鼓吹士、リーブ=トゥエスティ\

 宇宙の深い闇の中に輝く星々を背景に、大地へと降り注ぐライフストリームの雨は、幻想的な光景を作り出していた。星を救う希望と願いを託し、飛び立っていった仲間を思いながら、地上から大空を見上げる仲間達は言葉を失い、目の前で起きた出来事に目と心を奪われていた。
 そんな中で、リーブは声を聞いた気がした。聞き覚えのある懐かしい、声。

 ――ありがとう。
    約束通り、迎えに来てくれたのね。

「……!」
 息が詰まり、まるで声の出し方を忘れてしまったとでも言うようにリーブは無言のままで振り返った。全身に緊張が走る。
 聞き覚えのある懐かしい、声。
 その声の主を、リーブはよく知っている。

 ――リーブ君。どうやらあなたを後任にした事、間違ってなかったようね。
    期待通りの……いいえそれ以上の、結果を出してくれたもの。

「あ……」
 最初は恐る恐る周囲を見回した。声の主と顔を合わせるのが怖いと、どこかで思っていたからだ。しかしそんな思いはすぐに消えた。
 声のする方を振り返っても、今度はまったく逆の方向から声がした。向くべき方向を見失い、リーブは周囲を見回しながら、呟くような小さな声で呼びかけた。
「あなた……は」

 ――しかもあなたらしい、最高の演出ね?
    こうしてミッドガルで再会できて良かった……。
    本当に、ありがとう。

「主、任……」
 声のする方向が頭上であると知り、リーブは再び空を仰ぎ見た。降り注ぐライフストリームの中から、彼女の声がする。かつて自分とこの地に立っていた、彼女の声。
 その名を呼ぼうとするが、のどが震え息が詰まる。

 ――私も約束を守るわ。
    ミッドガルと言わず、星中を見て回りましょう。
    もう一度、再生するの。
    いいえ何度でも。
    その姿を、一緒に……。

「ま、待ってくだ……」
 自分が発した声を自身の耳がとらえる。あまりにも弱々しく震えている声音に、普段なら笑いそうなものだが、今はそれどころではない。伝えなければと、その思いだけしかなかった。

 ――あなたが見る風景の中に、
    私はこの星の中に、
    あなたが私を覚えている限り……

「待ってください!」
 相変わらず自分勝手だと、そう思った。
 出会った朝の出来事、配置転換。そして、突然とも思える後任指名。
 同時にそれは、いつでも正しい判断だったのだと今なら理解できる。あの時告げなかった地底の闇、その真実を背負っていたことも。
 だからこそ、この世界の再生への道を、共に歩んで欲しかった。

 ――生きているわ。
    あなたの中に。

 それが何を意味しているのか、今は考えたくなかったけれど。
 彼女は微笑んでいた。あの夜、闇に沈む地平線を背にした時と同じように。
「主任。私は……」

 ――さあ、立ち止まってる暇はないわよ。
    待っている間にやらなければならない事はたくさんあるでしょう?

「……」
 星命学では、人の肉体が滅びその魂はライフストリームとなって星を巡ると説いている。この星に住む生命を支え、星もまた、彼らに支えられて生きている。その間を絶え間なく巡るのが、ライフストリーム。
 一度はこの星から飛び立とうとしたそれは、還ってきた。
 この星はまた、生き続ける。
 この星でまた、生き続ける。
 我々は今、その開始点に立っただけに過ぎない。
「そうですね」

 ――それじゃあ、元気で。

「ええ、あなたも」
 リーブは空に向けて両手を広げた。降り注ぐライフストリームが呼び起こす記憶と、星を巡る彼女の思いが、差し出した手の上で交差する。
 まるで最後の抱擁を惜しむように、ひととき淡い光が舞い降りて、やがてミッドガルの大地へと還っていく。
 込み上げてくる感情が、ほんの少しだけ視界を揺らして風景に霞をかけた気がした。

