第30章 : 決着は新たな道標 |
長らく戦いの日々に身を置いていると、勝敗――生死を分かつ要素はほんの僅かな隙である事をバレットは心得ていた。より正確に言えば、それを教えてくれたのも親友のダインだった。 たとえ同じ過去を持っていても、現在に至るまでの経緯が違えば思想や立場も変わる。まして銃を向け合えば親友でさえ敵になる。互いが望む未来の形がどうであろうと、それは生き残った者にしか訪れない。対峙した両者の力が互角なら、最終的に雌雄を決する要因は生きたいと望む意志の強さであり、未来を勝ち取ろうとする貪欲さだった。それこそがダインに勝てた理由だと、バレットは今でも信じて疑わない。 その意味において、この勝負は最初から結果が見えていた。にもかかわらず、未だに決着がつかずにいたのは、バレットがギミックアームを使わなかったせいだった。 それでも壁際まで追い詰めたリーブの襟元を掴み上げると同時に、バレットは空いた左手で拳銃を持っていた右肘を壁に押さえつけて動きを封じた。 こうして反撃の機会を奪われ、圧倒的な劣勢に立たされているはずのリーブだったが、バレットを見上げると彼は呆れたような口調で問いかける。 「バレットさん、あまり時間が無い事は分かっていますか?」 彼の言う通り、飛空艇師団による空爆開始が迫っている。しかしバレットは言い捨てた。 「本気になってないヤツを相手に武器を使うほど腐っちゃいねぇ!」お前など素手で充分だと、確かにバレットの見当は間違っていなかった。 まるで他人事の話を聞かされているとでも言いたげな様子のリーブは、すっかり呆れて溜息を吐いた。そんな振る舞いを目の当たりにしたバレットは怒りを露わにする。襟元を掴んでいたアームが軋み、乾いた音を立てた。 「……よし決めた! ここでお前を殴り倒したら、次は本体のところまで行ってやるから覚悟しやがれ!」 「こんな所でもたついている様では、難しいと思いますが」 こうしてリーブの見せる余裕の根拠は、それが生身の人ではない人形であるからだとバレットは思い込んでいた。だから尚更、その態度が気に食わなかった。 「そうやって言ってられるのも今のうちだ! バンパイアだかアンパイアだか知らねぇが……」 「インスパイアです」 その言葉が焼け石にかけた水ではなく、火に注いだ油になると知りながらもリーブは口を挟む。案の定、バレットはさらに声を張り上げて叱咤した。 「んな事はどうでもいいんだよ! 命を粗末にするような事を平気なツラして言いやがって……」 バレットが言葉を続けるよりも先に、リーブは口元を歪めた。それが嘲笑を意味していた事にバレットは気付いたが、遅かった。 リーブは右の手首だけを動かすと持っていた拳銃を宙に放って、まだ自由に動かせる左手でそれを受け取ると、そのまま腕を伸ばして躊躇わずに銃を撃った。 バレットの横で発射された弾丸は、頭上に向けて一直線に飛んで行った。鼓膜の奥に残る残響と、鼻腔にこびりつく様な火薬のにおいは、バレットを黙らせるには充分すぎるものだった。 あっけなく形勢を逆転され、バレットは己の迂闊さをようやく思い知った。さらにもう一度、今度はバレットの耳のすぐ横で発砲音がした。銃口が自分に向けられていれば、リーブの勝利で幕を閉じていただろう。 「これまでの話を冗談で言っているように聞こえますか? 私は本気ですよ」 相変わらずバレットを見上げながら冷めた口調で淡々と、しかし一方では明らかな非難を込めて語られる言葉に、バレットは反論する事ができなかった。 「確かに仰るとおり、バレットさんを殺す事が私の本意ではありません」言いながら、リーブは3発目を発射する。耳元で立て続けに響く銃声に、バレットの鼓膜がついに悲鳴を上げた。それからしばらくの間、キンという金属音にも似たような残響以外には、一切の音が聞こえなくなった。 やがて徐々に音を取り戻し始めた頃になって、リーブは左手に持っていた拳銃を床に投げ捨てた。バレットは思わず視線を動かして、床に落ちた拳銃を確認した。 「お前、どうして……」 再び顔を向けると、相変わらずバレットを見上げていたリーブは無表情で言う。 「油断すれば命を落としかねません。この先へ進むのでしたら、その事をくれぐれもお忘れ無く」 その直後、背後で何かが軋むような重々しい音がしてバレットが振り仰いだのと同時に、上層階の底部を支えていた梁の一部が、表面を覆っていた化粧板もろとも落下した。リーブが発砲した意図を理解するまでもなく、バレットはとっさに頭を庇い床を転がるようにしてその場から離れた。 しばらくして落下音と衝撃が収まると、バレットは頭を上げて様子をうかがった。頭上には一部が剥き出しになった建物の骨格が見えた。それから視線を下ろすと、さっきまで自分が立っていた壁際には亀裂と、大小の鉄骨や化粧板の残骸が山になっていた。あのままあそこにいれば、今頃は落ちてくる建材の下敷きになっていただろう。「油断をすれば命を落としかねない」と、忠告された通りの光景だった。 「お、おい!!」 その時になってリーブの姿が見あたらないことに気付く。バレットは周囲を見回したがどこにも気配はない。積み上がった残骸に駆け寄ってみれば、その下に横たわっていたリーブの腕が見えた。 「お前、どうして!?」言いながら、覆い被さった残骸をどかしはじめた。積み重なった建材の間から辛うじて覗くリーブの手が僅かに動くと、人差し指が進むべき方角を示した。と同時に、途切れながらも小さな声が聞こえてきた。 「時間が……ありません、早く。本体、を」 「この奥って事だな? 分かった」 もはやバレットの問いかけにも反応はなかった。どうやら本当に終わった様だ。頷いて立ち上がると、最後にその人形が指し示した方に顔を向ける。その先には、奥へと続く通路が見えた。 「待ってろよ……」 こうしてバレットはフロアを後にした。 ―ラストダンジョン:第30章<終>―
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