7.


  土曜日――おしゃべりばかり…


 カミュ、辰巳、アドノスの3人はグラード財団が直接経営する病院に入院することになった。
 「――しかし、何故なんだ…何故よりによってアドノスと同室なんだ…!」
 カミュはうめいた。実はこの計らいが沙織さん自身の手によるものだということを、彼は知らない。
 「大丈夫ですよカミュ、今度ばかりは彼も動けそうにありませんから。」
 「そうじゃよ、安静第一、今のお前は何も心配せず、ゆっくりと休むことじゃ。ちゃんとわしらが見張っといてやるから。」
 そう言ってどこか不自然に笑うムウと童虎を、氷河は不審そうに見やった。2人の心の中にはおそらく自責の念が渦巻いているのでしょう…。
 「そう言えばムウ、シオンの様子はどうじゃ。」
 「ええ、あれ以来今朝まで昏睡状態だったので、もう私としては生きた心地しなかったんですが…先程、目を覚ましました。そしたら結構これが元気な様子で。ピンピンしていますよ。」
 「ちょうど良い疲労回復になったようだな。」
 「そうですね――ホントに、良かった…。」
 …もう、あんな思いは二度としたくない。13年前の、スターヒル。鮮血を散らして、冷たい祭壇に横たわる死者に対して、私はただ、無力だった――
 「ところでカミュ、俺、差し入れ持ってきたんですけど。」
 「…気分的に今はかき氷は嫌だぞ…。」
 「やだなあ、いくら俺でも、そこまで意地悪くないですよ。ほら、カミュの好きなくず湯。ちゃんと温かいですよ。」
 「うう…ひょ、…氷河…」
 ささくれ立った精神に、弟子の心遣いの何と嬉しいことか。カミュは涙ぐんだ。
 「カ…カミュ…!」
 「氷河よ…!」
 ひっしと抱き合う師弟に感動していたのは、しかしながら、2人の付添人だけではなかった。
 ――アドノスもまた、布団を頭までかぶって、聞こえてくる師弟のメロドラマに、水玉模様の枕を濡らしていたのであった。



 その夜、皆が寝静まった頃、カミュは隣のベッドから唐突に語り出されたアドノスの言葉に少なからず驚かされることとなる。昨日までの天敵が実に意外な素顔をもっていたものだ、と。――まあ結局、それでも彼がど変人のマッドサイエンティストであることに、変わりはないのだけれど。
 「カミュっていったかねえ、君は。知ってるかもしれないけど、私は昔、偉大な科学者だったんだよ…」
 ふいに始まったアドノスの問わず語りに、カミュは思わず病室の対角線を振り返る。アドノスは言葉を続けた。
 「しかし、今はどうだろう…俗世から隔離され、研究は発表されず、…人生って何だろうね…。私は自分が歯がゆくて、歯がゆくて、ずっと苦しかったよ…。周りの人は、みんな私のことなど相手にしてくれなかったね。だから、君が必死で私から逃げ回っている時、実は、ずっと嬉しかったんだよ。」
 「……………………。」
 カミュは、月明かりの薄暗い病室の中、それとわかるほどに青ざめた。
 「怖がることはないよ…」
 いや。それはできない相談だと思うぞ、わたしは。
 「私は久しぶりに、人間の温かさを知ったような気がするねえ…氷河君と言ったかな?その子…大切にしてやるといいよ…」
 そりゃどうも、と思いながらもカミュは心の中で叫んでいた。――貴様、氷河にだけは手を出すなよ…!
 「それじゃあ、私はこれで…おやすみカミュ…」
 カミュは激しく脱力した。それでも「おやすみなさい…」と返したのは賞賛に値するだろう。寝返りをうって、考える。
 ――いったいアドノスは何が言いたかったのだろう…つまり、私と氷河の師弟愛に感動した、ということか…?ふん…けっこう心根の素直な奴かもしれぬな…。
 そして、彼もまた眠りに落ちて行った。しかしこの時点で、アドノスの言葉が意味していた、もっと重大な可能性に、カミュは気付くべき…だったのかもしれない。



 ――翌朝、カミュが目覚めた時、隣のベッドはもぬけの殻だった。
 そして、カミュは自らのバイト、ボタン付け千着分の期限が過ぎたことに気付く。私立グラード病院に、彼の悲痛な声がこだました。
 「ああ…!!得意先の信用が…!!来月の新聞が…!!」



 ――こうして一週間は過ぎ行く。ごたごたが起きて、巻き込まれ、バイトはクビになり、そして聖闘士はますます金欠になって行く。何を隠そう、これがわたしの一週間の仕事だよ…どうせっ…どおおせっっ!!



6へ←  →8へ  
小説トップへ