杉並区長 山田 宏 様
住基ネットに不参加を!杉並の会
代表 石崎 暾子
8月1日、杉並区は「健全なIT社会の実現に向けて〜個人情報保護対策を万全にし住基ネットへの参加準備を始めます〜」との方針を発表しました。私たちは、7月15日に「住基ネット最高裁決定をうけた申し入れ書」を提出し、拙速に住基ネットに接続せず、区の対応を検討し、区民の意思の確認をして判断するよう求めました。しかし、8月1日の方針は、この要望をまったく受け止めていません。
住基ネットの問題について全国の自治体でいち早く問題提起をし、裁判で住基ネットの問題を指摘してきた杉並区が、どのように対応していくかは、住基ネットと自治体の今後に大きな影響を与えます。この方針では、いままでの区の取組と多額の区民の税金を投じた住基ネット訴訟の意義に疑問を感じます。
私たちは杉並区の求める「確固とした個人情報保護の法制度」が整備されるまでは、住基ネット不参加を継続すべきだと考えます。そして杉並区としての可能な措置も講じないまま、拙速に接続することには反対です。この立場から、以下の申し入れをします。
8月1日方針は、接続準備をはじめる理由として、「最高裁判所の上告棄却決定を踏まえて」とか「判決には従っていかなければならない」など、あたかも最高裁決定により、住基ネット接続の法的義務を負ったかのように書かれています。
しかしこの裁判は「段階的参加方式(横浜方式)」による住基ネット参加を求めて、杉並区が起こしたものであり、非接続状態を違法とする国都からの是正要求に対しての判決ではありません。最高裁決定により「段階的参加方式(横浜方式)」は実施できなくなりましたが、接続の法的義務を負うものではないことは、杉並区も区議会で答弁しています。
住基ネットヘの参加準備をはじめることは、司法により義務付けられたことではなく、あくまで杉並区自身の判断によるものです。
杉並区は「確固とした個人情報保護の法制度」がないことを理由に住基ネットに接続せず、個人情報保護関連5法が成立してもなお、「確固とした個人情報保護の法制度」とはいえないことを、裁判でも指摘してきました。にもかかわらず、なぜ接続準備をはじめるのか、区民に説明すべきです。
8月1日方針であげられている3点の「参加にあたっての対策」は、平成15年6月の「住基ネット対応方針」で杉並区として講じるとされた5点の措置に比べても、以下のように後退した内容になっており、「これまでの区の主張を踏まえた、法の範囲内でできうる、区としてとれる万全な個人情報保護対策」とはいえません。
そもそも平成15年6月の方針は、「横浜方式」を採用した上で、さらに住基ネットの稼動によるプライバシー侵害の危険性を少しでも抑制するために講じるとされたものであり、いずれも「法の範囲内」で実施できるものばかりです。
今回、全面的な参加をするのであれば、この5点を実施することは区のこれまでの主張をふまえるならば最低限の措置であり、さらに必要な措置を検討するのが当然です。しかし住基ネットヘの全面参加という重大な転換であるにもかかわらず、杉並区「住基ネット調査会議」への対策の諮問もしていません。接続の前に、対策を再検討すべきです。
平成15年6月方針では「自治体共同設置による住基ネット監視第三者機関」とされていたものが、今回は「監視」「第三者機関」が欠落しています。担当課長からは「既存のものを監視するという停滞した行動ではなくて、起こりつつあることに警鐘を鳴らす趣旨」で研究提言機構としているとの説明がされましたが、現状の住基ネットの運用の問題点を監視せずに、どのような警鐘が鳴らせるのでしょうか。
「第三者機関」と「研究提言機構」では、まったく趣旨も異なります。杉並区は裁判で、運用監視の第三者機関がない住基ネットを批判し、「(第三者機関が)存在しない現状では、自分の情報を守るための最終手段として、住基ネットからの離脱を選択する自由が保障されるべきことが、憲法上のプライバシー権保障の帰結である」とまで主張してきました。この重要な「第三者機関」に、8月1日の方針はまったく触れていません。
担当課長の説明によれば、この第三者機関の監視対象は区に限定されています。しかし平成15年の方針では、あわせて「アクセス・ログ公開にあたり区民の公開申請を支援」と、住基ネットそのものの運用監視の支援もありました。なぜ区内部の事務に監視対象を限定し、住基ネットそのものに対する区民の苦情・要望を受け付けないのでしょうか。
平成15年方針の「危険性が明白になった場合には直ちに切断」が、今回は「切断などを含め、取るべき対応策を明確に定めます」と後退しています。
すでに国も住基ネット「技術的基準」で、緊急時の体制整備や不正アクセス時の被害拡大防止措置を講じることを定めています。危険性について区と都・国の判断が異なった場合にも区自身の判断で措置することを明確にしなければ、今回の対策は当然おこなわなければならないことを述べただけです。