***

 呆然と立ち尽くす仲間達の中で最初に声をあげたのは、リーブだった。
「さあ、戻りましょう」
 飛び立っていった仲間の帰還を待たずに告げたリーブに、僅かばかりの非難を込めた視線と、明かな疑問を含む声を向けたのはユフィだった。
「おっちゃん?!」
「大丈夫、彼は必ず帰ってきます」
 自信に満ちた声を前に反論の機会を失ったユフィの後ろで、クラウドが賛同するように頷いた。
「その通りだな」
 短く告げただけで、すたすたと歩き出す。彼の背に向けて頷くと、ティファはユフィの肩に手を置いて微笑んだ。
「そうね。それに……私達には私達のできることをやらなくちゃ。……帰ってくるまでに、ね?」
「そ……だよね」
 視線を嫌うように俯いてから「帰ってくるよね?」と小さく、尋ねるようにしてユフィが呟くと、ティファは「もちろん」と頷いた。
(そりゃアタシだって戻ってくるって信じてる。信じてるけどさ……でも仕方ないじゃん、心配なんだから)
 口に出すことをためらった言葉たちを胸の奥に押し込めて。それを振り切るように、ユフィは顔を上げ空を見た。
 満天の星空を背景に、浮遊したライフストリームの一部がひらひらと舞い落ちて来る。
「ヴィンセントが、帰ってきて。……このままってんじゃ、格好つかないもんね!」
 視線をおろし残骸が積み上げられた周囲を見渡して、大げさに手を振ってみせる。なにもこの状況はここに限ったことではない。
「おう! あとは俺たちに任せとけってんだ! …………。で」
 出だしこそ威勢の良かったバレットだが、妙な間を置いてシドを振り返ると、少し声量を落としてから問うのだった。
「ところで俺たちよ、こっから歩いて帰るのか?」
 地上部隊が乗ってきたS.FOXは負傷者の搬送に回される。そうでなくても、飛空艇の姿が見えないことを言っているのはすぐに分かったが、それにしてもすっかり弱気である。
 問われた方のシドも飛空艇の行方を知っている訳ではないので、何とも返せずに言葉を濁す。
「ああ、それでしたら心配ありません」
 そこでシドの代わりに答えたのはリーブだった。にこやかに微笑むリーブの笑顔に、バレットは一抹の不安を覚える。それをすかさず代弁してくれたのがユフィだった。
「……おっちゃんがそーやって笑う時って、だいたいロクな事ないんだよね」
「そっ、そうですか?」
 的を射た指摘に内心ぎくりとしながらも、リーブはさらっと言ってのけた。
「とにかく飛空艇の方は大丈夫です。私が責任と、身をもって保証しますよ。……おっと原理を説明すると長くなりますので、またいずれ。さあ、戻りましょう」
 そう言って背を向け、来た道を戻り始めた。あまりにも自然な(一部不自然に聞こえても、それがリーブなのだと納得させられてしまうのが不思議ではあるのだが)言葉運びに、そのまま頷いて歩き出そうとしたバレットは、ふと気づく。
「おい! やっぱり歩くのかよ!」
「仕方ねぇだろ、どこ飛んでっちまったか分かんねーんだからよ」
 悔し紛れにシドが言い返すが、墓穴だった。
「……シド、それはパイロットが胸を張って言える事なのか?」
 冷静なクラウドの指摘がシドの胸を貫いた。悔しいがその通りで、目を逸らすついでに天を仰いだ。
 シエラ号の姿は見えない。
 少しだけ、切なくなった。
 ――女房は大切にしなくちゃいけねぇな――と、場違いだがそんなことを思いながら感傷に浸るシドの背後では、ユフィが声を張り上げている。
「文句言わないでとっとと歩く!」
「わ、分かったぜ……。ったく人使いの荒いヤツだな」
「口を動かさないで足を動かす!」
 逐一ユフィに窘められながら、バレットも渋々だが帰途につく。ティファはその辺を心得た物で。
「マリンも待ってるし……ね?」
 それだけでバレットの足が軽くなるのを知っている。その姿を見てユフィが両手を広げて降参のポーズを示すと、ティファは小さく笑った。



 歩き始めた彼らの後ろ姿を見つめながら、少女はまだ迷っていた。
 シェルクにとって進むべき道――戻る場所など、地上にはない。
 このまま彼らの後について行ってもいいものか、分からなかった。
 どうせこの身体も、放っておけば機能を失うだろう。ディープグラウンドで過ごした長い年月の間に、魔晄に頼らなければ生存を維持できない不便な物に作り替えられてしまった。かといって、代償として得たツヴィエートとしての能力「SND」を駆使してまで探し出す物も、もはやここには無い。そんな自分は、地上で生きる術を知らない。
 彼らに背を向けてもう一度、夜空を見上げた。降り止まないライフストリームの合間からは、輝く星々が見えた。 
 その風景に見入るうち、地上のノイズが遮断され静寂の中にひとり立っている気がして来た。
 まるで、ネロの闇が作り出す静けさに似ているようだと、そんな気がした。

