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私釈三国志 31 官渡前夜

F「前回は曹操側の戦争準備について見たけど、今度は袁紹側の準備を見てみたい」
A「準備って……袁紹のことだから、勢いに任せて攻めるだけだろ?」
F「ところがそうでもない。袁紹にしてみても慎重にならざるを得ない事情があった。それは、先の田豊による許昌攻めを退けたことからも見て取れる」
A「子供を理由に兵を挙げなかったアホさ加減がか?」
F「袁紹がアホだという思い込みをまず捨ててくれるか。実際、それが理由で兵を挙げないというなら、それ相応の説得力があるように思える見方をできるんだ」
A「だから、スイッチ入るときは事前に云えよ!」
F「流す。袁紹が兵を挙げ曹操を討つなら、当然総司令官を決める必要がある。袁紹本人が出るかもしれんが、3人の息子のひとりに任せるとしたら、袁紹は多分袁尚にやらせたはずだ」
A「……その心は?」
F「あとに起こる後継争いだ。袁紹は、袁譚ではなく袁尚に後を継がせようとした。そのため、武将としての箔をつけようとしてもおかしくはあるまい? となれば、肝心の袁尚が動けないなら、兵を出すのを躊躇うだろう」
A「まっとうな意見に聞こえなくもないな……」
F「となれば、"許昌を"攻めなかった理由も判ろう。討つべくは曹操であって、その本拠地ではない。拠点を奪っても曹操が生きていれば再起しかねないことは、呂布が証明している。だからこそ、曹操が本拠地を離れ、袁尚が動けない状態で、袁紹が兵を挙げるはずはない」
Y「待った。呂布との戦闘の時とは違って、この時点での曹操の本拠地には献帝がいる。戦略的に考えるなら、自分でもいいから攻めるべきだと思うが」
F「大将軍としてはそれで正しいけど、父親としては出られないんだよ。何もかも、袁尚が動けないから、という理由で。袁尚に箔をつけさせたいがために、出兵を遅らせたくらいだからね」
Y「ふむ……」
A「むぅーん」
F「さて、その袁尚の病が完治し、曹操が本拠地に戻ったことで、袁紹の側の攻撃準備は整ったと云っていい。改めて全軍に曹操領への侵攻準備を整えるよう命じた」
A「でも、それってどうよ。曹操の側では、準備は整ってるんだろ?」
F「ために、田豊はこれをいさめている。今からではもう遅うございます、と進言した。兵をもって勝敗を決するのではなく、政を整え天下に是非を問うべしと、持久戦こそが良策と云ったんだね」
A「策としては悪くないと思うが?」
F「演義では界橋の戦闘で趙雲に討たれている、顔・文に次ぐと云っていい袁紹軍の看板武将に、麹義という男がいる。この男、敵の騎馬軍団をひきつけて射殺するという、どっかで聞いたような戦法でコーソンさんの白馬義従を事実上壊滅させた勇将なんだけど、この頃袁紹に、命令違反を理由に処刑されているんだ」
A「へー」
F「判らんか? そういう戦法で白馬義従を討てる男だぞ。性格は慎重にして防御・迎撃戦を得意としたのが見て取れる。おそらく処刑された理由は、このとき田豊に賛同したからだろう。田豊自身も投獄されているし」
A「ぅわ……」
F「まぁ、袁紹が短期決戦を狙ったのは、多分間違いないんだろうけど……ね。実際、沮授も持久戦には賛成したんだけど、田豊たちの処遇を見て強くは発言せず、従軍している」
A「沮授の方が、多少賢いわけか」
F「純粋な智謀はともかく、世渡りは上手だったようだね。さて、袁紹軍には他にも謀士はいる」
A「郭図だっけ」
F「うん。袁紹の死後、袁譚と袁尚の間で後継者争いが起こってるんだけど、この時、袁譚の側についたのが郭図と辛評、袁尚についたのが審配と逢紀。この他に許攸に陳琳などなど。加えて沮授に田豊だから、文官に関しても、曹操に負けないほどの陣容を誇っていたワケだね」
Y「ところで、遼東の公孫度は? アレの動きはかなり重要だと思うが」
F「えーっと、曹操が味方に引き込もうと永寧侯に任じようとしたけど『ワシは遼東の王だ!』とこれを突っぱねた。この時点では、地勢的に云っても袁紹寄りだろうね」
A「ふーん」
