Fragment of Memorise [Elmina] |
“彼”がこの家を訪れるのは、今日が三度目だった。 あの晩、通話先とは少し揉めたようだったけれど、彼の意図するとおりの取引ができた様子だった。わたしが理由を聞いても答えてくれなかった。そりゃあそうよね。聞けたところで何かが変わった訳でもないだろうしね。結局わたし達は大人しく彼の“人質”でいる事ぐらいしか協力はできなかった。 交渉さえ終われば、わたし達を人質としておく必要はなくなった。そんな主旨のことを告げてから、彼は別れ際に一連の非礼を詫びてくれた。最初から最後までやっている事と言っている事がちぐはぐで、そうとう無理をしている事が見え見えなのよ。 この間ここへ来たマリンちゃんの父親の方が、その点よっぽどしっかりしてるわよ。 だからこそ彼は、もう二度とここへ来ることはないと思った。 だけどわたしは、待っていたんだよ。 玄関を出ようとした彼の背中に声をかけた。振り返るとは思っていなかったし、現に振り返りはしなかった。恐らく振り返る必要がない、とでも思っていたんだろうね。さっき彼は「“人質”の役目はここで終わり」だと言っていた。 だけどね、巻き込まれた側のこっちはまだ終わっちゃいないんだよ。あなたがここを出る前に、言っておきたい事がある。 「……昔ね」 彼の背中に向けて、世間話でも始める様にして切り出した。 「戦地で夫が死んだときに、神羅は紙切れ一枚しか寄越してこなかった」 当時、エアリスの言葉を信じられずにいたわたしにとって、神羅から送られてきた夫の死亡通知は、ただの紙切れではなくなった。 すべての命が“この星”に還るのだと、まだ幼いエアリスは言った――それでも夫は星に還る前に、この家に帰って来てくれた事を、わたしに教えてくれたのもエアリスだった。彼女の言葉がなければ、わたしは今なお何も知らないまま、信じられないままにその通知を受け取ることになっただろう。 「『夫は死にました』、紙にはそれだけが書かれてた。簡単なもんさ」もう少し形式で飾られた文章だったと思うけどね、そんなものはどうでも良い事だから忘れちまったよ。今ならこうして言い切ることだってできるけどね、そりゃあ当時はショックだったさ。 その言葉に思わず振り返った彼の顔には、大きく“戸惑っています”と書いてあった。それを見てわたしは今、どんな顔をしてるだろうね? ちょっと不安になったけど、話を止める気はなかったわ。 「そりゃあ神羅にとっては、紙切れと同じ程度なのかも知れないけどね」 ああもう酷い顔しないで。今さっきまで“人質”を取って交渉するような周到な男のする顔じゃないわよ、見てるこっちが情けなくなる。だけどこの人、絶対に視線を逸らす事はしない。だから根の部分には強い意思を持ってるんだろうね。でもそのぐらいでなくちゃ、人質になった張り合いってもんが無いわよ。 「あの時もこうして、ここで夫を見送った。確かに夫は軍人だったし、戦地へ向かったのも知ってた。だけど帰ってくると信じて待ってるより他に方法がないじゃないか? だからずっと待ってたのさ。それなのに、わたしのところへ帰ってきたのは紙切れ一枚だよ」 ひどい話だと思わないかい? そう問い掛けた。わたしも視線は逸らさなかった。 彼はなにも答えなかった――長らく続いたウータイとの交戦で双方の兵士、一般市民を問わず多くの犠牲が出たのは周知の事実だった。私にとって最愛の夫を死に追いやったのは誰でもない戦争だった。そして、神羅だってそれに荷担していた事になる――あんたの事だから、そんなことを考えていたんでしょうねえ? 「……すみませんでした」 その言葉、言うと思ったよ。ああもう、さっきからどうしてこう……。 「あんたに謝ってほしくて話したんじゃないよ、謝られたって夫が帰ってくる訳じゃないからね」 今度こそなにも返す言葉が見つからないと言った表情のまま、彼はその場に立ち尽くしている。 溜め息を吐いてから「分かってないねぇ」と呟く。きっとこの言葉も、彼は違う意味に捉えているんだろうけどね。だから「分かってない」って言ってるのさ。 「わたしはね、ここで夫を送り出した時と同じ思いをするのはご免だって言いたいのさ。 エアリスに帰ってきて欲しい。……それに、あんたにもね」 だからまた顔を見せに来なさいね。わたしが言いたかったのはこれだけなんだよ。 エアリスだけじゃない、マリンちゃんの父親にも、あんたにも、みんな無事に帰ってきて欲しいんだよ。 ――あんたらに分かるかい? 待っている時間がどれほど長く、どれだけつらいのか。 だから、必ず帰ってらっしゃいよ。 「まだしばらくは、ここにいるわよ。どうせ行く場所もないしね」 この晩、わたしはそう言って彼の背中を見送った。 こんな状況でも待っていた甲斐はあったわね。玄関戸を開けて、家の前に佇む彼の姿を目にしたとき、そう思ったのよ。ところで少し窶れたように見えるけど、あんた大丈夫かい? やっぱりそうとう無理してるんだろう? 「あら久しぶり、ずいぶん遅かったじゃないの」 さあ入りなさいと招き入れようとしたけれど、首を横に振ってから彼は言ったわ。 「どうぞお構いなく。それに時間もありません、私が今回こちらへお伺いしたのは……」その先の言葉が続かなかった。 その表情を見ればね、誰だってある程度は察するわよ。だから黙って“あなたからの”言葉を待ったの。意地が悪いって? だけど、そのぐらいの意地悪をしても罰は当たらないだろ。 彼の表情は硬かった。どうせ「これは彼女たちを人質に取った私が果たすべき、責任の範疇だ」なんてことを考えてるんだろうね。つくづく難儀な性格をしてると思うよ。 こう思うのは変なのかも知れないけどね、今日あなたがここへ来てくれて嬉しかったよ。 彼がこれから告げようとしている話は、多分わたしの希望を否定するものでしかないだろう。少なくとも明るい話題でないのは確かだね。話す前からそんな表情してるんだから。 「エアリスさんの事で、お伝えしなければならない事があります。今日は、その為に伺いました」 わたしの後ろ――部屋の奥の階段からマリンちゃんの声が聞こえてきた。「あ、おひげのおじちゃん! いらっしゃい」手を振る彼女に応えるべく、それでも彼はぎこちないながらも笑顔を向けていた。それを見て、性根の優しい人なんだろうと思った。 彼は逸らしていた視線を戻してから、じっとこちらを見ているだけで何も言わなかった。言えなかったんだろうね。 言葉を待つわたしの方の心境はまるで、刑の執行を待つ死刑囚のようだったわ。生きた心地がしないってまさにこう言うときに使う言葉なのね。いくら歳を重ねたと言っても、こんな気持ちを味わうのはいやなものよ? だから堪えきれずに言葉の先を促そうとしたの、でもその必要はなかったわ。 「北方大陸、忘らるる都という場所でエアリスさんは亡くなりました。ご遺体はクラウドさんら同行する仲間達の手で現地に水葬されました」 ああ、やっぱりそうだったのね。 確証はないけど気付いてしまった。彼がなぜここを訪れたのか、そして告げようとしている事実を。 だけどね、あの子が死ぬなんてやっぱり信じられなかった。 明日になったらひょっこり帰ってくるんじゃないか? そう思った、思いたかったわ。だけど、あなたの顔を見たらエアリスの死が現実なんだと思い知らされた。 あなたは残酷ね。 だけど、誰よりも優しいのね。 あの子の死を知らせるだけなら、手紙にでも書いて寄越せば済む話。だけどあなたはそうしなかった。命は紙切れみたいに軽くない。それを、あなたはよく知っている。だから来てくれたのよね? わたしが泣いたのは、あの子を失った悲しみだけじゃない。 あなたがこうして戻ってきてくれた事に、感謝しているの。 ――ありがとう。 それをうまく伝えられなくて、ごめんなさいね。 ―Fragment of Memorise [Elmina]<終>―
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* 後書き(…という名の言い訳) |
・FF7(Disc1)で神羅ビルへ乗り込む直前にエアリスの家を訪れた時のエルミナの台詞。 ・FF7(Disc1)デートイベント直後、キーストーン強奪とケット・シー人質交渉の裏側。 ・FF7(Disc2)ブーゲンハーゲン同行直後に聞けるケット・シーの台詞(エアリスの死をエルミナに伝えた、という話)。 ……以上から妄想し、ねつ造したエピソードです。既出の[罪状認否]、SS:ラストダンジョン内[Fragment of Memory 5][6]と同じイベントを、エルミナ視点で描写してみたというのが主旨です。 エルミナさんって発言こそ強気というか自信に満ちているように聞こえますが、歩んできた過去が過去だけに切ないと思います。 このお話と合わせて、[character:エルミナ]の項もご参照いただけますと幸いです。 |