Part 2 of the Sacred Mother's Ring - the 11 Years’ Sprint

三年目(3)





 最初の公演地はオハイオ州コロンバス。前日の夜に現地入りした僕らは、市内のスタジオを借りて、軽くリハーサルを済ませたあと、会場に向かった。ヘッドライナーのメンバーたちも友好的な態度で僕たちを迎えてくれ、一時間十分という公演時間をもらった。会場は一万数千人級のアリーナ。観客は六、七分の入りだ。チケットは八割方売れているというから、あとの人たちは僕らの出番が終わってから来るのだろう。一時期ほどではないにせよ、今も全体的にロックの市場は決して活発ではないから、かなり上々の部類だろう。
 僕たちは、ファーストアルバムはかなり成功したものの、セカンドはその半分、新しいアルバムはまだ五日前に発売になったばかりで、聞いた誰もが激讃してくれる出来ではあっても、今のところ市場としては、まだ海のものとも山のものともわからない。自分たちでツアーを打つより、最初はビッグネームのサポートでいった方が、より広い露出が見込めるだろうというマネージメントの判断で、ヘッドライナー側からのサポート起用申し出を受けたのだった。
 ヘッドライナーのアーティストは僕らより十年ほど先輩で、二〇〇〇年代半ばから後半に人気を博した。CDセールスのピークは五、六年前に越していたが、今もカリスマ的な人気と、根強い観客動員を誇っている。でも、生意気を承知で言うなら、僕の好みとしてはストレートすぎて、あまり芸のない音楽だと思っていたので、昔からほとんど聴いたことがなかった。僕らのサウンドやカラーには、あまりマッチしていないカップリングだとも思う。彼らのファンは、彼らの全盛期だったころに入った人が多いらしいので、二十代後半が圧倒的だ。男女比で言えば、男性が多いという。
 僕らは二年前にデビューした、彼らの範疇でいえばまだ新人――アルバムこそ、もう三枚出ているが。しかもファン層は女性優勢、この頃で八割くらいか。それも、ほぼ十代だ。下手をすれば、アイドルバンドに見られている節もある。セカンドアルバム、特に最初のシングルの軽さも、その誤解に拍車をかけたかもしれない。実際、ミックが相手の公式掲示板にアクセスしてみたところ、向こうのファンたちの反応は、あまり僕らに対して好意的ではなかったと言う。『君たちは見ないほうが良いよ』と、彼は肩をすくめていたほどだ。
 実際、本番直前にステージの袖からちらりと覗いた感じでは、明らかに僕たちを見に来ただろう十代の女の子たちは、全体からすれば四分の一より少し多いくらい。あとは、もう少し年配の、ヘッドライナーのファンたちだろう。男の人はもちろん、女の人たちも、冷めた目でステージを見ている。最初から、ブーイングしてやろうという感じがありありだ。実際、彼らのファンは傾向の違うオープニングアクトに対しては冷たく、どんなに良いバンドでも最初から聞く耳を持たず、今まで何度もブーイングで追い払っているという評判を最近になって聞いたので、ちょっとやりづらい雰囲気だな、という不安も感じた。でも元々ファンでない人たち、それも最初からこちらにほとんど好意を持っていない人たちをどれだけ惹きつけられるか、やってみてやろうじゃないか。僕らはもう、去年までの僕らではないのだから。ブーイングするなら、してみればいい。

 暗転、そして僕らはステージに飛び出した。キャーっという女の子たちの歓声は、過半数を占める黙ったままのヘッドライナーの観客たちの中では、いやにか細く響く。僕は腕を上げ、最初のコードを弾き出した。と、同時に入ってくるドラムのビート、ベースのグルーヴ、そしてキーボードの響きが重なる。アリーナに音楽が満ちた。五日前に発売したばかりの新アルバムからのチューンで幕を開けるのは、ちょっと冒険だが、どうせここの観客たちの半分以上は(僕ら側のファン以外)僕らのアルバムなど、そもそも聴いてはいないだろう。
 変拍子や分数コードも取り入れた、一分近い長めのイントロ。空気が徐々に変わっていく。それを感じ始めるまもなく、エアリィがスクリーミング一発、そして歌いはじめる。こうなると、流れは誰にも止められない。僕の頭からよけいなことはすべて消え去り、観客たちもその急流に巻き込まれてしまったように、一気に会場の空気が変化した。観客は衝撃に揺さぶられたようにその場に立ちすくみ、最初はただ呆然と見ている。彼らはもはや、ステージの一点しか見ていないようだ。元々のファンだろう十代の女性客だけでなく、明らかにさめて構えていた二十代男性女性たちさえ、最初の一声で吸い込まれてしまったのだろう。アーディス・レインというコンサートマスター──目覚めたモンスターの力に。
『それは、完全なコミュニケーションだ。聞く者すべてに作用し、感化させることの出来る力。すべての人に感銘を与え、情景と感情を伝えられる力。たとえ言葉が通じなくとも、メッセージははっきりと伝わり、相手を揺り動かせる。たとえ相手が心を閉ざしていても、こじ開けることが出来る』インドのキャンプ地でフレイザーさんが言っていたこと――エアリィの中にその未踏の領域へ行ける可能性を認め、下手をすれば人格崩壊するリスクの中で、半ば強引にその道を開かせた人が言っていたことを、僕はこの場で改めて痛感した。レコーディングの時にもそれは感じたが、今、数千人規模の観客を前にした時、その作用は恐ろしく膨大になり、増幅されるということをも。彼は十六歳で、一見女の子のように見える。ここのメイン観客層である二十代男性たちにとってはマイナス要素になりそうなその要因でさえ、まったく問題にはならないようだ。男だとわかってはいても、今この瞬間、彼はディーヴァ(歌姫)に見えるかもしれない。
 そう思った時、僕の脳裏にヴィジョンが浮かんできた。淡い金髪を頭のてっぺんで束ね、大きなリボンをつけた、ほっそりした美しい少女が、ふわりとした水色のドレスを着て歌っている――えっ、ちょっと待て! 一瞬集中力が乱れた僕は、あわやミストーンをするところだった。なんだ、今のは? だがそれは、一瞬の混乱だった。曲は間奏になり、僕は頭を振って、演奏を続けた。やがて終盤のクライマックスへと向かって行く。僕は再び我を忘れた。
 一曲目の終了後、たっぷり五秒ほど、観客たちは完全沈黙した。水を打ったような静寂のあと、それはかつて聞いたこともないような激しい大歓声に変わった。一曲目が始まる前に物販やビールを買いに行ったり、トイレに行ったりしていた人たちも、慌てた様子で続々と戻ってくる。彼らはもはやその場を動かず、ショウが進むにつれて、人はどんどん増えていく。
 一時間十分が過ぎ、僕らがステージを降りる時には、激しいコールがいつまでも鳴り響いていた。男性の入り混じった声でバンド名を連呼されるのも初めてなら、客電がついてもなお鳴り止まない、むしろいっそう激しさを増してアンコールを求めつづけられるのも、さすがに初体験だった。
「やったね!」
 僕らは笑って言い交わし、お互いに手をぽんと打ち合わせた。シャワーを浴びて着替えると、そのまま会場を後にした。メインアクトの演奏を聞くより、早くホテルの部屋に戻ってくつろぎたかったし、誰かの部屋に集まって、心おきなく話もしたかった。

