ALERT - 疑惑 |
「使途不明金……ですか?」 彼は通信の相手に問い返すと言うよりも、直前までの会話で聞いた言葉が本当にこれだったのかを自分に確かめる意味で復唱した。 その意図を察したのかは分からないが、通信先はそれを肯定し、続けて彼にあることを命じた。それを受けて今度こそ、彼は確認するように問い返す。 「私が……その内偵を?」 すぐさま「もちろんだ」との返答が得られた。しかしそれは“依頼”ではなく、むしろ“命令”に近いものだった。 もっとも、これが依頼だろうと命令だろうと、こちらに拒否権が無いことは自身が一番良く理解している。かつてはもっと汚い――身内にすら口外できないような――仕事にも手を染めていた経歴から考えれば、内偵調査なんて今さら気が引けるようなものでもない。 それなのに何故だろう? この違和感のような、確信を得た不安のような。とにかく心に何かが引っかかっている。 通信が切断されるまで、彼は心の内を口に出そうとはしなかった。 回線を切ると室内は静寂に包まれる。身につけた腕時計が時を刻む音、並んだ端末から吐き出される僅かなノイズまではっきり聞こえてくる程だった。こんな場所に一人でいると、考えなくてもいい余計なことまで考えてしまう。 放っておくと悪い方にばかり働く思考から意識を逸らすように手元の端末を操作し、ある画面を呼び出した。起動と同時にプログラムが自動実行され、画面上にはそのプロセスを示すためだけに文字が流れている。疑問も、迷いも、どんな感情も伴わず、ひたすら命令された処理を実行するだけのプログラム。それを見つめながら、誰にともなく語る。 「しかし……出資している我々が、出資先の使途不明金について調査をするというのも皮肉な話だ」 彼は実行した侵入プログラムを使い、世界的規模で展開するある機関のネットワークにアクセスを試みた。ここに侵入するのは、正直なところ今日が初めてという訳ではない。それでも、この領域に対して接続するのは今回が初めてである。 流れ続けていた画面上の文字は、やがてあるところで停止した。 Connected to ***.***.*.*** (***.***.*.***). Remote system type is.... ....access "world restoration organization" command _ 準備は全て整った。あとは実行者からの“命令”があるまで、この画面は動かない。端末の前にいる彼が、キーを押せば全てが始まる。逆を言えば彼がキーを押さない限り何も始まる事はない。 待機を続けるプログラムに向けて語ったところで、反応するわけではないのだが。吐き出さずにはいられない。 「世界再生機構……出資先であるこの組織の使途不明金……」 気が引けると言うよりも、気が重い。 いや、決して良い気分にはなれない。 「あなたは……何を考えている?」 脳裏に過ぎった――かつて自分と同じ企業に所属し、一部門の統括責任者まで務めた――男に問う。その声が届くことはないと分かっていても、問わずにはいられない。それはどこか怒りにも似た衝動だった。 会社の崩壊と共に、袂を分かつことになった彼らが、再び出会おうとしている。 出来るならば、もっと別の形で再会を果たしたいと思っていた。願えば叶うというならば、跪いて祈りを捧げても構わないと、信仰心の薄い彼がそうまで思うのだ。事態は本人が思っている以上に深刻だった。 祈り願うのではなく、自らの行動で叶えればいい。 この手で実現してしまえば、思い悩む必要もない。 任務とは、成功させるものだ。 昔を思い出した。過酷な任務に従事する過去の自分ならば、迷わずそう思ったに違いない。 横にあった別の端末を立ち上げる。普段であればそれほどストレスには感じない起動の手続が、ひどく長く感じられた。その間に懐から携帯端末を取り出し、登録された番号を呼び出す。2回もしないコールで繋がった相手に、挨拶も無しに切り出した。 「彼女の所在が判明次第、ここへ。……ああ、思っていたより状況は良くないようだ」 伝えるべき用件以外一切の無駄が省かれた会話。それは、互いが相手を信頼しているが故に成り立つ会話だと言うことを、本人達は無意識のうちに知っている。この関係を信頼と呼ぶべきかどうか、そんなことを考えた事はなかった。恐らくはこれからも無いだろう。 考えたからといって特別なにが変わるわけでもない、だから考える必要もない。 「仮に侵入できたとしても、目的のデータに辿り着ける保証はない」 あの人のことだ、このまま簡単に終わるとは思えない。無意識のうちに通信機を持つ手に力がこもった。 「万一の場合は……最終手段も辞さない。以上だ」 それだけ告げて、通話を終えた。 プログラムの実行待機中だった端末に向き直り、男は慣れた手つきでキーを操作し、決定の意思を伝える。 疑問も、迷いも、これが終わる頃にはすべてに結論が出るだろう。 たとえそれが、どんな形の結末であったとしても。 ―ALERT - 疑惑<終>―
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* 後書き(…という名の言い訳) |
SS「ラストダンジョン」の発端となる出来事というか、3者の視点で書いた「ALERT」というお話の3作目。でも投下は一番最初にした物でした。 WRO<世界再生機構>への資金を出資していると目される最大の支援団体――リーブのセリフから、彼らを“姿無き出資者”としています――そんな彼らが、出資先の使途不明金について内偵調査を行うというきな臭い話。企業物のこういう遣り取りって大好きなんですが、まさかFFベースでこんな話が作れるなんて思いませんでした。読んだ方に違和感が残らなければ良いなと思います…。
ちなみにFFのコンピレーション作品出すなら、ACから数えて12作目ぐらいにはそろそろリーブ主役でもいいんじゃないか? という勝手な思いが込められていたりします。
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