私釈三国志 42 荊州騒動
F「では、続いて荊州の動静について」
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A「官渡で曹操と袁紹が戦闘しているうちに、許昌を攻めて献帝を保護するよう、劉備が勧めてたよな」
F「基本的には、劉表は守成のひとだからねぇ。これは、性格じゃなくて性質的なものだけど」
A「その心は?」
F「以前聞かれたことを応えよう。142年生まれだ。官渡の戦いの頃(200年)には、すでに還暦近かったのね」
A「あー……それじゃ、嫌でも守りに入るわな」
F「そんな劉表には、みっつの悩みごとがあった。ひとつめにして最大のものが後継者問題。劉表には、長男の劉gと蔡瑁の姉(劉表の後妻)が産んだ劉jとがいたんだけど、当然蔡瑁としては劉jをして劉表のあとを継がせたい」
A「姉だっけ?」
F「演義では妹だけどね。ちなみに、劉jの妻は蔡瑁の姪っ子。完全なまでの外戚だな」
A「……それじゃダメだろ」
F「劉表としては、病弱な劉gよりはマシだろうと、劉jを後継者にしたいと考えていた。それでは、長男の劉gが面白かろうはずがない。そこで劉gは劉備(というか、孔明)の入れ知恵で、黄祖の死によって空席となった東方への抑えを買って出る」
A「逃れたわけか?」
F「兵を率いてな」
A「……それじゃ問題も起こるわな」
F「ふたつめが、河北を制した曹操……要するに、北方戦線」
A「河北を制したら、次は南下してくるよな」
F「当然ながら、と云っていいな。実際、劉表は抜け目のない男で、河北の動乱から荊州を守るために、自軍ではない勢力を利用している。かつて張繍が、荊州の北に駐留していたのは覚えてるだろう」
A「あぁ……そういえば、そうか。張繍が曹操に攻められたからって、どうして張済(張繍の叔父)を討った劉表が援軍を出すのかって思ってたけど」
F「唇亡びれば歯が寒い、というからね。曹操が調子に乗って、荊州まで侵攻してこないとも限らない。同盟関係にあったとはいえ、事実上張繍は従属していたような状態だったことは疑う余地がないな」
A「でも、張繍はもういないぜ? 曹操に降って、北方で死んだ」
F「ところが、ほとんど間もなくその代わりが転がり込んできた。出ると負けで有名とはいえ、それなりに名声を得ている劉備玄徳そのひとだけど」
A「……あー、そっか。兵を与えて北の新野に駐留させて、曹操に備えさせたんだっけ」
F「やってることは一緒なんだよ。少し南下したけど」
A「さすが……というところか。で、みっつめは?」
F「実は、その劉備だ。演義でもそうだけど、劉gの地方転出には、外部からの入れ知恵があった。つまり劉備一家によるものだけど」
A「何で劉備を悪者にしたがるかな……」
F「劉備の魔的なカリスマ性は、劉備ひいきのキミならよく判ってるでしょうが。荊州の豪族でも、劉備になびいているひとは少なくなかった。その劉備と、本来なら、正統な荊州の後継者となるはずだった劉gがつるんでるんだよ? それも、北と東に兵力を展開して」
Y「よほどの阿呆でもなかったら、危機感は抱くな、確かに」
F「演義ではこの時期に、劉備一家は荊州で跋扈していた黄巾の残党を討伐して、頭目の乗っていた的廬という名馬を奪っているんだけど、実際その辺のイベントは大したことじゃない。問題は、その的廬を劉表に献じた劉備が『あっちに関羽、こっちに張飛、そっちに趙雲を配置して、荊州の警備を固めたらどうです?』と進言したことだ。南は山越の民の居住地だし、西は同族の劉璋だ。その辺は警戒しなくていいけど、北に劉備、東に劉gを配している状態で、さらに劉備一家に囲まれては、蒯越じゃなくても『お前、何考えとんねん!?』と警戒するのはやむをえん話だな」
A「……そりゃそうか」
F「演義に採用されたエピソードって、裏を返すとかなり興味深いものが多いからねぇ。劉表は進言を『いやぁ、そこまですることもないじゃろ』とやんわり退け、もらった的廬も劉備に返す。そして、ひそかに劉備を警戒する兵を集めたとか。もちろん、表立っては劉備に、北方への全権を委ねているようなことを云っていたんだけど……ね」
