漢楚演義 06 鴻門之会
F「まぁ……当然ながら、このタイトルになります」
津島屋幸運堂は【真・恋姫†無双】を応援しています。
Y「お前、懲りんね」
F「ったく、韓信さえいなければ、こっちでは『タイトルは漢字4文字』とゆールールを適用しなくて済んだというのに。あの男のためだけに、そうせざるを得なかったからなぁ……」
A「顔が喜んどるぞ。で、どうなったンだ?」
F「うん。秦兵20万を殺した項羽は、関中に軍を進めるンだけど、劉邦の赤旗翻る函谷関は、関門を閉ざして項羽を入れまいという姿勢を示していた」
Y「いつかの台詞を返すが、劉邦は自殺したいのか?」
F「これにはちょっと事情がある。前回見た通り、劉邦は、ひとの話をほとんど無条件でよく聞く男だ。ために『函谷関を閉ざして項羽と戦い、秦を拠点に諸侯と戦いましょう。でなけりゃ、項羽は章邯を関中の王にしますぞ』と云われて、その気になってしまったのね」
A「誰に?」
F「史記には鯫生とある。これが人名なのか、文字通りの『つまらん奴』なのかは言及がないが、そのまま殺されたンだろう。ともあれ、激昂した項羽は黥布に命じて函谷関を抜き、一路関中へと攻め入った」
A「というか、張良たちはナニをしていた?」
F「どうなんだろう? 席を外していたことは確かなんだが。しかも、劉邦軍からも脱落者が出る。曹無傷という男が項羽の陣に駆け込んで『野郎は子嬰を宰相にして秦の王を名乗り、お宝を独り占めしていやがる!』と訴えた」
A「……完全な濡れ衣じゃね?」
F「まぁ、子嬰はともかく、ある程度の略奪はしておいた方がよかったのかもしれんな。一般の兵士にしてみれば、せっかくの宝の山を眼の前に、軍を引いたに等しいわけだから。項羽についた方が実入りがいいと判断しても、無理はないというか仕方ないというか」
A「うーん……どうしたモンだろうなぁ」
F「すっかりその気になったのは范増だ。劉邦はもともと女と金に眼がない男だと知られていたのに、関中に入ってからは、財宝にも後宮にも手出ししていない。これは志ある男の態度だと、劉邦を危険視して、項羽に何が何でも逃がすなと進言した。説得されるまでもなく、項羽も逃がす気はない。翌日、全面攻撃すると宣言した。項羽率いる諸侯軍40万に対し、劉邦の軍勢はかき集めても10万というところだったという」
Y「勝負にならんだろうな」
F「もちろん、劉邦もそう思う。現れた張良との会話が、史記に生々しく記述されている」
張良「ナニを考えて函谷関を閉じたンですか、アナタは?」
劉邦「だって鯫生の奴が、項羽を防げばオレが関中の王になれるって云ったンだよ」
張良「勝てるのですか? 項羽に。わたしの頭ではそんな策は思いつきませんがね」
劉邦「……どうしたらいいかな?」
F「ここで、今回のキャスティングボードを握った男が現れる。項羽の伯父にあたる項伯そのひとだ」
A「何で出てくるかな」
Y「いつぞやの恩返しだろ? ひとを殺したのを、張良にかばってもらった」
F「そゆこと。項羽の軍中にいた項伯は、親友たる張良だけは助けようと、攻撃前夜、単身張良を訪ねた。一緒に逃げよう、楚陣に来いと説得する項伯だけど、張良は劉邦を見捨てられないと、むしろ項伯を劉邦の元に連れて行く」
Y「助けてくれと泣きつくワケか」
F「項伯と義兄弟の契りさえ結んで、何とか項羽に執り成してくれと、恥も外聞もなく頼み込んだ。そこまで低姿勢に出られては、項伯としても断りきれなかったようで、楚陣に戻ると項羽に面会して、劉邦が明日謝りに来るから、話を聞いてやりなさい、と執り成す」
A「范増には劉邦を殺すと宣言していたのに、どうしたわけか項羽は、その申し出を受け入れてしまうンだよな」
F「単純な理由だと思うがな。問題の当日、劉邦は張良や樊噲・夏侯嬰、わずかな兵を率いて、項羽の陣中を訪れる。俗に云われる『鴻門の会』が、ここに始まった」
A「まず、項羽と劉邦のご対面から、だな」
F「劉邦は土下座して『悪気はなかったんです! 許してください!』と泣きわめく。そもそも、項梁在りし日には共に戦い、重用していた武将だ。こーいう姿をされると、項羽は弱い」
