私釈三国志 32 顔良戦死
「顔良さん、顔良さん」
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「おっ、劉備殿」
「これから出陣だそーですねぇ? 天下の袁紹軍の総先鋒なんて、さすがは顔良さん!」
「いやぁ、それほどでも……あるかな? 呂布亡き今となっては、オレに勝てる者なんぞそうはおりませんが」
「凄いですねぇ、あやかりたいですねぇ」
「はっはっは。いや、しかし劉備殿のところの義弟さんたちも、かなりの腕利きだとか」
「いやいや、顔良さんには及びませんて。……っと、そーだ。実はその義弟のコトでお話が」
「何ですかな」
「実は義弟の関羽が、曹操のところにいるらしいんですよ。こーいう感じの顔で、こーいう感じのひげを生やしていて、こーいう長獲物を振り回しているんですが。見かけたら、ボクが袁紹軍にいるって伝えていただけませんかね」
「赤黒い顔で、長いひげで、薙刀みたいな獲物ですか。判りました、見かけたら声かけてみますよ」
「よろしくお願いしますねー」
F「というコトがあったらしいんだけど」
A「……何だか、顔良に見えないのは気のせいか?」
F「気のせい。顔良という男は、コーソンさんと戦い、それを苦しめた勇将だね。演義では、趙雲とも互角の武勇を誇っている」
A「強いは強いか」
F「いや、強いだけではなく、袁紹軍の二枚看板として名を馳せたことからも、並ならぬ男だと推察できる。現に、官渡の戦いの序盤では、この男の活躍に曹操軍は歯が立たなかったとか」
A「曹軍を苦しめたのは確からしいけど、どうなんだ? その辺り」
F「順に見るか。袁紹軍南下の報を受けた曹操は、官渡の北にある白馬津(津は港の意)付近に布陣した。先鋒顔良の勢いたるは凄まじく、並の兵では歯が立たない。そこで出陣したのは、呂布の元で名を馳せた宋憲」
A「……かなり見劣りしてるな」
F「もちろん、ひと太刀で斬り殺された。宋憲の盟友だった魏続が、その仇討ちに乗り出すものの、やはり歯が立たず斬り殺される」
A「呂布の配下は張遼と高順以外、マトモな武将はおらんのか!?」
F「そこで出たのは徐行……じゃなかった、徐晃さん。亡き楊奉の配下だったものの、袂をわかって曹操の下にいたんだね。のちに魏軍五将軍のひとりに数えられる徐晃だけど、やはり敵しえず打ち負かされて帰ってくる始末」
A「ぅわ……」
F「この惨状には曹操困り果て、やむなく関羽を呼び寄せる。ちょっとした理由があって、曹操は関羽を使いたくなかったんだけど、この事態では仕方ないと判断したんだけど」
A「この時の関羽がカッコいいんだよな」
F「というか、関羽らしからぬ言動だったな。曹操の元に馳せ参じた関羽は、戦場狭しと暴れまわる顔良を見て『私には、あ奴が"この首、大安売り"との札を下げているように見えます』と放言。徐晃はむっとしたんだけど、関羽はそのまま馬腹を蹴って出陣。まっすぐ顔良に駆け寄ると、一撃でその首をはねた」
A「だははは、爽快爽快!」
F「これには徐晃も声が出ない。戻ってきた関羽に、曹操は惚れ惚れしながら『お主は鬼神のような男だなぁ!』と絶賛。ところが関羽は平然と『いやいや、義弟の張飛は私より強いですぞ』と応じる」
A「まぁ、関羽らしくないモノ云いだったのは事実だよな。どうしてこんな言動をしでかすのかは」
F「その辺についてはあとで触れるけど。まぁ、ここまでは演義のオハナシ」
A「相変わらず、正史ではそうじゃないワケな……」
