日記のような活動報告のような
〔'09/6の巻〕


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6/29(月)

新装オープン 本日より中之島の人になりました。隣に建っているビル勤務の某氏曰く、 悪徳商会郡へようこそ!? 朝、各自の机周りに置かれている箱詰め開梱から始まって、身の回りの 整理をしていたらそのままお昼になってしまいました。 事務所があるのは29階。みんなが懸念していたのはエレベーター。 12時になると一斉に上のA社の大移動が始まり、高層階の中では下の フロアのわたしたちが入り込む隙間はなく、それどころか停止すらせず どんどん通過していきます。 結局7分かかってようやく乗車出来ましたが、苛立った人たちは組合に 昼休み時間帯のスライドを要求すると息巻いていました。 午後も続いて作業です。OA複合機の前では悩んで立ち尽くす人続出。 一通り説明してもらいましたが、すべてが最新機種で新品のため扱いに 慣れません。セキュリティ云々で手順は煩雑だし苦労します。 結局今日はほとんど仕事になりませんでした。 帰りにふと受付を覗くと関係各所から新事務所お祝いの鉢植えが届いて いました。きれいな花々に飾られた社名の看板をみると嬉しくなります。 明日から徐々にペースを戻して、心機一転頑張ります。




6/28(日)

梅田Shangri−LaでのAPOGEEのワンマンライブに参戦。 ここのところ、わたしの好きなアーティストたちの新譜、ライブ続きで 彼らのニューアルバム『夢幻タワー』を通しで聴けたのが今週になって からで『スプリング・ストレンジャー』以外よく分からない予習不足の 状態でしたが、スタンディングもなんのその。 早い整理番号だったので2列目という至近距離を確保。前回同様なぜか 自然と右寄りのおっしー(大城さん)近く…。 ライブはとってもよかったです。CDでは、計算されたスリーピースに 加わる壮大なシンセ、そこに永野さんの声が重なって、そこはかとなく 麗しい仕上がりなのですが、生音で聴くと骨太いロックに様変わり。 内垣さんと間野さんがコーラスで加わると、特に雄々しくなって私的には たまりませんでした。 今日が誕生日の間野さんに、永野さんの前フリでハッピーバースデーの 歌をみんなで歌ってお祝いしたのに、グッズ販売の告知で頭はいっぱい いっぱいのようで笑っちゃいました。 赤い壁と黒い天井、そしてシャンデリアという、ちょっとゴージャスな 雰囲気ながらアットホームでもあるライブハウス、梅田Shangri−La。 彼らに一番似合うハコではないかと思います。 このくらいがちょうどいいからあんまり売れ過ぎないで、なんて言ったら ダメか。




6/26(金)

佇む羊のオブジェ 業者が引越し作業開始
こんな大事な時に朝から京都本社に出張です。社からと試験所を迎えて 製品試験だなんて。 新しい名刺を渡しながら月曜開店休業を宣言。社内の関係部署にも周知 して回りました。 事務所移転の話は受付の女性たちの間でも持ちきりで、かっこいい!と 羨望の眼差し。新事務所に来てくれたらいつでも見学会をしましょうと 約束してきました。 何事もなく無事に試験は終了し、お客さんたちを見送るや否や急ぎ足で 事務所に戻りました。 他の人たちの箱詰め作業は終わっていました。わたしも残りの物を入れ 封をしようとしたら、箱詰めし忘れたから一緒に入れてと横から何かを 突っ込まれたりで、最後はよく分からぬうちにドタバタで作業完了。 おかげでわたしの箱は1つ増えて5つ。中には10箱以上の恐るべし 人々もいましたが、向こうにそんなに収納場所ありました? 玄関を出て見上げました。ついにこの新ダイビルともお別れです。 わが尼崎市役所と同じ、村野藤吾が手がけたところにとても縁を感じて いました。その代表的なオブジェが壁の羊たち。 2014年には全く見違えるほどの30階建て新新ダイビル(仮称)に 生まれ変わる予定ですがこの子たちはどこへ行くのでしょうか。今日は どこか寂しげな表情に見えました。 たくさんの想い出をありがとう。お疲れさま。そして、さようなら…。 来週から中之島の人になります。一抹の不安を抱えながら後にしました。




6/25(木)

