私釈三国志 24 呂軍仕置
A「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 早く!」
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F「せっつくなぁ。そんなに気になるのか? 珍しく続きが」
A「そりゃ、なるって。どうして陳宮が、呂布を裏切るのさ」
F「その前に、陳宮に関する有名なエピソードに触れておきたい。今までスルーしてきたけど、この叛乱事件を見るには無視できないものだ」
A「……呂伯奢か」
F「察しがいいな。曹操が、董卓に追われ洛陽から逃げ出した当時のことだけど、県令を張っていた陳宮は曹操を逃がし、自分も逃避行に加わったのね。夜が更けて、ふたりは旧知の呂伯奢に宿を求めた」
A「快く受け入れた呂伯奢は、酒を買いに家を出る。ひと息ついた曹操だったが、家人が武器の手入れをしていた」
F「殺されてはかなわんと、先手を打ってふたりで家人を皆殺しにしたところ、実は曹操を害しようとしたわけではなくて、ブタを裁こうとしていたんだね。これはまずいと家を飛び出すと、帰ってきた呂伯奢に出くわした。曹操は、彼をも殺し『オレはヒトを裏切るが、ヒトがオレを裏切るのは許さん!』と嘯いたとか」
A「外道だな……」
F「まぁ、正史にはこんなモン書いてないんだけど……ね」
A「え、そーなの!?」
F「このエピソードは実際にあったと思われがちだけど、演義で曹操を悪役にするために大きく書かれたのが原因だろうね。ところが、多くのひとが(横山氏のせいで)見誤っているけど、演義において陳宮は『こりゃダメだ……』と、この時点で曹操を見限り、行方をくらましているんだ」
A「……ここで?」
F「ここで。思い出してみようか。この連載14回で、陳宮が曹操を見限ったときのことを。陳宮は、徐州を虐殺する姿に『こりゃダメだな』と、曹操を見捨てて呂布についたんだよ?」
A「……まったく同じなのか?」
F「韓信という男は、劉邦に天下を盗らせた最高の功労者と云っていい。もともと項羽に仕えていたものの、重用されなかったので劉邦の元に走り、一度は出奔するものの後の相国たる蕭何の説得で帰還。兵を率いては百戦百勝、項羽と正面から渡りあっても一歩も退かず、ついには楚を滅ぼしている。張良・蕭何とともに前漢三傑に数えられるけど、僕は、この名将をそれどころではなく、中国四千年の歴史上、最強の戦術家と評価している。韓信に勝てるのは、兵聖・孫武以外には存在しないと見ていい」
A「……いきなり絶賛だな?」
F「その韓信に、蒯通は云っている。斉に拠って劉邦・項羽に次ぐ第三勢力とおなりなさい、と。韓信がこれを拒むと、蒯通は狂人のふりをして出奔し、韓信の下を離れている。韓信が叛逆の罪をきせられて処刑されたあとに、捕まりはしたんだけど、劉邦を『主に天下を盗らせようとしてなぜ悪い!』と怒鳴りつけたとか」
Y「つまり陳宮は、蒯通たりえなかったと」
F「圧倒的に劣る。だが、行動力そのものは蒯通を上回っていた。多分陳宮が呂布を見限ったのは、呂布が外に出て暴れ、自分が城を守って、呼応して曹操を破ろうという策を、呂布が拒んだときだと思う。郝萌という将を使って呂布に叛逆し討とうとしたんだけど、余人ならぬ曹性がこれを押しとどめ、郝萌と相果てた」
A「あれ? 曹性って……」
F「うん、演義では夏侯惇の左眼を奪ったことになっている男だね。呂布のために奮闘したことが評価されて、そんな役柄を割り振られたんだろうけど」
A「……そんな曹性まで死んだら、士気は嫌でも下がるな」
F「包囲が長引いたことで、ついに呂軍は崩壊した。侯成・魏続・宋憲を首謀者とする叛乱が発生し、呂布は捕らえられ、曹操たちの前へと引き出された。その時捕らえられた面子には、高順・張遼、そして陳宮がいた」
A「あ、今回は陳宮じゃなかったんだ? 首謀者」