 翌日はアクロン、一日移動日を置いてピッツバーク、クリーブランド、また移動日をはさんでインディアナポリス、シンシナチ。一日おいてセントルイス、さらに移動日が入ってメンフィス、ナッシュビル、また一日おいてアトランタ。メインのバンドにスケジュールをあわせているので、日程にはわりと余裕がある。いつものサポートペースだ。本来なら、熱心なサポートバンドはその合間を縫って地元のクラブに出たりするのだが、残念ながら僕らは未だに、それは出来ない。ただでさえアメリカは飲酒可能年齢が高く、十九歳の僕とロビンですらまだだめなのだから、十七にもならないエアリィは完全に論外だ。「もう自動車免許もとれる年なんだから、クラブぐらいいいと思うけどなあ。お酒は飲まないけどさ。ヨーロッパなら、かなり行けるのに」と、彼も納得いかなげだが、こればかりはしかたがない。それにツアー自体は誇張でもなんでもなしに、爆発的反響を巻き起こして進行していた。この頃には僕らが舞台に出る頃には観客席はすでに満員に近く、インディアナポリスあたりからソールドアウトが続いていた。観客層も僕ら側の客が、だんだん増えていっているようだった。
 だが、僕らは肝心なことを忘れていた。メインアクトは僕らではないという、当たり前の事実を。僕らはサポートで、メインのバンドは他にいる。デビューしてからずっとそうだったので、あまりに当たり前のこととして、逆に考えもしなかった。メインアクトがどんな状況にあるかを。僕らはいつも自分たちの出番が終わると、ホテルへ帰ってしまう。その方が、終わりの混雑に巻き込まれずに帰れるし、ヘッドライナーの音楽はたいして好みではなかったから。でもツアーが進むに連れ、僕らも何か面白からざる雰囲気に気づき始めた。
 はじめて挨拶に行った時、ヘッドライナーの人たちは、かなり友好的な態度で、僕らを迎えてくれた。『お互いに観客層は少し違うかもしれないけれど、良い音楽は通じ合えると思う。楽しくやっていけたら良いね』と、笑顔で言ってくれた。『何か要望があったら、いつでも言ってくれるといい』とも。サウンドチェックの時間も二十分以上くれた。でも、それからサウンドチェックの時間は徐々に短くなっていき、セントルイスからは、まったくなくなった。ぶっつけ本番、である。せめて一曲くらいランスルーする時間がほしいのに、その余裕はいつもない。さらにナッシュビルでは、あらかじめ控室にセットアップしてあった僕らの機材の、ヴォーカルマイクのワイアレスユニットが脱落していて、明らかに床に叩きつけられたように壊れた状態で見つかった。急遽スタッフが楽器店へ走り、新しいものを買い求めて事なきを得たが、開演ぎりぎりの調達になった。他の楽器はなんとかステージにセットアップ済みで、音出しも確認していたが、歌い始めて音が出なかったら洒落にならない。そのため僕らが演奏を始める前に、スタッフがステージに出てマイクテストをやってから、演奏がスタートするという珍事になってしまった。それ以来、セットアップ後の控室には必ずスタッフやクルーの誰かが待機して、見ているようになった。
 メインアクトの人たちと顔を会わせる機会もめっきり減り、たとえあっても、知らん振りか、ついと顔をそむけるか、不機嫌ににらみ返されるようになった。はっきりと気づいたのは、セントルイスあたりからだ。どうも何かがうまくいっていない、というか彼らの気に触るらしい。さすがに僕も、そう感じ始めずにはいられなかった。それは他の四人も同じだったらしい。

 アトランタで、僕らはその原因を突き止めるべく、自分たちの出演後そのまま会場にとどまり、メインアクトのステージを見ることにした。僕らのステージが終わって四十分あまりが過ぎ、セットチェンジが終わって、ヘッドライナーがステージに登場した時、僕は客席を覗いて唖然とした。観客が少ない。半分もいない。四割くらいか。僕たちが出た時には、満員だったのに。今や会場の四割から半数くらいを占めるようになっていた僕らのファンは(元々どの公演もチケットが売り出された時点で、僕ら側の観客が四分の一前後いたらしく、チケットは平均して八割ほど売れていたというが、残りの二割がツアー開始後、僕ら側の観客として参入してきているらしい。それで、ソールドアウトになっていた)、ヘッドライナーの人たちの音楽とは、あまり相性が合わないだろうから、帰っても不思議はないのだが、それにしても、ここまで減ってしまうとは。
 残った人たちは、ほとんどが二十代半ばから後半の人たちなので、おそらく元から彼らのファンなのだろう。でもその観客たちは、さすがにファンだけにブーイングはしないが、ほとんどの人が黙って立ったまま、もしくは座ったまま、無表情にステージを見ているだけだった。ビールを買いに行ったりトイレに行ったり物販に行ったりと、絶え間なく移動している人もかなりいるし、携帯の画面を見ている人も相当いる。観客全体の一割くらい、そのくらいの人数の人たちは、こぶしを振り上げ、立ち上がってノっているが、だんだんとまわりの反応に戸惑っているようにノリが鈍くなっていき、途中で座り込んでいった。
 ショウが進むにつれて、さらに観客の数が減り始めた。外へ買い物に出て行って、そのまま戻ってこない人がいる。黙って見ていた人たちや携帯をいじっている人たちが、一人、二人と首を振り、荷物を取り上げて、出口へ向かう。こんな中で演奏するのは、僕ならば、きっと拷問だと思ってしまうだろう。彼らのショウは二時間と聞いていたが、実際には三十分以上も早く切り上げてしまっていた。それでもアンコールを求める声はほとんどない。結局、最後までいた観客は、三分の一もいなかった。
 なぜなのだろう。観客たちは少なくとも半数かそれ以上は、もともとのファンだったはずなのに。僕らのせいか? 僕らのショウの余波で、観客の感動の質が変わってしまったのか? 彼らの音楽では、もはや楽しめなくなってしまったのか? 自惚れているとは思われたくないが(いや、観客の変容の原因は僕ではないのだから、自惚れではないだろう)、きっと、そうなのだろうと思えた。彼らがつらく当たる理由は、痛いほどわかった。こんな状況で、それでも友好的でいられるとしたら、もはやそれは天使か神様だろう。

 僕らはその後ホテルへ帰り、ロブの部屋にみんなで集まって、いつものようにルームサービスで軽い夜食を取った。でも、いつもならば楽しい時間が、今夜はみんな黙りがちだ。
「ちょっと良心の痛みを感じるね。かといって、僕らには何も出来ないけれど」
 ミックが苦笑しながら言い、何人かが頷く。
「僕たちは僕たちのベストを尽くすしかないからね。プロの良心に誓って」
 僕は首を振った。他に言いようがない。
「けどあの人たち、最初からあきらめてるみたいだったけど、がんばってのせ返してやる!って気があったら、あれほど悲惨じゃないと思うんだけどなぁ」
 エアリィは少し考えるような表情で、そんな意見を口にした。
「おまえが言うなよ! それって、すごく冷淡に聞こえるぞ」
 思わず、そう言葉が出た。ジョージも同時に、同じような声を上げている。
