鼓吹士、リーブ=トゥエスティU
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奥で電話が鳴っている事は分かっていた。彼女はカウンターで洗い物の最中だった事もあり、受話器は取り上げられないまま電話はしばらく鳴り続けていた。 ティファは手を休めて様子を伺うように振り返ったが、呼び出し音が収まる様子は一向にない。よほど緊急の依頼なのだろうかと内心で思いながら、あきらめたように蛇口を閉めて簡単に手を拭くと、足早に階段を上った。 受話器を取り上げる前に深呼吸をする。いつもそうしていると言うわけではなかったが、何かいやな予感がしたのだ。これと言って思い当たる節はなかったのだけれど、こういう予感は得てして当たるのだと相場が決まっている。 しかし、鳴り続ける電話を無視することはできなかった。手を伸ばし受話器を取り上げる。 「……はい、ストライフ・デリバリー・サービスです。当社はなんでも……」 決まり文句ではあったが、ティファが全てを言い終えないうちに電話の向こうにいる相手の言葉が重なった。 「1件、ご依頼したい事があるのですが」 聞こえてきたのは、とても穏やかで落ち着いた口調の男性の声。一言一句ていねいに発音されていて、なんだか聞いていると安心するような不思議な心地がした。 受話器を通して声だけを聞けば紳士的だったけれど、それだけに引っかかる。 「……どちら様ですか?」 相手に姿が見えないことを良いことに、ティファは思いっきり怪訝な表情を作って見せた。自分が誰かも名乗らずに、話を遮ってまで一方的に依頼内容を話し出そうとするなんて、電話の向こうにいるのはなんて傲慢な人物なのだろう、と。 「『ボクの事、忘れてしもたんやろか〜?』」 すると急に、緊張感を吹き飛ばすような間延びした声が返ってきた。こんな妙な口調をする人物に心当たりは1人――いや、1匹?――しかいない。その愛くるしい姿が脳裏によぎった途端、ティファの表情は和らいだ。 「……覚えてますよ、部長さん」 少しあきれたように、だが電話の相手が知っている人物だと分かって内心で胸をなで下ろしていた。 「……リーブです、お久しぶりです。覚えていてくれたんですね、嬉しいです。お元気でしたか?」 「ええ。リーブさんもケット・シーもお元気そうで」 「『せやけど、あんま会う機会がなくて淋しいですわぁ〜』」 ほんの少しの間、ふたりは互いの近況について話をしていた。けれどそれは本当に短い時間だった。先に話を切り出したのはティファだった。なぜ、リーブが“ここ”に電話をかけて来たのか、やはり引っかかるのだ。 「ずいぶんお急ぎみたいですね?」 「先程はすみません。……では、さっそく本題に入らせていただきます。今回、私があなた方にご依頼したいのは、ある物をある場所まで届けて頂きたいのです」 「……“あなた方”って?」 『ストライフ・デリバリー・サービス』は、名前の示すとおりクラウドが始めた仕事である。彼が不在の時にこうしてティファが電話応対をすることはあっても、彼女が荷物を運ぶという訳ではない。手伝いたいとも思うが、この店の切り盛りで手一杯だったからだ。 もちろん、それは仲間達の誰もが知っている。当然、連絡を取り合うリーブもそのはずだった。しかし含みを持たせるような口ぶりに、ティファは首をかしげた。 「ええ、そうです。今回の依頼でお願いする物は、おそらく……クラウドさんお一人の力では難しいものと思いますので」 ますます言っている事が分からなくなって、ティファは単刀直入に尋ねた。 「どこに、何を運べば良いんですか?」 するとリーブはあっさりとこう答える。 「“平和”を、“ミッドガル”まで届けて頂きたいのです。 ……具体的な内容はまた後ほど。依頼、お受けして頂けると信じています」 その後リーブは自らの連絡先を告げた後、通話を終えた。受話器を置くと、ティファは大きく息をはき出した。どうやらティファの予感は当たりそうである。そういえば3年前の旅の時も、こんな風にして半ば一方的に依頼を受けていたような気がするな――そんな風に思うと、少しおかしくなった。 (相変わらずなのね) 隣の部屋まで行きティファは自分の携帯を取り出すと、慣れた手つきで幼馴染みのアドレスを呼び出した。4回目のコール音で彼とつながる。 