私釈三国志 23 飛将孤戦
F「では、袁術即位による各地の反応を見ていこうと思う」
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A「曹操と袁紹は、まず認めないよな」
F「もちろん、と応えていいな。両勢力は、それぞれの政治思想から袁術の即位を無道と糾弾。曹操に到っては、後に戦火さえ交えている」
A「ということは、明確に朝敵とみなされたわけか」
F「そうなるね。隣接する荊州の劉表は、もともと袁紹派にして劉氏の名族だから、そんなモン認めるはずがない。北には曹操の勢力が広がっているし、南は山越の民の居住区だ」
A「ほとんど包囲されている状態か?」
F「そういう状態になりつつあったんだね。さて、問題。この時点で、孫策と公孫瓚の間に、道義的にはともかく、戦力的な差はあるでしょうか?」
A「は? ……いや、そんなにはないだろ。公孫瓚は幽州、孫策は揚州の違いはあるけど、州ひとつをほぼ抑えている点では、戦力的な差はあまりないと思うけど」
F「というわけで、孫策は袁術に手切れを通達した。今後お前の下にはつかんと、明確な意思表示を示したんだね」
A「思い切ったな、孫家のボンも」
F「さすがの袁術もこれには黙っておれず、丹楊に(まだ)いた周瑜を、自軍の配下に取り込もうとする。甥を丹楊の太守に任命したんだけど、孫策は武力でこれに応え、その甥を追放してのけた。後任には呉景を配置」
A「さすがは周瑜、というところか?」
F「うむ、この辺の手際のよさは手離しで褒めていいな。また、この頃魯粛が、袁術に見切りをつけて、一族挙げて孫策の配下に加わっている」
A「魯粛ってぇと……周瑜の後継いだ、おひとよしのおっさんだよな」
F「演義のイメージに凝り固まってるな、その風評は」
A「違ったっけ?」
F「ひとそのものはそれであってるけど、正史の魯粛はそんなモンじゃないぞ。それはともかく、袁術派もう一方の大物たる呂布は、もちろん袁術を裏切る」
A「もちろん、とか云うな!」
F「呂布は裏切る。これは三国志の摂理だ。まぁ、陳宮ではなく陳登の進言によるものだけどね。この頃は呂布の下にいた陳登が『逆賊に組しては、我らも逆賊の汚名を帯びます!』と呂布を口説いて、袁術との手切れに持っていった。積極的には陳宮も反対しなかっただろうけど」
A「陳宮のハラづもりが、今ひとつ判らんな」
F「うーん……実際、この頃の陳宮は、すでに呂布への情熱を失っていたんじゃないかと思う。その辺については次回で触れるけど」
A「はぁ」
F「孤立無援と化した袁術だったけど、名はなくても実を取ろうと、実力で帝位を認めさせるため兵を挙げる。向かう先は劉備領、率いるは袁術軍随一の勇将・紀霊そのひとだった。以前関羽と刃を交わしたものの、十数合打ち合っても勝負がつかなかった豪の者だ」
A「……華雄に勝てたんじゃないか?」
F「ところが、実際に戦闘を始めようとしたところに、双方に使者が訪れる。呂布の名において会談したいと申し入れてきた。何事かといぶかりながらも、両軍の首脳が顔を合わせると、呂布はおもむろに血迷ったことを口にした」
A「何と?」
F「オレは争いは好まん、戦でひとが死ぬのを黙ってみてはおれんのだ、と」
A「それは呂布の云っていい台詞じゃねぇ!」
F「僕もそう思う。ともあれ、呂布は劉備・紀霊の両者に告げる。今から鎗の小枝に向かって矢を射る。それが当たったら天意と思って兵を退け。外れたら好きにするがいい、と。そして、いつぞやの関羽への対抗意識なのか、大杯で酒を呑んでからおもむろに矢を放った」
A「でも、矢は当たったんだよな?」