「ええ、どうして? 冷たいかな? サポートが受けてても、自分たちは自分たちでベストを尽くせばいい。だって残ってるのはメインアクトの観客なんだから、いい演奏をすれば、反応してくれるはずだって、もし僕があの人たちの立場だったら、そう思うんだけど。でもあの人たち、本当に投げやりに演奏してるみたいで、よけいお客さん、のらなくなっちゃうよ。最初のうちは、楽しんでくれてそうな人たちいたのに。なんていうか、自分で負のスパイラルに陥ってるみたいな気がするんだけど」
 たしかにそれは事実だし、正論には違いない。でも彼の口から発すると、それは恐ろしく無意味な、というより無邪気に残酷な仮定に響く。エアリィが彼らの立場に立ったら、なんて。彼は彼ら普通のアーティスト、才能はあってもつまるところ普通の人間である人たちの立場に立つことは、もうきっと永遠にないだろう。あまりに桁外れの力に立ちすくむしかない普通の人間たちの思い、それを彼が知ることはできない。元々エアリィには、そういう傾向があるが。勉強にしろスポーツにしろ、出来ない人たちの悔しさや諦めを、実感することができないのと同じように。決して見下げたり馬鹿にしたりはしないし、そういう感情は彼の中にはまったくないように思えるが、理解することはできないのだろう。それにエアリィはあまりに自らの変貌に対して、無頓着でありすぎる。自分がかつての彼自身、覚醒する以前の、卓越したシンガーではあるがまだ人間の範疇であった頃と、何も変わっていないように話す。彼らをその負のスパイラルに陥らせた張本人が自分であるという自覚は、彼にはまったくないだろう。この無頓着さが、ある意味で一番怖いかも知れない。そう思えた。僕だけでなく、ロビンやジョージ、ミックもそう思ったような表情だったが、誰も口には出さなかった。ただ苦笑を浮かべただけだ。
 沈黙を救うように、ロブが首を振って言った。微かな溜息のようなものとともに。
「そうだな。おまえの言うことは間違ってはいない。まあ……おまえたちが責任を感じる問題ではないんだ。気にするな。おまえたちはただ、いつものように全力で演奏したらいい。向こうが耐えられなければ、向こうのほうで対策を考えてくるはずだ」
「そう……だね」僕らはいっせいに頷いた。
「サポートでまわるのは、もう今回で最後になるだろうしな」
 ロブは、そうも付け加えた。「こんな状況になっては、おまえたちをサポートで起用しようなどという勇気のあるアーティストなど、いなくなるだろう。おまえたち自身、もはやサポートに納まりきるような器じゃない。どんなヘッドライナーだって、食ってしまうだろう。アルバムはまだ発売二週間だが、早くもものすごい勢いで、火がつき始めているらしい。ビルボードでも初週こそ四位スタートだったが、今週はトップになるだろうと、業界人が社長に言ったそうだ。ストリーミングのリクエストも、動画サイトの再生数もロケット並みの上昇率らしいし、曲やビデオクリップをオンエアした局には、どこもとんでもないリアクションが返ってきているとも聞く。いよいよ動き出したんだ。次からは、おまえたちがヘッドライナーだ」
 ヘッドライナー、その響きはたしかに魅力的だ。でもその前に、ともかくこのツアーを終わらせなければならない。今はまだまだ序盤にすぎないのだから。

 釈然としないまま、それでもツアーは進行していった。モンゴメリー、一日おいてニューオーリンズ、ヒューストン、さらに一日おいてダラスまで来た。
 その日もメインアクトの人たちは、サウンドチェックの時間をくれなかった。たいていどんな公演も逆リハ、つまりヘッドライナーから順にサウンドチェックをするので、サポートはそれが終わるまで、待たなければならない。でもヘッドライナーの人たちは、いつも開場時間の三、四十分前くらいに、やっと来る。来ても自分たちのサウンドチェックをするわけでもなく、だらだらとステージの上で時間をつぶしているだけだ。実際のセットアップやチェックはすべてスタッフ任せにしていて、彼らが来る前にとっくに終わっているらしい。実際彼らメンバーが来ると、スタッフさんたちは逆に引き上げていくという。まったくの嫌がらせとしか思えないが、僕らのほうも、『作業をしていないのなら、ちょっとだけでいいですから、サウンドチェックをやらせていただけませんか』と言うだけの勇気もない。いや、以前ナッシュビルでロブが恐る恐るそう切り出してみたのだが、彼らはものすごい剣幕でぎろりとにらみ、『これからやるんだよ! ただ、気分がのらねえんだ!』と怒鳴られただけだった。おまけにその腹いせなのか、マイクのワイアレスユニットが壊されるというおまけまでついた。まあ、これは状況証拠だけなので、断定はできないが。
 それ以来、下手に刺激してはと、僕らも何も言わない。さすがに普段はものに動じることのないエアリィですら、相手の不機嫌さ加減に遠慮してか、直接的には何も言わなかった。いや、彼は実際ナッシュビルで『やらないならやらせてくれって頼んでみようか、サウンドチェック』と最初に言い出したので、ロブが、『いや、おまえは行くな。僕が言ってこよう』と制して彼らに申し入れ、先のような結果になったのだった。僕らにできることは、開場時間ぎりぎりになって彼らがようやくステージから引き揚げ、向こうのスタッフさんがその機材に銀幕をかぶせるのを待ってから、あらかじめ控室で組んでおいた機材を慌ててステージに運んでPAに接続し、音が出るのを確認し、ざっとバランスを調整する。それだけだった。そのためにいつも主催者側に、開場時間を十分か十五分遅らせてくれるように頼まなければならなかった。
 僕らをひるませているのは、彼らの憎悪。直接には何もぶつけては来ないが、くすぶるような憎悪が日に日に大きくなっていくのを感じている。だから僕らもバックステージで、極力彼らと顔を会わせないようにしていた。とりわけ、アトランタで事情をある程度察してからは。ただ、できるだけ開場時間の遅れを少なくするために、相手のサウンドチェックが終わったらすぐセットアップできるよう、開場時間の十分ほど前にはステージの袖に出てきて、様子を見ていた。もちろん、相手に見つからないよう気をつけて。

 この日も開場十分前くらいに、覗いてみた。相変わらず彼らはステージに居る。でもPAやライティングのコンソール前には、誰もいない。ステージ上のメンバーだけだ。それも、ドラマーはドラムセットのところに座ってもいないし、ギタリストもベーシストも楽器を持ってさえいない。ヴォーカリストも含めて、みんなステージの床に座り込み、ウィスキーの小ビンを片手に、なんだかいかがわしい雑誌を見ているだけのようだった。おまけに全員、相当酔っ払っているようだ。
 と、見ているうちに、ヴォーカリストがこっちを振り向いた。あわてて僕らも戻ろうとしたが、遅かった。相手の表情が変わった。髪の毛を逆立てるほどの──いや、実際には立っていないが、思わずそう感じられるほどの激情が捉えたようだった。彼はいきなり手にしていたビンを投げつけ、雷のような声で怒鳴った。
「なんだ、このやろう! 俺たちを笑いに来たのか?!」