いよいよ事務所の中が片付いてきました。わたしはほとんどの荷物を 昨日のうちに整理したので現在ダンボール箱4つ。身の回りの文具と ロッカーの制服などを入れれば箱詰め完了です。これで清々しく出張も 出来るというものです。 その前に重要な情報入手で某本店とんぼ帰り。あんちゃんたのちゃん コンビには毎度毎度お手数おかけしています。ご恩はいつか…。いや、 たぶん返せません。 べんさんへ念願の京都復帰お祝いのメールを打ちました。すぐに力強い 決意表明的返信が届きました。よっぽど嬉しかったに違いありません。 お昼前、伏見へ出発。下界の暑さにぐったりしましたが、京阪特急は とても涼しくて、気持ちいいを通り越して凍えました。 大手筋商店街からパッサージュなやまち5番街へ曲がってすぐにある "ペスカモンターニャ"でランチにしました。今日は日替わりランチより ハンバーグの気分。和風ソースの方を注文しました。 お店としてはイタリアンなのだそうですが、下町の家庭的な雰囲気は どちらかというと洋食屋に近いです。ハンバーグはグラム数を3段階で 選べます。 こちらのお店、酒処伏見ならではの名物メニューで知られています。 それは"酒粕ぺペロンチーノ"。一度、これを目当てに食べに行きました。 どんな味だったか、表現力がなくていい言葉が見つかりませんが人には ちょっと勧めてみたいメニューではあります。 伏見での打ち合わせは担当さんだけでなく、上の方々もいっぱい同席で 怯んでしまいました。課長が仕切り始めたので任せました。 その後膳所に移動し、新しく刷り上った名刺片手に滋賀支店で挨拶やら、 営業所で工程打ち合わせをこなし、課長がどうしても長ーいお付き合い (京都銀行CM風)のM利さんを担いで飲みに行くとわたしまで一緒に 先斗町へ。 でも入った店はすごぶる良心的お寿司屋さんです。ちゃんと職人さんが 握るのに1貫100円のネタがずらり。産地ブランドのネタは別料金。 どんどん食べてと言われても、お寿司は少しでお腹いっぱいになるから 困惑してしまったのでした。




6/23(火)

オープニングは最新アルバム『銀河手帖』の収録曲から『扉』です。 遊佐未森さんがステージに登場。涼しげな水色のケープ付のワンピース、 よく見たらワンピースのフリルの一部とケープは共布、オーガンジーの ようでところどころスパンコールが反射してとってもきれい。 ゆらゆらとしなやかに歌う姿は、まるで水の妖精…。 わたしの席は2列目のちょっと右寄り。最前列は圧倒的に女性ファン。 帽子がトレードマークだった頃はほとんどが男性ファンだったのです。 「こんばんは、遊佐未森です。」 若干高めの鈴を転がしたような声の挨拶はたぶん昔とそうも変わって いません。 バンド編成のステージは久しぶり。去年のツアーは大阪に来てくれず、 他の場所も日が合わなくて断念してしまいました。 ひなまつりライブは西海さんと楠さんとでしたが、今回二人の姿はなく 今堀さんや渡辺等さんの懐かしのベテラン勢に、初顔の人たちとの混成 楽団といった雰囲気。 そして特別ゲストは大胆にも客席からノコギリ片手にステージを上がり ました。そう、サキタハヂメさん(はじめにきよし)。 『銀河手帖』では『5月、エニシダ。』で共演していますが、今夜は それをライブで聴かせてくれました。サキタさんのミュージカルソウの 音色はCDで聴くよりもずっとずっとふわーっと余韻が広がっていって、 サキタさん曰く蜂のような、そんな夢心地でした。 途中で未森さんは退場して『銀河手帖』のジャケットの衣装で再登場。 ピンクと思っていたらもっと濃い色をしたワンピースでした。 衝撃的な展開のアンコール。『ミネソタの卵売り』で振り付けも衣装も 徹底的に昭和歌謡風に弾ける未森さん、こういう側面もあったのでした。 しかし一緒に歌えてしまうわたしは何者?(間違いなく父上の影響) 今夜嬉しかったのは『窓を開けた時』や『Island of Hope and Tears』を 聴けたことです。 ステージから近かったのもあり、歌に乗せている想いとか息遣いとか、 いろいろなものが伝わってきて、うまく言い表せませんが心が洗われる ような、清らかな、なんばHatchのひとときでした。 なんとデビュー21年目になるそうで。『I'm here with you』のごとく、 わたしのそばにいつも素敵な音楽を届けてくれてありがとう。




