私釈三国志 03 宮廷動乱
F「えーっと、講釈の前にちょっとひと言。第1回でさらっと触れた、学生時代の長谷川玄徳氏ですが、こちらは実在の御仁です。コーエー社の『三國志W事典』で似たような記述がある(持ってます)のは事実ですが、実話ですので」
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A「おかしなおっさんもいたモンだな」
F「あー……アキラ、きのう横越のスーパーで、1個18円のコロッケ買ってたひと、いるでしょ」
A「あぁ、あの高校生みたいな奴?」
F「あのひと」
A「……なんと?」
F「見ため高校生だけど、実際は僕よりもひと回り年上だぞ。恐るべしだな、玄徳教諭」
A「……いや、マジで驚いたんですけど……」
F「さて、オハナシに入ります。前回さらっと述べた通り、189年に12代皇帝たる霊帝が死んでいるんだけど、この皇帝にはふたりの皇子があった。兄の名は弁、弟の名は協。いずれも後に皇帝の座に就くことになる」
A「弟の方が、後漢最後の皇帝だよな?」
F「うん、その通り。まぁ、事実上兄の時代に、後漢は終わっていたと見ていいんだけどね。このふたりは腹違いで、兄の母は何太后、弟の母は王美人」
A「弁の方が正室の子で、かつ年長、母親の身分も上だったワケか。じゃぁ、ストレートに後継できそうなモンだが」
F「正室と年長はともかく、母親の身分が問題でね。何太后の実家は屠殺業、横山(光輝)氏の漫画でははっきり『ブタ殺し』と書いているけど、そーいう家だったのね」
A「待てやオラ!? どーしてそんな輩が皇帝に嫁げる!? あまつさえ皇后に成り上がれる!?」
F「んー……いずれも状況証拠なんだけど、ね? こっちは第1回でさらっと述べたけど、この頃、霊帝は官職を売りに出していたんだよ。となると……ねぇ?」
A「金で後宮に入ったのか?」
F「宦官に賄賂を出して、自ら後宮に入ったのは確からしい。相場は判らんけど……ね。で、皇后に成り上がれた原因だけど、この女の本性じゃないかと思う」
A「その心は?」
F「何太后の前に宋太后というのがいたんだけど、宦官の讒言で廃され、獄死してるんだ」
A「え……宦官?」
F「何太后(当時は何貴人)は『嫉妬深くて後宮でも幅を利かせていた』と後漢書にある。そして、協の母親たる王美人は、協を産んだのを怒った何太后に、毒殺されている」
A「……あのー、ひょっとして?」
F「状況証拠だけを列挙すると、『どうして』って理由が、何となく見えてくるんだよ……ね」
A「うん……俺も何となく見えた……」
F「とりあえず、可哀想な協は霊帝の母親が引き取ったので、命だけは助かりました。えーっと、それはともかく。この、怖い女には兄がいた。妹の七光で出世した何進というブタ殺しなんだけど、こいつが宦官と対立していて」
A「原因は?」
F「霊帝は近衛軍……皇帝直属の常備軍を編成し、中央の軍事力を増強しようと考えたんだね。これが有名な『西園八校尉』で、若かりし日の曹操や袁紹が名を連ねたんだけど、コレのトップは大将軍の上につくとされたんだ。そして、そのトップには霊帝が信頼する宦官が指名された」
A「えーっと、国軍の最高責任者を親衛隊の下においたのか? それじゃ何進も面白かろうはずがないが」
F「宦官は宦官で、ブタ殺しの何進を見下していた。ために、宮廷は当然二分される。弁を皇帝にしたい(そして、自分が実権を握りたい)何進・何太后の外戚派と、それに対抗すべく協を立てたい宦官派が、対立したわけだ」
A「するわな、そりゃ……。でも、霊帝の母親が協のバックだろ?」
F「うん、問題の母親は宦官派……というか、協派。ちなみに、横山氏の漫画ではあまり年齢差がないように書かれていたけど、弁と協は8歳違いだ。ともあれ、その対立が霊帝の死によって表面化した」
A「霊帝は、後継者を定めてなかったのか?」