 投げられたビンはエアリィと僕の間を、というか、僕らが両方でよけたので出来た空間を通って後ろの壁にあたり、ガチャンと砕け散った。
「あ、あの……そんなつもりじゃ……ないです」
 僕とミック、それにジョージの三人が、かろうじて言った。ロビンは元々怖がって楽屋から出てきてもいない。ただエアリィはやはり気性なのだろうか、こんな相手にも臆するということがない。彼は数歩ステージに近寄り、相手に向かって話しかけていた。
「すみません。別にこそこそ覗こうと思ってたんじゃないんです。僕たちも機材のセットアップをしなきゃならないから、できるだけ時間のロスをしないように、終わったらすぐできるようにって、見てたんです。もし気に触ったら、ごめんなさい」
 デビュー当時に比べたら、敬語はかなりこなれてきたな――いや、それはどうでもいい。普通の相手なら、これで怒る人はまずいないだろう。それほどエアリィの口調や態度には率直な親しみと明るさがあり、同時に誠意もある。でもこの場では、僕は思わずひやっとした。相手は普通の状態ではない。自分たちのツアーを、言ってみればぶち壊した僕らを、心底から憎んでいるはずだ。屈辱的なステージを繰り返すにつれて、その怨念は増殖していき、もはや酒色に逃げるしかなくなっている。そして彼らの憎悪、怨念がもっとも向けられるのは、僕らの中で誰よりもアーディス・レイン――すべての公演で観客をひっさらっていき、爆発的反響を起こしている張本人のはずだからだ。
 僕らはみんな、そのことに気づいていた。ただ一人、彼自身の他は。
「おい、ちょっとまずいぞ……」
 ジョージが僕の肩越しに、困惑気味にささやいた。
「かといって、今唐突に呼び戻したら、よけいに刺激してしまうよ」
 ミックも僕の横に出てきて、懸念をにじませた声で呟く。
「本当に、状況も考えないで出るなよ……」
 僕は思わず、そんな言葉を漏らした。
 相手は右手にマイクスタンドを持って、ステージを下りてきた。同時に、他の四人が立ちあがり、あとに続く。最初の男は大またに近づき、顔をどす黒く染めながら、ものすごい勢いで吠えた。叫んだり怒鳴ったりという感じではない。まさに怒りに燃えた獣が咆哮するようなトーンだった。
「うるせえ!! おまえらか! 主催のやつらに、俺たちのサウンドチェックが遅いって告げ口したのは?! 誰のせいだと思ってるんだ!! みんな、おまえのせいだ!! よくも俺たちのツアーを、めちゃめちゃにしてくれたな! そうだ! これは俺たちのツアーだ! おまえらのじゃねえ!!」
 つい一ヶ月ほど前、僕の部屋に押しかけてきたパーレンバーク氏を彷彿とさせるような、激しい憤激だ。おっと、そんな悠長なことを思っている場合じゃない。これだけ憤り、なおかつ酩酊している相手では、どんな行動に出るかわからないのだから──。
 言い終わるや否や、相手は持っていたマイクスタンドを、強く投げつけた。もうほとんど目の前に来ている相手から正面きって投げられたのでは、さすがにエアリィもよけられないのだろう。彼は反射的な動作のように両手を出し、受け止めた。ただ相手の剣幕に驚いているような感じだ。僕は思わず飛び出し、叫んだ。
「逃げろ、エアリィ! 危ないぞ! 戻ってこい!」
 僕の声が聞こえたのだろう。彼は一瞬、こっちを振り向こうとした。が、相手のほうが早かった。激しい勢いで飛びかかっていく。普通の状態なら避けられただろう。エアリィの反射速度は、とんでもなく早いから。でも僕が声をかけるタイミングが最悪すぎて(しまったと思ったが、もう遅い)、ちょうど肝心な時に、相手から注意がそれる形になってしまった。そのための動きの遅れと、相手から投げられたマイクスタンドを両手に持っているため、一瞬躊躇したようだ。完全に防御するには、相手にそれを投げつけるか振り回すのが効果的だが、自分の防御のために相手を攻撃するのは、ためらったのだろう。それに憤激のためなのか、相手の攻撃が恐ろしく早かった。それゆえ、避けられなかった。華奢で比較的小柄なエアリィが、自分よりふた周りほども大きい男にタックルされたら、とても立ってはいられない。まだこっちに吹っ飛んできたほうがましだったが(それなら僕らも、すばやく彼を引っ張って逃げられる)、だが相手も力の方向は考えたのだろう。彼は床に叩きつけられるように倒れた。相手がその上にのしかかり、ものすごい勢いでぐいぐいと揺さぶっている。目は真っ赤に血走り、まるで赤鬼のような形相だ。
「おまえは……おまえは、なにものなんだ……こんなに小さくて……細っこくて……天使みたいな、女みたいな、きれいな顔して……でもおまえは、化け物なんだな! おまえは、おまえは、人間じゃねえ! サイレーンだ! そうだ、おまえは、サイレーンだ!」
 サイレーン――もしくはセイレーン。その歌声を聞くと破滅に追いやられるという、海の精霊。ここでも女性連想なのはおいておいて、聞くものを否応なしに引き込んでしまうパワーは、彼らにとってそう映ってしまうのかもしれない。彼らを破滅へと導くシンガー。思わずぶるっと震えた。
 彼らにとってのサイレーンが目の前に出てきた時、どうするのか。その真の危険性に僕らが気づいた時には、遅かった。相手は肩をつかんで何度も床に頭をぶつけるほど激しく揺さぶっただけではあき足らず、その手をやにわにスライドさせて首に回し、締めはじめたのである。エアリィもとっさに相手の行動を悟ったらしく、なんとか左手を間に滑り込ませることは出来たようだが、いくら利き腕でも、もとより腕一本で引き離せるほどの力はない。相手は顔を真っ赤にし、なお何か言い募っている。だが、その言葉はもはや聞き取れないほど、わけのわからない支離滅裂なものになっていた。
 とんでもないぞ。完全に相手は正気をなくしている。こんなところで、ぐずぐず見ている場合じゃない。我に返った僕は前に飛び出し、同時にジョージとミックも出てきた。が、すぐに行く手を阻まれた。相手のバンドの残る四人が、僕らの前に無言で立ちはだかったのだ。
「どいてください!」
 言葉だけは多少丁寧にする余裕はあったが、怒鳴り口調になるのは止められない。しかし、彼らは動かなかった。
「どけよ! あいつが何してるのか、わかっているのか!」
 ジョージはもはや言葉遣いまでかまっていられなくなったようだが、僕も同じくらい憤激していた。思いきり目の前の男を突き飛ばし、前に出ようとした。が、相手のリードギタリストが僕の手首を捕らえ、痛いくらいぎゅっと握ってきた。
「離せ!」
 僕は手を振り解こうとしながら、叫んだ。
「いくら僕たちがあんたたちを食ってしまったからって! あんまりだ! 許されることじゃないぞ!」
「いや……」
 彼は僕の手首をますます強く握ったまま、いやな笑いを浮かべた。
「いいのさ。あいつは今のうちにつぶしておかなければ……俺たちだけでなく、すべてのアーティストをだめにする。あいつは怖い……怖すぎる。あいつはサイレーンだ」
 その目に浮かんだ狂的な光に、僕は思わず全身が総毛だった。だめだ。狂っている──。彼らにとって、彼は真にサイレーン――破滅の妖精、女じゃないが――なのだと思えるのかもしれない。そしてそれゆえ、ここまで狂気に駆り立てられてしまうのか。
