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「うぅ〜ん……」
 朱里は、手紙を手に、ちょっと困っている。
 自分の判断で処理してもいい問題には思えるが……そうなると、発覚したとき一刀に、愛紗辺りがナニをするか。
『どうして、我らに何の相談もなく、そのようなことを決定するのですか!? 今でこそ大人しくしていますが、連中が何を企んでいるか判ったものではないのですよ! そのような手紙、出させるわけにはいきません!』
 云っていることがなまじ正論なだけに、朱里としても対応に窮するのだ。確かに、捕虜が手紙を出すのはともかく、その中身も確認しないなど考えられない。
「……それこそ、愛紗さんに持っていけばいいかなぁ」
「呼んだか、朱里?」
 後ろから声をかけられて、朱里は驚きかけたものの、聞き慣れた声だったのでそれほど動揺しないで済んだ。振り返ると、愛紗と紫苑が連れ立って歩いている。
「あ、愛紗さん……」
「どうした? 何かあったのか?」
 いかにも融通が利かなそうな、一本気な表情。北郷軍の軍令を事実上預かっている愛紗そのひとだった。軍政を預かる朱里と、両輪を成して北郷軍を支える重鎮だが、一刀が華琳たちと仲良くしているのを好ましく思っていない。……それが、立場としてか女としてかは微妙なところだが。
「えーっと……ですね」
 朱里ひとりでは説得できるかは微妙なところだったが、朱里に次ぐ軍政・民政の責任者の紫苑もいるのだから、上手くいくかもしれない。そう判断した朱里は、先程受け取った手紙をふたりに示した。
 事情を説明すると、当然愛紗は眉を吊り上げる。
「まったく……ご主人様は、また我々に何の相談もなく、そのようなことを……」
「まぁまぁ、愛紗ちゃん。ご主人様は、女の子にだらしないから」
「……それ、何の慰めにもなってません」
 紫苑の執務室で卓を囲んで、女三人、姦しく。まして肴が愛する男では、盛り上がるのも無理からぬことだった。
「しかしだな、紫苑。もし、何らかの命令を伝えていたらどうする? 夏侯惇はともかく、夏侯淵は油断ならんぞ」
「何か企んでいるって、決まったわけじゃないんでしょ? 本当に、ただの近況報告かもしれないじゃない」
 子持ちの未亡人という、どっかの雪男が泣いて喜びそうな設定の弓使い(この辺も降雪指数が高い)は、おっとりとした微笑みを浮かべる。最年長、愛紗はともかく朱里よりひと回りは年上なので、その発言は北郷軍において重きを置かれていた。我が意を得たりと、朱里もおっとりと。
「わたしとしても、そんなに目くじら立てたくないですね。問題がないなら、お手紙くらい出してあげても……」
「問題がなければだろう? 問題があったらどうするのだ」
「あるのかしら?」
「それは……見てみないと、何とも」
 さすがに、そこまでは愛紗でもごねられないようだった。朱里は、春蘭からの手紙を愛紗に差し出す。
「洛陽の、張郊にか……」
 張郊は、もともと袁紹に仕えていたが、華琳(曹操)の北上に際して降伏し、春蘭(夏侯惇)の配下に編入された。曹魏降伏後はその才を認められ、現在では後漢の都・洛陽の守備隊長を張っている。愛紗に云わせると「外地にいる危険分子筆頭」ということになるが、今のところは職務に専念している……ように見えていた。(※3)
「むっ……」
 手紙を広げ、内容に眼を通していた愛紗だが、次第に表情が険しくなってくる。
「むむむっ……」
「はわ、愛紗さん……? もしかして……」
 愛紗のあまりな表情に、朱里は、あるいは本当に何か書いてあったのかと不安になったものの、紫苑は落ちついたもので、お茶をすすりながら。
「何も、問題ないのかしらね? その表情は」
「……今のところは」
 何もないのが気に入らなかったらしい。朱里もほっと肩をなでおろした。表情をやわらげて、だが愛紗は不満そうに。
「……本当に、近況の報告ばかりだな。華琳……曹操は元気にしているとか、外出に不自由はあるものの生活と安全は保障されているとか。また、夏侯惇らしく、職務には専念するように、とも記している」
「そのまま、出しても問題がないようなものかしら」
「……最終的な判断はご主人様に委ねるが、わたしには、問題があるようには見えないな」
 肝心なことを紫苑が確認すると、愛紗は、手紙を閉じて朱里に差し出した。朱里は笑って、それを拒む。
「愛紗さんが問題ないって申し上げれば、ご主人様はきっと、そのまま出していいって云われますよ」
「ご自分では確認もなさらずに、な」
 そういうひとだから。3人で、朗らかに微笑みを交わしてしまった。
 が、笑ってもいられないと、愛紗は無理に表情を硬くして。
「まぁ、いくらか気になる記述はあったがな。以前、洛陽に袁紹が出没したようなことが書かれている」
「……あら」
 紫苑は言葉少なく、だが素早く手紙を愛紗の手から抜き、広げた。獲物を探す狩人の眼になった紫苑は、やがて、誰にともなく聞かせるように口を開く。
「過日、洛陽近郊にて取り逃がした袁紹一党だが、また出現しないとも限らぬ。警備には万全を尽くし、もし袁紹再び蠢動した際には、今度こそこれを討ち果たすべし……」
「懐かしい名を聞いた気分だな」
 愛紗の声に、朱里も紫苑も応えなかった。
「はわわ……」
 朱里は、やや強張った表情で。
「気づかれていたのかしら……夏侯淵」
 紫苑は、狩人の眼のまま思い詰めた様子で。
「? ……ふたりとも、どうした?」
「いえ……」
「何でも……ないわよ」
 はい、と渡された手紙を、朱里は今度は拒まなかった。一瞬で全文を暗記すると、すぐに閉じる。
「では、こちらはご主人様にお届けしますね」
「そうだな、頼む」
「はいです♪」
 笑顔さえ見せて、朱里は椅子から立ち上がった。先程の強張った表情を消して、とてとてと執務室を後にする。
「朱里ちゃんも……?」
 紫苑が何かを呟いたようだったが、それは愛紗の耳には届かなかった。

※3 オリジナル設定です。

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