6/22(月)

連日の引越し準備が通常業務の上に重なっているものだから疲労度が 桁違いです。 溜まりに溜まった肩と背中のコリを解すべく昨日やっとこさ武庫之荘の "クリアボディ"でみっちり75分マッサージをしてもらいました。 おかげでかなりラクになっています。それよりも真夏のような日差しに やられてしまい、帰ってきてもしばらく朦朧としたままでした。 下請業者から封書がわたしと課長宛に届いていました。開けると中から 甲子園球場の年間指定席のチケットが出てきてびっくり。課長には別の 日のチケットでした。 この下請業者、良席の年間指定席を契約していて空きがあると課長宛に 適当に回してくれるのですが、いきなりわたしへ直送ってどうして? しかもヤクルト戦ではないか。まさかとは思いますが、過去にわたしが 外野スタンドで私設応援団の手伝い(取り巻き)をしていたのをいずこ から聞きつけたとか!? いずれにしても現在は野球自体、わたしの中で昔ほど盛り上がることも なく、応援のために胃を痛める心配もないので純粋にプレーを楽しんで 見たいものです。でもタイガースの応援は恐いので集中なんて出来ない かも。それ以前に不確定要素が絡んで今のところ予定すら未定ですが。




6/19(金)

今日のランチは"マンドリーノ"。冷製スパゲティシリーズも始まって いました。今週のは濃厚なトマトソース、豚肉、冬瓜の組み合わせ。 しかしこちらにも引越し後には簡単に食べに行けそうにもなく、 出張ついでを狙って足繁く通うしかありません。店長さんには帰り際 その旨を伝えました。 あと一週間に迫ってきました。入居テナントは次々退去し、代わりに ヘルメットと作業服姿の人の姿が多くなりました。 引越し前に一つやっておきたいことがあります。それはこのビルの 歴史と記録を自分なりに残すこと。 ランチから戻ってきて屋上に上がりました。ビルの上と思えないほど たくさんの木々が覆い繁っている庭園は、ここで働く人たちにとって 昼休みの憩いの場でした。 ゆっくりゆっくり確かめるようにシャッターを切りました。まだまだ 来週もビル内を写して回ります。 かつてこんな素敵なビルがあったと、建て替えられた後もすぐに思い 返せるように、愛情をこめて…。
屋上庭園入口 屋上からの眺め




6/18(木)

会社PHSの着メロは『Starting Over』になりました。 武田薬品工業「アリナミン」のCMソングとしておなじみ、7月15日 発売のレミオロメンの新曲です。 「ありのままの自分でいこう!」 「一番やりたい事を、必死で追いかけよう!」 このフレーズはまさに直球ストレート、わたしのやる気を後押しして くれる元気な曲。しばらく放置して鳴りっぱなしにしたいくらいですが、 それははた迷惑なのでいけません。 お客様へ。電話は会社事務所宛でなく直通PHSまでお願いします。 もれなく最高の美声でわたしが電話に出てきます!? エイミー・マンの来日が決まったそうです。クールビューティな姉さんは 言わずと知れたわたしの憧れの女性。4年で再び日本公演なんて嬉しくて 今からもうわくわくドキドキです。前回よりもハコが大きくなっているし (クラブクアトロからBIGCATへ)。絶対聴きに行きます! ランチは"恵観八"へ。わたし専用の裏メニューに病みつきです。 それはサラダうどん。普通に天ぷらうどんでもおいしいけれど、この麺で こってりと食べたいというリクエストに、板さんがかつて働いていた店で 作っていたメニューを特別に再現してくれたもの。海老やかき揚げなどの 具もたっぷり乗っていて、胡麻だれがとってもおいしい。夏の間は毎度 注文してしまいそうです。




6/17(水)

