鼓吹士、リーブ=トゥエスティV |
遠い昔。もうとっくに忘れてしまったはずの、幼い頃の記憶。そんなものが、ふとした拍子によみがえる事がある。 私の手には今、ライフルが握られている。我々を乗せたトレーラーは敵が展開するカーム市街の中心へ向けて走行していた。扉を背にし、いま一度装備を確認する。 『目的地点到達まで、およそ2分30秒。総員、出撃に備えてください』 無線からもたらされる音声に、自然と身が引き締まる。護身用の拳銃ならまだしも、こんなライフルを手にしたのは神羅勤続時代に訓練と称して持たされて以来の事だった。 ――「モンスターに出会ったら、すぐに逃げましょう。そして大人に知らせましょう。」 それは幼い頃に読んだ本の記述だった。そんなものが、今になって思い出された。なぜ? よりにもよってこんな時に思い出さなくてもいいものだろうと、リーブは大きく頭を振った カーム市街中心部は、すぐそこに迫っていた。 *** 「もう少し柔軟性が欲しいな……」 腕立て伏せをしながら彼女は独り言をつぶやく。さすがに息を切らしてはいたものの、両腕はしっかりと彼女の身体を支えていた。ことさら左側の腕が気にかかるらしく、その後も念入りに関節の屈伸運動を何度も繰り返した。 しばらくすると、気になったのか額にうっすらにじんだ汗を右手でぬぐう。そして僅かに安堵した表情で。 「……発汗機能はまだ正常だな」 確認するようにつぶやいた。 WRO――世界再生機構の技術部門研究室。白衣を身にまとって何をしているのかと思えば、端から見れば筋トレそのものだった。確かに、彼女の過去をたどれば根っからの研究者という訳ではないのだが、それにしても、わざわざ研究室でやるような事ではない。 彼女の名前はシャルア=ルーイ。技術部門きっての天才科学者と名高い女性で、同時に歴戦の勇士だった。目の前に立ちはだかる敵こそ違えど、ある目的のために10年以上も戦い続けてきた経歴を持っている。 「……訓練施設や相応の設備を用意しているのですから、研究室でそんなに動き回らなくても良いと思うのですが」 そんな彼女にまるで愚痴でもこぼすようにして言いながら、男はこの研究室の扉をくぐった。彼の来訪をシャルアは予期していたとでも言うように立ち上がると、引き出しの中からキーを取り出し男に手渡しながらこう言った。 「性分なんでしょうね、きっと」 「……そうおっしゃるだろうとは思いましたが」 やれやれと言いたげな、けれど悪意のないにこやかな笑顔を向けるのはWRO局長その人だった。 「ところでお体の具合、いかがですか?」 「相変わらず。生きている、と言ったところです」 素っ気ない返答にもリーブは笑顔を絶やさないままだった。こういう物言いは彼女らしいと、そんな風に思う。彼女の人柄を表した、いっそ殺風景とも思える室内を一通り見渡したところで、彼の表情から笑みは消えた。 机の上に、補給用の弾と拳銃を見たからである。 「……どちらへ?」 「これから派遣される部隊のトレーラーに便乗させてもらおうと考えています」 「…………」 それを聞いて彼女がどこに向かうのかは分かった。彼女が外出する目的も、その理由も知っている、だからリーブはそれ以上追及することはなかった。正直に言ってしまえば、追及したくともできないというのが本音だろう。 渡されたキーを懐へしまう。 「あちらの情勢はカーム以上だと聞いています」 「ご心配には及びません。終えたらすぐに戻ります」 直接的な言葉を向けてもすぐ返されてしまうだろうし、かといって口に出さないまま、と言うわけにもいかない。その葛藤の中でようやく出たのが、この程度の言葉だった。 ため息をつきたい気分だった。そんな彼の姿を見て、シャルアは皮肉混じりに言ってみせた。 「……やっている事はお互い同じようなもの、そうではありませんか?」 中途半端に言葉を向ければ、こんな風に手厳しい指摘を受けるのは最初から予想できたはずだったのに。 「同じかも知れませんが、方法が違います」 しかも口をついて出たのは子供じみた言い訳だったのが、我ながら情けないと思う。 「それはそうでしょう。同じ方法で見つかるものではないですからね」 「…………」 互いが、互いのことを責めていると言うわけではないのだけれど。どうにもこういう雰囲気には慣れない。先に切り出したのはシャルアだった。 「局長の方はいかがなんですか? 該当のIDは……」 先程手渡したキーは、WRO本部のメインコンピュータが納められている部屋のものだった。あれだけの規模でなければ、彼の目的である"捜し物"はできないことをシャルアは知っている。復興活動の片手間に、彼が密かに取り組んでいた"捜し物"に手を貸そうと思ったのは、シャルア自身にも覚えがある感情のためだった。もちろん、それを悪いことだと思いはしないし、たとえ思ったところで自分には彼を責める資格はないだろう。 「検知システム自体が壊滅的な被害を受けていますからね。今となってはほとんどが使い物にはなりません」 「それでも、調査を?」 「性分なんでしょうかね」 そう言って、リーブは自嘲気味に笑った。 当時、管理されていた何万とある住人のIDから探し出そうとしているのは、たった1つ。しかもミッドガルそのものが破壊され、検知システム自体が機能していない現状で、そのIDにたどり着ける確率は限りなくゼロに近い。それでも、やらなければ可能性はゼロである。万に一つでも可能性があるのなら、やらないわけには行かない。 そのIDの所在が分かれば、彼女のいる場所を突き止めることができる。 あるいは「いた」場所が。 だからこそ、リーブは彼女を追及しようとはしないし、できないのである。手早く身支度を調えるシャルアの後ろ姿を見ながら、気休めにしかならないかとも思ったが言葉をかけた。 「カームで彼と合流した後、私たちもエッジへ向かいます。……彼ならきっと、あなたの力になってくれるかも知れません。ですから……くれぐれも」 最後にシャルアは拳銃をしまうと、珍しく微笑んで見せた。 「ご心配には及びません。局長こそお気を付けて」 短くそれだけ言って、シャルアは部屋を出た。 *** (私は今でも、大人にはなりきれていない。そういうことでしょうかね) 誰にも気づかれぬよう俯いて、やはり自嘲するように笑った。 『目的地点到達まで、55秒。現在、市街中心部にはディープグラウンドソルジャーが展開中』 無線からもたらされる情報には、どこにも楽観できる要素はなかった。 来るべき戦闘に向けて集中しなければならない、そのはずなのに。 ――「モンスターに出会ったら、すぐに逃げましょう。そして大人に知らせましょう。」 『目的地点:カーム教会広場前付近にドラゴンフライヤーGLの機影を確認。予定進路を変更、目的地点到達まで1分30秒』 その声を聞いて、トレーラー内の隊員に緊張が走る。想像している以上に事態は深刻だった。 沈黙。 そこには開戦前の、一種の高揚感が満ちていた。衝撃に備え、各々が壁際に身を寄せ衝撃に備える。予告通りの時間が過ぎると、めいっぱいブレーキを踏み込んでトレーラーは停車した。同時にそれが扉の開かれる合図でもあった。 一斉にトレーラーから飛び出し、銃弾の雨が降り注ぐ教会前広場へと飛び出した。その中で、広場に彼の姿を見いだしたリーブは叫んでいた。 「……ヴィンセント!」 その声に分かったと頷いて、彼もまた身を翻すと広場中心部へ向けて走り出した。 彼らの後ろ姿を見ながら、リーブは引き金を引いた。 ー鼓吹士、リーブ=トゥエスティV<終>ー
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