A「……老獪だな」
F「そんな劉備はある日のこと、劉表の宴に誘われた。酒を呑んで厠から戻ると、ふと自分の脚に脂肪がこもっているのに気づく。若い頃はたえず馬に乗っていたから、こんなところに肉なんてつかなかったのになぁ……と涙したとか」
A「有名なエピソードだな。横山三国志にはないけど」
F「この辺りのオハナシは、演義でこそ面白いな。劉表は劉備に、劉gと劉j、いずれが後継者にふさわしいかと持ちかけてみる。当然、劉備は嫡男ということで劉gを勧めるんだけど、それを聞いた蔡瑁は怒り狂った」
Y「この辺りからー」
A「……何してンだ、ヤス? えーっと、どうしても劉jじゃなければならない、というのが蔡瑁の意見だモンな」
F「そこで、劉備を襄陽に呼び出して、劉表の代理として酒宴を仕切ってくれるよう頼んだ。のこのこやってきた劉備を亡き者にしようとした策だけど、のこのこついてきた趙雲のせいでそれもできない」
A「で、蔡瑁はまず、趙雲を劉備から離そうと目論んだ?」
F「うむ。自分の配下に趙雲を誘わせ、別室に案内しようとする。趙雲は断るんだけど、危機感のない劉備が『あまり断っては礼儀に反するぞ』と口を出して、やむなく趙雲は別室に連れ込まれた」
A「……よほどの阿呆がここにいたよ」
F「見かねたのは、劉表に仕えていた伊籍だ。このひとは堅実な人物として劉表からの信頼も篤く、蔡瑁も使える男と評価していたんだけど、実は劉備と懇ろで。先に見た的廬は、実は凶相で、乗る者に禍をもたらすとされていたんだけど、それを劉備に伝えたのが伊籍だ」
A「伊籍が劉備に惚れ込んだのって、そのときの劉備の返事が原因だぞ。劉備は的廬に跨って『なぁに、運命は天が定めるものです。馬一頭に何ができましょうか。はっはっは』と立ち去ったモンだから、伊籍は感動して」
F「まぁ、伊籍のハラづもりがどんなものだったかはともかく、すでに劉備は俎上の鯉……というか、鴻門の劉邦といった状態で。趙雲が離れたモンだから、伊籍は慌てて劉備に近づき、蔡瑁たちが劉備を殺そうとしていると密告する」
A「鴻門?」
F「……なぁ、マジで『私釈項羽と劉邦』もしなきゃならんか? ある程度は中国史の知識がないと、三国志は楽しめないぞ。項羽に攻められそうになった劉邦が無条件降伏しようと乗り込んだ、鴻門の会って知らないか?」
A「いーじゃねーかよぅ……聞いたことはあるけどよ」
F「それと聞いた劉備は、慌てて酒宴を抜け出し的廬に跨る。襄陽の周囲は蔡瑁の兵が張っていたけど、唯一長江流域だけは、急流ということで兵を伏せていなかった。馬腹を蹴った劉備は、単身そちらへと逃げるものの、川辺でついに追いつかれる。もはやこれまで……! と、劉備は川へダイブ」
A「ところがどうしたことか、的廬は川を平然と泳ぎきり、向こう岸へジャンプしてのける。追いついてきた蔡瑁は、小さくなる劉備の背中を見つめて『奴には、鬼神の加護でもあるのか……?』と呆然。劉備、かっこいい!」
F「……別にいいがな。その頃には趙雲も、伊籍からことの次第を聞いて酒宴を脱し、兵を率いて劉備を追いかける。蔡瑁に出くわしたものの、しどろもどろと弁解する蔡瑁の相手はしておれんと、そのまま劉備を捜しに行った」
A「そこで殺しとけよ、このドカ○ン」
F「ともあれ、虎口は脱したものの単身ではどうにもできない劉備は、的廬に揺られて寂しく……道に迷っていた。牛に跨った牧童を見て『今のオレは、あの子供にも劣る身の上だなぁ……』と嘆息する。どっかでみたような構図だけど」
A「また劉安でも出すつもりか!?」
F「いや、あのひとはもう退場したから。その牧童が、呟きを聞きつけて振り返る。そして、劉備を眺めて唐突に『お前さん……ひょっとして劉備やらいうひとかい?』と尋ねてきた。牧童は、野に住む賢人のお世話をしていて、その賢人が劉備のことをよく口にしていたとか。劉備はその賢人の名を牧童に尋ねる」
A「おっ? いよいよか」
F「その賢人の名は、司馬徳操と云った」
A「……思えば、何となく曹操をほーふつとさせる字だな」
F「続きは次回の講釈で」