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私釈三国志 54 唯欠東風

F「かくして、徐庶は涼州へ逃れ、以後三国志世界から姿を消した」
A「正史では、どうなんだっけ?」
F「以前さらっと触れた通り、長坂坡で曹操に捕らえられ、降っている。後に孔明が魏からの使者に、その安否を尋ねてこれこれこーいう役職についていますよと聞くと『魏は人材が豊富だな……徐元直をして、その程度の役職に使うとは』と嘆息している。孔明の下でなら、おおよそ法正や李厳を凌ぐ扱いを受けていたことは想像に難くないな」
A「惜しい男を逃したな……」
F「"反三国志"という古書があるんだけど、コレでは徐庶は劉備の元に留まり、大活躍するな。何しろ、仲達は爆死、夏侯惇は右眼も失い、劉禅も死んで、ついに蜀が天下を統一するというストーリーに仕上がっている」
A「徐庶がいれば、そこまでできたのかな?」
F「どうだろうな? というか、この"反三国志"の前書きが凄まじい。要点を簡単にまとめると、こんな具合」

『全ての"正史"はいんちきだ。新しい王朝は前の王朝を始末し、自分たちの徳を讃えるために歴史を騙る。ゆえに官撰の"正史"に信頼できるものなど存在しない! 野史こそが真実。そして、コレこそが真の三国志なのだ!』

Y「誰か黙らせろー」
A「あははぁ……2回前で似たようなことを云った、アキラには反論できません……」
F「まぁ、オハナシとしては凄まじく面白いので、劉備のシンパは一度読んでみることをお勧めします。さて、話を戻すよ。ちょっと笑えないイベントがあったものの、曹操は改めて攻撃準備を整える。先鋒の名誉に預かったのは、焦触・張南。ところが、出会い頭に周泰たちの率いる部隊にぶつかって、両者とも戦死。そこへ文聘がフォローに入って、何とか互角の戦闘を演じて見せた。高台からその戦ぶりを眺めていた周瑜は『蔡瑁を除き船を連ねても、なおあれほどの戦力とは……どうやって、曹操に勝てばいいのだ!?』と頭を抱え、ついに血を吐いてぶっ倒れる」
A「周瑜の代名詞たる"吐血"だな!?」
F「ナニを喜ぶ? というわけで周瑜は本陣で寝込んで、動けなくなってしまった。今攻められたら……と頭を抱える諸将だけど、魯粛は誰よりも頼りになる男、すなわち孔明に泣きついた。ややもったいぶったものの、孔明は処方箋を周瑜に差し出す。孔明の字で、こう書かれていた」

 ――欲破曹公 宜用火攻 萬事倶備 只缺東風(曹操に勝つべく火攻めの準備は整えたものの、ただ東南の風を欠く)

