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私釈三国志 48 燕人張飛

F「というわけで、ドカ○ンの活躍により阿斗サマは曹操の魔の手から逃げおおせた」
A「蜀のファンとしては、後々のために子供だけは捨ててこいって云ってやりたいところなんだけどなぁ」
F「それを云うな……。えーっと、やっとのことで囲みを突破すると、さしもの趙雲も疲れ果てていた。そこへ曹純が手勢を率いて追いついてきたものの、すでに長坂橋は目前に迫っている。ところが、そこには張飛がいた」
A「趙雲が降ったとか聞いていた張飛だけど、すでに戻っていた簡雍や糜竺から誤解だと聞いていたんだよな」
F「まぁ、張飛と趙雲のタイマンというのも興味深いけど、この状況では勝負にならんだろうからなぁ。趙雲は張飛に殿軍を任せ、橋を抜け劉備のところに駆けつける。糜夫人は助けられなかったもののお子様だけは……と、懐ですやすや寝ていた阿斗を劉備に差し出すと、劉備は子供を地面に叩きつけた。曰く、お前のせいで大事な漢を失うところだったのだぞ! と。居並ぶ群臣は劉備の心意気に涙を流したという」
A「感動のシーンだよなぁ……」
Y「勧進帳を知ってるか、アキラ?」
A「何だよいきなり? アレだろ? 京都から逃れる途中の関所で、山伏に変装していた義経一行だけど、見破られそうになった。そこで弁慶が、義経を殴り倒してその場を逃れたって有名なエピソード」
Y「一説では、その傷がもとで義経は死んだそうだが」
A「何が云いたい!?」
Y「別に」
F「はいはい、アンタたち仲良くしなさいな。さて、それはともかく張飛の方。橋の上には張飛ひとり、その奥の森では土ぼこりが起こっている。どうしたものかと曹純・文聘が手を出しかねていると、後続の軍勢が次々と集結してきた。敢えて列挙しよう。夏侯惇・夏侯淵・曹仁・楽進・李典・張遼・張郃・許褚、そして曹操!」
A「ほとんど魏軍オールスターだな」
F「だが、張飛一騎がいるだけで、誰ひとり手を出そうとしない。いや、できない。背後の森に伏兵があることは明白……要するに、孔明の罠だと判断したんだね。ヒゲを逆立て眼を剥き、蛇矛を手に声を張り上げた」

『オレが張飛だ! 死にたい奴はかかってこい! (身張益徳也 可来共決死敵)』

F「……ダメだな。この時の迫力は、文字では表しようがない」
A「んー、爽快爽快♪ 何だっけ、曹軍の将兵そろって震え上がり、本人は慌てて旗を降ろして身を隠したんだっけ」
F「だ。そして左右に『関羽の云うのは正しかった……あの野郎、なるほど関羽より強いかもしれん』と述懐する。動かない曹操軍に、張飛は焦れて『殺るのか殺らんのかはっきりしろ!』と怒鳴りつけると、曹操の傍らにいた夏侯傑が恐慌を来たして落馬し、そのまま死んだ」
A「カッコ悪っ!」
F「これでは戦にならんと、曹操は自軍に退却を命令。曹操軍が退いたと見た張飛は、橋を落として自分も逃げた。……ところで、ここで話をちょっと変えてみる」
A「ん?」
F「名作『蒼天航路』では、このシーンで張飛と曹操の奇妙なやり取りが見られる。曹操は両手で輪を作り、対して張飛は手を開いて突き出す。あの男、只者ではない……! と感心する曹操に対して、張飛は『そんな饅頭、5でも10でも持ってきな!』と豪語するものだけど」
A「あぁ……あったな。張飛のアホさ加減を暴露したエピソードだよな」
F「実はコレも柴堆なんだ。そのエピソードの元になった(と思われる)民間伝承があって」

