私釈三国志 47 百万軍中
F「というわけで、今回は長坂坡の戦闘について」
津島屋幸運堂は【真・恋姫†無双】を応援しています。
A「戦闘というより、ほとんど虐殺だけどな」
F「……反論できんよ。えーっと、事態の推移を、演義中心に見ていこう。劉備の仁徳を慕った荊州の民衆が、在所を捨て、南下する劉備の後を追いかけた。ええかっこしいの劉備はコレを見捨てることができず、やむなく連れて行くことになる。当然ながら進行は遅くなり、一日数キロがいいところ」
Y「バカだな」
A「でも、だから劉備なんだよ」
Y「……ふん」
F「さすがに埒が明かないと判断した孔明は、まず関羽を先行させて、劉gに救援を求める。外交担当の孫乾が同行した辺りに、当時の劉備軍は果たして劉gからどう思われていたのかと、疑念を抱かずにはいられない」
A「やかましい!」
F「ところがその関羽からも音沙汰がなく、改めて孔明、劉封(劉備の養子)と護衛の兵を率いて劉gのもとへ向かった。これにより、全軍の三分の一が劉備本隊を離れてしまった計算になる」
A「……もともとの絶対数が少ないからなぁ」
F「民衆を引きつれ、のたくら進む劉備軍。当然ながら、それを放っておく曹操ではなかった。5000からの騎兵を曹純・文聘が率いて後を追った。当然、自分でも兵を率いて出陣するけど」
A「最近、新キャラ多いな」
F「だな。えーっと、この文聘、劉表に仕えていた武将だけど、荊州が曹操に降った際『あぁ、俺がいながら荊州を守りきれんとは……!』と嘆いて引きこもったことを賞賛された男だ。演義で、襄陽で暴れだした魏延を止めたのもこのひと。道案内として曹操に呼び出されたんだね」
A「で、実働部隊を率いるのが曹純か」
F「演義ではないがしろにされがちだけど、曹操軍における優秀な武将のひとりだよ。追いついてきたそんな軍勢の、先鋒に文聘がいるのを見た劉備は『この恩知らずが! どのツラ下げて劉表殿にまみえるつもりだ!』と怒鳴りつけ、云われた文聘は思わず逃げ出した」
A「シャイな奴だな」
F「お前らと違って、恥を知ってるんだな。ただし、曹操軍の勢いは止まらない。民衆を蹴散らし、少ない劉備軍兵も斬り散らされ、劉備一行は散り散りになってしまう。……あまり云いたくはないけど、避難民に手を出すのは、絶対に許されることじゃない。その意味では、この時曹操が何を思ったのかは想像もできん」
A「本性だろ?」
Y「それにしても、守りが手薄だったのは事実としても、劉備軍の弱さが判る瞬間だな。前回でも云ったが」
A「やかましい!」
F「殿軍を張った張飛の奮戦で、劉備自身は何とか長坂橋までたどりつくけど、簡雍・糜竺・糜芳、それに趙雲の姿が見えない。どうしたものかと嘆いていると、糜芳が矢傷を負って追いついてきた。そして『趙雲将軍が、敵に寝返りましたー!』と泣き叫ぶ」
A「真に受けた張飛は『あの野郎、ブっ殺してやる!』と息巻くんだよな。汝南で関羽相手にした時といい、張飛ってばやっぱりおバカさん♪」
F「笑い事じゃねーけどな。その趙雲、乱戦の中を駆けていて、息も絶え絶えの簡雍を発見。劉備の夫人ふたり……甘夫人と糜夫人、そして先年生まれていたのちの劉禅・阿斗が行方不明と聞きつけた」
A「夫人はともかく、阿斗はほっときゃいいのに」
F「そうも云えんだろう……気持ちと理屈は判るが。連れていた兵士は簡雍を護送させ、単身で逃げ惑う民衆の中へ駆け込んでいくと、今度は甘夫人と、魏将・淳于導に捕まっている糜竺を発見。淳于導を殺して馬を奪い、糜竺に甘夫人を任せてまだまだ進んでいく」
Y「元気と云うか、何と云うか……」
F「次に出くわしたのは、夏侯一族に連なる夏侯恩。曹操のお気に入りで、曹操の佩剣"倚天"と対になる"青ス"という業物を提げていた。……もっとも、使いこなす技量はなくて、あっさり趙雲に突き殺されて、肝心の"青ス"を奪われるんだけど」
