私釈三国志 56 政略結婚
F「さて、長々続いた赤壁の、終戦後に移行する」
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A「戦後処理からか」
F「結論から云えば、荊州は三分割されたような状態になった。北部は曹操が押さえ、東部は孫権が根を張り、残る地方は劉備……名目上は劉g、が支配するという形式だな。州牧は劉gなんだけど、劉備(というか、孔明)に身柄を押さえられているので、本人の意思はないに等しい。南荊州を平定して黄忠・魏延を配下に加えたのはこの頃だけど」
A「当然、孫権や周瑜は面白くないだろうな。演義では、主力になって曹操軍を退けたんだから」
F「ただし、劉備にしてみても荊州から退くつもりはない。この頃の劉備が置かれていた状況は、やはり演義に詳しいな。交渉役として派遣されてきた魯粛に、孔明は『今荊州から出て行ったら、我らは行く場所がないんだぞ! 交州に行くなと云ったのは誰だ!?』とか『ワタシが東南の風を呼ばなかったら、アンタらはどうなっていたのか判ってるのか!?』と、半ば以上脅迫に近い理屈で凄む。魯粛は返事ができずに右往左往する始末だ」
A「立場ナイというか、何と云うか……。どうして孫権は、こんな野郎を重用してたんだ?」
F「その昔、周瑜が孫策のために挙兵しようとしたとき、食糧を貸してくれるよう地元の豪族に持ちかけたんだね。それに応じたひとりが魯粛で、満載されていた米倉のひとつをそっくり進呈してのけた。以来、孫家は魯粛に頭が上がらず、外地から戻ってきた魯粛を孫権が下馬して迎える、なんてこともあったんだけど」
Y「君臣の関係がまるでなっちゃいないな」
F「いや、実はそれだけじゃすまない。孫権が『ここまですれば君の顔も立つかな?』とこっそり確認すると、魯粛は『いやぁ、足りませんな。いずれ四海を制し天下を盗り、歴史に我が名が残らぬ限り、私の貸しは返ってきたことにならんでしょう』と云い放っている」
A「……どーして、孔明や周瑜には腰が低いのに、曹操や孫権相手だと強気に出るんだ? この野郎は」
F「あっはは……。ともあれ、周瑜が荊州の覇権争いで曹仁と戦っていたときに負傷してね。ために、一触即発の事態は回避できたような状態なんだ。周瑜が動けたなら、そのまま劉備との全面戦争に入っていた可能性は低くない」
A「まぁ、な。周瑜は劉備が嫌いだったワケだし。でも、劉備は州牧を擁してるんだろ?」
F「劉gが病弱だから、代わって荊州を統治するのです、というのが劉備の主張。ところが、その劉gがはかなく世を去ったものだから、魯粛がやってくる。そこで孔明は『じゃぁ、益州を獲ったら荊州を割譲しよう。文句があるなら、江東に攻め入ってもいいんだぞ? 曹操を上回る軍略と戦力と自信があるのか?』と云い出す始末で」
A「あるわけねーだろ!」
F「どうしましょうかと魯粛は周瑜に相談を持ちかけるんだけど、周瑜にしてもうかつには動けない。その当時、合肥に張っていた張遼が、孫権を挑発して戦火を交えていたモンだから、周瑜は麾下の軍団から兵力を、そっちに割かざるを得なかったんだね。どうしたものかと悩んでいたふたりのところに、耳寄りな情報が入ってきた。甘夫人死去の報だ」
A「甘夫人……あぁ、生き残ってた方か」
F「そういう覚え方はどうかと思うが。そこで周瑜が立案したのは、単純な『美人計』だった。劉備を呉に呼び出し、美女や贅沢品で骨抜きにして、関羽・張飛と引き離そうというものだけど、演義ではさらに、孫権の妹・孫尚香、あるいは孫仁を劉備に娶わせようとさえ云い出している」
A「孫仁?」
F「演義ではそうなってるけど、正史に名はないな。まぁ、例のアレにあわせて孫尚香としておくか。周瑜の考えとしては、この策で劉備をおびき出して捕らえ、荊州を呉に返すよう迫るプランで、孫権もこれに合意した。というわけで(さすがに今度は魯粛ではない、別の)使者を劉備のもとに送ったところ、劉備もその気になる」
A「男って奴は……」
F「孔明が占ったら大吉と出たんだね。というわけでノコノコ呉に乗り込んだ劉備だけど、孔明が手を打っていた。孫尚香との婚姻を呉の民衆に広め、既成事実化すると同時に、呉国太の耳にも入るように仕向ける」