F「周瑜は内心震え上がったものの、笑顔さえ見せて『では、薬も用意していただけるのですか?』と尋ねてくる。孔明にっこり微笑んで『実はワタクシ、以前異人さんから奇門遁甲の天書を授かり、風雨を自由に操ることができるのですヨ。祭壇を築いて頂ければ、三日三晩東南の風を吹かせてみせましょう』と豪語した」
2人『…………………………』
F「きょうは僕が聞こう。なぜここで黙るか」
A「……いや、俺たち、この時の周瑜の気持ちが判るからさ。つまり『何云ってやがるこの野郎』という気持ちと『いや……コイツなら、マジでそれくらいやりかねねェ』って気持ちが葛藤するんだよ」
F「そーいうモンですかねぇ? ともあれ、それを聞いた周瑜は跳ね起きて、大急ぎで南屏山に祭壇を築かせる。星宿二十八になぞらえた祭壇は、北には玄武の旗と北斗七星、南には朱雀の旗と南斗六星、西に白虎の旗と西斗五星、東には青竜の旗と東斗四星……」
Y「誰か『それじゃ水滸伝だろっ!』ってツッコんでやれー」
A「え? いや、マジなんだろうとばかり思ってたけど……てっきり、お兄ちゃんがいつもやってる雨乞いの儀式の様子なのかとばかり」
F「というわけで3日後の夜、それまでさらりとも吹かなかった東南の風がやにわに、長江北岸へと向かい吹きつけ始めた。動揺めく孫呉の諸将の中で、周瑜は蒼白を通り越して土気色に染まった顔で、攻撃命令を下す」
A「いよいよ、決戦の火蓋が切って落とされるんだなっ♪」
F「先鋒の名誉に預かったのは勇将・丁奉、副将に徐盛。200からの兵を率い、向かうは一路南屏山!」
A「向かう先が違うだろっ!?」
F「魯粛もそう止めるんだけど周瑜は『今度こそ殺す!』と絶叫。ところが、南屏山にたどりついた丁奉・徐盛が見たものは、もぬけの殻の祭壇だった。慌てて周辺を捜索すると、孔明が小船に乗ろうとしていた。徐盛が『軍師殿! 戻ってきてくださぁーいっ!』と叫ぶものの、孔明さん笑って『じゃぁ、頑張ってね〜♪』と船を漕ぎ出す。こちらも船を出して追おうとすると、船からドカ○ンが出てきて『趙子竜の弓勢を見るがいい!』と、弓を抜くや一矢を放ち、徐盛の船の帆を落とした。震え上がった徐盛は丁奉と合流して、周瑜に『逃がしちゃいました、てへっ♪』と報告する」
Y「周瑜どうした?」
F「地団駄ふみふみ『あの野郎は天地を操る鬼神だ! 孔明が生きてたら、僕はもう悪夢しか見られん!』と泣き叫んだ。魯粛が執り成して何とか曹操へ矛先を向けさせたけど、そんなわけで後の火種になったわけだ。かくして、西暦208年11月20日、狭義による赤壁の戦いは幕を開けた。蔡瑁の弟たちを軍神へのいけにえに処刑し、魯粛と龐統に本陣を委ね、全軍を出陣させる。まずは東南の風に乗って、黄蓋率いる一隊が曹操軍中へと入っていく」
A「降伏する話は通っていたから、警戒しなかったンだよな。で、小船は一斉に火を噴いて暴走し、曹操軍の軍船に突っ込む。鎖でつながれていた曹操軍は身動きできず、吹きつける風にあおられて、炎上!」
F「龐統の連環の計が、見事に功を奏したワケだ。曹操の御座船も火に焼かれたものの、張遼が駆けつけて黄蓋を射落とし、徐晃・文聘・馬延・張らと合流。何とか血路を開いて逃げるものの、張遼は呂蒙、徐晃は淩統の追撃を防ぐため残し、馬延・張は甘寧に討ち取られた。陸遜・太史慈まで攻め寄せてきたから、もはや曹操気が気でない」
A「でも、何とか逃れてひと息吐くんだよな。んで大笑いして『周瑜も孔明も阿呆じゃ! この辺りに兵を伏せておけば、我らの息の根を止められたものを!』と云うんだけど、一隊を率いて趙雲が出現!」
F「張郃らの奮闘で曹操は逃げる。何とか逃げ延びたところで、火を焚いてごはんの準備をしながら『まぁ、連中ではこの程度だろうな。ここに兵がいたら、我らは危ないところだったが』と笑っていると、今度は張飛が駆けつけてきた。許褚たちが何とか喰い止めている間に曹操は逃げられたんだけど、もはや兵も馬も疲れ果てていた」
A「戦う気力なんてなくなったワケだな♪ それでも江陵へと落ち延びる曹操は、華容道まで来たらまた笑い出すんだよな。ナニをお笑いですかと程cが聞くと『やはり奴らは頭が足りぬ! この辺りに伏兵でもいたら、我らはそろって降伏するしかなかっただろう』と、云わなきゃいいのに云ってしまう」
F「もうやめてくださいって心境だろうな、程cは。というわけで、関羽が駆けつけてきた。これにはもはや、誰も立ち向かおうとしない。程cが曹操をけしかけて、前に出た曹操は『やぁ、将軍! お変わりないかな』と語りかける」
A「関羽は一礼して『お久しぶりです、丞相。昔語りなどを楽しみたいところではありますが、軍中のことゆえそうもいきませぬ。潔く、我が手にかかってくだされ』と応じる。でも曹操は往生際悪く『そこはほれ、わしとお主の仲ということで、見逃してはもらえぬか? 顔良・文醜のことはともかく、五関六将のことを思ってくれ!』と泣き叫ぶ。従う兵も将も平伏するモンだから、義の人・関羽には攻撃を命じることができず、道をついに開けてしまった、と……」
F「殿軍に立っていた張遼を名残惜しく見送り、関羽は全ての曹操軍を見逃した。まぁ、感動のシーンだな。やっとのことで曹仁の守る江陵へとたどりついた曹操一行は、その数わずか二七。やっとの思いで虎口を逃れた曹操は、天を仰いで慟哭する……郭嘉がいてくれれば、こんな敗戦をさせなかっただろう、と」

 ――哀哉奉孝 痛哉奉孝 惜哉奉孝(哀れよな、郭嘉。痛ましいぞ、郭嘉。……惜しかな、郭嘉)

F「かくして、赤壁の戦いと呼ばれる一連の戦闘は、曹操軍の敗走で幕を閉じる。名作『蒼天航路』を持ち出すまでもなく、この敗戦によって曹操の天下統一は阻まれたと云っていい」
Y「待て。締めに入る前にツッコむが、演義での話だろうが。正史はどうした」
F「前々回に見た通りだ……では納まらないだろうから、次回まとめる」
A「まぁ、いくらか伏線も張ってあったしねぇ」
F「うん。正史における赤壁の記述が、まさかあんなに劉備寄りだとは思わなかったからなぁ。実際、正史と演義を見比べていると、何かと興味深いものが見えてきていて」
A「赤壁が一大イベントだったのは判ったワケだな♪」
Y「ある程度の戦闘があったのは認めるが……」
F「……正史・演義・関連書籍を読み返していた僕は、赤壁の戦いに関して、ひとりの男の死を思い出した」
Y「またそのフレーズか!?」
A「誰!? 劉安みたいなネタ武将、もういらないからねっ!」
F「その男の名は、王垕という」
A「……ヤス、マジで誰?」
Y「いや、俺も知らんが……」
F「続きは次回の講釈で」

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