F「あまりにも切ないな……。かつて、張邈と組んで曹操と戦っていた頃とは、とても同じ男とは思えない。その謀略眼が、いったいどうしてこんなにも衰えたのか、正史にも演義にも記述はない。ただし、ひとつだけ云えることがある。陳宮が、道を間違ったタイミングだ」
A「……いつだ?」
F「張邈を選び、曹操を見限ったとき。張邈を失い呂布を見限った陳宮には、もはや謀略を活かす手段が存在しなかった。呂布を裏切った事実は、同じ裏切り者とはいえ侯成たちを警戒させるのに充分すぎたことになる」
A「あの時点では……さほど間違った選択じゃなかったんだけどなぁ」
F「その陳宮の、野望の初手を砕いたに等しい荀ケの言葉をもって、悲しき縦横家への弔問としておく」
『謀略の才ではワタシ(荀ケ)は陳宮に及ばないでしょうが、主を見る眼はワタシのが上ですね』
F「曹操に降るを潔しとしなかった高順は、惜しまれながらも堂々と、呂布への忠節を貫き、斬首される。一方の張遼は曹操に仕える道を選び、以後曹操軍の主力武将として、大陸を転戦することになる」
A「演義では、張遼の人柄を惜しんだ関羽の説得で、曹操は張遼を登用したんだよな?」
F「まぁ、関羽が微妙に重要な役割を果たしたね。その辺りが、実はもう少し先で影響してくるんだけど」
A「?」
F「ともあれ、呂布だ。曹操の前に縛り上げられて引き出された呂布は、縄がきついと泣き言を口にする。対して曹操は『獣を捕らえるのに、縄がきついということはなかろう』と笑い飛ばした。呂布は卑屈な表情を浮かべて、曹操に云う。『やぁ、これでアンタは天下を手にしたな』と」
A「曹操が歩兵を率い、呂布が騎兵を率いれば、もはや怖いものなど何もない……だったな」
F「その人材コレクターぶりを、俗に"引き抜きメモリアル"とまで呼ばれた曹操だ。この申し出はかなり魅力的だったに違いない。ところが、隣にいた劉備が声を上げる。不満そうな顔で『反対はしませんがね、閣下? アンタ、丁原や董卓がどうなったのか、お忘れですかい?』と」
A「まぁ……董卓はともかく、丁原を裏切ったことに関しては、情状酌量の余地がないもんな。董卓の方だって、いくら養子だったとはいえ、親殺しで主殺しだ」
F「さすがに使うことができないと、曹操は判断した。呂布を殺すべしと決断する。かくて、飛将軍と称され一代の武勇を誇った孤将は、刑場の露と消えた。最期の言葉は、その裏切りの人生にふさわしいとは云いがたいものだった」
『この大耳野郎(劉備)こそが、いちばん信用してはならんのだ!』
F「こうして、曹操による呂布征伐は終了する。兗州・豫州に加え、徐州をも支配下に置いた曹操は、意気揚々と許昌へと凱旋する。盟友であった張邈の裏切りから、5年もの月日が流れていた」
A「……長かったな」
F「ところで、ひとつ笑えないエピソードを付け足しておく」
A「ん?」
F「やはり横山氏のコミックの影響で、すでに死んでいると思われがちな貂蝉だけど、この時点まで生きていた話もある。無論、呂布が捕らえられたことで、曹軍の捕虜になったんだけど」
A「ほぅ……それは興味深いな。どうなるんだ?」
F「それが、劉備に下賜されたとか」
A「劉備に?」
F「うん。もちろん、その美貌に劉備は眼を輝かせる。ところが貂蝉は、その男が腹心と頼む、粗暴で頭の足りない男に色目を使い出した。つまり、張飛にだけど」
A「記憶力は多少あるから、覚えてるぞ。それ、連環の計だろ」
F「そう考えると曹操がなぜ、貂蝉を劉備に下賜したのかが判ると思う。劉備一党を瓦解させようとしたこの計略。だが、劉備の元にいたのは李儒ではなかった。この女が兄弟間の争いの火種となると判断した関羽は、満月の元に貂蝉を引き出し、これを斬り捨てたという」
Y「策のために生み出された女は、最高の義人の手で地獄に堕ちたか。人生に見あった死に様だな」
F「続きは次回の講釈で」