ダンボール箱詰め状態で先週末に新事務所書架へと運ばれていった 書類を今朝から部員総出で収納作業。 箱に書架のブロックごとの表記と通し番号をふっておいたのに実際の 書架は見取り図に比べてあまりに小さく、箱を開梱して書類を入れて みるも、到底入りきらないと現場は大騒ぎでした。 騒動の末にどうにか午前中に作業は終わりましたが課題が残りました。 執務室の方はまだデスクがありませんが異様に狭く感じます。本番の 引越しが思いやられます。 何人か5階のカフェテリアでランチを食べてみようと向かいましたが わたしはその足で至近距離の某社本店に用事が有り断念。 帰り道にペルー料理店"クスコ"でランチしました。日替わりランチは ミートローフだったので特別ペルーらしさは感じませんでしたが、 メニューをよく見ると他にもいろいろなランチメニューがあるようで しくじってしまいました。隣のお客さんの3色のカレーに特に興味を そそられたのですが中身がよく見えませんでした。 八ヶ岳高原サイクリング大会の写真班スタッフが大量に記録撮影して くれました。八ヶ岳の緑濃い自然と自転車が本当に絵になります。 そこに人間ドラマや感動が重なり合って、当事者として特別な想いを 抱きながら何度でも眺めてしまいそうです。 くまぱぱさん撮影




6/16(火)

いつもの生活に戻っています。金曜から月曜まで不在にしていた間に ドリンクの自動販売機は撤去され、新事務所書架向けの箱詰め書類 第一陣は新ビルにきちんと運ばれたそうです。 個人手持ちの書類なども随時片付けられ、事務所内が徐々にすっきり してきました。 机に紙袋が置いてありました。ダイキン特製のぴちょんイラスト付き。 ぴちょん好きと知ったT口さんがわざわざわたしにと持ってきたそう です。 わが社は月に1日、エコワークデーなるものを設けました。いわゆる ノー残業デーなので終業後はみんな次々と帰宅していきました。 わたしもそこそこにして切り上げました。 マスターと康ちゃんへの生存報告に"スパニョラ"に寄り、スコーンの セットを食べ、慌しいながらも相変わらずの緩い空気に浸りました。 "焼きナストーストサンド"も始まりました。"スパニョラ"は早くも 夏到来です。 焼きナストーストサンド




6/15(月)

ぐっすり眠りました。昨日の酒宴を見込んで今日は最初から休暇にして いました。 それにしても、昨日の参加者でここに宿泊していたお父さんたちは朝に 元気に帰ったようだし、オーナー多賀さんは今日は棒道ウォークだった と慌てて出て行ったそうだし、いつも飛び回っていて感心すると周囲に 言われているわたしでもこの人たちの足元には到底及びません。 今日は帰るだけ。その手段は大阪直通の特急しなのに決定。少し時間が あるのでスパティオ小淵沢にある"延命の湯"につかりました。 平日のお昼時なので入浴客は数人程度。露天風呂では長い時間半身浴を 楽しみました。お湯は褐色でミネラル分がたっぷり。せっかくの成分を あまり流さないようにして上がりました。 塩尻からしなのに乗車。経験による予測通り自由席は空いています。 ホッとして眠くなってきました。おやすみなさい…。 今年の始めから長いトンネルに突っ込んでしまいましたが、何とか抜け られたと感じています。詳しくも上手にも説明は出来ませんが、様々な 人たちの想いに触れ、見つめ、考え、自分なりに冷静に消化したのだと。 こうなったら嬉しい、楽しいと、最良の状態を心に描けるようになれば きっと周囲の状況も相手の心も変わってくる、すべては自分から。 またいつか壁にぶつかってしまうときもあるでしょうが、今はとっても 溌剌とした気持ちです。 「…にならなければいけない」に振り回されたり、苦しくなっていたり しませんか。解決するのは自分自身だと一人で頑張り過ぎていませんか。 自分が同じ部類だからこそ、その言葉をかけたい人がいます。




6/14(日)

