ALERT - 届かぬ声


 エッジが怪物に襲われたあの日、俺はクラウドの仲間達を初めて見たんだ。みんな、あんな怪物に向かって走っていくんだ。しかも手を振ったり、笑ったりしながら。
 ……俺は……ただ必死だったから。気がついたらティファが俺を庇って倒れてて、その後ろに怪物が見えた。あとは何も考えてなかった。バレットに止められてなかったら、俺どうなってたんだろう? 今考えるとバカだよなって思う。でもその時は本当に必死だったんだ。だから恐いとか、そういうの感じる余裕なかったんだ。
 でもみんなは違った。クラウドも、みんなも、強いからあんなに余裕があったんだ。クラウド達がエッジを守ったんだ。……俺は、待ってる事しかできなかったけど。
 だから俺も強くなりたいって、強くなって誰かを守れるようになりたいって、そう思った。星痕のこととかでマリンにも心配かけてばっかりだったし。WROに入隊を志願しようと思った最初のキッカケだった。
 この話を打ち明けたらティファは最初、あまりいい顔をしてなかった。マリンと一緒になって「男の子ってどうしてそうなのかな?」ってクラウドに言ってた。よく分かんないけど、クラウドは俺の方を向いて笑ってた。それから「がんばれよ」って言って賛成してくれた。リーブの連絡先も知ってるから直接訊いてみるか? って言ってくれたけど、俺はそれを断ったんだ。

「ありがとう、でも俺一人の力でやりたいんだ」

 その気持ちは嘘じゃない、みんなを守れるぐらい強くなるためには、最初から誰かに頼ってちゃいけない。そう思ったんだ。
 でも、……強がりだった。
 後になってよく考えたら、どうやって入隊すればいいのかも知らない事に気づいた。でも、今さらクラウドやティファには言えないし……。そう思って途方に暮れてたんだ。
 そんな俺を助けてくれたのは、やっぱりマリンだった。
「……伍番街に行けば会える気がする」
 そう言ってくれたマリンに、俺はどうしてと聞いた。するとマリンはこう答えた。
「あそこは、おねえちゃんの住んでた家だから。あと、……お母さん」
 “おねえちゃん”の事は話だけ聞いて知ってた。マリンの付けてるリボンの持ち主で、クラウド達の大切な人だって。……あと、俺たちの星痕治してくれた人だって事も。
 でも、“お母さん”って誰だ?
 それっきり黙って俯いたマリンは、猫のぬいぐるみを膝の上に乗せて大切そうに見つめていた。このぬいぐるみは知ってる。クラウド達の仲間だったケット・シーだ。あれ? そう言えばケット・シーを動かしてるのは……。
「リーブさん!? おいマリン、伍番街のどこに行けばリーブさ……」
 気づいた俺は大喜びだった、だってリーブさんといえばWROの局長だぜ? だから考えるよりも先に言葉が出てたんだ。でも、話してるうちに気づいた。
 ――“おねえちゃん”の家で、お母さんが住んでる。……なんでそこにリーブさんなんだ?
「なあ、マリン。それって……」
 俺が俯くマリンを覗き込んだ時だった。
『……ちょっとマリンちゃん、ボクとのデートの場所、教えたらあきまへんで』
「しし、しゃべった!?」
 マリンの抱えてるぬいぐるみが独りでにしゃべり出したのだ。……違う、しゃべるって事は知ってたけど、突然の出来事に驚いたんだ。それでつい大声をあげた俺を、ケット・シーが見上げていた。
『そないに驚かれるのも久々ですわ。……初めまして、やな。君マリンちゃんのボーイフレンドかいな?』
「そっ、そんなんじゃ……!」
 さらに大声で反論した俺を、ケット・シーがしっぽを振って見つめている。からかわれているのだと思った。
 それをよそにマリンがケット・シーの頭を撫でながら、笑顔で話しかけている。
「……最近ずっと動いてなかったから、心配してたんですよ?」
『心配してくれてたんか? おおきに。マリンちゃんこそ元気やったか?』
 話しかけられたケット・シーは、マリンを見上げると手を振った。……その仕草はちょっと可愛い。
「うん。リーブさんは忙しそうだって、ティファ達も話してました」
『まぁ、確かに忙しいのもあるんやけど……』
 少し言いよどむケット・シーの姿を、マリンが心配そうに覗き込んで「また調べもの?」と尋ねると、『そんなもんですわ〜』と答える。それから会話が途絶えた。見つめ合ってるふたり(?)に、ちょっと声かけづらかったんだけど、聞かなきゃ何も分からない。
 だから思い切って聞いてみた。
「あ、あの……良いかな?」
『なんや、やきもちか?』
 ……コイツやっぱり可愛くない、と心の底から思った。
「違うってば! ……質問があるんだけど」
 俺をからかってるような態度に少しだけ腹が立った。だからちょっと口調がきつくなったんだけど、ケット・シーは全然気にしてないみたいだった。
『ええけど、高うつくで?』
「金取るのかよ……」
『金やあれへん。せやな、デート1回や』
「あんたって男とデートする趣味あるのかよ」
『失敬な。……大体、ボクみたいなカワイイ男は他におらんで? 逆にボクとデートできるの光栄や思てもらいたいですわ』
 ああもう、何だよコイツ可愛くないな。
 前にクラウドが、ケット・シーのことを「ちょっと苦手だ」って言ってた意味が少し分かった気がする。俺も、あんまり得意じゃないかも知れない。
「あんたって……“おねえちゃん”の何?」
『“何?”言われても……なんや、本命はマリンちゃんやないんか?』
「違う! ちょっとはマジメに答えろよ」
『……怒られてしもた』
「怒るに決まってるだろ!」
 そう言った俺に、ケット・シーが『まあまあ』とか言ってたみたいだけど、こっちはそれどころじゃなかった。本気になってマリンの抱えてるぬいぐるみを引っ張って取り上げようとしたんだ。そんな俺を見上げながら、ケット・シーを両腕で庇うマリンに、こう言われた。
「……あそこはね、私がここへ来る前にいた場所なの」
『エアリスさんの家ですわ。そんで、ボクらが出会った記念の場所や。……まあ最初は嫌われ者やったけど』
 そう話すとマリンは照れたように「だって!」と頬を膨らませて、でも楽しそうにしゃべってた。マリン達がいた家のことも、その理由も。何も知らなかったのは俺だけだった。


