んだのを聞いた馬超だけど、韓遂(と、孔明)に乗せられて曹操と対決する……と歴史は推移した」
Y「俺がツッコむのもアレだが、何で馬騰が孫権の討伐に駆り出されるんだよ」
F「曹操は丞相だぞ。最高権力者だ。その丞相から『孫権を討て』と云われては、勤皇家の馬騰には逆らえんさ」
Y「勤皇家なら、その事態をどうにかしようと思うだろうに」
F「思ったよ。だから、馬騰は武装して兵を率い許昌に乗り込んできた。閲兵にかこつけて、曹操を殺そうと考えて。かつて董承が企てた曹操暗殺計画に、馬騰は劉備とともに加盟していたワケだから」
Y「……だったか」
F「でも、その企ては見破られる。曹操にしてみても、馬騰は……というか、涼州勢はどうにかしたいと思っていた相手だ。赤壁の時の流言もあるしな。馬騰は次男・三男とともに死亡。唯一逃げ延びた馬岱が、馬超にことの次第を伝えて、涼州は曹操と戦火を交える……という次第だね」
Y「益州の使者云々は、演義では触れられていないワケだな」
F「そゆこと。まぁ、戦況はほぼ同じように進むんだけど……ね。まずは、曹操が到着する前に、馬超が長安を攻略」
A「おい待て、前漢の帝都!?」
F「馬超の武勇や涼州兵の軍事力もさることながら、この時奮ったのが龐徳の智謀で」
A「……韓遂もそうだけど、涼州人で智謀とか云われても反応に困るのってアキラだけかな」
Y「コーエーの三国志T(正確には無印)で、龐徳の知力は87だぞ。11作平均が69で、最大87、最低58。参考値を挙げれば、夏侯惇が平均64(最大72、最低58)、夏侯淵は56(最大60、最低51)」
A「悪くない数字なのか? ……つーか、夏侯淵の方が頭悪いンかい」
F「演義では、夏侯惇が関羽、夏侯淵が張飛の役回りだからねぇ。最近のシリーズでは見直されつつあるけど、演義準拠のコーエーシリーズでは無理もないと思うぞ」
A「……?」
F「ちなみに龐徳は、Tで武力44という評価をされているけど、これは『全ての君主に統一(ゲームクリア)のチャンスがあるよう、能力値を調整した』かららしい。でも、この男が切れ物なのは確かだぞ」
A「まぁ、そうなんだろうけど……ところで」
F「ない」
A「……即答かよ」
F「うん。龐徳と龐徳公の間に、血縁関係らしきものは、正史でも演義でも確認できない。ここまでの連載で"龐徳公"と呼んでいたのは、龐徳と同姓同名で区別がつかないからでね」
Y「まぁ、さすがに両者出さないわけにはいかないからなぁ」
F「さて、長安を攻略した馬超は、東進して黄河のほとり・潼関に陣取った。進出してきた曹操と、まみえた馬超はこの年34歳。勇者・馬騰の長子にふさわしい勇姿をもって汗血馬に跨り、左右に龐徳・馬岱を従える益荒男ぶりに、チビの老いぼれは己の姿を恥じたとか」
Y「曹操を悪く云うな」
F「そんな曹操、それでも前に出て『漢に叛くとは、世に天子があるのを知らんのか!』と怒鳴りつけるものの、馬超に『天子があるのは知っているが、天子を嵩に着て暴威を振るう、賊があるのも知っている!』と云い返される。この期に及んで舌戦という状況ではなかったんだね。かくして、戦端は開かれた」
A「苦戦するんだよな」
F「うむ。まず、馬超に敵う者がない。両軍激突したものの、于禁・張郃がタイマンであっさり蹴散らされ、さらには龐徳まで斬り込んでくる。西涼兵が『紅い衣が曹操だ!』と叫ぶのを聞いて、曹操はまず衣を脱いだ。今度は『ヒゲが長いのが曹操だ!』と云うモンだから、ヒゲを自分で切り落とす。すかさず『ヒゲの短いのだ!』と云われたモンだから、旗を引き裂いてヒゲを包み、何とかその場を逃げおおせたとか」
A「お笑いだな……」
F「負けじと曹操は、典韋亡き後の親衛隊長たる許褚を出して、馬超にタイマンを挑ませる。互いに百合打ちあって一歩も退かず、馬は倒れる槍は折れる。いらだった許褚は鎧兜を脱ぎ捨て裸になって突きかかり……まぁ、好勝負と云うべきだろうな。結局勝負はつかず、両者引き上げるに到った」
A「……いつも通り、演義では、かな」
F「いや、正史でも曹操が苦戦しているのは事実だ。そこで曹操、賈詡の進言を容れ、馬超と韓遂を割く策に出た。春まで停戦しようとの申し出に応じておいて、韓遂と親しげな態度を見せたり、墨塗りの書状を送って『見られて都合の悪いところを塗り潰したのか……?』と疑わせたり、偵察に来た馬超(本人)の前で『あ、この間の約束、よろしくなー』と云ってみたり……。まぁ、馬超でなくても疑いたくなるわな」
A「うーん、性格悪い……」
F「というか、今回の頭の方で云ったろ? 涼州連衡、って。連合、じゃないんだ。あくまで、涼州の軍閥が集まっているだけの集団なんだよ、馬超が率いているのは。連合なら盟主がある程度大きいクチを利けるけど、横のつながりは対等という名目だから、疑われた韓遂がキレて馬超を見捨てても、何ら非難する謂われはない」
A「云うって」
F「ともあれ、韓遂の内通を容れた曹操は、これに乗じて総攻撃に移る。馬超もろとも韓遂をも蹴散らし、涼州連衡を散々に打ち破った。……終わってみれば、地力の差が出たあっけない決着だったな」
A「まぁ、仕方ねーけどな……。で、どーなったの、馬超?」
F「うん。夏侯淵を長安に残し、曹操軍の主力は引き上げたのね。そこで馬超は、異民族を抱きこんで涼州で再び決起した。一度は攻め入ってきた夏侯淵を退けるんだけど、結局敗れて、馬超は漢中へと落ち延びる。そして、戦乱の最中韓遂も命を落とした。かつては董卓をも恐れさせた涼州の怪物も、こうしてその生涯を終える」
A「……だから、そんなに凄い奴かよ、ってのが俺の本音なんだけど」
F「時代時代の支配者たちが、常に恐れていたのが涼州勢力なんだよ。異民族から漢土を守り、卓抜した軍事力を有するこの集団を、董卓も李・郭も、そして曹操も恐れ続けた。その涼州出身だった前者3名は、涼州勢を手なずけることで無力化したつもりになっていたけど、曹操は違った。曹操は、断固たる態度で涼州を平定することで、それを自軍に編入し、さらなる高みを目指すに到った。漢土十三州、ついに涼州にまで曹操の旗が翻った」
Y「こうして見ると、それほどの脅威とは思えんがな」
F「……ところで、正史ではこのあとで、鄴にいた馬騰が処刑されている」
Y「順当な処置だな」
F「今回で、連載60回。各地の群雄たちは次々と淘汰され、連載初期から出演してくれていた武将たちも、次々と世を去りつつある。一抹の寂しさを禁じえんよ」
A「時代は変遷していくね……」
F「続きは次回の講釈で」

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