柿沢未途さんと 疾走!
朝早くから支度をして清里の清泉寮へと出発。ロシアらしき民族衣装は 着てみると結構かわいいです。頭飾りは画像検索を参考にしました。 たぶん合っているでしょう。 すっぽり霧に包まれ視界の悪い清泉寮前ですが、猛者たちはめいめいに ウォーミングアップしています。 今年は例年を上回る申し込みで締め切りを待たずに定員になりました。 八ヶ岳高原サイクリングの参加者数は100人。70キロ、45キロの 2コースがあり、清里から小淵沢にかけてのエリアをグループごとに 走行し1周して戻ってきます。速さを競うようなレースでなく、自然に 親しみ、完走することを目標としています。どこかの政治家の言葉では ありませんが、友愛溢れる大会です。 大会は7時半から開始。開会式には北杜市の白倉市長もかけつけました。 今年はこの大会が北杜市環境保全補助事業に認定されました。先導する のは電気自動車、併走には電動アシスト自転車、サポートスタッフ用の 自動車には積極的にハイブリッドカーを使用。 今回は「柿澤弘治メモリアル大会」として昨年まで大会実行委員長を 務められた、元外務大臣で山梨県特別顧問だった柿澤弘治氏の追悼大会。 ご子息である未途さんも一参加者として45キロコースに参加です。 後から聞いた話では、スタートしてから下り坂で転倒して怪我をされた そうですが、柿澤先生も初参加のときに同じように転倒されたのだとか。 おちゃめな柿澤先生らしいいたずらではと思ってしまう出来事でした。 わたしは最初の休憩所まで先導の電気自動車の助手席に乗りました。 「ジラソーレ」という名前のイタリア生まれ。だから左ハンドルです。 この電気自動車は高栄企業株式会社の企画で一般にもレンタカーされて いる物。充電は家庭用のコンセントで6時間、一度の充電で120キロ 走行出来る軽自動車です。 お昼の休憩場所はいつもの"スパティオ小淵沢"。今日は別のイベントで 販売ブースが使えないので松林の中へと参加者を誘導します。予定より 早めの時刻に到着、天気は薄曇で雨の心配はなくなりました。すべては 順調に進んでいます。 電気自動車とわたしは甲斐大泉駅までの道を併走。今までは待ち構える ばかりだったのでコースを体感してちょっと楽しくなりました。 休憩中の一団と別れてゴールの清里丘の公園に先回りして出迎えです。 来た来た、続々とゴール。みんないい表情。物足りないとそのまままだ 走っている人もいましたが。 風呂で汗を流してもらい、懇親バーベキュー大会。わたしは衣装のため 悲しいかな、遠くから眺めるだけ。 その後、お楽しみの抽選会のプレゼンターとしてイベント最後の務めを 果たしました。 また来年会いましょう。それを合い言葉に解散しました。 閉会してすぐ、雷鳴が轟き、雨が降り始めました。一部では雹が降った らしいです。 大泉まで出ると路面すら濡れておらず、これもまた柿澤先生のいたずら かもしれないとスタッフ一同思ったのでした。 そしてスタッフはペンションチップトップに集合し反省会。年末恒例の クリスマスとれいんの企画などについて熱い議論が交わされましたが、 一番勉強になったのは、アカデミープロデューサー、清里だよりさんの 人の心を動かす依頼術だったりして。




6/13(土)

午後、中央線に乗って塩山へ向かいました。周りに座っている人たちに 地元の人としか見えていないだろうと確信するほど違和感のない自分。 塩山駅から徒歩で奥野田葡萄酒醸造を目指しましたが、あまりにも道が 整備されて景色が激変していたために川を越えてから曲がる道と手前の 道を間違ってしまい、随分遠回りになりました。 現場にはいつぶりの訪問だったすぐに思い出せません。しばらく来ない うちにティスティングルームの様子も変わっていました。 リリースされたばかりの白ワイン"La Florette"を試飲してみました。 甲州種を使用したと思えないくらい楚々とした女性的な優しい味わい。 暑い季節にもぴったりな感じです。自宅で休日の昼下がりに飲もうと 2本買って帰ります。 社長ご夫妻が今夜は偶然にも大泉での商用があるとのことで、わたしも 便乗させてもらい、カフェバー"Aru"で過ごしていました。 帰る頃には長袖でも震えました。八ヶ岳南麓は夜は真夏でも寒いくらい 冷え込みます。 明日着用する衣装が届いていました。今年はロシアらしき民族衣装です。 その姿で受付と、先導する電気自動車の助手席を務めます。 試着してみましたが頭飾りの付け方がよく分かりません…。




6/12(金)

ただいま特急ふじかわの車中です。ここのところずっと山梨県内には 中央線で乗り込むことが多かったので(一部で「しなのプロ」とまで 呼ばれる状態に…)静岡駅に降り立ったこと自体もとても久しぶり。 午後からの茶所宇治田原への出張がうまく運んだので計算通り早めに 京都を発つことが出来たのでした。しめしめ。 ちなみに宇治田原への出張は昨日試験をした製品が搬入される場所の 下見です。茶畑に囲まれた高台の住宅地(緑苑坂)の端っこですが、 最寄の駅からは不便そうだし(バス路線はあり)、天ヶ瀬ダム沿いの 夜は怖そうな道を通るし、わたしにはとても住めない場所です。 ただ、沿道にたくさん見える日本茶のお店や販売所には心が惹かれて 途中で降ろしてもらいたいくらいでした。 甲府には20時前に到着。つい「ただいま!」と言ってしまいます。 今夜は常宿でもあり、八ヶ岳高原サイクリング運営スタッフでもある 長坂のペアハットまで、柑橘系号(?)送迎車を手配してありました。 ここまで来て夜食はモスバーガーでしたが、深夜ドライブで真っ暗な 道を、ナビをほとんど無視しながら野生の勘で辿り着きました。 オーナー多賀さんとお酒片手に軽く明後日の持ち場の打ち合わせをし、 部屋へ。ようやく羽を伸ばせたのでした。