 ――それはまだリーブが神羅カンパニー都市開発部門に勤めていた時代、人々がメテオの脅威にさらされる少し前の話。
 彼はケット・シーを遠隔操作で操り、素性を明かさずクラウド達に接触した。その任務はクラウド達の行動監視と、古代種の神殿への鍵となるキーストーンを奪うこと。
 クラウド達にスパイ活動が発覚したとき、彼は人質を取って自らの同行を求めるため交渉の材料とした。
 その時、人質になったのがマリンと、エアリスの育ての母エルミナだった。


「……だからマリンがケット・シーを預かってるのかよ?」
「ううん。それはもう一つ別の理由があるんだけど」
 まだ内緒。とマリンは笑った。ちょっと嫌な気分だった。
「それから、エルミナさんと過ごしたの。……ケット・シーがいなくなっちゃってからリーブさん、たまに来てくれたよね?」
『せや。楽しかったな』
「うん。楽しかったね」
「…………」
 ふたりはそれから何も語ろうとしなかった。
 そう、全てが終わるあの日まで――マリンのお父さんが帰ってきたのと引き替えに、楽しい日々は終わりを告げた。
「エルミナさんは……」
『……そんな事よりマリンちゃん、ちょっとええか?』
 まるでマリンの言葉を遮るようにケット・シーがしゃべり出した。『噂の検証、どないやろうか?』
「うわさ……?」
 首を傾げる俺に、マリンは「ほら!」と促す。言われて心当たりがない訳じゃない。
「もしかして……幽霊の?」
『なんや、君も知っとったんか』
「……当たり前だよ、この辺じゃ知らないヤツいないと思うけど?」