 劉備と曹操が対陣していたある日、劉備のところに曹操から酒宴のお誘いが来た。当然罠だと思ったものの、呼ばれて行かないのは礼に欠ける。あいにく関羽が留守だったので、孔明は張飛を行かせることにした(非道ェ)。
 酒が入った張飛を見て、曹操はヨカラヌ企みを案じた。
「張飛殿、酒の余興にひとつ無言問答をしようではないか。負けた方が兵を退くということでどうだ」
「おぉ、お相手しましょう」
 酔っている張飛は、副将の范彊・張達が止めるのを聞かずに安請けあいする。曹操の軍師たちがほくそえむ中で、ふたりは向かいあった。
 まず曹操が両手で輪を作ると、張飛は両手を左右に広げてみせる。曹操は、眉をひそめた。
 続いて曹操は指を3本立てるが、張飛は指を5本立てる。曹操の顔色が悪くなった。
 ややあって曹操は親指を立てたものの、張飛は顔の前で手を振る。ここで曹操、手を突いた。
「参った、張飛殿……兵を退くよ」
『何でやねん!?』(×軍師ズ・范・張)
 だが、曹操マジで兵を退く。何事ですかと詰め寄る軍師たちに曹操は額を押さえながら。
「わしが『この天下はわしのものだ』と輪を見せると、張飛は『そんなこと、この蛇矛が許さんぞ』と応じた。次いでわしが『三方から攻め入ってやるぞ』と指を立てると、奴め『我ら五虎将が黙っておらんぞ』と応えよる。わしも意地で『わしの兵法、天下一!』と親指を立てるが『いやいや、それほどではない』と流しよった。張飛め……ただの阿呆と思っていたが、侮れんわい」
 張飛が無事で帰ってきたのみならず曹操が兵を退いたので、劉備も孔明も驚いて、何事だと尋ねる。張飛、平然と。
「無言問答をしたのだ。曹操は『饅頭はどうだ』と聞いてきたので、オレは『蕎麦がいいな』と応じた。すると『蕎麦だと3杯出せるが』としみったれたことを云うので『5杯出せよ』と応えた。奴め困った様子で『アンタの胃袋、天下一!』などとおだてよるので『いやいや、それほどではない』と流したところ、兵を退いたというわけさ」
 高笑いしながら座を辞した張飛を見送って、劉備は范彊・張達に。
「……苦労、かけてるよね」
「いえ……」
 そんなわけないよなぁ、と一同で溜め息ついたのだった。

F「張飛という男は、こういう笑い話のネタにされることが多いんだね。本場では、大人は関羽、子供は張飛が大好きらしい。『蒼天航路』でいきなりあんなコトしでかしたけど、この小話を知っていた僕は、つい吹き出しちゃったね」
Y「くくく……。しかし、有名な話なのか?」
F「それなりに有名だろうね。……アキラ、いい加減笑いやめ」
A「ふぁ〜ぃ……あはは。あー、笑った笑った」
F「まぁ、橋を落としたのは張飛らしい失敗だったね。橋がそのままだったら罠があると警戒するだろうけど、それを落として逃げたということは罠はないということだ、と曹操は判断した。李典が『それこそ、孔明の罠では?』と進言するけど、曹操はそれでも兵を出す」
A「内心ドキドキだったんじゃないか?」
F「どうだろうねぇ。実際、森の中には二十少ししかいなかったわけだし。10万を数える曹操軍は堂々と追撃し、逃げ続けていた劉備一行、ついには漢津で追いつかれそうになる。だがその時、ついに関羽が駆けつけてきた。1万からの軍勢に曹操は驚愕し、慌てて全軍に退却を命じる」
Y「……いくら趙雲・張飛と続けざまに蹴散らされたからって、そこまで警戒するかね」
F「弱気になってるな。……まぁ、例によってこの辺りは、ほとんどが演義でのオハナシ。趙雲の一騎駆け・張飛の立ち往生は正史にもあるけど、基本的には劉備一行は、命からがら逃げ延びたというのが実情らしい」
A「はぐっ!」
F「何とか、孔明や来てくれた劉gと合流して3万からの兵には膨れ上がったものの、もはや荊州はほぼ曹操の支配下に落ちたと云っていい。生き残った民衆を抱え困り果てた劉備一党は、ついに蒼梧――交州に逃げようと思い詰めた」
A「どーして、そんなところに逃げるんだよ!?」
F「益・交州からなら、国外に逃れられるからなぁ。実際、コレは判断としては……いや、50年以上先の話だから、ここではさておこう」
A「どーしてそんな先のことまで考えてるかな、この雪男は……」
F「ともあれ、江夏で前後進退窮まった劉備一党のもとに、救いの使者が現れた。江東より派遣されたその男こそが、三国志中盤の動静を一手に支配したと云って過言ではない縦横家。……名を、魯粛と云った」
2人『云い過ぎだっ!』
F「続きは次回の講釈で」

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