 エアリィが覚醒し、未踏の領域へ踏み込んだことを悟った時、僕もたしかにある種の怖れを感じた。でも彼は僕と同じ運命共同体に属しているのだから、僕の感じた思いは、純然たる畏怖に近い。でも同じフィールドに立つ敵対者──今は僕らより上の地位にある、しかし必ず撃墜されるという危機を感じているであろう人たちにとって、彼はどう映るのか──激しい戦慄を感じた。もしかしたらアーディス・レインはモンスターとして目覚めることによって、すべてのアーティストたちを敵に回したのかもしれない。僕たちは──孤独だ。
 でも、今はそんな認識に震えている暇はない。エアリィはたぶん今の状態から、自力で脱出するのは不可能だろう。圧倒的な体格と力の差がある上に、ちょうど投げつけられたマイクスタンドで足を押さえられたような格好になってしまったため、ほとんど抵抗らしい抵抗が出来ないようだ。このまま足止めされて助けに行かれなかったら、冗談ではなしに殺されてしまうかもしれない。助かっても強い力で首を締められて、万一のどにダメージを受けたら、シンガーとしては致命傷になるかもしれない。ぐずぐず考えているひまも、躊躇している余裕もなかった。
「どけ! こんなこと絶対許されない! 許さないぞ!」
 僕は渾身の力をこめて、目の前の男に突進した。続いてジョージとミックも体当たりをし、さらに二つの人影が飛びこんできた。ロビンとロブだ。たぶん廊下から見ていて、彼らも危機を感じたのだろう。
 僕らは夢中で友の救出にかかり、さらに騒ぎに気づいた警備員が駆けつけるに及んで、やっと相手も手を離した。エアリィは解放された直後には、完全に気を失っていた。まさか間に合わなかったか、と青ざめながら「おい、大丈夫か!」と頬を叩いたり揺さぶって、ようやく目を開いた時には、僕らはへたり込みたいほどほっとした。彼は起き上がろうとして、激しく咳き込んだ。その咳き込みは止まらず、のどに手を当てて、立ち上がることも出来ずに、その場に蹲ってしまう。大丈夫ではないことはわかっていても、僕らは相変わらず、「大丈夫か?」としか言えない。
 気づけば、メインアクトの人たちは、一人残らず姿を消していた。
「あの、どうしたのですか? 大丈夫ですか?」
 やっと騒ぎに気づいてやってきたらしい、警備主任らしき人がそう聞いてきた。
「いや……ええ、大丈夫です。お騒がせして、すみません」
 ロブが首を振り、そう答えた。
「では、もうすぐ開場しますので、バックステージにお戻りいただけませんか」
「すみません。我々はこれからセットアップしなければなりませんので、あと十五分ほど開場は待ってもらえますか?」
「わかりました。できるだけ速やかにお願いします。しかし……メインの機材もカバーされてないんですね。ステージの上も……」
 警備員の一人が、ステージに散乱した酒瓶や雑誌を見やっている。
「あれは、あの人たちのです。我々の方でまとめて、あとで向こうに持って行きます。機材のカバーはできないので、向こうのスタッフの方にお願いしてください」
 ロブがむっつりとした口調で、再び首を振った。
「いえ、片づけはこちらでやっておきます……大変ですね、あなた方も」
 警備員さんたちは、苦笑を浮かべていた。そして散らばった雑誌やビンを拾い、割れたビンの破片を片付け、空き瓶はごみ箱へ捨てると、中身のあるものや雑誌を持って出ていった。たぶんメインアクトの楽屋へ届けに行ったのだろう。同時に向こうのスタッフが機材に銀色のカバーをかけ、僕ら側のスタッフやクルーたちがその前に、あらかじめ楽屋で組んでおいた機材を運び込んでいる。
 ここにいるとセットアップの邪魔だが、他にはどうしようもない。スタッフやクルーたちの方も心配げに、「どうしたの?」「大丈夫?」と聞いてくる。それに対して、エアリィは頷こうとするが、それもなかなかままならないようだった。ロブが「事情は後で説明するから、悪いけれど、セットアップを急いでほしい」と彼らに要請し、ミックが「それと、音出し確認とバランス調整もお願い」と、言いたしていた。

「エアリィ、立てるか? 楽屋へ帰らないと」
 ようやく咳の発作がいくぶんおさまってきた頃を見計らって、僕はそう呼びかけた。彼は黙って頷き、ふらつきながらも立とうとした。僕は手を貸し、ジョージと二人で支えて楽屋へ向かった。息をすると、まるで喘息の患者のように、ヒューっと喉が鳴る音がする。気道がうっ血して、少し通りが悪くなっているのだろう。その状態で、ステージに出られるだろうか。いや、それより発声器官は大丈夫だったのだろうか。そんな懸念は感じたが、僕にはどうしてやりようもない。
 エアリィは楽屋に戻ると、倒れこむようにソファに座った。顔色は普通に戻ってきたが、首にはっきり手の跡がついている。地色の白さとその真っ赤な跡が、恐ろしいほど鮮やかなコントラストだった。彼はその上から自分の手を当てて、両手でのどを包み込むようにしたまま、目を閉じてうつむいていた。
「大丈夫か? 声が出ないのか、エアリィ?」
 僕はかがみこんで聞いた。彼は僕をちょっと見、声は出さずに首を振った。数分間、そのままの状態で座っていたあと、ようやく、「ん……」と声を絞り出した。いつになくかすれた、押しつぶされたような声だ。
「水……くれない?」
「スポーツドリンクでいいか?」
 ロブが差し出し、そして気遣わしげに言葉を継いでいた。
「ゆっくり飲んで……息を整えろ。無理にしゃべろうとするな。のどは痛いか?」
 エアリィは差し出された飲み物を受けとり、一口飲んでから首を振った。それから大きく息をつくと、ゆっくりとしたペースで半分ほど飲んでからロブに返した。彼はのどに手をやり、もう一度深く深呼吸した。
「あ──」
 そして一、二度大きく咳き払いをした後、やっと普通に声が出た。
「大丈夫。なんとか収まったみたい。まだちょっとジンジンするけど」
「よかった。しばらくそのまま大きな声は出さずに、静かにしていろ」
 ロブがそっと背中をさすった。
「うん……」
 エアリィは頷いたが、それ以上は何も言わず、まだ痛むのか左手を首に当て、何か物思いに沈んでいるような表情を浮かべている。
「どうしたんだよ、エアリィ。まだ変なのか? それとも……」
 僕は言いかけたが、彼は首に手を当てたまま頭を振り、床に視線を落としていた。
「僕は……サイレーンじゃない……そうは、ならない。なりたくない……でも……」
 彼は一瞬大きく震えた。その眼は再び深い水面と化したように、光を失っていた。
『未踏の領域とは、業界には禁断の領域、タブーだ』とローレンスさんが言っていたことを、僕は思い出した。その禁を破ったことへの最初のしっぺ返し、痛烈な洗礼を浴びて、エアリィもようやく事の重さに気づいたのかもしれない。
「気にするなよ、奴らが言ったことなんか」
 僕はぽんと肩を叩いた。
「そうさ。連中、ちょっとトサカに来ていたんだろう。酔っ払ってもいたしな」
 ジョージも肩に手をかけ、労わるような口調で言う。
「大丈夫だよ。ねえ、あの人たちが言ったことなんて、気にしないほうが良いよ」
 ロビンも進み出てて、声をかけていた。