6/11(木)

四つ葉タクシー乗車記念証 京都工場にて製品試験実施の日。しかし来社は試験所と担当箇所だけで 済まず、京都管内各営業所の担当者が午後の部から勉強会の名目で押し かけたものだから勝手が違います。 旧知の人も多いとはいえ、わたしだけで10人の応対は大変。 今更勉強する必要もないくらいのスキルの持ち主ばかりと思いますが、 それなりに充実した勉強会(慰安会?)になっていたようでした。 頑張りました、神経を使いました、随行者としては。勉強会メンバーが 社用車で仲良く帰るのを見送ってやっと肩の荷が下りました。 残された試験所O谷さんと、やれやれと苦笑しながら一緒に帰りました。 そうそう、別口のお客さんの送迎で正門前にヤサカタクシーが停まって いたのですが、よく見るとなんと幸運の四つ葉タクシー! 1,400台の内の4台だけという「幸せを運ぶタクシー」です。 思わず駆け寄り運転手さんに話しかけると、わが社はお得意さんなので ときどき来ていますとのこと。乗車記念証ももらえました。 (うわーい、やったぁ!) 嬉しさのあまり、O谷さんに見せびらかしました。 「乗ってへんのにあきませんやん!」 と突っ込まれましたが、今日はいい日になったのでオッケーです。




6/9(火)

青いアサリは昨日持っていった会社でも評判でした。 しかし獲ってきてから3日目、いくら塩水の中で元気にしていても そろそろこの子たちの命が危ないので覚悟しなければいけません。 早く食べてあげなければと思うのですが、加熱すると青い貝殻は変色 するのが分かっているので生きたままの身を剥ぎ取ることにしました。 惨過ぎる。それでも時間が限られているからやるしかない。 とりあえず口を開けている1個に爪楊枝を挟んで隙間を作り、包丁を 刺し込みました。 「痛いよ、痛いよ、助けて!」 アサリから声が聞こえてきそうで怯みながらの作業でしたが、やがて 力がなくなり殻が緩んだのでこじ開けました。小さめだったので身は バラバラになりむき身にもなりそうにありません。 なんだかアサリに申し訳なくて胸が痛みました。手早く洗って水気を 拭き取ってから裏表ともに透明のマニキュアを塗布してみましたが 効果は期待出来ないような気がします。 1個でこんなに凹んだので残りを自分の手にかけるのが恐ろしくなり、 "恵観八"にあげてきました。青い殻のままで残したいとか、どうでも よくなってきました。 あのブルーは生きているからこその、命の色なのだと納得しました。 それだけで十分です。 青いアサリは予想した通り、深夜には殻の半分が紫がかった茶色へと 変色していました。明日には全体が変色してしまうかもしれません。 裏面は普通のアサリには見られない濃い紫色。こちらはまだしばらく 保っていられそうです。 今日の昼過ぎからも書類整理。山積みの廃棄書類の仕分けだけなのに 片付けた傍から新しい廃棄書類が追加され「働けど働けどなほ…」と 石川啄木の気分で手を見るのでした。(でも啄木は女性から見ると とんでもない男性の部類に入ると思います。)




6/7(日)

