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ローハンの王子は従弟に腕を強くつかまれて引き寄せられると、相手を不思議そうに見た。 なんだ?と思うまもなく、精悍な顔が近づいてきて唇が重ねられた。 驚いて身体を引こうとした王子の背中に、エオメルの逞しい腕が回されてきつく抱きしめられる。 「んう・・・」 いきなりの激しいキスに、セオドレドはうめいた。 エオメルの熱い舌が深く侵入して口内を探り、自分の舌を絡めとろうとするのを、王子は困惑しながらされるがままになっていた。 息が詰まりそうになった頃、ようやく口づけから解放される。 苦しげに喘ぐセオドレドを、騎士軍団長は無言で横抱きに抱えると厩舎の最奥に連れ込んだ。
「エ・・・エオメル!」 積み上げられた藁の上に突き飛ばされ、驚いて叫ぶセオドレドの上に馬乗りになると、エオメルは相手の服を剥ぎ取ろうとした。 「何をするんだ、気でも狂ったのか?」 相手の行動に困惑しながら王子は叫んだ。 「ええ。わたしはすっかり狂ってしまったんです」と従弟が低い声でつぶやく。 呆然としていたセオドレドは、上着を裂かれると本気で抵抗しはじめた。 「いきなりなんだ、わたしはきみの相手になどならんぞ!くだらない真似はやめるんだ」 怒りの声をあげる王子に、エオメルは「大人しくして下さい。でないと怪我をしますよ」と今までに聞いたことのない冷たい口調で答えた。 セオドレドが(おまえは誰だ・・・)と言いたげにエオメルを見つめる。 従弟が見知らぬ他人になってしまったような気がした。
エオメルがセオドレドの下着の中に強引に手を入れると、従兄は嫌がってもがいた。 「よせ!」 のしかかる身体を押しのけようとしながらセオドレドが怒鳴る。 「いい加減にしろ、このわたしを女代わりにでもするつもりか」 エオメルは王子の性器をぐっと握り、「貴方は女よりずっと良さそうだ・・・」とささやいた。 セオドレドの頬がエオメルの言葉に赤くなる。 だが従弟の顔を見ると、そんな言葉とは裏腹にその表情はひどく暗く、つらそうだった。 王子は訳がわからず混乱した。 「きみはどうしてしまったんだ?とにかく、身体をどけてくれエオメル。そして話をしよう」 「話なんかありません」 エオメルはそっけなく言い、セオドレドの下衣を下着ごと引き下ろそうとした。 その腕を押さえながら、「やめろと言ってるだろう、わたしの言葉に逆らうのか!」とセオドレドが厳しい声を出した。
エオメルは従兄の瞳を間近に見つめてつぶやいた。 「なぜわたしがあなたに命じられて素直に従うと思うんですか。−−そんな風にわたしを信じるのは間違いだということを教えてあげます」 「何だと・・・?」 従弟を振り仰いだ王子の頬に、エオメルはいきなり拳を食らわせた。 殴られた衝撃に、セオドレドが目を見開く。 相手が更に腕を振り上げるのを見て、王子はカッと怒りに燃え立った。 「ふざけるなッ!」 セオドレドは怒りの声をあげて自分も本気のパンチを繰り出した。
そのまま長身のロヒアリムふたりは、怒声をあげながら殴り合いをはじめた。 本来なら勝負は互角かもしれない。 だがこの時は、エオメルに上に乗られたセオドレドのほうが不利な体勢だった。 続けざまの顔面への攻撃を防ぐのに気をとられていた次の瞬間、みぞおちに強烈な一発を食らってローハンの王子は悶絶し、気を失った。
