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私釈三国志 37 烏巣炎上

F「さて、江東でそんな騒ぎがあったものの、それはさておいて」
A「官渡の続きだな」
F「弱音を吐いた曹操に、許昌から荀ケは励ましの書状を送る。有名な『至弱もて至強にあたる』という例の名文だけど、正史の武帝紀(曹操伝)と荀ケ伝に記載されたその書状は、意訳するとこんな具合」

『食糧がないと云っても、項羽と争ってたときの劉邦ほどじゃないでしょうが。退いた方が負けるんです、気合入れ直しなさい。そもそも弱い者が強い者と戦って(この部分)、楽に勝てるはずないでしょうが。袁紹は確かに英雄ですが、なぁに殿のが上ですよ。勢いさえ盛り返せば必ず勝てます。機を逃さないように』

A「……かなり突き放してるな」
F「荀ケが冷たいとか思わないように。荀ケには荀ケなりの事情があったんだから。汝南(許昌の南)でのさばっている黄巾の残党に劉辟という男がいたんだけど、こいつのところに腕の立つ用心棒が現れた」
A「用心棒って……時代劇じゃないんだから」
F「むしろそっちに出た方がいいような男だ。名を張飛と云うが」
A「そんなとこにいたのかよ!?」
F「劉辟という男は、多分周倉のモデルだ。元黄巾賊で、この地方にいた山賊。劉備のために命を賭けるんだけど、そのキャラクターが関羽の忠実な従者に変えられたんだと思う」
A「ワケの判らんキャラ多いな……」
F「さて、許昌を出た関羽は、袁紹の下に向かって黄河を渡るけど、駆けつけた孫乾から劉備が汝南に派遣されたと聞いて引き返し、ひと足早く張飛と合流。演義ではこの時、曹操に降っていたのに腹を立てた張飛が関羽に斬りかかるという、夢の一騎討ちが実現しているけど」
A「……呂布亡き後の、事実上の最強決定戦だな」
F「関羽が連れていた劉備婦人のとりなしで事なきを得たのが、残念で仕方ありません。その後しばらくしてから劉備が、趙雲を連れてのこのこ現れる」
A「どこで拾ってきた!?」
F「コーソンさんの配下で、顔良とも互角の武勇を見せた趙雲は、早い段階で野に下っていた(曰く『兄が死んだので……』とのこと)ために、コーソンさんに殉じずに済んだ。でも、袁紹軍中の劉備を訪ね、その配下に加わったんだね。劉備一家は総勢を増やして、汝南の地に集結した。袁紹の命に従い、許昌へと兵を向ける」
A「ぅわ、どーすんの!? 許昌には荀ケしかいないんだろ!? 防げるのか!?」
F「まぁ、万全の攻撃態勢を整えていた呂布でも、荀ケの守りは抜けなかったわけだからねぇ。黄巾の残党に劉備一家が加わったくらいで、どうにかなるはずもない。加えて、許昌にはたまたま夏侯惇まで戻っていた」
A「万全の防御体制じゃねーかっ!」
F「さらには西から曹仁も駆けつけ、劉備軍は散々に蹴散らされる。汝南へと逃げ戻った劉備は、主だった武将を集め涙ながらに頭を下げた。『オレについてきたばっかりに、みんなにゃ辛い思いをさせた! もぅ、オレのことなんか忘れてくれ!』と、劉備一家解散を宣言する」
A「おいおいおいおいおいっ!?」
F「劉備ファンが直視しないイベントのひとつだな。もちろん、関羽・張飛・趙雲・劉辟たちは、劉備を口々に励まして再起を促した。天下には、まだ曹操の手が回っていない場所もある。荊州の劉表は名君と知られているし、同族だから、劉備を悪くは扱うまい、と」
A「ほっ……」
F「水滸伝で宋江がやってることと似たようなモンだな。コレと眼をつけた好漢に(自分は副首領なのに)梁山泊の首領の座を譲ると云うと、相手は『いや、そうまで云ってくれるなら……』と梁山泊に加わるアレ。その気はない爆弾発言をして相手を翻弄し、自分に都合のいい方向へ誘導する弁舌だな」
A「だから、劉備を悪くゆーなっ!」