F「協を指名していたとの説もあるな。母親の影響か、協を可愛がっていた節も。ゆえに、危機感を抱いた何進が先手を打った。西園八校尉のトップ、次いで霊帝の母を殺し、力ずくで弁を即位させた。これが13代の少帝だ」
A「行動力は何進のが上だったワケだな」
F「まぁ、この皇后の兄だから……ね。ただし、詰か脇が甘いと云うべきか、この時点では宦官撲滅に走らなかった」
A「おいおい、そりゃ敵を甘く見過ぎだ。頭を殺せば牙を抜けるってモンじゃないだろ」
F「……ここではっきり述べるは、正直まだ早い。だから、前後関係だけを述べよう。何進にはブレーンがいた。西園八校尉のひとり、袁紹だ」
A「あぁ、そっか。当時あいつ、宮廷に仕えてたんだっけ」
F「曹操と一緒にね。袁紹は、何進に宦官を皆殺しにするよう勧めたんだけど、何進は時期尚早とこれを退けた。宦官によって地方に遠ざけられた将を呼び寄せ、その軍事力を用いて宦官を討とうと計画したんだね」
A「軍事力の集中は……この場合、どうだろうな? 勝てるだけの戦力はあったんだろ?」
F「ことの推移を見るなら、あったと判断できる。というか、曹操なら『兵は拙速を聞くもいまだ巧遅を見ず!』と進言しただろうけど、袁紹はそう進言しなかったんだね。むしろ、地方軍の召集も袁紹の策だった感もある」
A「まぁ、万事慎重な奴だからな、袁紹は」
F「……そういう見方もできるか。実は、袁紹が何進の死を招いたとしか思えない状況になるんだ、これから」
A「その心は?」
F「何進・袁紹が地方軍を呼び寄せたと聞いた宦官は、そんなモンが来ては一大事と、先手を打つことにした。何太后のお召しであると何進に使者を送り、宮廷に呼び寄せて、何進を殺したんだ」
A「……おいおい」
F「慎重、とアキラは云ったね? 僕にはそうは思えない。慎重なら、この時何進を、何としても行かせなかったはずだよ。度々引きあいに出して悪いが、曹操なら何としても思いとどまらせた。あるいは関羽なら、同行を申し出ただろう。それをしなかった袁紹が、果たして何を考えているのか」
A「真顔で悩むなよ。ただのアホってコトだろ? でなきゃ何だ?」
F「曹操に匹敵する姦雄」
A「は……?」
F「……いや、袁紹については、いずれ詳しく述べる。ともあれ、妹が産んだ子を帝位につけ、これを操ることで漢王朝を統べようとした何進だったけど、あまりにもあっけなく死んだ。参謀が袁紹だったのが敗因に思えて仕方がない」
A「いや、そこまで袁紹を悪く云わんでも……まぁ、いいけど」
F「何進を謀殺された袁紹は、一気に宮廷に攻め入った。宦官も、何進と頭は同レベルだったのか、そのあとのことを何も考えていなかったようで、袁紹が指揮する軍勢を防ぎきれず、宦官たちは次々と斬られていく。云うまでもないとは思うけど、宦官には髭がない。ために、髭を伸ばしていない者や髭の薄い者まで、宦官と間違われて斬られたりした。中には、着物をはだけてイチモツを露出させ、自分が宦官ではないことを証明した文官もいたという」
A「悲劇のはずなのに、何だか笑えるシーンだな」
F「まぁね。ただし、ここで袁紹が予想していなかった事態が発生する。もはやこれまでと思いつめた宦官が、少帝と協を連れて逃げおおせやがった」
A「バカか!? いくら混乱していたからって、一番肝心な皇帝サマを逃がすか!? 負け戦だぞ、そりゃ!」
F「そうだね……。何進や宦官もそうだったけど、どうにも袁紹も脇が甘い。多分、これが後々まで響いてくる袁紹の敗因だろうな。企画力・行動力・洞察力、いずれも高水準で備えているのに、どっか甘い」
A「なんか、高く評価してるな? で、皇帝どうなったの?」
F「あぁ、保護されたよ」
A「誰に?」
F「霊帝の死によって、後漢の崩壊は加速度的に早まった。天はこの期に漢を滅ぼそうと、狼を遣わす。若き皇帝たちを保護したる、西域より現れし餓狼、名を董卓と云った」
A「って、こっちが心の準備もしてないうちに、締めに入るなっ!」
F「続きは次回の講釈で」
A「どんだけ続くんだ、おい……?」