19 イルカ
フォークのことあれこれ
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僕の友人にイルカのファンが2人いる。1人は5年来の悪友、もう1人は学生時代のゼミ仲間である。この2人に共通するのは、メルヘンとまったく無縁な容貌や言葉遣いがあることだ。そして、2人とも旅好きというのも似ている。男の僕でも《キツイことを口にするもんだ》と驚かされることの多い彼らがイルカの唄を口ずさむのも不可解である。
●ヒット曲
彼らが口ずさむのは、『あいつ』、『雨の物語』、『なごり雪』、『あの頃の僕は』などだ。すべて伊勢正三の作詞・作曲である。女の子に相手にされない彼らが失恋の唄を口ずさむのも不気味だ。彼らを眺めるたびに僕は笑いをこらえている。《辛らつな言葉を口にせず、もっと自分たちのやさしさを押し出せばいいのに》と思う。でも、それは無理な注文である。彼らは人一倍《男》を自覚しているからだ。
イルカのヒット曲はほとんどが伊勢正三の作品だ。『雨の物語』と『なごり雪』は伊勢正三も唄っているが、どちらかというとイルカのほうが心地よく響く。それはやはりイルカの唄い方によるはずである。イルカにはどことなくホノカな温もりがただようからかもしれない。僕の友人もそこにひかれているのだろう。僕は決して思わないものの、彼らは繊細な心情を内に秘めたフェミニストか、ロマンチストなのかもしれない。
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●しあわせ
僕がイルカの唄で気に入っているのは、アルバム「植物誌」にある『しあわせ』というヒットしなかったものだ。
しあわせが何なのか僕には分からない。しかし、薄ぼんやりとそれを意識することがある。しあわせでないと僕が感じるときだから始末が悪い。悔やみ始めるときにしばしば起こる。悩んだり苦しんだことすら、しあわせだったように映るのだから、ますますしあわせが何なのか分からなくなってしまう。『しあわせ』という唄にもそんなフレーズがあって僕は気に入っている。
悲しくて悲しくて泣くのはつらいけど
そんな時は幸せなのかもしれない
これから 幸せの波が打ちよせる
それを待てば よいのだから ♪
しかし、僕はそういうことよりも悪友というものの存在、あるいは自分以外にも似たものがいるという安心感をこの唄から感ずる。それは次のフレーズだ。
とっても楽しそうな 笑い声は悲しいね
なんだか 孤独にさせるよね
もし毎日が 楽しいだけの日々ならば
友だちなんて出来ないかもしれない ♪
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●ともだち
楽しいだけの日々をともに過ごしたというだけで誰もが安易に友だちとみなしてしまうものの、それは自分の過去を美化するための色づけとして登場させたがるからではなかろうか。忘れていてもふと思い出したり、悩んでいるのを見ると手助けしたくなるーーそんな心情を互いに持ちつつも、互いの持論のぶっつけあいに夢中になって相手をこきおろせる仲間は少ししかいないはずである。
しあわせなんて何なのか僕には分からない。きっと時の流れが不満や怨念を濾(こ)したあとの残りかすにすぎぬはずである。つまるところ結果から判断するものだろう。キレイゴトばかりで僕とはかかわりのないものだろう。『しあわせ』にはそんな僕のいらだちを静めるフレーズがある。
何もわからないから ぼくは生きる
たくさん苦しみをうけとめて ♪
分からないことだって多いし、何もそれが恥ずかしいことでもないはずである。分かったふりをせず、分かるよう努めて生きていくことも必要ではなかろうか。
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