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その日の午後四時ごろ僕らは現地を発ち、トロントに帰りついたのは夜だった。だが、そんな時間だったにもかかわらず、レーベルの担当者、スタインウェイさんがやってきていて、その後ロブとマネージメントの社長を交えて、協議していたようだ。僕らはそれには加わらずに自宅へ帰り、翌日のお昼すぎにマネージメントのオフィスに出向いて、報告を聞きにいった。
「決定だ。あの日程を、そっくり使わせてもらうことに決まったよ。エージェントのメイビスさんにも、感謝してそう伝えておいた」
コールマン社長は僕らを見まわし、告げた。
「短かったが、ずいぶん大変なツアーだったようだね。でも、収穫は予想以上にあった。爆発的なリアクションをとり、カリスマ的人気を誇っていたヘッドライナーを完全に食ってしまい、ツアーキャンセルに追い込んだ。表向きの理由は、メンバーの急病ということになったらしいが、みな真相は薄々察していると思う。まあ……彼らにはいささか気の毒だったが、結果的には、これ以上ない宣伝になってくれたよ。おまけに、それほど日をロスすることなく次のツアー、しかもアリーナのヘッドラインツアーが、破格の条件で決まった。まったく、神の配剤だとしか言いようがないね。向こうの条件としては、今後五ツアー分、君たちの北米ツアーのエージェント契約をしてくれ、その後の延長オプションもつけてくれ、ということだった。あそこは大手だし、しっかりしているから、承知しておいたが、かまわないね」
社長はずいぶん興奮しているようだった。顔がいつになく赤みを帯び、眼鏡の奥の目はぎらぎらと輝いている。
「はい」僕らはいっせいに頷いた。
「それからサポートアクトに関してなんだが、サイレントハート──君たちがデビュー直後、彼らの代役で初ツアーに出たことがあるから、一応名前だけは知っているだろう。彼らをつけることにしたよ。直接君たちは面識がないだろうが、なに、良い連中だから心配は要らない。後輩のサポートだからといって、気を悪くすることもないし、むしろ喜んでいる。向こうから提示された条件が素晴らしく良かったから、彼らにも今までより高いギャラを回せる。彼らは良いバンドなんだが、いまひとつ個性不足で、単独では弱いんだ。だから彼らの生計のためにも、サポートの機会があったら乗せてあげたいんだ。君たちも気を使うことはないよ。君たちがヘッドラインなんだからね。サポートが四五分で、君たちの公演時間は……そうだな、二時間は欲しいね」
サイレントハートか。僕らは実際に会ったことはないが。あの夜、ハイウェイの暗がりから、それとは知らずに眺めた以外は。最初の全米ツアー、あの不思議な時の円環をくぐった、忘れられない初ツアーの、本来のサポートアクト。彼らがバス事故にあい、僕らが代役に立った原因は、僕らの現代への帰還。言ってみれば彼らは、あの不思議なタイムツアーの、必要不可欠な犠牲者だったわけだ。その彼らを、今度は僕らがヘッドラインとして、サポートに起用することになるのか。不思議なめぐり合わせだ。
「そうだ。今のランニングリストはサポート用で短いから、ヘッドライン用に組みなおさないといけないな」
社長は相変わらず熱っぽい調子で、言葉を継いでいた。
「それにヘッドラインツアーだから、ステージプロダクションも、すべてこっちでやる必要がある。クルーやスタッフを呼び集めて、アリーナにふさわしい、君たちのプロダクションを作らなければならないな。あまり時間がないから凝ったことは出来ないが、ツアー途中からでも、順次追加していけたら追加していこう。スィフター以来、久々のアリーナツアー設計だ。忙しくなるぞ。急いでスタッフを集めて、そのための打ち合わせをしなければならないし、君たちは三月の……そうだな、十六日あたりから一週間くらい、リハーサルと打ち合わせが必要だ。それまでに、プロダクションを整えないと。それに二五日にバンクーバーなら、前日に同じ会場でドレスリハーサルをしなければならない。そうなると遅くとも、二三日に出発だな」
「では、それまでの間、とりあえず僕らはお休みですか?」 ミックが聞いた。
「そうしてあげたいところだが、完全に休みにするのはもったいないね。ステージプロダクションの設計段階で、二、三回打ち合わせには出てきてもらいたいし、取材の申し込みもかなり来ているから、プロモーションもお願いしたい」
「わかりました」僕らは頷いた。
でも三月末から六月半ば過ぎまでのツアーとなると、五月に結婚するのは、無理だな。僕はそう気づいた。スケジュールが大幅に変更となったために、予定がすっかり狂ってしまった。計画を立て直さなければ。
六月──ステラはジューンブライドに憧れていると言っていたが、ツアーが六月十九日まであるなら、下旬にならないと式はできない。そのころには、ステラはもう妊娠七ヶ月。ウェディングドレスはAラインでないと無理だろう。それに年内一杯ワールドツアーを組むという方針で、マネージメントやレーベル側は動いているらしい。ロブが最初に、そうほのめかしていた。ということは、やっぱりインターバルはせいぜい十日、良くても二週間くらいしかないだろう。でも、今ならリハーサルに入るまでに一ヶ月ある。完全に休みにはならないと社長氏は言ったが、少しくらいなら、まとまって休めるかもしれない。一週間、いや、十日くらい。ツアーのインターバルと期間的には変わらないが、ツアーの合間だと、それまでの疲労と、それからの体力温存が必要になるから、式、旅行でフルに使うのは辛い。でも今ならそうしても、体力的にも気分的にも、かなり楽なはずだ。ステラのもう一つの憧れ、南の島へのハネムーンが実現できないだろうか――?