セオドレドが意識を失ってぐったりすると、物陰に潜んでいたグリマが現れた。 「まったく血の気の多い藁頭どもだ。いきなりあんな殴り合いをはじめるんだからな。例の没薬をセオドレドに飲ませれば簡単だと言っただろう」 「殿下にあんなもの、飲ませられるか」 そう言いながらエオメルが王子の衣服を脱がせる。 −−せめて、力づくで競り勝った上での行為ということにすれば、いくらかはましじゃないのか・・・とかれは考えていた。 所詮は言い訳だとわかっていたが。
セオドレドが乗馬用長靴だけの全裸姿にされると、グリマは身を乗り出した。 張りつめた筋肉に覆われた白い肌を、蛇の舌が舐めるように見つめる。 思わず触れようと手をのばすと、「さわるな」とエオメルに振り払われた。 「貴様がセオドレド殿下に指一本でも触れたら、その場で殺してやる」 エオメルの物騒な言葉に、グリマは不愉快そうに唇をゆがめて手を引っ込めた。 そして用意していた布と紐を懐から取り出すと、エオメルにつきつける。 「さっさとこれで縛り上げるんだ−−目を覚ましたときに逃げられんようにな」 眉間に皺を刻んだ騎士軍団長が、受け取った紐で王子を後ろ手に縛り上げ、布で目隠しする様子を見ながら、蛇の舌は「観客がいることを忘れるなよ」と尊大に言った。
セオドレドは手首に食い込む紐の痛みに意識を取り戻した。 「う・・・エオメル・・・?」 自分の名を呼ぶ、従兄の不安げな声にエオメルは胸に痛みを覚えた。 かれは従兄の身体を抱きしめながら首筋に口づけ、「殿下・・・」と答えた。 「エオメル?どうしたんだ」と言いながらセオドレドは首を左右に動かした。 「何も見えない・・・」 すぐに従兄は自分が縛られていることに気づいた。王子は当惑し、次に怒りを覚えた。 「なんのつもりだエオメル。こんな−−ふざけるにも程があるぞ」 「ふざけてなんかいません」 そう言いながらエオメルがセオドレドの性器に指を伸ばした。 柔らかく握りこみ、ゆっくり擦りあげはじめる。
「よ・・・よさないか、そんな」 王子は動揺してかすれた声を上げた。 エオメルはもがく従兄の身体を抱きながら無言で指を動かした。 かれの陽に焼けた手の関節が、性器を愛撫する動きに合わせて白く浮きあがる。 「もうやめろ・・・こんなことをして楽しいのか」 エオメルの手淫に反応して、セオドレドのものが頭をもたげる。 「・・・思っていたより、ずっと楽しいですよ。殿下だって、まんざらでもないようだ」 露をこぼしはじめたセオドレドのペニスの割れ目を指で撫で回すと、従兄はかれの腕の中で「あぁっ」とのけぞった。
性器を刺激しながら、もう片方の手でエオメルはセオドレドの全身に指を這わせた。 太腿、腹、胸を撫でさすり、白い皮膚の手触りを確かめる。 かれは従兄の肌に触れて、その感触と匂いの好ましさにうっとりとなった。 セオドレドの身体をきつく抱きしめて足をからませ、指でまさぐっていると、ぞくぞくするような感興が身の内に沸き起こってくる。 もうグリマのことなどどうでもよかった。 −−わたしはあなたが欲しいのです・・・。 心の声はそうかれに告げていた。
縛られたまま従弟に愛撫され、どうすることも出来ずに荒い息を吐いていたセオドレドは、エオメルの指が自分の後腔をさぐるのを感じて、体を震わせた。 「よせッ」 逃れようともがく王子の腰に腕を回して押さえ、中指を挿入する。 「いっ、嫌だ」 筋肉がぎゅっと締まって抵抗するのをぐいぐいと突き進み、グリマにさんざん教え込まれた内壁のポイントを刺激した。 「んぁあ・・・ッ」 セオドレドは喘ぎ声を上げて身体を強張らせ、エオメルに握られていたペニスも大きく張り詰める。 王子の反応に刺激を受けたエオメルは、今まで経験したことのないほど欲望が燃え上がるのを感じていた。 そしてかれ自身のものも勃ちあがって濡れてくる。