F「その通り。これには三軍のことごとくから歓声が上がり、さすがにそんな化け物の仲裁を蹴ったらどうなるか判らないと、紀霊も兵を退かざるを得なかった」
A「……凄まじいまでの弓勢だな」
F「呂布の弓には、僕程度では敵わん自覚があるからなぁ。正史においても呂布とその愛馬は『人中の呂布、馬中の赤兎』と並び称され、その武勇を絶賛されている。前漢の名将・李広にあやかって飛将軍と綽名され、武でいうなら間違いなく、この時代の、最強の称号にふさわしい男だった」
A「正史でも、評価されてるのか」
F「強い。ただし、頭は悪い。己の武勇を活かせる場所と利益だけを求めて、丁原を殺し董卓を殺し、兗州を奪い徐州を奪った。戦術指揮能力はともかく、戦略眼に欠けていたと云わざるを得ない」
A「それを補ったのが陳宮か」
F「唐突だけど、縦横家という人種を知ってるかな」
Y「弁舌で天下の趨勢を左右することを目指した連中だよな。戦国時代の蘇秦・張儀が有名だが」
A「知ってたもん、知ってたもん! アキラ、ちゃんとその辺判ってたもん! ヤスに云われなくても!」
Y「窃盗の疑いをかけられて袋叩きにあった張儀は、妻に向かって口を広げた。その心は?」
A「……お兄ちゃぁ〜ん……」
F「話の腰を折らんでほしいんだけど……ね。ちなみに、張儀は自分の舌がまだあるかと確認した。まだ舌があると聞いた張儀は、ニヤリと笑って『充分だ』と呟いたとか。他には、韓信をそそのかした蒯通とかが有名だけど、陳宮はどうにもこれに近い。天下盗りのための策を運らし、その才覚を発揮できる相手に忠節を尽くす人種だ」
A「ふぅーっ……。で、呂布は天下に躍進できるようになった、と?」
F「そのままならね。呂布の比類なき武勇に震え上がったのは、紀霊だけじゃなかった。こんな奴が隣にいたら怖くて仕方ねェよ、早く何とかしてくれと、劉備は曹操に書状を送ったんだね。ところが、それが陳宮の手に落ちた」
A「ぅわ」
F「怒った呂布は、高順に兵を預けて劉備討伐に向かわせる。慌てた劉備は曹操に援軍を求め、曹操はそれに応じて夏侯惇を派遣した」
A「あれ……その組み合わせって」
F「いつぞや云った、左眼の敵討ちだね。でも高順は戦上手を遺憾なく発揮して、夏侯惇の軍勢をも打ち破る。捨て置けずと判断した曹操は、自ら兵を率いて呂布征伐に乗り出した」
A「高順は?」
F「さすがに曹操を向こうに回しては、戦線を維持できなかったようで、下邳城へ撤退している。ところが、少しして呂布や陳宮といった、残りの軍勢も下邳に集まったんだね」
A「……陳登か」
F「そうだね。他の城を捨てて下邳に防御を集中させろ……とか説いたんだと思う。そして、自分でも徐州の兵を率いて、曹操・劉備連合軍とともに下邳を包囲した」
A「戦略眼のなさが、この辺に来て響いてきたわけか」
F「残念ながら……ね。陳宮の失敗だな。この頃、もう一度袁術と組もうとして、袁術の息子と呂布の娘を縁組させようとしている。現実問題、袁術は頼るべきでない男だ。帝位についたことで贅沢を始めて、民心を失っていたから、援軍どころじゃなかっただろう。僕なら孫策と、早い段階で結んでいた」
A「確かに、孫策なら兵を出してくれたかもしれんからなぁ。出さなかったんだろ? 袁術」
F「先に娘をよこせば考えてやるよん、と返事をしたな。完全に、呂布は孤立したと考えていい」
A「最強の武勇も、こうなると形無しだな……」
F「さらに、飛将軍と称されながらも裏切りを繰り返した、その欲深さと節操のなさが悪い結果を生んだ。孤城と化した下邳で、叛乱事件が発生。その首謀者は、ひともあろうか陳宮であった」
A「はぁ!?」
F「続きは次回の講釈で」