 そう、僕らは同じバンドの運命共同体、仲間だ。アーディス一人に孤独な戦いをさせてはいけない。これからも、なおさら激烈な戦いになるかもしれないのだから。僕は強くそう思った。ロビン、ジョージ、ミックと目があうと、彼らもまた同じことを考えているようにぎゅっと表情を引き締め、頷いていた。
「あと四十五分で僕らの出番だ。出来るかい? それとも主催側に頼んで、少し開演を遅らせてもらおうか?」
 ミックがそっと背中をさすり、優しい口調で問いかけた。
「大丈夫……できる。開演遅らすと、また騒ぎになると……いけないし」
 そう、三日前ニューオーリンズでの公演時、二十分ほど開演時間が遅れた。幹線道路で起きた事故の影響で観客の到着がいつもより遅れたため、少し開演を待ってほしいと主催者に要望されたからだ。その分、短く切り上げるべきかを主催者に聞いたところ、『いえ、通常演目でやってください。短く切ったりしたら、観客が暴動を起こしかねないですし』と言われたため、いつものセットリストでやった。当然その分、向こうの開演時間が遅れたわけだが、それをお詫びに行こうとしたら、向こうの楽屋の手前で門前払いされた。『君たちが来ると、かえって刺激するから、悪いけれど戻って』と、向こうのスタッフさんに、いくぶん同情気味に言われた。その後、彼らはふてくされたのか、一時間以上も遅れてステージに出たらしいが、そのころには観客は九割以上帰ってしまい、ガラガラの客席に向かって三十分ほど演奏して、終わったという話だった。それもたぶん、彼らをここまで狂わせてしまった理由の一旦なのかもしれない。
「無理するなよ。前の開演遅れも俺たちのせいじゃないが、今度はどう言い訳をしようと向こうが悪いんだからな。殺人未遂で訴えられても、文句は言えないんだぞ、向こうは」ジョージが気づかわし気に言い、
「そうだ。あんな目に合ったんだから、あとに響かせないようにしないといけないぞ」と、ロブも憤りを隠せない表情だ。
「うん。でも大丈夫。もう、かなり治ったから」
 エアリィは深くため息をつくと、再び僕らを見て、かすかに笑った。その眼に、再び光と明るさが戻った。
「ほんと、心配かけちゃって、ごめん。それに、助けてくれて、ありがと。一瞬、ほんとに殺されるかと、思った……」
「いや、僕が変なタイミングで声をかけたのも悪かったよ。ごめんな」
「そんなことないよ。ジャスティンは僕に、警告してくれたんだし」
「そうだよな。そもそも、おまえが状況を見ずに出るから、危ない目にあったんだぜ。おまえはな、自覚した方がいい、もっと。あんなに明らかに酔っ払っていて、しかも怒っている相手に向かうのは、本当に危ないぞ。だから、これからは気をつけろ」
 ジョージがぽんとその背中を叩く。
「相手を見ろ、ってこと? うん……怒ってるな、とは思ったんだけど、だから謝らなきゃ、とも思っちゃったんだ」
 エアリィは首を振り、立ち上がった。
「スカーフ探さないと。このままだと、ちょっとやばいから」
「そうだな、前列の客には気づかれるかもな、その首のあとは」
 僕は苦笑する。
「ライトでカバーもできるけど……でも、スクリーンもあるしね」
 エアリィはクロゼットを探しながら、ふと考えこむような表情で、こう続けた。
「けど、もう……これ以上、あの人たちと一緒に、ツアーしないほうがいいのかな」
「そうだなあ。また何かされたら困るしな……」ジョージが言いかけた。
「じゃなくて、あの人たちが、これ以上壊れたら、いやだから」
「ああ。向こうも相当参っているからなあ」
 僕は頷きながら、そうかもしれないと思った。最初に挨拶に行った時には、彼らのステータスにもかかわらず、気さくな良い人たちだと思えたのに、三週間であそこまで狂気に変えてしまった。そのことに、改めて罪悪感に近いものを感じた。そう、ツアーが始まって、まだ三週間しかたっていないのだ。これからまだ二ヶ月も予定が入っているのだが、彼らの精神状態で、そんなに耐えられるだろうか。それに常に腫れ物に触るように神経を尖らせていなければならない感じと、サウンドチェックの時間がもらえないために、毎回開場時間が遅れるプレッシャー。さらにチェックする時間がほとんどないために、いつステージトラブルに見舞われるかわからない。僕らの方だって、参りそうだ。
「それはそうなんだが、我々の方から降りるわけにはいかないだろうな」
 ロブが肩をすくめた。
「ヘッドライナーの了承がない限り、サポートは下りられないからな。とんでもない違約金を請求される。まあ、今だったら、彼らも喜んで了承してくれるかもしれないが」
「ああ……そうだと良いけれど」
 僕らは顔を見合わせた。
「うまく円満にサポートを降りられたら、結果的にツアーが一ヶ月足らずで終わりになっても、レーベルもまあ、文句は言わないだろう。なんといっても、アルバムの出足が爆発的に良いからな」
「そんなに?」僕は思わず問い返した。
「ああ。ネットと放送メディアの初期露出で、発売二週目で一気にブレイクした。今は三週目なんだが、カナダ国内でもアメリカでも、シングルアルバムともに一位になっている。イギリス、アイルランド、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、スイス、イタリア、スペイン、ポルトガル、ハンガリー、ポーランド、チェコ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン……その他にも、多くの国のチャートで、もうすでにトップになっているんだ。見てみるか?」
 ロブはバッグの中から音楽誌を取り出し、差し出した。僕はチャートを確認し、軽い驚きに見舞われた。他の四人も同じような表情だ。
「そもそもシングルの『Evening Prayer』のビデオクリップを、公式サイトとネットの動画サイトで、アルバム発売と同時に公開したんだが……ああ、CTVの音楽ステーションでもな。その反響が、どこもとてつもなく凄まじかったそうだ。そこから火がついた。さらに発売日から五日後、動画サイトにフルアルバムがファンによって公開された。本来はけしからんことだが、それがさらに起爆剤になったらしい。それを聞いた人がCDを買いに走り、ネットや口コミで連鎖が広まって、二週間で一億近い再生数をたたき出し、今もとんでもない勢いで増え続けている。CDはあっという間に完売し、レーベルは慌てて増産をかけているところだという。ローレンスさんが言っていたが、ほんの少しの露出さえ与えられたら、たちまち爆発するだろうと。まさにその通りだった。おまえたちは今、爆発しつつあるんだ」
「すごい言い方。なんか僕ら、爆弾みたい」
 エアリィはちょっと笑って肩をすくめていた。
「いや、おまえは爆弾だよ、たしかに」
 僕は思わずそう言おうとして、やめた。モンスターだのサイレーンだの、あげくにダイナマイト扱いされたら、彼としてもいやだろう。他の三人も同様に思ったらしく、目を見交わして苦笑していた。