F「……実は、大筋では違わない」
A「は?」
F「正史では、袁紹軍が白馬津へと攻め入ってきたのを聞いた曹操軍は、その西側から黄河を渡る姿勢をみせた。これに顔良は慌てて、兵を黄河北岸に戻して曹操軍の渡河に備えさせると、足の速い騎兵を率いて背後を突こうとする」
A「……黄河って、簡単に渡れたっけ?」
F「いや、川幅はずいぶん広い。つまり、これは顔良を孤立させようとした罠なんだね。関羽・張遼に率いられた部隊が、顔良騎兵隊の前に出現した。罠である可能性も考慮していた顔良は、勢いを殺さずそのままぶつかろうとするけど、曹操軍の方から一騎、駆け出してきた男がいる」
A「……赤黒い顔で長いひげの、薙刀みたいな獲物を振り回す男が?」
F「うむ。単騎で顔良騎兵隊に斬り込んだ関羽は、まさかこんな真似をするとは思っていなかった顔良を急襲。並み居る兵たちを押しのけて、その首を叩き落している」
A「正史でも、そんな真似しでかしているのか!?」
F「顔良の首を拾って、関羽悠々と引き揚げる。これには騎兵隊も張遼も、言葉がなかったという」
A「ぅわ……さすがは関羽……」
F「これじゃ、曹操ならずとも惚れ惚れしたくなるな。さすがは、呂布亡き後の三国世界最強の漢。ところで、冒頭の劉備・顔良の会話だけど」
A「あ? ……あぁ、うん。正史の注なんだろ? 裴松之、そういうイベントばっかり拾い集めてて……」
F「柴堆三国志って知ってるか? 農民が農作業の合間に、柴を積みながら、自分のとっておきの『三国志ばなし』を披露しあい、次第にそれが集まったものだけど」
A「えーっと……聞いたことがあるようなないような」
Y「ないんだな」
A「あるもん! アキラちゃんと知ってるもん! その辺の本棚に入ってたもん!」
F「あったかなぁ……? 実は冒頭のアレは、正史の注じゃないんだ。三国志演義成立直後くらいの、古い演義の注に書かれていたエピソード。柴堆三国志の一種だな」
A「演義なの?」
F「うん。より正確に云うなら、現存最古の刊本たる嘉靖本。そんなことがあったから、顔良は関羽を見たとき『あ、コイツひょっとして……』とか思ってしまい、とりあえず声をかけてみようとする。でも関羽はそんなこと知らないモンだから、隙を見せた顔良を斬り捨てた」
A「やだなぁ、関羽ってはお茶目さん♪ 愛紗のドジっ娘♪」
F「真名は挙げるな」
Y「それ以前でホントに強いのか? 顔良は不意打ち、華雄は演義だけ、紀霊とも勝負がつかなかったわけだし」
A「それを云うんじゃねェーっ!」
F「あっはは……。まぁ、武勇については本人が自供しているように、張飛の方が強いんだろうね。何はともあれ、袁紹軍は顔良を失って総崩れ。第1ラウンドは曹操軍が勝ちを拾った状態だね」
A「でも、関羽のおかげだもんねっ!」
F「それは否定しないな。ちなみに、逃げ帰った兵士から顔良を斬ったのがこれこれこーいう奴だと聞いた袁紹は、劉備を呼びつけてどういうことかと詰問するけど、劉備はこう応えている」
『顔が赤黒いからなんです! ひげが長いからってどーしました! 世の中は広いんですから、赤ら顔で薙刀振り回す武将は、関羽ひとりとは限りませんよ!』
A「……居直ってるよ、お兄ちゃん」
Y「この弁舌が、劉備を長生きさせたんだろうな」
A「笑えない……」
F「かくして、顔良を失ったものの袁紹軍は、次なる軍勢を渡河させる。率いるは、顔良と並び称される勇将・文醜。そして、後詰として劉備の姿があった」
A「……責任取らされたな」
F「続きは次回の講釈で」