【JR立花駅】

わたしの実家の最寄り駅。
尼崎を東西に走るJR神戸線(東海道線)大阪より3つ目に位置。
JR西日本の各駅停車のみ停車する駅の中では1位、駅別乗車人員では31位。
(2006年度データ)
駅の北側にはアーケードのある立花商店街が垂直に延びています。
相互リンクしているお煎餅の"中田屋"、何かと宴会場に使用している"正宗屋"は
この並びにあります。
同じく駅からアーケードのない立花東通商店街が北東に延びています。
親子で常連"チャイナ萬来"、激ウマ焼き鳥屋"あだち"はこちらです。
南側は最近再開発でツインビル、フェスタ立花ができました。
ジョイタウンから関西スーパーが移転して中心的な役割を果たしています。
建物内にはミスタードーナツ、レンタルCDのTSUTAYAも。

【大田市(おおだし)】 鳥井海水浴場
島根県のほぼ中央に位置する市。
1954年(昭和29年)から1959年(昭和34年)にかけて4次にわたり
安濃郡(大田町、久手町、長久村、鳥井村、波根東村、川合村、
佐比売村、朝山村、富山村の大部分)、邇摩郡(久利村、静間村、
大森町、五十猛村、大屋村)、簸川郡(山口村)、邑智郡
(祖式村の大部分、川本町新屋、大屋)の19町村が合併し、
大田市となりました。
2005年(平成17年)10月1日には、大田市、邇摩郡温泉津町、
邇摩郡仁摩町が合併して、新「大田市」が誕生しました。
波根、鳥井地区は日本海に面し豊かな自然景観に恵まれ、
夏は海水浴客で賑わいを見せます。
三瓶(さんべ)地区はスキー場、オートキャンプ場、乗馬、
パラグライダー、温泉等が楽しめる県下で有数のレジャーポイント。
三瓶山は男三瓶、女三瓶、子三瓶、孫三瓶と連なるトロイデ火山。
大森地区には江戸時代に日本産の銀の大部分を産出していた石見銀山遺構があり、
一帯は2007年に世界遺産登録されました。
旧温泉津町は石見銀山で採掘された銀の出荷港としての役割を担った温泉の町。
旧仁摩町は鳴き砂で名高い琴ヶ浜があります。
大田高校は県下では野球の名門校。(元阪神タイガースの福間納さんの出身校)
関西を中心に活躍するフリーアナウンサー宮根誠司さんも大田市出身です。

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【勝沼町】
山梨県甲府市より東に位置する「ぶどうとワインと花のまち」。
最寄り駅はJR中央本線、勝沼ぶどう郷駅。
ワイン製造、ぶどう栽培が中心産業で特にワイナリーは町内に約30社も存在します。
主なところでメルシャン、マンズワインなど。
ほとんどのワイナリーで見学と試飲が可能。(事前予約が必要な場合も)
レストラン付き宿泊施設、ぶどうの丘は町を見下ろす高台にあり
タートヴァン(1,100円)を購入すれば地下カーヴで町内のワイン150〜180銘柄を
試飲しながら気に入った物を購入できます。

※2005年(平成17年)11月1日に塩山市、大和村と合併し、現在は甲州市

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ぶどうの丘地下カーブにて 秋の勝沼町・一面のぶどう畑

【トルネード竜巻】
メンバー:名嘉真祈子(vo)、曽我淳一(key)、フタキダイスケ(gt)、柿澤龍介(dr)
1998年6月、大学の音楽サークルで曽我がインストゥルメンタルのデュオを
やろうと思い結成される。その後、柿澤と名嘉が参加し現メンバーに。
00年8月完全自主制作アルバム『SHIMAUMALIZED』(廃盤)を発表。
その後2枚のミニアルバムをリリースする一方、オムニバス盤に参加。
そして04年2月、シングル『ブレイド』にてメジャーデビューを果たす。
グループ名からの印象とは違い、ジャズ、ロック、ボサノバをほどよくブレンドした
オリジナルなポップ・サウンドは高い評価を得ています。

初めて見たのは別のアーチストが気になり、たまたま新宿で立ち寄ったライブでした。
glass elevator』がやけに耳に残っていて当時のサイトの掲示板に
書き込みしたことが印象深かったらしく、4人に、数少ない関西のお友達に
なって下さいと懇願され(?)それ以来の付き合いになります。

残念ながら2009年2月より活動休止中。

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【レミオロメン】
メンバー:藤巻亮太(vo&g)、前田啓介(b)、神宮司治(dr)
山梨県出身。小、中、高と同級生だった3人で2000年12月に結成。
前橋を拠点としたライブ活動から始まり、地道な活動が実を結び、
2003年3月にリリースされた1stミニアルバム『フェスタ』が好評を得ます。
続いて5月にリリースされた1stシングル『雨上がり』は各FM局の
ヘビーローテーションを獲得、2004年3月9日には3rdシングル『3月9日』を
リリース、そして山梨県御坂町(現:笛吹市)にある母校、御坂中学校に
おいて凱旋ライブを行い話題に。
それから1年後の2005年3月9日には初の東京武道館ライブに挑戦し大成功。
シングルを発表するたびにファンを増やしていった彼らがこの年の11月
渾身の思いをこめて発表した『粉雪』。楽曲の良さに加え、ドラマの挿入歌に
使われたことで注目を集め、オリコンチャート上位を翌年に入ってもキープ。
累積売上75万枚を上回るスーパーヒットとなりました。
日本語の持つ温かみや響き、風景を感じさせる歌詞と、確かな実力に
裏打ちされた美しくダイナミックな楽曲はいつの時代にも受け入れられる
クオリティの高さを感じます。
ユニークなグループ名に特に意味は無く、メンバーがじゃんけんで勝った順に
一文字、二文字、三文字と好きな言葉をつなげて作ったもの。