 とりあえず、もうしばらく様子を見て、状況がますますひどくなるようなら、ヘッドライナー側にサポート降板を申し出てみよう。たぶん僕らはみなそんな思いを抱いて、ステージに向かった。そして予定通り(激しいアンコールの声が、いつも僕らを引き留めるように鳴り響いていたが、予定時間をオーバーすると、またヘッドライナーとの間に余計な摩擦を引き起こしてしまうため、それに応えることはできなかった)ステージを降り、楽屋に引き揚げた。シャワールームで汗を洗い流し、普段着に着替え、ソファに座って、ビールを一杯、といきたいところだが、僕ら年少の三人はソフトドリンクだ。カナダではロビンと僕はアルコールを飲めるが、アメリカでは、ほとんどの州でまだダメだ。それゆえ僕はコーラかジンジャエール、エアリィとロビンは炭酸があまり好きではないらしく、フルーツ系のジュースが多い。ほっと一息入れ、でもメインアクトの出番まで待って、彼らの演奏を見聞きするのは、なんとなくつらい。その前に引き揚げよう──そう思って帰り支度を始めたころ、楽屋のドアがあわただしくノックされ、主催側の関係者が飛び込んできた。
「ああ、まだいてくれた。よかった……大変なことになったんですよ!」
 エージェントの担当者は真っ赤な顔をして、息を弾ませていた。
「いったいどうしたんですか?」
 ロブの問いに、主催者は答えた。
「メインアクトがツアーを放棄してしまったんです。メンバーたちは、あなた方の演奏中にホテルへ帰ってしまったらしいです。『もうこれ以上はできない』と。今、セットチェンジでなく、クルーたちは機材の撤収を始めています。向こうのマネージャーが、これで全米ツアーを打ちきりにすると、一方的に通告してきて……残りの日程は、全部キャンセルだそうです」
「ええ?」
「このツアーのチケットは完売しているのに、困ってしまいましたよ」
 エージェントの人は、心底困惑した表情だ。
「そうですね。それにしても、ずいぶん突然でしたね」
 ロブが同情に耐えないという風情で頷いている。
「まあ、メイン目当てに来ている人たちでさえ、ほとんど全員サポートに持っていかれて、しかもこれから先のチケットは、かなりの数がツアー開始後に売れているのですから。控えめに見積もっても、半分近くは、最初からあなたたち目当てですよ。現に今だって、出演直前にメインアクトが突然降りたというのに、観客たちは騒ぎもしないんです。『エアレースが観れたからいい』と、あっさり引き上げはじめています。そもそもかなりの数が、あなたたちのショウが終わったあとで、帰っていますしね。まあ、ヘッドライナーの出番から来た人たちは納得がいかないようでしたが、全体で数百人くらいですから。こんな調子なら、よっぽどあなたたちをヘッドラインに昇格させて、ツアーを続行してもらおうかと思ったくらいですがが――そう、向こうの陣営も、そんなことを言ったらしいですね。『あいつらをヘッドラインにしたらいいだろう!』と。しかし、それはさすがに掟破りですしね。彼らのファンだってチケットを買っているわけですし。あなたがたのステージを見てからなら納得しても、最初から彼らは出ないとわかっていると、やっぱり釈然としないでしょうからね」
「そうですね。では、今夜でツアーは終了なんですね。残念ですが」
「ええ。そういうことになります。つきましては明日、事後処理をしたいと思いますので、十二時ごろホテルの第三小会議室においで願えませんか。詳しいことは、朝連絡します」
「わかりました」
 主催者とロブのやり取りを聞きながら、僕らも悟った。波乱のツアーはたった三週間で、唐突に幕を下ろしたのだと。僕たちがヘッドライナーを“殺して”しまい、彼らがそれに耐えられなくなって、もう二度と立ち上がれなくなるほどひどいダメージを追う前に(いや、もう限界だったのかもしれない)、ツアーを放棄してしまった。
 良心の呵責も多少は感じるが、やっぱり僕らのせいだと言われても困る。運が悪いめぐり合わせとしか言いようがない。こんなことになるのだったら、会場がアリーナからホールになっても、最初から僕らだけのツアーを、敢行するべきだったのだろうか。過去二枚のアルバムともに、ある程度良いセールスを記録している僕たちだ。やろうと思えば、最初からヘッドラインツアーはできた。アリーナツアーのサポートにこだわる理由はなかったのだ。方針を決めたのはマネージメントだが、僕らも希望を出すべきだったのでは。そんな後悔もちらりと感じたが。でも今となっては、すべて後の祭りだ。なんとも後味の悪い終わり方だった。

 翌日、僕らもロブに同行して、主催者との事後処理会議に出た。ヘッドライナー側からの出席者はなく、主催者側の人たちと僕らだけだった。お昼の時間帯なので、コーヒーとオレンジジュースのほかに、サンドイッチとカナッペの軽食が出た。それをつまみながら、会議は行われた。
 主催者側の人たちは、僕たちに説明してくれた。ギャラは昨日の分まで払う。僕らに非はないので、違約金などの賠償責任はない、と。逆に少しなら損害金をヘッドライナーに求められるが、と言われたが、僕らは辞退した。ヘッドライナーの人たちに対し、やはり多少の同情を禁じえなかったので、これ以上彼らにダメージが及ばないよう、あまり高い違約金を請求しないで欲しいと、主催者に頼んだりもした。
「ああ、妥当な額を請求する予定だよ。しかし、こう言ってはなんだけれど、君たちもずいぶん人がいいね。君たちに非はない。むしろ被害者だろうに。なぜ、そんなに彼らを気にかけるんだい?」
 事後処理のためにこの日ニューヨークからやってきたらしい、エージェントの責任者で副社長でもあるハリー・メイビス氏が、いくぶんあきれ気味に僕らを見た。
「なるほど。君たちはたしかに大ウケしすぎた。完全にヘッドラインを食ってしまい、ツアーをのっとってしまった。だが、だからなんだって言うんだい。この業界は受ければ勝ちだ。サポートに食われてしまうヘッドラインが情けないだけだ。非情に聞こえるようだが、それがこの世界だよ」
 彼は身体と同じようにずんぐりした短い指を動かして懐からタバコを取り出し、かちりと火をつけると、口ひげの下から深く煙を吐き出した。
「連中は、最初から君たちをなめていたのだろう。君たちの評判を聞いて面白く思わなかった彼らは、自分たちのファンの洗礼を浴びせ、ブーイングさせてステージから追い払おうとしたようだ。しかし、完全に裏目に出たようだね。自分たちが逆に、追い払われる羽目になったわけだ。初日はまだ、観客の二割くらいは彼らの出番から来たから良かったんだが、それでも君たちのステージを見た彼らの観客は、ほとんどが途中で帰り、結果的に君たち側にシフトしてしまったようだ。それがSNSや掲示板などでだんだんと拡散され、彼らのファンたちの間で、ひと騒動起きていた。彼らの出番から来ようとしていたファンたちも、その騒動で『本当なのか? 自分はそんなことには絶対ならない。ブーイングしてやる』と、君たちの出番から行き、君たちの出演時には会場はほぼ満員。そして向こうのファンたちは返り討ちに会い、すっかり君たちの音楽に感銘を受けて、逆に連中が今まで愛好していた音楽が、急につまらなく感じるらしい。それでヘッドライナーになって客が半減し、しかも途中で帰る。そのことがネットで拡散され、ますます騒ぎが広まる……実際彼らのコミュニティでの、その騒動は私も見ていたよ。なかなか面白かったね。彼らは、マネージャーも含めて、君たちの今度の作品を聞いてはいなかったんだね。そうでなかったら、君たちをサポートに、などと考えるわけがない。それほどに、あれは素晴らしい。そして君たちは元々、ライヴに定評のあるバンドだ。どれほど連中が自信過剰に陥っていたとしても、あれを聴いていたら、とてもそんなリスクを犯そうなどとは、思わないはずだからね」