騎士軍団長は情熱のままにもう一度、従兄の唇を求めた。 頭を抱えて口を押しつけ、舌を差し入れる。 「・・・っ!」 だが、強く噛みつかれ、思わずセオドレドの顔を突き放してしまう。 少しだけ皮膚が破れた。二度目のキスは血の味がした・・・。 「痛いな」 低く呟いて唇をぬぐうかれに、セオドレドは怒りの声を浴びせた。 「下劣な卑怯者。おまえがこんな奴だとは知らなかった。わたしをいましめて、つまらんまねをしようとは・・・エオメル、おまえには失望した」 エオメルは口元に笑みを浮かべると、相手の肩を掴んで乱暴に揺さぶった。 「下劣な奴だと仰るのですか−−ええ、その通りですね!わたしは下劣な男です。ですから、これからもっと酷いことをしてさしあげますよ」
エオメルは胴着に縫いつけられた軍団長の紋章をひきちぎって投げ捨てた。そして引き剥ぐように衣服を脱いで、全裸になった。 「わたしがしたいことは決まっています。殿下もお分かりでしょう?なら、手っ取り早く済ませましょうか」 そう言うと仰向けに押さえつけたセオドレドの足首をひっつかみ、思い切り左右に開く。 「うわッ」 ローハンの世継ぎの何もかもが、午後の日差しの下に晒される。 王子は羞恥に身体をのたうたせて暴れ、よけいに煽情的な光景となった。 黙って二人の様子に見入っていたグリマが、身を乗り出してセオドレドの肢体を眺めた。 エオメルの頬も血がのぼって赤くなる。
熱い、灼けつくような思いに駆られてエオメルは従兄の身体にのしかかり、太腿の間に腰を入れた。 片足を肩に担ぎあげて受け入れる体勢をとらせ、そそり勃った物を押し当てる。 「やめろ!」 従弟の硬いペニスを後ろに感じてセオドレドは動揺し、身体を左右に動かして逃れようとした。 エオメルは許さず、嫌がる相手の閉じた肉をこじ開けながら身体を進めた。 先端をグッと埋没させると王子が「うあっ」と悲鳴をあげる。 「力を抜いてください、でないと辛いですよ」 そのままずぶずぶと犯していく。 「ぐッ、あぁッ、くぅッ・・・!」 セオドレドの抵抗を突き崩しながら、無理やり奥まで挿入する。 根元まで収めると皮膚が裂けて、血が流れた。
「ひッ、うあぁ・・・っ」 貫通された苦痛に、セオドレドが身体を反り返らせる。 肉に肉をねじ込む感触は生々しくも甘美なものだった。 「・・・エオメル・・・嫌だ・・・」 か細い声で王子が従弟に訴えた。だがかれはそれを無視して腰を打ちこみはじめた。 「い、痛い、エオメルッ!」 セオドレドが悲痛な声をあげる。 騎士軍団長は相手の足をしっかりかかえながら、さらに突きあげて苛んだ。 「うッ・・・ひぁッ」 幼い頃から敬愛を捧げてきた従兄が、自分に貫かれて喘いでいる・・・エオメルは目を固く閉じて、うねりつつ締めつけてくる肉壁の快感を味わった。
「エオメル、きみは−−わたしを憎んでいたのか・・・?」 揺さぶられて悲鳴を上げていたセオドレドが、ふいに涙声でかれに尋ねた。 「きみがわたしに・・・こんな真似をするなんて・・・」 声を震わせる従兄に、−−いいえ、わたしはあなたを愛しています。心から・・・と胸の中でかれは答えた。
ローハンの王子が自尊心を踏みにじられ、苦悶にのたうつさまが現実のものとなった。 蛇の舌は、悲鳴をあげるセオドレドの姿をこのうえない満足の思いで見物していた。 騎士軍団長は自分の言いつけ通りに、世継ぎの従兄を陵辱している。 プロンド、長身のロヒアリムふたりが全裸で絡みあうようすは実にゴージャスな眺めだった。 舌なめずりしながらその光景に見入っていたグリマは、たまらず下半身に手を伸ばして自分のものを撫でさすりはじめた。