「……シェルクさん」

「!?」
 自分の名を呼ぶ声で我に返ると、途端に周囲の音が耳に流れ込んできた。声のする方に顔を向ければ、いつの間に戻ってきたのだろうか、リーブが心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「どうされましたか?」
「…………」
「"戻りましょう"」
 地上に戻るべき場所を、シェルクは知らない。言葉に出せない思いを、リーブは見透かしたようにこう続けた。
「厳しいことを言うようですが、これからあなたには、あなたにしか出来ない仕事をしてもらわなければなりません」
「……え?」
 驚いて再び顔を向けたシェルクに、リーブは手を差し出してこう告げる。
「どこかで居眠りしてるお姉さんを、迎えに行くのはあなたの役目ですからね」
 目を細め、少し戯けたような口調でそう言った。さあ、と言ってシェルクを促す。
 思わず後ずさるシェルクの足に、突き出た鉄柱がぶつかった。それはただの残骸のはずなのに、逃げ場はないと言われているようだった。


 ――「私も、星に還っていいかな?」


 取り込まれた闇の中で見た光景と、そこで出会った姉の姿を思い出し、シェルクは何かに弾かれたように顔を上げた。あの時、シャルアから問われてシェルクははっきりとこう答えた筈だ。


(だめ、まだ……。)


 そうだ、地上でも探すものはある。捜す者がいる。
 今度は誰かの命令からではなく、自分が望むままに。
 そして、伝えなければならない。
(迎えに……?)
 リーブは何も言わずに手を差し出したまま、じっと待っていた。彼女が自らの意志で選択し、最初の一歩を踏み出すのを。
 そんな二人の姿を、少し離れた場所で仲間達が見守っていた。彼らもまた、少女が自分の足で一歩を踏み出すのを待っていた。

 踏み出せば、そこから道は延びていく。
 戻るべき場所は、その先にある。

「……お……姉、ちゃん」
(迎えに……。今度は、私が)
 リーブは無言で頷いた。
 あの時、リーブの耳に聞こえてきた声がシャルアでなかった事は、告げなかった。
 そう。
 彼女はまだ、この星のどこかで生きている。
 たとえ良くない状態だとしても、生きているのなら。
「一緒に、いきませんか?」
 その言葉にシェルクはぎこちないながらも頷いて、差し出された手にそっと自らの手を乗せた。
 リーブの手はとても、暖かかった。

「おーい二人とも〜、早く早く〜!」
 遠くから、ユフィが両手を大きく振ってふたりを呼んでいる。
「そうだぞ、もたもたしてると日が暮れっちまうぜ!」
「……バレット、日はとっくに落ちている」
「だからいちいち訂正すんな!」
「事実だ」
 笑顔で言い争う同居人達の横に立って微笑むティファも、槍を振っているシドも、皆が暖かい表情だった。


 踏み出せば、そこから道は延びていく。
 平坦ではないと知りながら、それでもこの道を歩くことをリーブは心に誓った。

 それは新たな、世界再生への道。



―鼓吹士、リーブ=トゥエスティ\<終>―


 
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* 後書き(…という名の言い訳)
 ここまでお読み下さって有り難うございます。

 そもそもこの話を書き出した理由は、DCFF7第2章1節(ウェストランド)でのリーブの語りが腑に落ちなかった事に端を発します。
 作中でヴィンセントが指摘しているとおり、「神羅上層部だったお前(=リーブ)ですら、知らなかったのか?」と。まさにおっしゃる通りなんです。
 結局のところDGとミッドガル、どちらが先がという話に終始するのですが、少なくともミッドガルの建造に深く携わったであろう“都市開発部門”のトップが、ミッドガルの一部(それも内部)に関して「いっさい知らなかった」というのはどう考えても不自然じゃないか?
 好意的に解釈して、「DGを隠す目的でミッドガルが建造されたから都市開発部門でも真相をつかめなかった」のだとしても、ちょっと……こう、小骨が喉に引っかかる感じがして。
 なによりプレジデント神羅、スカーレット(兵器開発部門統括)やハイデッカー(治安維持部門統括)……FF7本編で死亡した3名に悪事の全てを背負い込ませてしまう様な展開だったことが、ちょっと都合解釈過ぎるのではないか? と思った事です。
 そうは言っても結局、なんだかんだ言ってリーブが悪者にはなってないのは作者である自分の贔屓目があったからでしょうか。

 リーブの「インスパイア」能力は、公式見解にすら表記揺れがあるので妄想のし甲斐があって楽しかったです。(詳細はスキル[インスパイア2-3]を参照)
 「鼓吹士」自体は造語です。おそらく直前までFF5をプレイしていた名残で、リーブに最適なジョブはと考えてインスパイア能力の解釈と合致する名称にしてみました。本来なら「話術士」(FFT)という印象ですが。

 ちなみに、鼓吹士6に登場する都市開発部門の内情(管理課と、主任の女性)は完全に捏造です。

 楽しんでいただけましたら幸いです。