 僕は驚きとともに、どう返事をして良いかわからず、他の四人の顔を見た。彼らも同じように感じているらしく、当惑気味に見返してくる。意外な思いがした。相手の最初のフレンドリーさの裏に、そんな意図があったとは。だからよけいに、思わぬ展開に焦ったのだろうか。なんとなく、相手に感じていた同情が薄れた。
 メイビス氏はタバコをふかしながら、言葉を続けている。
「それにしても、君たちには大いに将来性があるよ。このツアーで出した損害を回収して余りある成果が、期待できそうだ。どうだね。君たちのツアー予定は、どうせこれから組み直さなければならないのだから、我々のもとでヘッドラインツアーを敢行しないかね?」
「えっ?」
 僕らはいっせいに声を上げ、顔を見合わせた。
「ちょうど、おあつらえ向きに、スケジュールがあいているんだ。いや、このツアーのではないよ。これは彼らのツアーだから、いくらなんでもヘッドラインをすげ替えて、続行するわけにはいかない。とりあえず残り日程はキャンセルで、このツアーは正式に終了だ。向こうのマネージャーが、昼前になって泣きついてきたがね。もう一度チャンスをくれ。夏あたりにもう一度ツアーを打ちたい、と。このツアーであんたたちはさんざんやらかしてくれたが、もうそんなことはしないと誓約を入れて、さらにギャラ比率も十五パーセントダウンでいいなら考えようと、言っておいたがね」
「さんざんやらかして……とは?」
 ロブがそう問い返した。
「それは君たちの方が、良く知っているのじゃないかい?」
 メイビス氏はかすかに眉を上げ、少しおどけたような表情を作った。
「セントルイス公演から、ずっと開場時間が遅れている。五回連続でそれが続いた時、我々はいったいなぜだ、と現場に問い合わせた。そうすると、ヘッドライナーがいつも開場時間ぎりぎりまで、だらだらとサウンドチェックをしているから、サポートのセットアップ時間が無くなってしまうためだ、と、どの会場でも言ってきた。それで私は社員を派遣して事実を確かめさせ、それが本当だと確認してから、開場時間の最低でも二十分前にチェックを終わらせろ、と注意させた。そうしたら、向こうのメンバーが彼を殴ったんだ。それで私は昨日の昼間、マネージャーに電話して、厳重注意した。ついでにニューオーリンズで、開演を一時間遅らせた挙句に三十分で切り上げた件でも、文句を言ったんだ。昔はたしかにそれが売りのバンドもいたが、あんたたちもその仲間かね、と、やや皮肉を交えてね。そうしたら向こうのマネージャーは言った。すまない。しかし、メンバーたちのメンタルが最悪になっている。サポートを変更はできないか、と。私は返した。馬鹿を言うな。今や半分は向こうの客だぞ。どれだけ払い戻しが来ると思うんだ、と。しかし本当に昨日の今日で、このざまだ」
 ああ、だからサウンドチェックが遅いと主催に告げ口したのは僕らなのか、と相手が言ったのか。会場関係者たちはさりげなく見ているのだから、わかってしまうのに――。
「まあ、たしかに我々の方も、いろいろ大変でしたが……ヘッドラインツアーの件は……どのようなものなのですか?」
 ロブが心もち身を乗り出して聞いている。
「ああ。三月下旬からのツアーが一つ、キャンセルになったんだ。一ヶ月ほど前に、本来のバンドのシンガーが病気になってね。それも入院の必要な重病で、治ることは治るんだが、二ヶ月くらい入院して、ステージに立てるようになるまでには、もう二ヶ月ほどかかるから、復帰は早くて五月頭になるらしい。それで回復を待つか、かわりを見つけるかで、メンバーたちとマネージメントは長いこと議論していたらしいが、結局待つことになった。ほんの三日前に、その連絡が入ったんだよ。これからキャンセル手続きをしようと思ったんだが、ちょうどいい。君たちが使わないか、このスケジュールを」
 メイビス氏は僕らのほうにスケジュール表を押しやった。一時代前にマルチプラチナセラーを出した、かなり有名なアーティスト名が冒頭に書いてあったが、赤線で消されていた。三月二五日、バンクーバーを皮切りに、六月十九日、アトランタで終わっている。二、三動一休くらいのツアーペースで、会場はアリーナと野外のアンフィシアター。小さめのところもあるが、これは完全にアリーナクラスのメジャーツアーだ。
「いきなりこれって……大丈夫ですか?」
 僕たちは声を上げた。
「大丈夫だろう。今の君たちの勢いなら」
 メイビス氏は、にやっと笑っている。
「承知してくれたら、我々も会場をキャンセルしなくてすむから、助かるよ。君たちだって、これからツアーを一から組みなおすと、ゆうに三、四ヶ月はロスしてしまうから、それよりはいいだろう?」
「ええ、それは本当に願ってもない話ですが……」
 ロブがいくぶん興奮気味に頷いていた。
「レーベルとマネージメントに図ってみなければなりません。もちろん、きっと両方とも願ったりかなったりだと言うでしょうが。少し時間をください」
「では、明日の午前中に返事をくれたまえ。こっちも手続き上、急ぐからね。待遇やギャランティーなどの詳しい話し合いは、その時にしよう。私は夕方NYに帰り、明日は朝十時からオフィスに出ている。これが連絡先だ」
 メイビス氏は名刺を一枚取り出して、ロブに渡した。
「このツアーは去年の十一月に公式アナウンスされていて、今年の初めからチケットが売り出されていたので、そっちの払い戻しは、しなければならないんだが……とりあえず、二つのツアーのチケット払い戻しで、相当これから忙しそうだな。まあ、どっちにしろ、こっちの売り上げは芳しいとは言えなかったから、アリーナは二階を閉鎖した最小シーティングにして、野外会場はローンエリアを閉鎖しようと思っていたんだ。でも君たちだったら、両方とも解放でいけるだろう。三月なら、とくにね。OKとなったら、状況が許せば追加公演をいれるかもしれないから、実際の日程は多少これよりもきつくなるかもしれないが、大丈夫だね?」
「え……ええ」
 僕らは目を見交わしあいながら、頷いた。三月の情勢がどうなっているかはわからないのだから、気の早い話だ。どちらかといえば、その最小プランで行った方が無難な感じではあるのに。
「サポートアクトを入れるなら、もともと本来のほうも未定だったのだから、そちらに人選はお任せする。マネージメントや配給レーベルと相談して、知らせてくれればいい」
 メイビス氏の言葉に、ロブが「わかりました」と、頷いている。いよいよ僕らもサポートをつける立場になったのか。とくにこれといって入れたい人はいないが。




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