16 風 (KAZE)
フォークのことあれこれ
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目次
●友人の愛唱歌
●振られ男のつぶやき
●僕の愛唱歌
●ぎこちない唄いぶり
●ささやかなこの人生
(1)友人の愛唱歌
なんとなく、ただなんとなくファン意識をもって接してきた「風」(KAZE)というグループが今年(★1979年=補足)解散した。驚くよりも《やっぱり・・・》と思った。歌詞もメロデイも相反する2人の男が4年間も組んできたことが不思議だった。でも、解散(彼らは活動停止と表現している)となるとやはり淋しい。
同世代の男のつぶやきをキザに代弁してくれたグループゆえになおさらそんな気がする。同時期に同じようにファン意識を持ってきた僕と友人であってさえ異なる側面に共感していたのだから、同世代の共感などと安易な表現をするのを僕はためらう。それゆえ、これから僕と友人が風のどの歌詞にひかれたかを記録するにとどめたい。
友人が好んだ歌は《四畳半物語》や《一人暮らし》をテーマにしたものだった。これは風がヒットさせた唄に共通するものであったが僕はあまり気に入らなかった。彼の気に入りのフレーズは次のようなものだった。
おまえのやさしい笑顔がそこにあれば
それでいいのさ ♪
(『おまえだけが』)
時の流れに身をまかすのもいいさ ♪
(『男は明日はくためだけの靴を磨く』)
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●振られ男のつぶやき
この2つに共通するものは、振られてばかりいる男のつぶやきではなかろうか。前者はノロケであり、後者はツッパリなのである。矛盾するように映るものの僕らがそのときどきに揺れる対極である。友人は興に乗ると、そこに誰がいようと、『おまえだけが』をよく口ずさんだものである。男どうしであっても気恥ずかしく感ずるこのフレーズを口ずさまれるたび、《いったい、こいつはどういう精神構造をしているんだ》と僕は感じたものだ。女の子に相手にされないのは互いに共通しているものの、それを酒の肴にしてしまう図太い神経に驚かされたものだった。
『男は明日はくためだけの靴を磨く』という唄は、風を知ってからある程度たってから気に入ったものである。僕らはサードアルバム「ウインドレスブルー」が気に入ってからファンになったのだ。友人はこのアルバムの中の『アフターヌーン通り25』を、僕は『ほおづえをつく女』を気に入ってファンになってしまった。『男は明日はくためだけの靴を磨く』はそれ以後に互いに気に入ったものである。友人は、この唄こそ僕の暮らしそのものだと言ってあてつけがましく口ずさんだものだ。一人暮らしをしたことのない彼は羨ましい世界と感じたようである。下宿に住み、同棲生活を夢見ていたフシのあるロマンチストゆえに口ずさんだのかもしれない。
そんな友人が気に入っていた唄を並べると『北国列車』、『あの唄はもう唄わないのですか』、『君と歩いた青春』、『雨の物語』などである。かれはアコーステックなものにひかれていたから、風が次第にエレクトリックなサウンドに移行していくのに反発した。そして、イルカ(★女性歌手=補足)の唄にひかれていったのも僕にはおかしかったものである。友人は伊勢正三の詩にひかれていて、もう一人のメンバー大久保一久をこきおろした。
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(2)僕の愛唱歌
友人のことばかり並べ、こきおろすのも気が引けるので僕が好きだった唄を並べれば、『はずれくじ』、『時の流れ』、『まぶしすぎる街』、『3号線を左に折れ』、『海風』、『ささやかなこの人生』、『月が射す夜』、『ByeBye』(以上は伊勢正三の作品)、『なんとなく』、『ふるさとの町は今も』、『あなたへ』、『夜の国道』、『デッキに佇む女』、『おそかれはやかれ』、『トパーズ色の街』(以上は大久保一久の作品)である。
風というグループは、「ファーストアルバム」(1975年6月)、「時は流れて」(1976年1月)、「windless blue」(1976年11月)、「海風」(1977年11月)、「Moony Night」の5枚のLP(その他に集約版「古暦」)に大きな変化を示していた。サウンドがアコーステックなものからエレクトリックに移っていったし、伊勢正三中心から二人が互いの世界を作っていったこともあげうる。だが、彼らに一貫していたのはディオでなかったことだ。
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●ぎこちない唄いぶり
僕は伊勢正三にひかれつつ、大久保一久のぎこちない唄いぶりの中に彼の成長を感じたものである。彼の『あなたへ』という唄は、僕が特に気に入っていた唄である(★ヒットもしなかったし気恥ずかしいので省略します=補足)。相棒が口ずさんだ『おまえだけが』と同じ内容である。
愛の終りはいつでも燃え尽きたマッチの軸さ
一度つけば激しく燃えあたたかくつつみこみ
そして燃え尽きてしまえばはかなく消える ♪
(『夜の国道』)
もうすぐつめたい風 ここを吹くだろう
秋だと云うのに街は
いまだ夏のかおりを残しているから ♪
(『トパーズ色の街』)
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●ささやかなこの人生
伊勢正三の唄では、イルカがこの頃唄っている、ファーストアルバムにある『海岸通』を世間体を気にしながら口ずさんだ。この唄は湿っぽくて気恥ずかしいものの、「別れのテープは切れるものだとなぜ」というフレーズに妙なリアリティを感じてしまうのだ。そして、LPに含まれていなかった唄だが、詩のすべてに共感しているのは『ささやかなこの人生』である。この唄は風の世界を象徴するものだと僕は思う。次のフレーズにとりわけ共感してしまう。
やさしかった恋人たちよ
ささやかなこの人生を
喜びとか悲しみとかの
言葉で決めて欲しくはない ♪
僕が風というグループにひかれたのは、愛だ恋だという文字を使わず、さりげなくその情景や心理を描写する格調の高さにあった。それは屈折したダンディズムなのかもしれないが、僕はむき出しの感情表現を好まないからそうなるのかもしれない。風について書けばきりがないのでここらでやめる。
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