鼓吹士、リーブ=トゥエスティT |
フロアの床を埋め尽くしているのは、継ぎ接ぎを施してようやく繋がったおびただしい量の配線コードと、飛び散った窓ガラスや照明の破片、その上には誰の物とも分からない荷物や書類などが散乱していて、文字通り足の踏み場もなかった。幸いにも日はまだ高く、メインの電力供給を絶たれた室内でも作業に充分な光度が保たれていた。 いまや瓦礫に埋もれてしまったフロアを目の当たりにすれば、多くの者は愕然と立ち尽くすだろう。こんな状況で何ができるのだろう? と。 しかし、彼は違った。 迷うことなく倉庫へ向かい、傾いたドアをくぐって奥にあった自家発電用バッテリを持ち出すと、それらを手早く機器に接続しはじめた。ものの30分で必要最低限の動力を得て機能を確保すると、休む間もなく各部署との通信を試みた。 足元に散乱するフロアタイルの残骸やガラス片などに混じって、茶色い土が混じっていたことにも気が付いていた。その正体にも心当たりはあった。それでも手を止めず、ひたすら作業を続けた。彼が作業を始めてからもう何時間になるだろうか? 処理を終えた書類を投げ落とし、新たに出力された書類を渡す。鳴り止まない電話を横に置き、とにかく必死に作業をこなした。我々に残された時間はあまりにも少なかった、休んでいる暇などない。ミッドガルの構造を知り、あらゆる通信設備を駆使して、一刻も早く全住民にこの危機を知らせなければならない。 しかも混乱を招かないように、彼らをスラムまで誘導する。与えられた猶予は、たったの7日。 完全に成し遂げることなど、とうてい無理な事だとは分かっていた。だから目標値をあらかじめ設定しておいた。全住民の63パーセント――綿密な計算の果てに出された数値は、ようやく過半数を上回る程度でしかない。ミッドガルという都市を知り尽くしているからこそ、誰よりも間近で現実を直視しなければならなかった。 出された数値に落胆している暇も、悩んで立ち止まっている暇もない。次々に送られてくる情報が、彼の手を休める暇を与えなかった。 猫の手も借りたい状況とはまさにこのことで、幸いなことに彼には手を貸してくれる猫が存在してくれていた。ケット・シーという名前で、ここにいるのは3号機だった。 『人手が足らへん。……まずは都市開発の人たち、集めてみましょか?』 しかもこの猫、しゃべるのである。 それも満面の笑みで。 「無事だといいのですが」 『大丈夫やて。……アンタらの作った街やろ?』 「ははは……確かに、そうですね」 ケット・シーはいつも、笑顔をくれる。作り笑いさえもしなくなって久しい私に、いつも微笑んでくれる。 「……」 ――笑うことなど許されていない、そんな気がしている。なぜなら私は。 「自分で作った街……だったんですよ。……でも、私は。この手で」 脳裏によみがえるのは7番街の光景。プレート上の平穏と、プレート下の生命を同時に奪った悪夢。なによりそれを生み出したのは自分自身であった。 抗えなかった。抗えずに従うのなら、いっそ身も心も染まってしまえば良かったのに。中途半端に放り出されてしまった良心は、今でも傷口で膿んだままだった。 ――……"多少"? 多少って何やねんな!? アンタにとっては多少でも、死んでしもた人たちにとっては それが全てなんやて! あの日。 それはバレットに向けて放ったはずの言葉だったのに。 「彼の言うとおり、私に彼らを責める資格なんてない……それに」 現に今だって、37パーセントの人間を切り捨てようとしているのではないのか? 次の句を紡ごうとした私を遮ったのは、彼だった。 『泣きたいなら泣いたらええ。けどな、おっさん』 主人の事を「おっさん」呼ばわりするのはどうなのかと眉をひそめたが、いかにも彼らしいと思う。 『アンタがそんな顔したらアカンで。小さくて悪いけど、わいの胸貸すからそこで泣いとき』 ケット・シーの表情が変わることはない、人形なのだから当然だ。 それでも彼は、微笑んでくれる。 「……ありがとう」 ほんの少しだけ、目を閉じて――夢を見たような気がする。とても心地の良い、夢だった。 私の感情を吹き込んだロボット、それがケット・シー。 神羅に入社して以来、私が捨ててしまった感情を、殺さなければならなかった思いを、小さな猫のおもちゃに託した。 ――ありがとう。 小さく臆病な私に、彼は大きな勇気をくれる。そんなことを考えていたら、年甲斐もなく目が潤んでしまいましたよ。 母がいる、この街を。 救うまでは―― まだ、この場所を離れるわけにはいかなかった。 鼓吹士、リーブ=トゥエスティT<終>
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