「ああーーーっ・・・」 きれぎれに声をあげながら、セオドレドは従弟に揺すりあげられている。 全幅の信頼を置いていた相手による信じられない行為に、王子は屈辱のあまり思考力を失っていた。 従弟の太い性器がセオドレドの後腔が傷つくのもかまわずに、残酷にかれの内部をえぐる。 引き裂かれる痛みに、王子はよがり泣いた。
「・・・くッ、殿下ッ!」 押し殺したうめきとともに、従弟は大きく体を震わせて王子の中に射精した。 だが、埋め込まれた淫らな肉はまだ大きさを保って脈動している。 エオメルは肩に乗せていた足をおろすと、ペニスを従兄の中から一気にひき抜いた。 「ひぁああッ!」 セオドレドの身体が激痛に跳ね上がり、次にぐったりと崩れる。 内腿に鮮血と白濁が滴り落ちた。
弱々しく喘ぐ身体を乱暴にひっくり返すと、かれは王子を藁の上に這わせた。 後ろから尻を抱えられたセオドレドは「い・・・やだ、エオメル・・・もう許して・・・」とかすれ声で哀願したが、従弟はその声を無視してもう一度あてがった。 そして傷ついた部分に力ずくでねじ込んだ。 「うぁあああーーーッ!」 耐えがたい衝撃に、セオドレドの喉から獣のような絶叫がほとばしる。 従弟の律動は一度目よりもさらに激しく、容赦なく王子を攻め立てた。 セオドレドは狂ったように身体をそりかえらせて悲鳴をあげ続けた。
「ぐ・・・あ・・・あぁーーー・・・」 苦悶する従兄の身体を性器で刺し貫きながら、エオメルは歯を食いしばり、夢中で腰を打ちつけた。 これほど燃えて、駆りたてられたのは初めてのことだ。 従兄の後腔は、犯され続けて血と精液に濡れ、熱く溶けている。 騎士軍団長は快楽に自制心を失っていた。 内臓の奥にまでペニスを突きたてて抉りまわしながら、ああ殿下・・・わたしはあなたをさらって一緒に悦楽の闇の底に堕ちていきたいのです・・・とかれは喘ぎながらつぶやいていた。
犬のように這わされたセオドレドが、容赦なく肛門を犯されてむせび泣く姿に、ついにグリマは我慢が出来なくなった。 どうせ王子は目隠しをされている上に強姦の真っ最中だ、他の人間の気配になど気づくはずがない。 そう考えた蛇の舌は、すでに固く勃起したおのれの性器を握り締めながら、王子を突き上げるエオメルの背中にのしかかった。 そして騎士軍団長の尻の肉の間に、自分の物を強引に突きたてたのだった。
「うぁあッ!」 いきなり背後から挿入され、エオメルは大きく身体をのけぞらせた。 かれに繋がれたセオドレドも悲鳴をあげる。 ぐいぐいと侵入するグリマの動きに合わせてエオメルも腰を突き出し、前後からもたらされる刺激に陶然となった。 「ああッ、凄い、殿下・・・ッ、はぁああッ・・・」 感に堪えぬよがり声を上げながらエオメルはむさぼり、むさぼられる歓びに我を忘れて激しく身体を動かした。
後腔を破壊されそうなほどの蹂躙を受け、苦痛のあまりセオドレドの理性は崩れかけていた。王子はもはや従弟に揺さぶられるがままに、絶え間なく泣きつづけている。 エオメルも狂おしく従兄をおしあげて、絶叫しながらよがっていた。 「殿下−−セオドレドッ!いいッ・・・あぁ・・・気が狂いそうなくらい・・・!」 淫らに叫ぶ騎士軍団長の声と、かぼそくすすり泣く世継ぎの王子の声。 蛇の舌は抱きなれたエオメルの身体を刺し貫きながら、エオルの子たちを二人同時に陵辱する喜悦の行為に、めまいのような恍惚を味わっていた。