彼らを知ったのはデビュー時でした。ちょうどスペースシャワーTVの番組に
ゲスト出演していて、その際に流れた『雨上がり』のPVを見たとき、
あまりにも甲府盆地全開だったので衝撃を受けると同時に親近感を覚えたのが
きっかけでした。(地元の神社に篭って制作したという話もかなりツボに…)
御坂は毎年桃の花見をする場所で、彼らの実家はおそらくすぐ近所ですから。
もちろん楽曲と彼らのヒトの良さも気に入ったのは言うまでもなく。

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【鈴木祥子】
1988年にシングル『夏はどこへ行った』でデビュー。
作詞、作曲、ヴォーカル、ドラムス、ギターなど多種のものをこなし、
小泉今日子に提供した『優しい雨』は記録的セールス。
また奥田民生との共作『たしかめていてよ』はドラマの主題歌として使われ、ヒット。
他、松田聖子、吉村由美(PUFFY)、松本英子などにも楽曲提供し、
ミュージシャンの中でもファンが多いことで知られています。

彼女を知ったのはFMから流れてきた『愛はいつも』でした。
歌われているのは、生きるのに、愛することに一生懸命な女性たちです。
(かなり彼女自身が色濃く反映されている気がします。)
個人的にはアルバム『RadioGenic』、『あたらしい愛の詩』がお気に入り。
作風がガーリッシュロックからハードな方向に変わったとき、
正直ファンとしてとまどいもあったのですが、作品とは生きざまを映す鏡みたいなもの。
器用とは言えないけどカッコよさを感じる彼女は今でも気になる存在です。

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【遊佐未森】
仙台市出身。1988年シングル『瞳水晶』でデビュー。
カップヌードルCF(アーノルド・シュワルツネッガー主演)イメージソング
『地図をください』で名を広める。
わたしがファンになったのもこの時期ぐらいから。
以降も日本的叙情派ロックの旗手として活躍中です。
アイルランドのグループ、ナイトノイズとのセッションや、多方面での活動も。
代表作は『東京の空の下』〈オッペン化粧品CF>、『たしかな偶然』<花王メリットCF>、
『野生のチューリップ』<草野正宗氏(スピッツ)提供>、『roka』<スズキアルトCF>、
『タペストリー』<カルビー「ア・ラ・ポテト」CF>、
『ポプラ』<山崎パン「サンロイヤルブレッド」CF>など。
2005年12月〜2006年1月にNHKみんなのうたで流れた『クロ』は
実在の半野良猫との想い出を綴った曲で、彼女の親友のおーなり由子さんが
イラストを担当しました。

デビューした当時はいつも帽子をかぶり謎めいた存在だった未森さん。
現在でも生活感が中途半端に垣間見える状態で、年齢も感じさせない。
それはわたしの理想だったりします。

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【Aimee Mann(エイミー・マン)】
シンガーソングライター。
ティル・チューズディのヴォーカル兼ベーシストとして80年代に活躍。
Voices Carry(愛のVOICES)』のヒットを飛ばしました。
バンド解散後1993年よりソロ活動を開始しますが、その後レコード会社との
諸事情に巻き込まれ、高い評価を受けながらも不遇な時期を過ごすことに。
転機となったのは、トム・クルーズ主演の映画『マグノリア』。
彼女の大ファンであるポール・トーマス・アンダーソン監督がその歌の世界を
映画化したもの。
主題歌『Save Me』はグラミー賞2部門にノミネートされるなど大ブレイク。
そして、自ら版権を買い戻し設立したレーベルから発売していた
Bachelor No.2』が注目を浴び、収録曲を一部入れ替えて再発売となりました。
ザ・ビートルズへのオマージュ的作品、映画『アイ・アム・サム』のサントラでは
主演のショーン・ペンの実兄でもある、夫のマイケル・ペンと『Two Of Us』の
カバーを聴かせてくれています。

ティル・チューズディの頃はプラチナの髪をたてがみのように立て、相手の心を
射抜くような鋭い目つきとモデル並のスタイルが印象的でした。
今は良き伴侶も得て精神的にも落ち着いたのか優しい雰囲気も滲み出ています。
クールビューティという言葉がぴったりの素敵な女性です。

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【モスバーガー】
1972年にオープンした、東京都板橋区の成増店が1号店。
モスのMOSはそれぞれ、M-Mountain(山)、 O-Ocean(海)、S-Sun(太陽)の
頭文字を取っており、「山・海・太陽」が象徴する
「自然への、人間への限りない愛情を込めて」つけた名前なのだそうです。
実は日本で生まれた日本のハンバーガーショップ。
お客様に出来たての一番おいしい状態で商品を召し上がっていただきたいという、
モス流のおいしさへの「こだわり」のため商品は全て注文を受けてから作られます。
時間をかける分、一般のファストフード店とは一線を画しています。
わたしはそんなモスが大好き。主にJR尼崎店に出没しています。

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