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私釈三国志 57 銅雀大宴

F「では、いつも通り曹操の動静をば」
A「ぶーぶー」
F「心ならずも劉備と孫権は姻戚となり、なったからにはある程度誼をつないでおく必要がある。孫権が恐れるのは、劉備と曹操の同盟なんだから。というわけで、孫権は華歆を許昌に送って、劉備を荊州牧に推挙しようとした」
A「劉備に恩を売ると同時に、曹操に結びつきを見せつけるわけだな」
F「そうなる。ところが、曹操はあいにく冀州は鄴に行っていた」
A「何しに?」
F「袁尚が死んで曹袁戦争が終結した頃、鄴で、銅でできた雀の像が掘り出されたんだね。古代の名君と名高い舜の母は、玉の雀が胎内に挿入ってくる夢を見て舜を産んだ、と荀攸に聞いた曹操は、この地に高台を建てると云い出した。曹丕と曹植に工事を任せ、軍団を南下させたんだけど、それが竣工したとのこと」
Y「世に名高き銅雀台だな」
F「そういうことだ。土台だけでも20メートル、地上30メートルの高台は三棟連なり、真ン中が銅雀台、左に玉竜台、右に金鳳台。橋がかけられそれぞれの間には空中廊下が渡され、行き来できるようになっている」
A「……改めて聞いてみると、随分な建築物だな? 3世紀も初頭だってのに」
Y「日本では、卑弥呼さえ生まれていたのか判らん時代だからなぁ」
F「確かに。実史では、金鳳はともかく玉竜は確認できないな。その代わり、氷井台というのがあったらしいけど」
A「氷井?」
F「文字通りだ。深さ30メートルからの井戸を掘り、氷室を連ねて、大量の氷や食糧・燃料・物資を貯蔵していた。また、これらとは別に、講武城という兵法の講義場や、水軍の練習場・玄武池を建てている」
A「一大センター施設だな……」
F「広大な冀州平野を統率する鄴は、魏の中心都市だからな」
A「しかし、赤壁で敗戦したばかりだってのに、そんなモン建てていいのか?」
F「荀子は『立派な宮殿は尊卑を明らかにするために建てる』と云っているし、蕭何は劉邦に『皇帝ってのは立派な建物に住んでないと威厳が保てないんですよぉ』と云っているぞ?」
A「…………………………」
Y「1番、性善説。2番、性悪説。3番、中立論。どーれだ」
A「おにーぃちゃぁ〜ん……」
F「性悪説だ。蕭何はいいよな? 劉邦に天下を取らせた前漢三傑の末だけど」
Y「何度か蕭何の名は挙がってるぞ。忘れてたのか?」
A「覚えてたモン!」
F「ともあれ、そんな銅雀台が竣工したから、文武の百官を招集しての大宴会が、ここで行われていたんだね。宝石で飾り散らしたおべべに身を包んだ曹操は、高いところにふんぞり返って百官を見下ろす。まずは柳の枝に、張粛が持ってきた蜀錦の着物をかけ、その真下に的を置き、百歩先から矢を射かけるという競技だ。的の真ン中にある赤丸を射抜いた奴に、その着物を与えるという趣向だね」
A「百歩……」
F「3割外すかなぁ。ともあれ、飛び出したのは曹一族の『千里の駒』こと曹休。矢を放てば見事に赤丸を射抜いた。曹操が喜んで着物を与えようとすると『しばらく! 我ら外様のものの弓勢をご覧あれ!』と、文聘が進み出る。赤丸にもう一本矢が突き立つと、群集が喝采の声を上げた。勝ち名乗りを上げようとした文聘を、遮ったのは曹洪だった」
A「アイツ、強いのか?」
F「どうなんだろう? とりあえず、赤丸に矢は刺さったんだけど。鉦や太鼓が鳴らされる中、さらに飛び出したのは張郃だった。馬を走らせながら身体をねじり、背中越しに矢を放てば、赤丸には四本の矢が、サイの目よろしく並び立つ始末。この離れ業には、誰もが言葉を失った」
A「いや、それはさすがに創作だろうが!? そんなモンできる奴が……奴が……」
F「何だ、その眼は? まぁいいが。ところが、黙っていないのは夏侯淵だ。鼻で笑って矢を放てば、すでに刺さっている四本の矢の、ちょうど真ン中に突き刺さる! 弓勢においては曹操軍随一と称されるだけはあるな。それを見た徐晃は、今度は着物がかかっている柳の枝を射抜いてのけた。着物は地面に落ちたものの、徐晃はそれを奪い取る」
A「ぅわあ……」
F「そこで暴れだしたのが許褚だった。着物を奪おうと徐晃に襲いかかり、馬から引きずりおろして取っ組みあいを始める。これにはさすがに曹操が止めに入り、7将にそれぞれ着物を与えたのでした」
Y「武芸大会は大盛況だな」
F「続いては文官一同、王朗・鍾繇・陳琳たちが、口々に曹操を讃える詩を吟するけど、曹操はそれを喜ばなかった。王朗たちは、曹操が天子の座に就くべし……としたんだけど、曹操にはそのつもりはなかったんだね」
A「この時点では、か?」
F「んー……曹操はこの年(210年)、曰く『自らの本志を明らかにする令』で、以下のように云っている」