「あ、クラウド?」 もちろん、この依頼を断る理由はなかった。 *** 彼の携帯が鳴ったのは、ちょうど同じ頃のことだった。 油田の採掘現場から戻って一息つこうとしたところに、ちょうどタイミング良く着信があったこともあり、別に気にせず通話ボタンを押した。 「……お久しぶりです、バレットさん」 「んっ?!」 バレットは一度耳から携帯を離すと、彼の手には小さく見える携帯のディスプレイをまじまじと見つめた。見覚えのある番号――ではない。いや、たとえ見覚えのある番号だったとしても、彼は番号を登録していなかったのだ。 しかし、電話の相手は自分のことを知っている。そもそも知らなければこの番号にかけてくる事もないのだが。 「だ、誰だ!?」 不信感を隠さず声に出したバレットに対し、電話の向こうの男もまた皮肉を口にするのだった。 「『かつての宿敵や、覚えとれへんのか?』」 「け、ケット・シー!? ……っつーことはお前、リーブか!」 反神羅組織アバランチのリーダと、神羅カンパニー都市開発部門統括責任者。かつて彼らは壱番魔晄炉爆破と7番街プレートの件を巡り、真っ向から対立していた時期もあった。旅路を共にする中で、反目し時には激論を交わしながらも互いを知り、最終的に大空洞では背中を預けて戦えるまでの信頼関係を築いた。当時のわだかまりは、シスター・レイがバリアと共に砕いくれたのだ。 旅が終われば各々が進むべき道を歩き始め、自然と会うことも少なくなった。とはいえ定期的な連絡を取り続けてはいたものの、何の前触れもなくリーブから唐突に連絡が来るなんて。バレットにとっては予期せぬ出来事に、嬉しさと戸惑いを覚えたのだった。 「ようやく思い出して頂けた様ですね。改めてお久しぶりですバレットさん、お元気そうでなによりです」 淡々と語るリーブに、バレットはくつろいだ体勢になりながら、こう切り出した。 「お前がかけてくるなんて珍しい事もあるもんだな。……どうせ、なんか魂胆でもあるんだろ?」 くだけた口調で言ってはいたが、わりと本心から出た言葉であることは間違いなかった。そしてリーブは「ご名答」と、こちらもやはりくだけた口調で返すのだった。 「実は、折り入ってお願いしたいことがありまして……」 その言葉を境に、リーブの口調は先程までとは明らかに違い、一気に真剣の度を増した。バレットは思わず姿勢を正し、リーブが発する次の言葉に意識を集中した。 「……魔晄炉を、破壊して欲しいのです」 いったい何を言われているのか、理解するのにしばらく時間が必要だった。バレットは姿勢を正したまま、瞬きすらしなかった。「もしもし?」とリーブの呼びかける声でようやく我に返ると、素っ頓狂な声で問う。 「お前……今さらオレになに言って……」 「……正直、皮肉な話だとは思いますが」 小さくため息を吐く音が聞こえたような気がする。バレットが次の言葉を探している間に、リーブは続けた。 「星のために……もう一度。あなたの力を貸して欲しいのです」 まるでアバランチとして活動していた頃の様に、壱番魔晄炉を破壊した当時の自分と同じ事を今になって口にしたリーブの言葉と、その声を聞いた自身の耳を疑った。 「星のために、もう一度いっしょに戦ってもらえませんか? ……具体的な内容はまた後ほど。お引き受けして頂けると信じています」 その後リーブは自らの連絡先を告げた後、通話を終えた。ランプの消えた携帯をぼんやりと見つめながら、バレットは大きく息をはき出した。 なぜ、今頃になって魔晄炉を? 魔晄炉はおろか、ミッドガルそのものが機能を停止してから数年が経つと言うのに。今さら? 疑問は頭の中をぐるぐると回るだけで、答えが出てくる気配はなかった。 それが癖なのか、バレットは無意識のうちに頭を掻いていた。しばらく考え込んだ末、意を決したように再び携帯の発信履歴を呼び出すと、通話ボタンを必要以上に力一杯押したのだった。 「おう、バレットだ!」 5回のコールでつながった相手に、これまた必要以上の大声で呼びかける。 もちろん、彼がこの申し出を断る理由はなかった。 彼らがミッドガルへと続く荒野に立ったのは、それから間もなくのことである。 鼓吹士、リーブ=トゥエスティU<終>
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