比較のため、似た柄の標準的アサリと撮影 青いアサリたち
青いアサリが来る、その知らせを聞いて実家に駆けつけました。 程なくして、父上が南芦屋浜から大量のアサリと共に帰ってきました。 覗き込むと、いるいる、確かに青いです。かき集めて10個ほど。 「木更津ブルー」と呼ばれる不思議な青色にしばし目が離せません。 どうやったらこの青色を損なわずに保存できるのか考えてみよう、 その前に話のネタに会社へ持っていこうと思い、普通の柄のアサリと 一緒にして持って帰ってきましたが、塩水の中で健気に体を伸ばして いる姿を見ていると情が移ってかわいそうになってきました。 夜、『大阪ほんわかテレビ』を見ていて仰天! 知っている人が出演しているではないですか。 シンガーソングライターのもりたかしさん。福島で話題のダイエット 体操、その名も「やきとりじいさん体操」の歌の作者として紹介。 元々は福島市の焼き鳥のキャンペーンソングが、今や動画サイトで 大反響のメタボ撃退体操ソングとして巷では静かなブームなんだとか。 もりたかしさんとは、その昔、奥野田葡萄酒醸造のイベントでライブ されていたのが縁で知り合い、以後も何度かライブに行きました。 さらにはもりさんの対バンだったトルネード竜巻を知ることとなり…。 どんなきっかけも無限の可能性を秘めているのだと思ったのでした。




6/5(金)

午後から地下倉庫に保管中の件名ファイルのダンボール箱詰め作業。 全部外部の契約倉庫に持っていくため、箱組み立て係、倉庫からの 運び出しバケツリレー係、詰め終わり箱運び係など、力仕事ばかり ですが妙な伝統ですべて女性社員の手で行われます。 横はパーキング、窓は一つもありません。おまけに生ゴミの悪臭が 漂う劣悪環境下では体力も気力もどんどん失われてしまいます。 それでも9人の精鋭は頑張りました。約70箱が夕方に業者の手で 倉庫へと運ばれていきました。第一関門クリアしました。 引越し準備のために連日わが部は遅くまで賑やかです。残業時間に 突入してからしばらくして、かつて部長だった、F川監査役の姿が 見えました。近所に出張していた帰りらしいです。にこやかな表情で やってきて号令をかけました。 「みんな、いつまで仕事してるんや。はよ帰るで!」 その言葉でみんなの手が一斉に止まりました。 「わたしも仕事やめちゃっていいですか?」 「おう、一緒に行くか?」 総勢7人で急遽飲み会となりました。"まりんてい"に押しかけると、 懐かしさに店長も大喜び。昔話をしていたら開店当時、店長はまだ 20代だったそうで驚きでした。




6/4(木)

事務所移転の説明会がありました。このままでは行き詰ってしまう、 いよいよみんなのお尻に火が付きました。 今までぼちぼち緩いペースだった書類整理も、プロジェクトリーダー K口さんが音頭を取って夜遅くから男性陣が集結し地下倉庫に潜って、 あれこれと割り振りしてくれていました。 その様子を横目で見つつ、わたしは別口の書類整理で袋詰め作業。 人もあまりいないし、ウォークマンを耳に『銀河手帖』を聴きながら 黙々と励みました。 あと少し残しましたが目処が立ったので22時目前に撤収しました。 くたびれてまたソファで眠ってしまいました。おはぎ君からの結婚が 決まりました報告を電話で聞いたまでは覚えているのですが…。




6/3(水)

昼休み、小走りで『銀河手帖』を引き取りに行きました。あの店では 遊佐未森さんの新盤が出るたび、同一人物と思しき別の予約者が表れ、 予約した者勝ち争奪戦(もう1枚入荷してくれればいいのに)となる 場合が何度かあったのですが、今回はわたしの動きが早かったのか、 現れなかったのか? おかげで昼御飯を食べる余裕がなくなって、買ってきたパンを慌てて 口に放り込んで何とかしました。 遅くに帰宅、ようやく聴けました。 これは前作『休暇小屋』から続く流れのようだけれども、コーラスの スペイシーな重ね方などは10年ほど前の牧歌風だった作風にも似て。 初期作品で一緒に仕事をしていたミュージシャンに異色(ライブでは 既にコラボ済みでしたが)のミュージシャンが加わっても遊佐節には 変わりなく。今までもアルバムごとにコンセプトのようなものがあり、 多種多様なミュージシャンが参加してきたのでそう驚きはしません。 日常の小さくて温かい幸せというか、普段着のファンタジーというか、 いつもにも増して優しい気持ちになれる1枚。 彼女自身が今とても充実した生活を送っているのだろうと想像します。 ジャケットやビデオクリップの中で艶やかなピンクのワンピース姿で 思いっきり笑っている未森さんですから。 NHK『みんなのうた』で来月まで放映中の『I'm here with you』は 初めて耳にしたときはシングルとしては地味な印象でしたが、聴けば 聴くほどしなやかな歌声から滲み出てくる美しさに魅了される曲です。




