英雄歎 : -ヴィンセント・ヴァレンタイン |
総務部調査課、通称『タークス』。名称こそ社内の庶務を担当する総務部に区分されているが、やっていることを有り体に言えば、表沙汰にできない種々の案件を一手に引き受け、すべてを秘密裏のうちに処理する影の部署である。 そんな性質上、一般の社員には正確な全容を知られておらず、また名前を知っている者でさえ、自社の関わりが疑われる不穏な出来事があると、半ばスケープゴートの様にして持ち出す程度の存在だった。 一方で腕に覚えのある者達の中では、少数精鋭主義のタークスは羨望の対象として語られる事もあったそうだ。採用条件や運用実態も分からぬまま、彼らの描くタークスは夢の精鋭部隊という側面がひときわ誇張されていた。 そんな世間の動向や事情には無頓着だった若かりし日の私は、期せずしてタークスに登用された。当時の採用担当者に何を見込まれたのかは今もって不明である。 しかし残念ながらタークスに籍を置いてからの期間はそれほど長いとは言えない。研究員護衛任務の為に訪れた施設で、護衛対象に射殺されたところで私の経歴には終止符が打たれ、記録からは抹消された。社内、とりわけ部外で私を知る者がいたならば、この失踪を不審に思ったかも知れない。仮に社が死亡通知を出そうにも宛所はなく、社外に知れる心配はまず無かった。加えて当時のタークスはそもそも公にされていない部署であり、私の失踪に気が付く者はいなかったし、いたとしても真相まで辿り着ける可能性は皆無だった。 なぜなら護衛対象が従事していたのは社の重要機密とされていた研究で、プロジェクトの存在自体を知らない社員も多く、部外への情報開示はかなり厳しく制限されていたからだ。 記録上は死亡扱いとされたものの、場所と状態を問わなければ、私は生きていた。死線をさまよった末、本来であれば死者が安らかな眠りにつく場所で悪夢と後悔に魘されながら、それこそ生ける屍も同然に,、そこに存えていた。 タークスとして受けた訓練と、不本意ながら身に宿された野獣の遺伝子、勝敗を問わず積み重ねてきた戦いの経験。そんなもののお陰で、再び目覚めた私の能力は常人のそれ以上に発達していた。 考えるよりも先に脅威を知覚し、危害を加えられる前に照準を定めこれを排除する――それが、多くの代償と共に私が半生を費やして得た能力だった。 こうして世捨て人となった私は成り行きで星を救う旅の一員となり、いつしか英雄と呼ぶ者まで現れた。 あるいはケルベロスを従え、死の淵から陽の下へと舞い戻った私の姿を指した皮肉であるのかも知れないが。 そんな私に言わせれば、いかなる状況においても対象への殺意や敵意は表に出すべきではない。それができない様なら確実にこの種の仕事には向いていないし、それを理解できないならすぐに命を落とすことになるだろう。殺意などは特に、我々のような者からすれば声と同様の意味合いを持っている。要するにむき出しの殺意は、大声を張り上げて自身の所在を知らせて歩くのと同じなのだ。 逆に敵意や殺意を露わにすることで、それを威圧として用い相手の動きを鈍らせる事もできるが、その為にはいくつかの条件を満たす必要がある。野生動物が好例だが、威嚇のためには自身を大きく見せたり、武器となる牙や爪をむき出しにしたりする。つまり個体としての優位性を示し、対象の戦意を喪失させるのだ。 だから私がW.R.O.本部で初めてシェルクを見た時、とてもちぐはぐな印象を受けた。小柄な身の丈と手持ちの武器、そして彼女の特性を踏まえて考えればどう見ても斥候だ。実際に視覚を欺く手段まで備えていたのだから、殺意を露わにするなど以ての外だ。リーブから事前に知らされていなければ、彼女をシャルアの元へ誘導する事は困難だっただろう。 「お二人には少々事情がありまして。多少の荒事があっても手出しは無用に願います」 あとは推して知るべしとばかりに手短な説明だったが、彼女たちのやりとりを見れば状況把握は容易だった。姉妹にとって不可抗力とは言え、和解は本人達の手によってのみ成し得るものだというリーブの意図するところも理解できる。 理解はできるが、それが可能かどうかと問われれば首を傾げたくなるし、なによりも今の私は護衛という立場でW.R.O.に関わっている。あれほどの殺意を向けられて、ただ黙っている訳にはいかない。 しかしこの組織の長であるリーブはその自覚が足りないのか、あるいはお人好しが過ぎるのか、私からすればほぼ丸腰も同然でシェルクの前に進み出て説得を試みた。しかしどう見ても話の通じる状況ではない。敵対陣営に属し武装までした相手に対して、リーブの取った行動は無策無謀としか言いようが無い。 ここらが限界だと見切りをつけて、私は銃口をシェルクに向けた。ところが先に引き金を引いたのはリーブだった。 「いけません!」 私を制止する声と共に護身用に携帯していた拳銃を取り出したかと思うと、それを迷わず天井に向けた。発射された弾丸は消火用の散水装置に命中し、たちまち辺りは水浸しになった。リーブの意図に考えを巡らせる前に、目前でうずくまったまま動かないシャルアを庇おうと反射的に体が前に出る。