 毎夜、ミッドガルから聞こえてくる不気味な声。
 あれはきっと、メテオで犠牲になった人達の……。

 そう考えただけでも良い気分はしなかった。あの災害でみんな沢山のものを失った。住んでいた家も、家族も、大切な人達も……なにもかも。
 だからミッドガルの異変に気づいたとしても、そのことを積極的に話したがる大人はいなかった。わざわざ嫌な思い出を振り返りたくないし、今はこの前壊されたエッジの再建作業でそれどころじゃないのかもな。
 でもこの不気味な声の噂は、肝試しみたいな感覚で俺たちの間ではよく話されてた。だから、エッジの子ども達でこの話を知らないヤツはいない。
「ケット・シーはね、その噂の調査のためにここに残ったんだって」
「それで、マリンが預かってたんだ……」
 それを聞いて何だかホッとした自分がいた。だけど、ケット・シーが何でわざわざ?
『なにか進展あれへんか?』
 ケット・シーの問いかけにマリンは首を横に振る。確かに、俺たちも全員が同じ声を聞いてるって訳じゃないし、おもしろ半分で言ってる連中も中にはいた。俺も、実際に聞いたかって言われると自信がない。風の音かも知れないし。
『時間とか、場所とか……なんでもエエねん。何か気づいた事あったら、教えてくれへんか?』
 その言葉に、マリンは頷く。それを見て――ちょっと悩んだけど――ケット・シーに向けてこう言った。
「……それ、俺も手伝って良いかな?」
『遊びとちゃうで?』
 振り向いたケット・シーがこれまでになく真剣な口調で言った。もちろん、そうじゃないって言い切る自信はある。
「興味本位で言ってるんじゃないよ。……ケット・シーが今こうしているのは、何か理由があるんだろ? 俺、なんでも良いから役に立ちたいんだ」
 マリンの膝の上で手を組んで、少し考え込んだ様子のケット・シーは顔を上げると、俺を見てこう言った。
『無茶したらアカンで?』
「もちろん」
『危なくなったらすぐ大人を呼ぶんやで?』
「分かってるって」
 その言い草が、まるで子どもを心配している親みたいだった。頭の片隅で、本当の両親の顔を思い出す。ちょっとだけ鼻の奥がつんとなったけど、今はもう平気だ。
 ケット・シーはもう一度考え込んだように腕を組んで、しばらくしてからこう言った。
『ボクらがほしいのは……噂の詳しい内容、発生する時刻、場所……できるだけ多くの情報なんや」
「街の人に聞き込みすればいいね」
 その言葉を聞いて、ケット・シーが大きく頷く。
『せや』
「俺、やるよ」
 それからケット・シーは意見を求めるようにしてマリンを見上げた。それからマリンは「うん」と言って頷いた。
『……ほな、頼んます……ええと』
「デンゼル」
『よろしゅうな、デンゼル』
 そう言って手を差し出してくれたのが凄く嬉しかったんだ。だから、がんばろうって思った。力がわいてきた。
 そんな気持ちとは逆に、悪戯っぽい事を思いついて試しにこう言ってみた。
「なあケット・シー。もしもこれが成功したら、報酬くれる?」
『……何や? 金取るんか?』
「お金なんかいらないよ……そうだな、デート1回! どう?」
 さっきのケット・シーのマネしてやったら、ちょっとびっくりしてたみたいだ。へへっ。
『デンゼル、男の子とデートする趣味あるんか?』
 ケット・シーはすかさず反論してくる。だけど不思議と腹は立たなくなった。
「そんな訳ないじゃん。……俺とデートできるんだから、逆に光栄に思ってもらいたいぐらいだね!」
『むむむ……』
 う〜んと唸るケット・シーに、ごめんごめんと言ってからこう続けた。

「俺、WROに入りたいんだ」

***

 あの人に会ったのは、ずいぶん後になってからの事だった。まさか本当に来てくれるなんて思ってなかったから、最初は緊張してて、それから俺自身のことを伝えるのに必死で、だけど入隊したいって気持ちは強かった、だから入れて欲しいって言ったんだ。
 だけどあの人は首を横に振った。それから、俺にこんな事を言い残して去っていった。

 ――「大人の力を呼び起こせ」

 あれから一生懸命考えた、だけどやっぱ意味分かんないよ。
 俺は、早く大人になりたかったんだ。
 呼び起こすんじゃなくて、俺の力で誰かを守れるようになりたいんだ。……これ以上、大切な人達を失うのは嫌だったから。

 俺にはまだ無理って事ですか? お願いです、教えてください。





―ALERT - 届かぬ声<終>―
 
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* 後書き(…という名の言い訳)
 SS「ラストダンジョン」の発端となる出来事というか、3者の視点で書いた「ALERT」というお話の2作目。デンゼル編です。
 色々アホな事を考察しているのですが、もし興味を持たれました方がいらっしゃれば、[別ページ]をご参照下さい。