沈みかけた太陽が、厩舎の中をおぼろに照らす。 薄明かりの中で、エオメルは藁に埋もれて気を失っているセオドレドの裸体を、呆然としながら見つめていた。 白い足が、夥しく流れた血と精液に汚れている。 従兄の体に残された凄惨な強姦の痕は、すべて自分がもたらしたものだった。 グリマはすでに姿を消していた。 望みが叶った蛇の舌は、エオメルの中で果てた後、嬉々としながら黄金館に戻っていった。 エオメルの胸の内で、後悔の思いと甘美な陶酔の記憶がせめぎあう。 かれはそっと従兄の髪に手を伸ばすと、その柔らかな金髪を撫でた。 もう、こんなふうに王子に触れることは出来なくなるのだろうと思いながら。
飼葉桶に汲んできた水に浸した布で、エオメルがセオドレドの身体を拭き清めていると、冷たい布の感触に刺激されたのか、王子がうめきながら目を覚ました。 すでに目隠しと腕の縛めは解かれている。 「うっ、つう!」 身体を起こそうとしたセオドレドは、身体を貫く疼痛に秀麗な貌をゆがめた。 「なんだ、これは・・・」と言いかけて、足元にひざまずくエオメルに気づく。 すぐに王子は従弟から与えられた、信じられない仕打ちを思い出した。
「−−・・・エオメル・・・!」 鋭い声で自分の名を呼ぶ従兄の顔を、エオメルはまともに見ることが出来なかった。 目を閉じてうつむいた相手を、セオドレドはじっと見つめた。 従弟から受けた暴力は、脳裏に甦らせるのも厭わしく、王子はエオメルを責める気も起こらなかった。 そして記憶をふりはらうかのように首を振り、痛みに耐えながら上半身を起こした。 「まだ−−お身体を拭き終わっていないのですが・・・」 おずおずと布を示す従弟に、「いい、何もするな」と王子は言った。 そのまま、二人は黙り込んだまま藁の上に座っていた。 完全に日が沈んで、厩舎の中が暗闇に閉ざされる。
「疲れたな・・・」 しばらくたってから、セオドレドがぽつりと言った。 エオメルは何も言えず、口をつぐんでいる。 「・・・もう夕食の時間だ。エオウィンが心配してるだろう−−エオメル、わたしの服を寄こしてくれないか」 騎士軍団長はすぐに散らばっていた従兄の衣服を拾い集めて手渡すと、自分も身支度を整えた。 王子が苦痛に顔をしかめながら着衣を済ませて立ちあがる。 「帰るぞ」 そう告げて、辛そうな足取りで歩き出した従兄の背中に、エオメルは痛切な声を投げかけた。 「殿下!わたしを殺してください・・・!」 セオドレドが立ち止まって振りかえる。 「やめろ、くだらない」とだけ王子は言った。 暗い厩舎の中でかれを見つめたセオドレドの瞳に、今まで見たことがない侮蔑の感情が宿っているのを、エオメルは確かに感じた。
  
翌朝、セオドレドは新たに編成したエオレドとともに出発する準備に追われていた。 王子が統率する第二軍団はヘルム峡谷に本陣を置いて、アイゼン川周辺の警備にあたっている。 次にエドラスに帰還するのは、また数ヶ月後のことになるだろう。 セオドレドは出立の前に、セオデンの病室を見舞った。 しわぶかい手を握りながら、王子は父王のやつれように心を痛めた。 セオデンは例によって「グリマは頼りになる奴だ」と繰り返していたが、王子は国王の枕元に控える黒衣の侍医には一顧だに与えなかった。 グリマのほうは特に腹を立てる様子もなく、セオドレドに無視されても平気そうにしていた。 だが王子を眺める蛇の舌の瞳には、妙に不穏かつ愉快そうな光が点っていたのだった。
セオドレドが父王の病室を辞去すると、廊下にエオメルが佇んでいた。 王子は従弟の顔を見ずにその横をすり抜けて、歩き去ろうとした。 「・・・殿下、お願いです」 追いすがるエオメルに、セオドレドは「わたしは忙しいんだ」と苛立たしげに言った。 「何がお願いなんだ、おまえの言うことなどわからん」 「殿下・・・殿下のお怒りは承知しております。わたしは死を覚悟しているのです。ですから、どうか・・・ご出立の前に、わたしのつまらぬ命を殿下の剣で切り捨てていただきたい・・・!」 憑かれたように自らの死を願いでる従弟の姿に、セオドレドは眉をひそめた。 そして「死にたければ勝手に死ねばいいだろう。わたしを煩わせるな」と冷たく言った。