A「おひとよしと云うか、何と云うか……」
Y「いちばん近い日本語を探すなら『バカ』だろうな」
F「手厳しいが的確だな。項羽の心境としては、そこまで云うなら許してやろう、みたいな? 挙げ句の果てに劉邦は『つまらぬ小人の讒言で将軍との仲を裂かれて、ワタシの胸は張り裂けそうです!』とまで叫び、項羽は『曹無傷に云われなければ、お前を疑うことはなかったさ』と、ついに劉邦を許す旨を宣言した」
A「どーしてそこまで騙されるかな、項羽は……」
F「かくして、一同は宴席に移る。項羽と項伯は東向き、范増は南向き、劉邦は北向き、張良は西向きに座った。座席については実に奇妙なものがあるが、ともかく。范増は項羽に合図して、劉邦を殺せー、殺せ〜と促すンだけど、当の項羽は黙って酒を呑んでいる。繰り返したものの動く気配がないモンだから、焦れた范増は外に出て、項荘を呼んだ」
A「いとこだっけ?」
F「うむ。たぶん項羽より年少で、范増は『君王(項羽)は情けの深い御仁だ。お主、宴席にかこつけて剣舞を舞い、隙を見て劉邦を殺せ。さもなくば、今にお主らはみな虜とされようぞ』と告げる。殺る気になった項荘は、宴席に入ると剣舞を始めるンだけど、ただならぬ気配を察した項伯も剣を抜いて対手を張り、身をもって劉邦を守る姿勢を示した」
Y「常々思っていたンだが……」
F「あー、それについては後で応える。とりあえず、コトの次第をみてくれ。で、席を立った張良は樊噲を呼んで『劉邦が危うい!』と伝えると、樊噲は剣と盾を握って、楚の番兵を突き倒し、宴席に乱入した。髪を逆立て眼を吊り上げて『酒を出せーっ!』と項羽を怒鳴りつけると、さすがの項羽もたじろいで、剣を手にしたとか」
A「いや、それじゃただの強盗だから」
F「樊噲が席に入る口実として選んだのは『宴会があるなら、ワシらにもおこぼれがあってええやん』という、まぁまっとうな要求でな。張良(追いついた)の執り成しに、項羽は気を取り直して大盃に酒を注がせると、樊噲はそれを軽く呑み干す。次いで豚の肩骨を与えると、盾に置いて、剣で斬っては喰う」
Y「……どこの蛮族だ?」
F「その態度が、なぜか項羽のツボだったようで『もっと呑むか? それとも喰うか?』と勧めるほどだ。亜父(父に次ぐ者、の意)が『そんなモン、ウチじゃ飼えませんからねっ!』とツッコんだとかツッコまなかったとか。対して樊噲は、轟然と胸を逸らした」
――死を恐れんオレが、どうして盃を避けるか。つーか大将、アンタ大事なことを忘れてるぜ。秦は猜疑心で民衆を殺すことを繰り返したから、天下全てを敵に回したンじゃねえか。ウチのお頭は咸陽に入っても、財宝には手を触れず宮殿を封印して、軍を咸陽から引き揚げて、大将が来るのを待ってたンじゃねえよ。
それなのに、盗賊を防ぐため函谷関を閉じたのを口実に、お頭を殺そうとするなら、秦と変わらんじゃないか!
F「すっかり威勢を殺がれた項羽は『……まぁ、座れ』と席を用意させる。その隙に、劉邦は厠に立ち、樊噲を連れて出た。もちろん座に戻りたくない劉邦はうじうじと時間を潰していたンだけど、陳平が呼びに来たモンだから、樊噲に『逃げたいけど、いいモンかな?』と持ちかける。樊噲は『我らはまな板の上の魚なんだから、礼を逸しても仕方ないねェだろ。大事を成すには小事にこだわらないことだぜ』と、逃げてしまおうと応じる」
A「この主にしてこの家臣あり……だな」
F「違いない。というわけで、張良に後を任せて、樊噲・夏侯嬰たちと逃げた。逃走速度を計算して、劉邦が自陣に逃げ込んだ頃合を見計らい、張良は項羽に『あー、あのジジイはノンダクレて帰られました。ご挨拶はできませんでしたが、献上品を残していかれましたので、お納めを』と白璧と玉斗を差し出す。項羽は黙って白璧を受け取ったけど、范増は玉斗を地面に叩きつけると、剣を抜いてブチ壊した」
――嗚呼、頼りにならん奴だ! 君王の天下を奪うのは間違いなく劉邦だ、ワシらはいずれ虜になるだろうよ!