F「結局、出陣した夏侯惇に劉備一家は蹴散らされ、劉辟は戦死。そのまま荊州に逃れたんだけど、そんな些細なエピソードはさておいて、官渡で戦局が動いた。袁紹軍からひとりの男が、曹操の元へと逃れてくる」
A「許攸だっけ」
F「うん。このひとは朝廷に出仕していて、曹操と顔見知りだった。袁紹の配下に加わったものの、あまり参謀としては優秀じゃなかったのか、進言が取り上げられなかったから、袁紹を逆恨みしていてね。ちょうど鄴にいた審配から『許攸の家族を収賄で逮捕した』と報告があったモンだから、ついに許攸は曹操の元に走った次第で」
A「演義だと、こいつの配下が、曹操から荀ケへの書状を入手したんじゃなかったか?」
F「許昌は官渡の南だぞ? どうやって、北から攻めた袁紹軍が、そんなモン手に入れるんだよ。その辺はまぁ演義の虚構だろうね。ともあれ許攸は、曹操に耳寄りの情報をもたらす。袁紹軍の食糧は、北東の烏巣にあることを」
A「罠じゃないかと思うよな、普通なら」
F「もちろん、軍師一同はどうしたものかと協議するけど、荀攸と賈詡が『おやりなさい』と進言したから、曹操自ら精鋭を率い、烏巣へと向かった。張繍騎兵隊を中心に、奪った袁紹軍の旗を立てて、その部隊は烏巣を目指す」
A「袁紹軍には見つからずに済んだのか?」
F「途中で見張りに見つかったんだけど、その旗を立てて『曹操軍が後方に回ろうとしているから、それを捜索している』と応えて事なきを得たな」
A「……本当のことを教えてやったわけか」
F「かくして夜明け前には烏巣に到着。ここの守りを任されていたのは、淳于瓊という武将だけど、実はこのひと、かつて曹操や袁紹とともに『西園八校尉』に任命されたエリートで」
A「肩書きは凄いよな」
F「まぁ、並の武将でも敵うはずがない張繍に、そんなボンボンが勝てるはずはないな。必死に防戦するものの敗れて捕らえられ、許攸の進言で殺されている。烏巣にうずたかく積み上げられた食糧は即座に焼かれ、その炎は袁紹軍の本陣からも見えたという」
A「対処しろよ!」
F「無論、袁紹も黙って見ていたワケではない。淳于瓊からの急報に、張郃はすぐに救援を送るよう進言するけど、郭図はむしろ曹操軍の本陣を攻めるべしと進言。真っ向から対立する意見に、袁紹はその両方を実行するよう命を下す。そして、曹操軍本陣には、高覧と、なぜか張郃が向かうことになった」
A「何でだよっ!?」
F「一名をして"出ると負け軍師"とさえ呼ばれた郭図だからなぁ……。曹操軍本陣の守りを任されていたのは曹洪だけど、こちらもしっかり守備を固めている。張郃・高覧さすがに攻めあぐねていたんだけど、顔文に麹義亡き今袁紹軍最強と云っていい張郃が出陣したことで、袁紹軍の本陣がむしろ手薄になった」
A「……機を見て逃す曹操じゃないよな」
F「烏巣を焼き尽くした張繍騎兵隊は、そのまま袁紹軍の本陣へと向かった。烏巣の救援に向かってきた一隊も、道中に鎧袖一触で蹴散らしている。斬り込んできた騎神の鋭鋒に、袁紹軍は恐慌を来たし、遁走した」
A「ぅわ……根性ナイな」
F「食糧が焼かれたら戦闘継続は困難だよ。士気が落ちていたのは明白だね。それでも袁紹は『烏巣を陥としても本陣を亡くして、どこへ帰るつもりだ!』と曹操の愚かさを喧伝することで、士気を高めようとはしたんだけど、その本陣を落とせなくて、むしろ張郃と高覧は降伏する始末」
A「……勝負あったな」
F「あった。これによって袁紹軍は、我先に逃げ出す。袁紹本人は何とか渡河できたものの、沮授をはじめ8万の軍兵が曹操軍の捕虜となった」
A「大部分じゃないか……」
F「死闘8ヶ月。天下分け目の大戦は、曹操軍の勝利で幕を閉じる。逃走にあたって袁紹は、悔しげに呟いたという」

『あぁ、田豊の云う通りにしておれば……!』

F「続きは次回の講釈で」

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