『天下を平定し丞相とはなったが、ここまで来れるとは心にも思っていなかった。そこでひとつ、自慢ととられるかもしれないが、云っておきたいことがある。
 もしこの国に、曹操孟徳という男がいなかったらどうなっていた?
 黄巾・董卓・袁術・呂布・袁紹・劉表……どれほど皇帝・王を称する輩が現れたことか。それら全てをオレが平らげたからといって、オレが天下を望むものか。軍事力を有していたからといって、斉の桓公・晋の文公に野心があったとなぜ云える? 祖父の代から三代に渡って、漢王朝に仕えてきたのだぞ、曹家は。
 だからといって軍権は手離せん。そんなことをしたら各地で兵が上がり、漢王朝は危機に瀕するだろう。オレは漢王室を守るため戦い、天下を平らげた。
 だが、長江流域はいまだ定まらず、戦乱に明け暮れている。それを平定しないうちは、官位は返還できんが領土は辞退できる。我が領土の三分の二を王朝に返還しよう』


斉の桓公:管仲の主。春秋時代を代表する覇者だが、管仲がいたため周を討つことはなかった。
晋の文公:放浪癖で有名な、桓公と並ぶ覇者。周の名の下に諸侯と会盟した。一名をして重耳。

F「曹操という男が、今ひとつ弱気だというのは判ってくれていると思う。だが、こういうものを遺しているのは、あまり知られていないだろう」
A「うーん……」
F「さて、華歆が持ってきた『劉備を荊州牧に』という上奏に、曹操は筆を投げて『沼に潜んでいた龍が、ついに風を得て空へと舞い上がったか! 荊州を得て孫権と結ぶとは!』と慟哭している」
Y「しかし、それほど嘆くことでもないだろう? 南方の情報が入っていれば、孫権の本心、劉備を討ちたいものの曹操に攻められたら困る、というのくらい読めるだろうに」
F「その通り。そこで程cが進み出て、周瑜や程普を荊州の都市の太守に封じることで劉備と仲違いさせようと画策した。というわけで、周瑜は南郡太守、程普は江夏太守、劉備は荊州牧に、それぞれ就任した。ついでに華歆を許昌に留めおいて、自身の配下に加える」
A「……ある程度の手は打ったワケな」
F「ここで曹操が、周瑜に眼をつけたのは、ある意味いやらしい気がするんだが……まぁ、次回かな」
Y「あぁ、そっちに戻るのか」
F「うん。周瑜、そして孫策については、やはりいくらか思うところがある。50年後にすべきかとも思ったが、まぁ早めにやっておいても問題なかろう」
A「……ナニをだ?」
F「続きは次回の講釈で」

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