A「夏侯一族のツラ汚しだな」
F「アレに比べればマシだと思うけど……な。ともあれ、何とか糜夫人を枯れ井戸のほとりで発見した。このひとは糜竺の妹で、先年に甘夫人が産んだ阿斗を抱いていたんだけど、勇猛をもって知られた趙雲でも幼子と自分を保護して逃げることは無理だと云って、枯れ井戸に身を投げてしまう」
Y「糜芳の妹とは思えない女傑だな」
F「まぁ、確かに。嘆いた趙雲だけど、阿斗だけでも逃がさなければならない。井戸を崩して夫人の死体に触れられないようにすると、阿斗を懐に抱いて、曹操軍中に斬り込んだ」
A「趙雲の武勇が遺憾なく発揮される大イベントだなっ♪」
F「うむ。通りかかったのは晏明だけど、あっさり殺される。そこへ駆けつけたのは、余人ならぬ張郃そのひとだった。のちの魏軍五将軍のひとりだけあって、さすがに趙雲でもてこずり、そこらにあった穴にはまってしまう」
A「とどめとばかりに斬りかかった張郃。ところが、その穴の中から紅い光がほとばしる! 抜かれた"青ス"の輝きに、張郃一瞬我を失い、その隙に趙雲はひた走った、と」
F「要するに逃げたんだけど、まぁそれはさておいて。次に趙雲を囲んだのは、袁紹に仕えていた馬延・張・焦触・張南。半ばキレている趙雲は、"青ス"を振り回して兵たちを斬り伏せ、突き進む。鉄を斬ること泥の如しとさえ称された斬れ味は本物で、兵たちの鎧は触れただけでもぱっくり割れたという」
Y「どれだけの斬れ味だ」
F「いちおう刀工には一家言あるので、それについてはいずれ触れる。文字通り斬り抜けた趙雲の前に立ちはだかったのは、鐘縉・鐘紳兄弟。これをも一瞬で斬り殺し、趙雲はいまだに走り続ける。曹操軍の名のある武将、実に50人を討ち取ったという」
A「百万軍中趙子龍! いや、強い強い! 呂布ごとき何するものか!」
F「まぁ、この時の趙雲は誰にも止められんわな……。その勇姿に見惚れた曹操は、無茶苦茶としか思えない命令を下した。趙雲を囲む兵に向かって『殺すな! ただ一騎の敵、弓も矢も用いずに生け捕りにしろ! それができんなら、いっそ行かせてやれ!』と声を張り上げる。……天下や荊州を手に入れて、なお人材がほしいのか、お前は」
Y「さすがに、その命令がなかったら、趙雲でも死んでたと思うが」
A「まぁ、確かに。行かせろ……とまで云い切る辺り、曹操の人材収集欲は凄まじいよな」
F「……あまり云いたくないンだけど、やらなきゃいけないよな」
Y「……だな」
A「なに?」
F「えーっと……正史におけるこの時の、趙雲の活躍ぶりを簡潔にまとめるとこんな具合になる」
『趙雲は、劉備の妻子を救い出した』
A「……ヨメも?」
F「信じられんが、正史においては趙雲、甘夫人を一緒に助けているのね。演義では、糜夫人と劉禅を馬に乗せて、自分は寄り添って走ります……みたいなことを云うけど、それを実際にやってのけたような記述があって」
Y「さすがに、趙雲が凄いことやってのけたのは認めざるを得んよ……」
A「ふはははは! そーかそーか、ヤスでも趙雲は認めるか! いや、実に爽快!」
Y「やかましい」
F「ところで、民間伝承に面白いエピソードがある」
A「ん?」
F「張郃に絡まれたときだけど、趙雲は左手の中指に傷を負った。……のちの魏軍五将軍のひとりをもってしても、指に傷をつけるのが精一杯だった辺り、それだけでも泣きたくなってくるんだけど、趙雲はその傷を恥じて指輪をつけて隠したんだけど、それを見た荊州の民衆は真似て指輪をするようになったとか。長坂古戦場に残る趙雲像は、そんなエピソードを反映してか、左手の中指にきちんと指輪をつけている」
A「へぇ。……おい待て雪男! そんなの見に行ったの!? アキラを置いて!?」
F「続きは次回の講釈で」
A「待てコラーっ!」