F「自陣に帰りついた劉邦は、即座に曹無傷を殺した」
Y「あー、長かった長かった。……で?」
F「あぁ、うん。とりあえず史記の記述を追ってみたけど、気になる点がみっつ。まず、宴席の席順だけど」
A「えーっと……? 上座の項羽の対面に張良、左右に范増と劉邦か。で、隣には項伯」
F「妙だろう」
A「……確かに。劉邦を詰問するにせよもてなすにせよ、項羽の対面に置くべきだろうに」
Y「そうか? 項羽に責める気がなくなっていたから、范増が自ら詰問しようと、自分の対面に持ってきただけじゃないのか? 宴席でどんな会話をしていたのかは記録にないが」
F「では、張良が項羽の向かいになった理由は? 他に席がなかったから、なんて消極的なのはナシだぞ」
Y「……むぅ。それ以外には思いつかんが」
F「実は、この点について加来耕三氏が興味深い分析をしている。この時点での張良の身分は、正確には韓の大臣であり、見方によっては劉邦・項羽のいずれにも属さないニュートラルと云えなくもない、と。つまり、劉邦と項羽のいさかいを、韓の名義で張良が仲裁した、という形だな」
Y「分析としては面白いが……当時の韓は、ほぼ秦の属国だろう? そこまで影響力はないはずだぞ」
F「韓にはない。だが、張良にはある。かつて始皇帝めがけてハンマーを投げつけた武勇伝は、反秦勢力で雷鳴のごとく知れ渡っていたことは疑う余地がないからな。そんな奴が(劉邦の部下とはいえ)生肉を喰らい大酒を呑む野獣のような男を連れ込んでは、范増でも追及・追跡はできなかったものと思われる」
A「老いぼれでも命は惜しいか……」
Y「じゃぁ聞くが、項荘なんだが、范増が刺客に選んだくらいだ、ある程度腕は立つだろう。そんな奴が、項伯が止めに入ったくらいで、暗殺を断念するか?」
F「それが第二点。項荘についての記述そのものが少ない……この場面にしか出てこないンで、断言はできないンだけど、この点についてはふたつ。まず、項燕の息子なんだから、項伯にもある程度の武技はあると見ていい。そして、項荘の側に、項伯が立ちはだかったら、暗殺を断念せざるを得ない理由があったのではなかろうか」
A「一族の年長者だから、か? でも、項羽なら気にしないだろうから、いとこの項荘も気にしないンじゃないか?」
F「んー……実は、項伯の息子じゃないかと見てるンだが」
A「え? ……あ、いとこ! 叔父だか伯父だかの子供か!」
Y「……あぁ、なるほど。剣舞の相手が父親では、うかつな真似はできんか」
F「うん。それなら、項羽が止めなかった理由が成立するンだ。いきなり入ってきた項荘が、その座にいた父親と剣舞をはじめても、余興としては問題ない。項羽が、范増の策に気づいていたかは判ったモンじゃないけど、ただの剣舞としか見ていなかったなら」
Y「一族の者だからといって、急に場に入ってきて咎められなかった理由も、それなら納得できるか」
F「まぁ、史料的な証拠は何もないンだけど……ね。いつも通り。そして、第三点。なぜ、項羽は劉邦を許したのか」
Y「1番、項羽がバカだった」
A「2番、劉邦には悪いところがふたつあった」
Y「その心は?」
A「舌!」
F「いや、その両方だと思うが……。これについては、ここでは結論を提示しない」
2人『来たーっ!?』
F「……いや、お前ら、そこまで警戒しなくてもいいだろ。原因そのものについては、実は明らかなんだ。項伯に説得されて、殺すことを断念していたから、だ。だが、項羽がなぜ断念したのか。それは、後で触れる」
Y「いつ云うのかは聞かんが、これだけは確認させろ。その結論は、アキラのスイッチが入るようなモンか?」
F「賭けてもいいが、入らん。というか、この結論で入るなら苦労はない」
A「……ホントに?」
F「疑い深いな……。耳を貸せ、泰永」
Y「ん?」
F(ぼそ)
Y「は……? 誰が? ……いや、待て!」
F「納得するだろ」
Y「……気でも狂ったか、と口にできない自分の知識が嫌になるな」
F「認めはしないわけか。いかにも、ヤスらしい反応だな」
A「……怖いよぅ」
F「かくして、鴻門の宴は跳ねて、項羽率いる軍勢は咸陽へと入城した。劉邦が封印して手をつけなかった金銀財宝を略奪し、後宮の女を犯し、ついには宮殿にも火を放つ。そして、始皇帝が諸国を滅ぼした罪を問う口実で、ついには子嬰をも処刑する。――ここに、秦は滅んだ」
Y「見方によっては、劉邦相手に上げるつもりだった血祭りを、咸陽で上げたような状態か?」
F「というか、子嬰を犠牲に自分は助かった、という見方もできるな。まぁ、劉邦相手に戦闘して、よけいに兵を減らしたら、略奪や放火やレイプも興が殺がれるだろうし」
A「危険な発言しないでーっ! もう、終わり! 今回のオハナシ、これで終わって!」
Y「あー、よちよち。泣かないでしゅよー。いい子いい子ー。……おい、終わっとけ」
F「続きは次回の講釈で」
A「えぐっ、えぐっ……」