F「さて、実際の出陣に先んじて、袁紹は陳琳に檄文を書かせている。これは、曹操をボロクソにこき下ろしたものでな。引用するのを躊躇うほどの悪口雑言が並んでいて」
A「どれくらいの?」
F「曹操を『腐れチ×ポの残りカス』と評している。そのチ×ポがない祖父の孫を、だ」
A「……非道い悪口だな」
F「ところで、閑話休題。この少し前、劉表領の東岸を張る黄祖が、ひとりの変人を殺している。名を禰衡と云うが」
A「禰衡……えーっと、確か縦横家だよな」
F「うん。弁舌の達人だけど、三国時代随一の罵声マスターと称して過言ではないな。以前劉備のところでさらっと出た孔融の推挙で、曹操に会ったんだけど、その場で居並ぶ文官武官をこき下ろしている」
A「罵声マスターって、どうしても曹豹を思い浮かべるんだけど……?」
F「いやいや、この男も負けてはおらん。曹操の家臣連中をさらっと見渡すと『荀ケは弔問の使者、荀攸は墓守、程cは門番、張遼は太鼓番、許褚はブタ小屋管理、飛脚の李典に大工の于禁、イヌ殺しの徐晃と五体満足将軍の夏侯惇。他は話にもなりゃしねぇ』と」
A「袁紹か劉備の鉄砲玉か!?」
F「キレた張遼が斬りかかろうとしたものの、曹操はそれをとどめて、禰衡にそれこそ太鼓番をやらせてみる。ところが、いざ太鼓を叩く段に到って、禰衡の着衣がボロいのが眼についた。着替えてこいと云われた禰衡は、おもむろに服を脱ぎ捨て裸になると、聞く者が感涙さえこぼすほど上手に太鼓を打ってのけた」
A「……で、何で脱いだんだ?」
F「それが『ワタシの身体はどこまでも潔白だ!』とのことだった。困り果てた曹操は、荊州の劉表にコイツを押しつけようと使者に出すことにする。さて出発だが、嫌々見送りに来たひとたちは、そろって禰衡に何も云わない。禰衡泣き出し、云った台詞が凄まじい。『あぁ、何てことだ! 死人の行列にワタシは見送られるのか!?』と」
A「天下の曹操を向こうに回して、この態度……ある意味尊敬するぞ」
F「劉表のところでも変わらぬ罵声を吐き続けた禰衡を、劉表は黄祖のところに送りつける。もちろん黄祖に向かってもやっちまった。『アンタはお地蔵様みたいなモンだな。金やお供え物は奪うが、ご利益はない』と。かくして、一世の奇人・禰衡は、黄祖に斬られ長江に捨てられたとさ」
A「めでたし、めでたし! 何でこんな奴の話が出るんだよ!? ええぃ、続き!」
F「悪口つながりかな? 話を戻そう。かくして、袁紹軍は曹操を討つべく、黄河を渡り許昌を目指す」
A「いよいよ、官渡の戦いの幕が切って落とされたわけか」
F「広い意味ではそうだな。厳密には、官渡の戦いはもう少し後になるんだけど……ね」
A「その心は?」
F「広い意味での官渡の戦いは、三段階に分割できる。2月に始まった一連の戦役は、6月までの序盤戦、7月から9月にかけての激戦期、そして10月の決着、だ。序盤戦は別と見ていいんだね」
A「ひぃ、ふぅ……9ヶ月か。結構長引くんだな」
F「三国志における、序盤のハイライトだからね。……その割には、横山氏のコミックでは、激戦期から決着にかけてが、わずかにして1ページで済まされているんだけど。官渡の戦いを何だと思ってるんだか」
A「曹操飛躍の足がかりになった戦闘だろ? 信長で云うなら桶狭間みたいな」
F「事態の重要性は把握してないな。漢土十三州のうち、袁紹領は幽・青・冀・并の四州、曹操領は司隷・兗・豫・徐の四州。劉璋・劉表・孫策がおおむね一州(それぞれ益・荊・揚州)、涼・交州に到っては統一も成されていない。袁紹であれ曹操であれ、勝った側は事実上天下を支配下に置けることになるんだぞ? たとえるならむしろ関ヶ原だ」
A「……あらら」
F「やっと理解できた表情だな。……あ、忘れてた。青州の袁譚が、劉備を保護している」
Y「戦力はほしいだろうな。たとえ負け続きの劉備でも」
A「うるさいやい!」
F「それ以上のことを見ていた気もしなくはないが、まぁそれはまだ先だ。かくして、両軍は戦闘準備を整え、官渡の戦いへと移っていく。先鋒を張って黄河を越えたその男は、袁紹軍の2枚看板の一翼たる、顔良そのひとであった」
A「来たで来たで〜」
F「続きは次回の講釈で」

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