平成15年方針にあった「長野県の状況を調査するなど、全国的な運用状況の把握に努める」が、今回はありません。また「非通知申し出」の際の広報や区民への通知文には、「長野県実験の詳細を把握してあらためて接続するか否か検討する」と明記されていましたが、いまだに区民に未報告です。担当課長からは、区議会で報告している、と説明されていますが、区民一人一人に通知を送りながら、議会で報告すればいいというのでは、まったく説明責任を果たしていません。まず区民に明らかにすべきです。
杉並区は住基ネット稼働前に、「住基プライバシー条例」を制定し、いち早く「区民の基本的人権が侵害されると判断したときは、区民の個人情報の保護に関し、必要な措置を講じなければならない」と規定し、その措置の中には送信停止も含まれると説明してきました。その後、緊急時の送信停止・遮断・切断を明記した条例が、23区でも新宿・品川・中野・荒川・板橋・豊島で制定されており、先行して制定された杉並区の条例はすでに不十分です。緊急時対応策の構築のためにもこれらの明記が必要です。
また住基ネット稼働後の状況をみれば、自治体の関与できないところで利用事務は拡大し、住基カードの不正取得や偽造による悪用も続いています。住基ネットの運用に対する区民の疑問や不安を受け止めて区が調査・対応する仕組みなど、条例の整備が必要です。
しかし8月1日の方針は、「住基プライバシー条例」について触れていません。
杉並区個人情報保護条例は、本人同意によらない外部提供をするときは(註1)、「外部提供を受けるものに対し、外部提供に係る個人情報について、その利用の目的若しくは方法の制限その他必要な制限を付し、又はその漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずることを求めるものとする。」と定めています。
しかし8月1日の方針では、どのような措置を求めるのか、触れられていません。
杉並区の求めてきた「確固とした個人情報保護の法制度」について、8月1日方針ではわずかに「これからは法の改正を求めつつも」と触れているだけで、今後どのようにして法改正に向けた取組をしていくか、まったく明らかではありません。
8月1日方針では、非通知申出者について「申出のあった「非通知」に関する情報は、本人確認情報の送信が完了した後、すべて消去します」とだけ触れられています。
非通知申出者は、区の提起に応えて申出に出向きました。その非通知申出者に対して、この間、一度も経過の報告はなく、今回の参加準備の説明もされていません。担当課長は、「区民全体に住基ネット参加にあたって不安がないようにしていく取組のなかで理解を得ていく」ので、非通知申出者に対し特別の対応をすることは難しい、とされています。
非通知申出者にかぎらず多くの区民が住基ネットに不安をいだいており、すべての区民の理解を得ていく取組が必要であることはいうまでもありません。その上で、提起した区の責任として、非通知申出者に対し経過と参加の理由を説明すべきです。
住基ネットは国が当初説明していた住民サービスには役立っておらず、住基カードも「電子申請」も全国的に低い利用にとどまっています。そのため住基ネットヘの関心が薄れている状況はあります。しかし私たちが駅頭宣伝をすると必ず経過について問い合わせがあるように、いぜん区民は関心と不安をいだいています。
住基ネットの運用監視と健全なIT社会実現のために、そして非通知申出をした区民の理解を得ていくためにも、非通知申出で示された区民の不安に応え、考えを杉並区の施策に生かしていく姿勢と方策を示すべきです。
条例解釈の誤りです。
杉並区個人情報保護条例第15条第3項は、次のように規定しています。
実施機関は、第一項又は前項第三号の規定により外部提供をするときは、外部提供を受けるものに対し、外部提供に係る個人情報について、その利用の目的若しくは方法の制限その他必要な制限を付し、又はその漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずることを求めるものとする。
ここでいう第15条第1項は「本人の同意を得たとき」、第15条第2項第3号は「審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき」の外部提供を指します。
すなわち、第15条第3項の規定に該当するのは、「本人の同意を得たとき」(第15条第1項)と、本人同意によらない外部提供については「審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき」(第15条第2項第3号)に限定されています。
したがって、本人同意によらない外部提供であっても、「外部提供について法令に定めがあるとき」(第15条第2項第1号)は、第15条第3項の規定には該当しません。