エオメルは、大きな瞳を見開いてセオドレドの顔を見た。 「・・・死んでもいいとおっしゃいましたね。殿下、わかりました。仰せの通りにいたします」 奇妙に晴れ晴れとした、どこか得心がいったという様子でそう告げる従弟の口調に、王子はうろたえて相手を凝視した。 (まるで・・・本気で死ぬつもりでいるようなことを言う・・・) 昨日からのエオメルのようすの尋常でなさに、わたしの従弟はどうしてしまったのか−−とあやしい疑惑でセオドレドの胸はいっぱいになった。 「よさないか、エオメル。わたしはきみの死など望まない。つまらぬことを言うのはやめて、マークの軍団長の務めを果たせ」 そう言われたとたん、エオメルの表情が絶望に枯れ萎れた。
「エオメル、どうしたというんだ。今のきみは、まるでわたしの知らない誰かのようだ・・・一体、何がきみをそんなに苦しめているんだ?」 王子の問いかけに、従弟は答えを返そうとしなかった。 打ちのめされたようすで立ちつくしているエオメルに、王子が手を差し出した。 そして「わたしと一緒に来るか?」と尋ねた。 「一緒に・・・?」 言われた意味がよく分からない、とでもいうようにかれは問い返した。 「東マークの指揮は誰かに任せて、しばらくわたしとともにアイゼン川の警備に出かけるか?それが嫌ならヘルム峡谷の守護を担当してくれてもいい」 エオメルは差し出された手をじっと見つめた。 そして、「いいえ、殿下。わたしは行けません」とつぶやいた。
「きみは少し、気分を変えたほうがいいんじゃないのか」 「申し訳ありません。わたしは陛下のおそばにいたいのです」 従弟がかれの提案をうべなうようすがないので、セオドレドはあきらめた。 「そうか、それなら仕方ないが−−エオメル、死ぬなどというつまらん事は、二度と口にするな」 その言葉に騎士軍団長がうなづいたので、セオドレドは少し安心した。 それにしても、まだ若いこの従弟をこのまま黄金館に残していてはいけないような気がするのは、何故なのだろう・・・と王子は心の中にうちよせる不安に、白い顔を翳らせた。
リダーマークの誇る見事な駿馬にまたがった騎士たちの隊列が、次第にエドラスを遠ざかっていく。その光景をエオメルは黄金館のバルコニーから見送っていた。 すると、ふいにかれの背中に黒い影が覆いかぶさった。 「めったに見れん、素晴らしい見ものだったな。セオドレドの泣きっ面を見たか?あの泣き喚きようときたら・・・普段のとりすました顔からは想像も出来んような声を出すものだな」 くすくす笑う蛇の舌が、エオメルの身体を後ろから抱きしめてささやいた。
「堪能させてもらったよ。おまえのおかげだ、エオメル。目障りなセオドレドもいなくなったし、今日からはまた二人で楽しむことにしようか・・・」 毒を滴らすようなつぶやきが、エオメルの耳朶に流れ込む。 −−そう、わたしは殿下と一緒には行けない・・・とかれは思った。 蛇の毒に全身を侵され、巣穴の奥でいましめられている自分には、エドラスを去る自由などないのだ。
小さくなっていくセオドレドの隊列を視界の隅で捕らえながら−−グリマに腕を掴まれたエオメルは、うす暗い黄金館の中にひきずられて行った。
20041020up
(;;゚Д゚)<まだ続くんですかーッ?!
兄貴
はい・・・しかもさらに不幸に・・・。
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