ALERT - 去り行く人の背中 |
みんなが集まったあの日。 教会から帰る前に、こっそり抜け出して立ち寄ったあの家。教会からはちょっと歩くんだけど、でもどうしても寄っておきたかった。ミッドガルに来る事なんて、もうほとんど無くなっちゃったから。 教会から出ると、周囲には『ここは立入規制区域です』と書かれた立て札とロープが張ってあった。そのロープをくぐって歩き続けた先に、目的の家があった。 どうしてあの立て札があるのかも、もちろん分かってる。だけど、ここを通らないとあの家には行けないから。がれきが散乱する道を歩きながら、まるで自分に言い訳でもしているような気分だった。 時折、強い風が吹き抜ける。そのたびに何かが軋むような音を立てるので、立ち止まって見上げるとプレートの底が見えた。私が知っているミッドガルの空と、変わらない風景だった。 おねえちゃんに連れられて、はじめて七番街から出た日のことを思い出す。いっぱい色んなお話をしたよね。おねえちゃんはクラウドのこと、私にたくさん聞いてたよね。 今は一人だからかな? 家までの道がとても長く感じる。 こうしてしばらく歩き続けてたどり着いたのは、おねえちゃんの住んでいた家。大きな屋根、広い玄関、スラムでは珍しい庭の花壇――だけど今は、大きな屋根は崩れかけていて、広い玄関にはがれきの山、庭の花壇には枯れた草ばかり。 この家にはもう、誰も住んでいない。 変わり果ててしまった風景から呼び起こす、懐かしい記憶。 「おねえちゃん。……、……ありがとう」 玄関の前に立って、そう言った。ここにはもう、おねえちゃんも、エルミナさんもいない。それは分かってるんだけど。もう一度、ここへ来たかったんだ。 門の前で立ち止まっていると、後ろの方からがれきを踏みつぶすような音が聞こえた。それから、頬に当たる風の方向が変わる。 「……誰!?」 小さな不安と、それ以上の期待を込めて振り返った私の前には、モンスターの巨大な影があった。逃げ出すことも、叫び声を上げることもできなくて、ただ瞼を閉じた。 ――「ここは立入規制区域です」 瞼の裏に映ったのは、張られていたロープとそこに書かれていた文字だった。 それからティファ達に黙ってここへ来た事を、心の中で後悔した。ロープを張ってくれた人にも謝らなくちゃ。勝手に入っちゃってごめんなさい。危ないよって言ってくれてたんだよね? どうしよう、私マテリアも持ってない。……マテリアがあっても投げるぐらいしかできないけど。 「……助けて」 呟いた次の瞬間、響き渡った2発の銃声。目の前のモンスターががれきの上に倒れた音がした。 恐る恐る瞼を開き、周囲を見回した。私の目の前で、銃弾が命中したモンスターが倒れてた。それ以外はがれきが広がるだけだった。 (誰もいない……) 最初は心配したティファ達が来てくれたのかと思ったけど、ティファやクラウドは銃を使わない。父さんの銃はもっと大きな音がする。そうすると、誰だろう? そう思っている私の後ろから、声がした。 「……『ここは立入規制区域です』の表示を無視して、こんな場所に女の子が一人で来るなんて。とても感心できませんね」 ゆっくり落ち着きのあるしゃべり方、聞き覚えのある声。まさかと思って振り返る。玄関の横に、地味な色のスーツを着た男の人が、厳しい視線を私の方に向けて立っていた。おろした右手には拳銃が握られている。 「ミッドガルは封鎖されて以来、魔物の巣窟です。分かっているはずですよね……マリンちゃん」 「リーブさん?!」 言いながら、懐へ銃をしまうとこっちに向かって歩き出した。きっと怒られるんだと思って、頭を下げようとした。 でも、リーブさんはにっこりと微笑んで「もうダメですよ?」と言って頭を撫でてくれた。 「お送りしましょう。皆さん、まだ教会にいますね?」 「うん!」 そう言って差し出された手を取る。それから、手を繋いで来た道を戻った。エルミナさんと3人で、この家を出たときのことを思い出す。 歩きながら、リーブさんに聞かれた。 「それにしてもどうして、あんな場所に一人で?」 「……どうなってるかなと思ったんです。クラウドやティファに付き合ってもらうのも悪いなって思って」 「だからといって、一人でここまで?」 「……ごめんなさい」 ロープを張ってくれたのは、やっぱりリーブさん達だったんですね。だけど良かった、謝れた。 ……あれ? 「リーブさんこそ、どうして?」 「あ。……私、ですか?」 見上げたリーブさんはしどろもどろになって、視線まで逸らされた。こんな仕草をする時は、何か隠してるんだ。デンゼルやクラウドもそうだったから、すぐに分かった。 こう言うときはじっと相手の目を見るのよ、ティファがそう教えてくれた。だからリーブさんの顔をずっと見上げてた。 「……どうなってるかなと思ったんです。その、とても個人的な事ですし……他の方に付き添ってもらうのも気が引けたものですから」 「だからって、一人で?」 「……すみません」 ロープを張ってくれたのは、リーブさん達だったと思ったんだけどな。 ……あれ? 「これじゃあ、どっちが怒られてるのか分かりませんね」 「そうですね」 そう言って笑った。リーブさんが笑うのを見るのは、まだ数えるほどしかなかった。初めて会った頃は、難しい表情をしてばかりでしたよね、エルミナさんとは口げんかばっかりだったし。この家を出るときも「ここは危ないから」とだけ言って私達の前を歩いてくれた、父さんよりは小さいけれど、大きな背中を覚えてる。おねえちゃんの事を教えてくれた時も……。 リーブさんの横顔は、いつも苦しそうに見えた。 だから、笑っているリーブさんを見ることは少なかった。ちょっと嬉しい……かな。 来たときと同じ道のはずなのに、帰りはとっても早かった。 最初にロープをくぐった場所が見えると、リーブさんは繋いでいた手をゆっくり離してからこう言った。 「ここからでしたら、マリンちゃん一人でも安全ですね」 「……リーブさんは?」 教会には行かないんですか? そう尋くとリーブさんは笑顔を浮かべたままで何も答えてくれなかった。 「みんなに会わないんですか?」 「教会にはケット・シーがいますから、大丈夫ですよ」 「でも……」 「ありがとう、マリンちゃん」 私の言葉を遮って、「ありがとう」と言った時、笑顔だったリーブさん。 だけど分からなかったんです。 リーブさんともう一度会うときまで、ケット・シーは預かっておきますね。だからその時は、教えてください。 どうして何も言わずに、私達の前から去ってしまったんですか? ―ALERT - 去り行く人の背中<終>―
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* 後書き(…という名の言い訳) |
SS「ラストダンジョン」の発端となる出来事というか、3者の視点で書いた「ALERT」というお話の1作目。マリン編です。 色々アホな事を考察しているのですが、もし興味を持たれました方がいらっしゃれば、[別ページ]をご参照下さい。 |