6/2(火)

ドリーム号は定刻に大阪駅に到着。大急ぎで帰宅しシャワーを浴び、 手短に支度を済ませると資料片手に待ち合わせの阪神武庫川駅へ。 工事責任者のK嶋さんと神戸某センターに行きました。 わたしよりずっと若いK嶋さんですがこの工事ではわが社の責任者と して現場を仕切っていて感心します。 今回の建設現場はポートアイランドの某研究施設。需要家の工場とは 全く違った丸い形状の建物の平面図に、まだ足を運んでいないという センターの担当さんも身を乗り出していました。 着工前打ち合わせも無事終わり、帰社すると何事もなかったように 淡々と仕事に打ち込みます。相変わらず廃棄予定書類とダンボールの 狭間で小さくなっています。 予約していた『銀河手帖』は残業で間に合わず引き取れませんでした。 尼崎市議会議員選挙が週末に迫ってきました。JR尼崎駅前には朝も 晩もたくさんの候補者が入れ代わり演説を行い、お願いコールが響き わたっています。選挙では威勢がよくても、いざ市政となると途端に 存在感が薄れる議員もいるので選ぶ方もよく考えなくては。




6/1(月)

ロイヤルパークホテルで非日常的な滞在を十二分に堪能しました。 朝食は当然ビュッフェ狙い。ずらりと並んだごちそうを前にして瞳が キラキラと輝きます。真っ先にシェフにオムレツをお願いし、焼けた チーズの香ばしさと卵のふわふわした絶妙な味わいに再び感動。 しかしフードファイターならばともかく、置いてあるメニュー全部は とても食べられません。山盛りのパンを見るたび悔しさがこみ上げる のでした。 天気もこれから回復してきそうだし、ありきたりの東京観光ではなくて 電車に揺られてちょっと遠出したい。 JRを乗り継ぎやってきました、北総の小江戸、佐原。 小江戸と言えば代表格は川越。こちらには前に訪れたので小江戸探訪と しては2ヶ所目です。 どこかの駅で「水郷佐原あやめ祭り」のポスターを見かけたのが決め手。 ちょうど今日からだったのです。佐原駅前から約25分、期間中運行の シャトルバスで水郷佐原水生植物園へ。 見頃には少し早かったのですが、様々な品種のハナショウブが咲き誇る 6月中旬はしっとりと美しい眺めになりそうです。 出口の土産品売場では"さわらっこの羊羹"なるお菓子があって、売店の お母さんとJAの関係者らしき方との大プッシュに押し切られて購入。 でもこれ、佐原名産のブランド芋"佐原金時さわらっこ"を使用したこの イベントのみ特別限定生産の芋羊羹と聞き、"舟和"の芋羊羹とは違った 味の期待を寄せています。
水郷佐原水生植物園手前の案内板(にしては大きい) 園内のハナショウブ
そして町中へと戻り、古い建造物が続く町並みを散策。この感じは昔の 長浜に似た古めかしさ。適度にひなびたところが魅力。 中心地を通り過ぎたところに"カフェしえと"があります。お茶の場所は 最初からここと決めていました。古民家を再生したカフェです。重厚さ、 モダン、気品を併せ持つ佇まい。活き活きとした懐かしさ。細部に至る まで手を抜かないこだわりを感じます。 それは季節の旬を大切にしたデザートなど、メニューにも表れています。 コーヒー豆はフェアトレードコーヒーを積極的に使用しているのだとか。 "黒糖豆寒天蜜かけ"(450円)は黒糖の甘さがほどよく美味でした。 窓の向こうに見える中庭を見ながら口にしていると時間の感覚が曖昧に なっていました。 香取市になっても未だに「佐原市」の文字があちこちに残っています。 平日なのに観光バスや団体客の姿も。さすがは小江戸佐原。 わたしからするといかにも作り込み過ぎが否めない川越や長浜のような 状態にならないことを願います。 そういえば、関西で小江戸を正々堂々と名乗っているのは彦根だけでは ないでしょうか。
小野川沿いの風景 古い建造物が続きます
成田で京成電鉄に乗り換えて東京へと戻りました。帰りのドリーム号が 発車する寸前まで東京支社の2人と秋葉原で宴会。 間に合わないかと焦って汗だくで走ったため、顔も洗えず歯も磨けず。 すっきりしないままバスで一晩を過ごしました。



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