【廃墟マニヤ File068】
H松山遊園地(埼玉県)
(その1)
この「東M山遊園地」のあった場所は、自転車少年だった小学生の頃からウロウロしていた庭のような地域なのですが(その後、バイク青年を経てクルマ中年となった現在でも、ときどきウロウロしていますが)、「萬(よろず)」という雑誌(書籍?)を見るまで、まったくその存在を知りませんでした。
「萬」の解説によると、1970年頃、この地域一帯の顔役である某氏が、関東随一のレジャーランドとすべく建設したのが、この「H松山遊園地」だそうです。
計画では、観覧車など様々な遊戯施設を入れる予定だったらしいのですが、開園に間に合わず、とりあえずゴーカートコースのみでスタート。斜面を利用した高低差のあるコースが人気を呼び、多数の客が押しかけました。
ところがこの遊園地、家族経営でやっていたため次第に客の多さに耐えきれなくなってきたのに加え、遊戯施設を発注していた業者がなんと夜逃げ。そんなこんなで、開園してからわずか数年であえなく閉園となってしまったという話です。
満足度:★
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