霞がかった視界の向こうに振り上げられたランスが見えた。一刻の猶予も無い状態だったのは明らかだったが、それでもホルスターに拳銃をしまうことを優先したのは、誤射を恐れて無意識に取った行動だった。 しかしその一瞬の差は歴然たる結果として現れた。振り下ろされたランスからシャルアを引き離すどころか、庇うこともままならなかった。最早これまでかと諦めかけたところで、ようやくリーブの狙いを知った。 シャルアの頭上で短く鈍い音と共に火花を散らし、ランスは折れたようにして輝きを失った。 見事な武装解除だった。 後になってリーブに聞けば、シェルクの所有する武器が水気に弱いと把握しての行動だったらしい。まったく、護衛の立場からしたらやりづらい事この上ないが、私には得がたい能力の持ち主であるのは疑いようが無い。 同時に、こういった男こそW.R.O.に、ひいては今の世界に必要な人材なのだろうと納得させられる。 少ない語彙でそれを告げれば、リーブは笑みを浮かべたまま礼を言うだけで取り合おうとはしない。ようやく口を開いたかと思えば。 「ご存知の通り私は戦うのが苦手ですし、誰かに拳銃を向けるだけの意気地もありません。事実、最終的にはあなたの力が無ければ事態の打開は不可能でしたしね」 などと自嘲気味に述べるにとどまった。しかし護身用の小型拳銃とはいえ、片手持ちで構えた状態から、あの一瞬に天井の小さな的を正確に撃ちぬくなど、偶然では到底あり得ない。 そう、あれは“偶然”ではなく歴とした意思の表れだったのだ。 問題は自覚の有無。 しかしそれこそ本人によって成し得るもので、私が口を差し挟む問題ではない。どちらにしても偉そうに言える義理では無いが、それでも僅かだが、私の立場で助言できることもある。 「……リーブ、差し出がましいようだがこれだけは伝えておこう」 これまでに数え切れない程そうしたように、私は右手に愛銃を構え、その銃口を天頂に向ける。 「発射した弾丸には射手のすべてが反映されるものだ」 躊躇は引き金を錆び付かせ、雑念は照準器を曇らせる。射手に一分でも迷いがあれば弾道は歪み標的には到達しない。言うほど簡単では無いし、理解と実践は別物だ。 「そしてお前が拳銃を手にする少ない機会のどれも、弾道に迷いは無い。……つまり、あの時のお前にも迷いは無かったという訳だ」 「今日は珍しく多弁ですね」 リーブが笑う。その笑みの裏にある真意を垣間見ることはできない。 「急にどうされましたか?」 黙っている私が逆に問われる。改めて問われると、いったい私は何をリーブに伝えようとしていたのだろうかと、返答に窮した。 「……そうですね」そんな姿を見かねたのか、リーブが口を開く「弓矢の時代から見ればずいぶん補助を受けていますが、あなたの仰る通りなのかも知れません。ただ、そういった類の話なら私よりもユフィさんの方が……」 「お前と武器についての議論をしに来たのでは無い」 「はぁ……」 切り出した話の落とし所が見えなくなって途方に暮れた私に、助け船を出したはずのリーブは話の腰を折られてため息を漏らす。その姿を見て、我ながら何という仕打ちだろうと思い直したのと、リーブが再び口を開いたのはほぼ同時だった。 「あなたが雑談しに来てくれたのだと思えば、これも貴重な機会ですね」 今度はあからさまに悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。 会話のペースを握るのが上手いと言うよりも、相手や状況の先を見通しているという事か。 今にして思えばあの日、リーブがどこを見通していたのかを私が知る由も無く。 さらに言えば、あの日伝えようとしていたことを私自身がはっきり理解したのは、この建物へ足を踏み入れて、ここまで降りてきてからの事だった。 今はただ、私の持つ銃が仲間を傷つける為の兵器としてではなく、彼を救うための道具となることを願っている。 ―ラストダンジョン:英雄歎 - ヴィンセント・ヴァレンタイン<終>―
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| * 後書き(…という名の言い訳) |
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・2012/6/10投稿。 ・前置きが長いですがDCFF7のルーイ姉妹再会時(スプリンクラー)の話。 個人的にあのイベントはかなり印象的だったので、ちゃんと書いてみたかった。 (以前、同イベントを元にリーブの過去話をでっち上げたので、今回はゲームに忠実を目指した…結果がこの有様である) でもヴィンセントの過去をねつ造している感が否めないです(すみません)。 ・コリオリの力とかより、引き金を引く意志の強さという表現はファンタジーならでは、と言う事でひとつ。(作者にそんな知識を求めちゃいけない) |
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