A「亡き孫パパの妻だっけ?」
F「間違っちゃいないが第二夫人だ。第一夫人の妹で、孫策・孫権の叔母で義母、そして、孫尚香の母とされている」
A「……腹違いだったのか?」
F「でなきゃさすがに、謀略には使えんだろう。僕なら使えるが」
A「待て」
F「まぁ、それはさておいて。孫権や周瑜にしてみれば、民衆や呉国太には知られないようにことを進めたかったものの、孔明の思わぬ行動に、苦しい立場に立たされた。呉国太にしてみれば、おなかを痛めて産んだ娘だ。そんな計略に使われて黙っているワケにはいかなかったんだね。僕なら……」
Y「お前に娘がいるとして、その娘を俺と結婚させようとアキラが云い出したら、お前どうする」
F「……母親なら熨斗つけて献上するけど、娘だとなぁ。ぅわ……やれないやれない」
Y「そういうことだ。少しは考えて発言しろ。ついでに云うが、お前の母親なんぞブタのエサにしてしまえ!」
F「兄孝行、したいときには親はナシ」
2人『黙れ!』
F「まぁ、ともあれ。えーっと、というわけで劉備は甘露寺に呼び出され、呉国太に拝謁することになる。娘は可愛いものの、既成事実として広まったからには退くに退けない。そこで本人に会ってみて『ワタシが気に入らなかったら、お前たちの計画通り、殺ぁっておしまい!』ということに相成った」
Y「悪の女幹部か?」
F「ところが、あろうことか呉国太、劉備を気に入ってしまう。孫権は実施に向けて、甘露寺に兵を伏せていたんだけど、それを見咎めて『劉備はワタシの息子よ! それに傷つけようとはどういう了見!?』とまで云い出す始末だ。宋江の魅力は基本的に女性には通じないけど、劉備のそれは女性にも効くんだね」
A「当然だろ」
F「そのまま祝宴に突入したところ、夜半過ぎに劉備と孫権、連れションに出た。そこで庭石を見て、劉備『ちゃんと荊州に戻れるなら、この石を斬らせてくれ!』と念じて剣を振り下ろすと、石がまっぷたつに割れる。何してんのと尋ねられると『曹操を討ち漢王朝を再興できるなら、石よ割れろ! と念じて斬ってみたところ、斬れました!』と、酔っ払ったふりをする」
A「おい」
F「そこで孫権『じゃぁ俺もー』と剣を抜き『この火事場泥棒のエロジジイを倒し、荊州を手に入れられるなら、石よ斬れてしまえ!』と心中で念じながら剣を振り下ろすと、またしても石はまっぷたつ。十文字に四つ割りとなった」
A「世に云う恨石だな」
F「そんなこんなで、表向きは平穏に婚姻は交わされ、劉備はしばし贅沢にふけった。演義では、すっかり色香に参った劉備を、ついてきていた趙雲が『曹操が荊州に攻め入って来ましたぞ!』と叱りつけて、呉を脱出させるんだけど」
Y「逃げられるのか? ヨメ連れて」
F「いや、追っ手が丁奉と徐盛だったんだ」
Y「……じゃぁ逃げられるな」
F「というわけで、劉備は孫尚香と婚姻し、孫権と誼を結んだ。劉gの死後、荊州牧には推挙されていたものの、これにより実効支配を確立したと云っていい。天下三分に向け踏み出したわずかな一歩。だが、その足元を損なうため、周瑜はさらなる策を講じる。劉備に書状が届いた」
『いつぞやの発言をお忘れではなかろうな。我らが兵を挙げ益州を獲る。貴様らは道と食糧を提供しろ』
A「ぅわ……周瑜、お怒りモード」
F「まぁ、顔を潰されたに等しいからな。怒り狂った美周郎の策は、果たしていかなる結果をもたらすのか」
A「せーのっ。続きは……」
F「いや、その前にひとつ」
A「ありゃっ」
F「ところで、と云おうか。件の恨石については、十一世紀末に寺の火災で壊れたとか、とっくに失われてどっかから持ってきた石をその代わりに置いといたとか、いや劉備と孫権が上に座って天下を論じたとか、赤壁に際して孔明が孫権を説得したのがこの石の上だった……とか、諸説ある」
A「あ、現存してるの?」
F「実は、結論から云えば、恨石と呼ばれるべき石は、少なくとも甘露寺にはない」
Y「その心は?」
F「甘露寺そのものが、唐代の建立なんだ。820年代に建てられたらしい」
2人『待てやオラっ!』
F「三国時代には影も形もなかった。みーんな嘘、というわけだ」
A「どういうオチだよ!?」
F「続きは次回の講釈で」