私釈三国志 34 関羽千里
F「魏の人……もとい、義の人と呼ばれる関羽は、中国史上ただふたり"林"にまつられている」
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A「聞き捨てならん云い間違いするなっ!」
F「素で間違えたよ。えーっと、この"林"というのは皇帝より上位の者をまつる陵墓でな」
A「……おいおい」
F「将来的には凄まじく長ったらしい謚を送られる関羽だから、まぁそういう扱いでも間違ってはいないのかと」
A「つーか、もうひとり誰だ? 孔明か?」
F「いや、孔子」
A「……ぅわ」
F「中国史上、最高の武人と最大の儒者だ。そういう扱いを受けてもおかしくはないな。さて、そんな関羽がその生涯において、ただふたり主と認めた男がいる。劉備と曹操だけど」
A「いや、曹操の方はやむなく降っただけであって、主とあがめたワケじゃないから」
F「やむなくひとを殺した場合、殺人じゃないのか?」
A「……殺人ですよ」
F「じゃぁ主だ。下邳の戦闘で劉備の家族を捕らえられた関羽は、張遼に説得され、降伏することになった」
A「ここで関羽が死んでは、ひとつにには、劉備との『死ぬときは一緒』という誓いに反する。ふたつは、劉備の家族を任されておきながら死んでは、その責任を果たしていない。みっつにおいて、血気にはやって死を選んでは、劉備と漢王朝に示しがつかない。そう云って、張遼は関羽を説得したんだよな」
F「そうだな。それに応じて関羽は、降伏を決断。ただし、先んじてみっつの条件を出している。ひとつには、曹操に降るのではなく漢王朝に降るのだということ。ふたつは、劉備の家族には指一本触れぬこと。そしてみっつにおいて、劉備の所在が発覚したら、そこへすぐにでも駆けつけるということ」
A「名シーンだな」
F「つまり、こんな具合」
『降ればいいんでしょ、降れば!? でも、別にアンタに降るんじゃないんだからねっ! そこは勘違いしないでよ!』
A「おいっ!」
F「別のキャラだな……? えーっと、曹操は、他ふたつはともかく、みっつめには難色を示した。でも、どうしても関羽がほしい曹操は結局承諾。関羽を歓待することで、自分に惹きつけようとしたんだね」
A「金や女で動く関羽じゃねーぞ」
F「うむ。許昌に戻った曹操は、関羽に屋敷を与え、そこに劉備の家族と住まわせる。侍女や財宝を贈って反応を見るものの、関羽はそれら全てを婦人に差し上げて、自分では収めようとしなかった」
A「で、次は大小の宴会をほとんど連日行うんだよな。でも、関羽はそれほど楽しみはしない」
F「ある日、関羽の戦装束がいい加減痛んでいるのを見た曹操は、錦の晴れ着を用意させて関羽にやるけど、関羽はもらったそれを着込んでから、その上にボロをまとった。奥ゆかしいではないかと笑う曹操に、関羽は『コレを着ていると、いつも兄者のそばにいるような気がして……』と頬を染める」
A「……何か嫌だな」
F「そんなことがあってから数日後、関羽の乗馬がやせているのに曹操気づいた。そこで連れてきたのは、呂布と並び称された『馬中の赤兎』こと赤兎馬。気性が荒くて乗りこなせる者がいないんだけど、乗ってみるかい? と聞かれた関羽は、諸手を挙げて大喜びする」
A「この時の関羽の台詞が奮ってるんだよな。金銀では喜ばなかったのに、どうして馬一頭でそんなに喜ぶのかと聞かれた関羽、『一日千里を走るこの赤兎ならば、兄者の所在が判ったら、すぐに駆けつけることができます』と! くぁーっ、漢の中の漢だね! カッコいいったらないよまったく!」
F「さすがにそんなことが続いて、曹操でも参ってきていた。張遼を遣わして、その意思を確認することにする」
A「張遼だっけ?」
F「うん。例の屋敷を訪れた張遼は、関羽を上目遣いで見つめて」
『関羽さん……わたしのこと、どう思ってるの?』
A「叩き出せ!」
