鼓吹士、リーブ=トゥエスティ[

 切り離された脱出艇は予定通りの軌道を進み、無事ミッドガルに降り立った彼らを出迎えたのは、今は廃墟と化した旧神羅本社ビルだった。
 リーブと一部のWRO隊員はデータ収集などで何度か訪れていたものの、シドが地上からこのビルを見上げるのは実に久しぶりの事だった。パイロットとして神羅に在籍していた頃はおろか、旅の途上でも本社ビルに来る用など殆どなかったからだ。
 シドはまじまじとビルを見つめてから振り返り、脱出艇から機材を運び出しているリーブに向けて問いかけた。
「こりゃ皮肉か?」
 でき過ぎた演出だなと眉をしかめるシドに、手を止めて穏やかに笑うとこう答える。
「考えすぎですよ、シド。このミッドガルで神羅にゆかりのない場所を探すことの方が難しいでしょう」
「そりゃそうなんだが、よりによってここは……」
「各魔晄炉へのルートは本社を起点に設計されていますから、この場所を選ぶのは妥当な判断です」
 この地に降り立つのは、あくまでも当然の状況判断なのだと、理路整然と語られるリーブの話そのものには頷ける。
 しかし、まるで用意していたかの様な回答だとも同時に思う。
 もしかしたら、これを皮肉だと一番感じていたのはリーブ自身だったのかも知れない。だが、シドが何事かを口にしようとした瞬間、思わぬ言葉が耳に届く。
「シェルクさん!」
 彼女の姿を見出すやいなや、リーブは機材もそっちのけで駆けだした。呆気にとられたシドや、他の隊員が彼の後ろ姿を見送りながら。
「ありゃ、どこのオヤジだ?」
「……局長らしいですね」
 隊員の一人が、WROの腕章を見ながらぽつりと呟いた。
「とても心の優しい方なんです。それなのに、隙がない……だから私達は、ここまで来ることが出来たんだと思います」
「そうだなぁ」
 別の隊員がその言葉に頷く。彼らは神羅と、メテオがもたらした数奇な縁によってWROに集った者達だった。
 しみじみと語う隊員達を見ながら、シドは吐き出したくなったため息を飲み込むと空を見上げた。
 分厚い雲が広がる空に、シエラ号の姿を見出すことはできなかった。



「シェルクさん! よかった……無事でしたか」
「…………」
 いきさつを話そうとしたが、語ることが沢山ありすぎてどこから始めれば良いのかが分からず、シェルクは無言のまま駆けつけてきたリーブを見上げた。
 呼吸を整えるのもそこそこに、穏やかな語り口で次々と言葉が落ちてくる。
「お怪我は?」
「ありません」
「体調は大丈夫ですか?」
「問題ありません」
 素っ気ないシェルクの返答にも、いちいち安堵のため息を吐くリーブの姿は、まるで家出娘の帰郷を喜ぶどこかのオヤジである。
 しかし、残念ながらリーブ=トゥエスティはただのオヤジではない。
 一息吐いて、向けられた笑顔からはとんでもない言葉が紡がれる。
「それではシェルクさん、これから私達は魔晄炉の破壊に向かうのですが、同行をお願いできますか?」
「…………」
 シェルクは驚いて目を見開く。
 記憶は一部あいまいだったが、恐らくディープグラウンドでさえこれだけ人使いの荒い者を見たことはなかった。しかも彼の言葉はどれも"命令"ではない。拒むことも抗うことも、その気になれば不可能ではないはずなのに、そうする事ができないのはなぜだろう。あそこで繰り返されてきた服従訓練によって植え付けられた意識の影響、だけではない様な気がする。
 シェルクが口を開き何かを告げる前に、リーブはこう続けた。
「オメガ復活を阻止するために……我々に出来る事は少ないでしょうが、それでも、ヴィンセントの負担を減らせるのなら、その行動には大きな意味があります。協力していただけますね?」
 立ってるものは親でも、あるいは娘でも、そして物ですら使う。
 それが、元神羅カンパニー都市開発部門統括責任者であり、現WRO<世界再生機構>の局長、リーブ=トゥエスティという人物なのである。
「彼を……ヴィンセントをサポートすると、最初に申し出たのは私……ですからね」
 根負けしたようにシェルクは頷くと、彼らと共にミッドガルの大地に立つのだった。

***

 頭の中には、今でも詳細な設計図面が記憶として残されている。
 魔晄炉のどこを破壊すれば機能が停止するのか、もちろんそれを割り出すことは容易いことだった。リーブの指示に従い、爆薬は仲間達の手で魔晄炉にセットされていく。
 悩んでいる暇も、理由もない。
 それが今、自分の成すべき事だと確信したからこそ、過去の自分が立てた誓いにも背くことができるのだ。
 魔晄炉の破壊。それはかつて繁栄を極めた魔晄文明の否定であり、決別だった。同時に休眠状態にあったミッドガルに、自らの手で終止符を打つ事に他ならない。
 この都市は星の意志に導かれ、二度と目覚めることのない永遠の眠りにつく。

「……点火」

 数秒後、リーブの思い描いたとおりの光景が現実に展開された。
 崩れ落ちる魔晄炉を見つめながら声には出さずに礼を言うと、短く別れを告げた。

 空を見上げれば雲を突き抜けるほどの巨大なオメガが姿を現し、ミッドガルを見下ろしていた。そんな中、彼は自らの手で魔晄炉を破壊するに至った。
 オメガからすれば一瞬にも満たない、だがリーブにとっては半生を費やしたミッドガル。その中枢を担う魔晄炉は自分と、自分が信頼する仲間達の手によって破壊された。
 それでも尚、オメガは地上から飛び立とうとしている。
 オメガ復活を阻止する切り札とはいかないまでも、我々の力ではなにも出来なかったか――いや、そんなはずはない。
 その証拠に、地上にいる我々はまだ生きている。

 ――すべての命を集める究極の生命、「オメガ」。
    命を集めしオメガは、終わりを始まりへと導くため星の海へと飛び去る。
    オメガは命を宇宙へと還すための箱舟。
    そして、すべての命がなくなった星は……やがて静かに死を迎える。

 それはまだ、オメガが完全に復活していないという事に他ならない。オメガレポートの一片は、希望を示していると解釈し、リーブは空を見上げた。
 それから、まるで語りかけるように呟く。
「オメガが飛ぶ。……これでは」
 遙か頭上にいるヴィンセントに、その声が届く筈もないと知りながら。それでも見上げた空のどこかで、彼が頷いたような気がした。
 ライフストリームを纏い、生命の色に輝くオメガの巨体を追い抜かんとする勢いで上昇する一筋の光を見出したのは、それから後のことだった。

 地上に残されたリーブにとって、あとは見守り信じることしか出来なかった。
 ――神など存在しない――いつかと同じように、リーブは今でもそう思っている。だから祈ることはしなかった。
 それに祈るよりも、仲間を信じる思いの方がはるかに強かったのだ。



 思いと希望を託し、空に向かってその名を叫んだ。
 祈りではないその声と、思いは、きっと届く。
 そう、信じていた。



―鼓吹士、リーブ=トゥエスティ[<終>―


 
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