F「日頃、オレがお前ら相手にどんだけ精神的に追い詰められているか、判っただろう。えーっと、関羽の返事を要約すると『君と私は兄弟のようなものだが、兄者とは生死を超えた関係なのだ。曹操殿の恩義は感じておるが……誓いゆえに兄者は捨てられぬ』というところで」
A「この辺、正史においては?」
F「降ったのは確かだけど、婦人云々や歓待云々はないな。赤兎のエピソードも。ただし、張遼相手に『劉備とはともに死ぬと誓った』とは云いきっている」
A「あ、じゃぁ?」
F「どうにも、桃園での誓いが実際にあったとさえ見える発言なんだよ」
A「正史でもかぁ」
F「困ったことに。ただし、正史であれ演義であれ、続けて『曹操殿の元に留まるつもりはないが、何がしかの恩返しをして、立ち去ろうと思っている』と云っているね」
A「じゃぁ、やっぱり桃園の誓いはあったわけか」
Y「いや、『誓った』と云ってしまえば、曹操の元を辞す口実になるからだろ」
2人『むぅ〜……』
F「まぁ、その辺のことを考えれば、白馬津での言動も理解できるな。似あわない大言を吐いたのも、顔良隊に切り込んでいったのも、そして自分より張飛のが強いと云ったのも、全ては『早く私を兄者のもとに帰さないと、私と張飛がナニをしでかすか判りませんぞ?』と脅迫しているに等しい」
A「……怖すぎるって」
F「さて、顔良(演義では文醜も)を斬り捨てた関羽だけど、これについては曹操の側にも読みはあった。劉備が袁紹のところにいるなら、関羽が奮闘すればするほど、劉備の立場が危うくなる。ついに殺されてしまえば、関羽は行き場を失い曹操の元に留まるしかなくなる、というものだけど」
A「あー、曹操ずるい!」
F「それくらい、曹操は関羽に惚れ込んでいるんだよ。読み通り、劉備は袁紹のところにいたわけだから。ところが、劉備は曹操が思っているよりしたたかだった。顔文を失った袁紹に『じゃぁ、関羽呼びましょう。こっちにボクがいると判れば、アイツ喜んで飛んできますよぉ』と進言する」
Y「こいつはこいつでえげつないし」
F「さらには、許昌の南に汝南という山賊の溜まり場があったんだけど、そこに自分(たち)を派遣するようにそそのかした。袁紹はそれを認め、兵まで与えている」
A「弁舌巧みに逃れたような状態だな」
F「……僕の見立てでは、劉備は袁紹にとって大事な手駒になるはずだった。その腹心中の腹心が敵対しては、さすがにまずいと判断したんだろうな。だから、ほとぼりが冷めるまで外に出したのか、あるいは本当に見捨てたのか」
A「……は?」
F「まぁ、この辺については、いつも通り官渡が終わってからで。さて、劉備が袁紹のところにいると知った関羽は、曹操に暇乞いをして去ろうとする。ところが、それを察した曹操は、門を閉ざして会おうとしない。取り次いでもらおうと張遼のところにも行ってみるけど、こちらもダメ。やむなく関羽は、赤兎以外のもらったもの全てを屋敷に残し、劉備の家族を引き連れて、許昌をあとにした」
A「ここで、敵ながら曹操は、粋な計らいを見せるんだよな。張遼を先行させて関羽を呼び止め、着の身着のままで追いかける。そして『お前を手放したくなかったがために、門を閉ざしてしまった。許せ』と頭を下げた。乱世の奸雄の、意外にも素直なシーンだな」
Y「それに対してこの野郎と来たら、丸腰のご一同を警戒して馬からも下りず、『(劉備の)婦人のためと思って受け取ってくれ』と差し出された着物を獲物で受け取り、挙句の果てに進路上にあった五関六将を斬り捨てる非礼ぶりだぞ」
A「やかましいやい!」
Y「コーエーの『三國志X事典』で、斬られた五関六将、最初のひとり孔秀について、面白い分析をしてるから、関羽が好きなら一度読んでみるといい」
F「当方は、版元や著者とは、一切関係がありません。それはともかく。かくして、関羽は曹操の元を辞した。遠くなるその背を眺めながら、曹操は呟いたという」
『玄徳よ……わしは、お前が羨ましいぞ』
F「続きは次回の講釈で」