「あの……申し訳ないんですが、僕はその間、十日、いや、できたら二週間くらい、お休みにしてほしいんです。その間に結婚して、旅行に行きたいので。お願いします」
僕は思いきって、そう頼んでみた。
「結婚?」コールマン社長は、驚いたような顔をした。
「君が結婚するのかい、ジャスティン・ローリングス君。それも、今かい?」
「はい。大事な時期だということはわかっていますが、でも僕には、僕の責任というものがあるんです」
バンドのメンバーやロブには、ツアー中にもう事の顛末を話してあった。五月に結婚する予定だけれど、向こうの両親の希望でロブ以外出席できないことや、僕も髪を切らなければならないことも含めて。みな驚いていたようだったが、祝福してくれた。結婚式に呼べないことについては、『行きたかったけど、まあ、それぞれの考えもあるからね。しかたがない。あとでパーティでもしよう』とも言ってくれた。
「来て欲しかったんだけれどね。みんなが来ないと、僕の結婚式も完全じゃないような気がするんだ。ごめん」僕は唇を噛んだ。
「仕方ないんじゃない。きっと彼女のご両親にとっては、僕らがぞろぞろ行ったら、娘の結婚式は完全じゃないって思えるんだろうから」
エアリィは小さく肩をすくめ、
「結婚は両方の思惑が絡むからね」と、ミックは苦笑いしていた。
「髪を切ったら行けるのなら、僕は切っても良いよ。ジャスティンも切らなければならないなら、僕はかまわない」
ロビンはけなげにも、そう申し出てくれた。
「じゃ、ロビンにバンド代表で出てもらって、ベストマンしてもらえばいいか。ジャスティンとロビンは赤ん坊の時からの大親友なんだし」エアリィは屈託のない調子で言い、
「君は出ないの、エアリィ? ああ、でも……君まで髪を切るわけには、いかないよね」と、ロビンは首をかしげる。
「ん……まあ、ギリギリまで切ってみてもいいんだけど。またそのうち伸びるし。でもどのくらいの長さにすればOKなんだろ」
「おいおい、ちょっと待て。まあ、外見なんてアーティストの本質じゃないと言っちまえばそのとおりだが、おまえはイメージチェンジは止めとけ、エアリィ。おまえの髪は、ひとつの武器なんだからな。ことに今は、ブレイクしかけの時期なんだ。フロント二人がいきなりショートは、ちょっとまずいと思うぞ」
ジョージが苦笑して遮った。
「そうだよな。今の時期だから。本当、タイミング悪かったよ」
僕は首を振り、ため息をついた。
「ごめん、みんな。来て欲しかったんだけど……諦めるよ」
「でも、僕は行くよ。僕くらいなら、君と一緒に髪を切ったって、たいしたイメージチェンジにはならないから」
ロビンはあくまでそう言ってくれたので、彼にだけはベストマンとして、来てもらう事になった。そこまでは、メンバー間で話をしていた。ロブも一緒にいたから知っているし、結婚式に出席することも、快諾してくれた。この急なスケジュール変更で五月の結婚式は白紙に戻ったが、三月でも六月でも、出席の条件自体は変わらないだろう。
僕は改めて婚約にいたる経緯を、簡単に説明した。
「そう……か。しかし、ずいぶんと急なことだね。スケジュールの変更があったから、というのもあるのだろうが、それにしてもね」
コールマン社長はあごをなでながら、少し考え込んでいるようだった。
「僕が……結婚したら、困りますか?」
ふと不安になり、僕は聞いた。ステラが『あなたは結婚して大丈夫なの?』と懸念していたことが、急に脳裏によみがえってきたのだ。
社長は笑顔を浮かべ、首を振っていた。
「いや、君に結婚するなという権利は、我々にはないよ。君たちが若い女の子たちに人気があるからと言って、結婚するななどという、物わかりの悪いことは言わないさ。そんなことは、時代遅れだしね。まあ、実際には……どうだろう……正直、去年か一昨年だったら、私の個人的意見としては、もう少し待てと言ったかもしれないが……若いという以上にね。だが今なら……流れは強い。疑いもなく。君が早くに結婚することも、大したダメージにはならないと思う。ただ、あまりに急だったから、少し驚いているんだ。それに、君にもプロモーションには参加してほしかったしね。少し考えさせてくれ」
「はい……」
「お相手には、もう話してあるのかい? この間に式を挙げることを」
「いえ、昨日の夜に電話したんですが、その時にはただ、ツアーが中止になったから早く帰ってきた、とだけ言いました。もしかしたら次のツアーは、三月下旬からになるかも知れないと。それだけです。このあとに会うことになっているので、その時に詳しい話をしようかと……」
「五月の式予定が三月になると、準備も大変ではないかい? お相手が」
ああ、たしかにそれは考えていなかった。つい浮かれてしまったが、きっとパーレンバーク夫妻には、大ひんしゅくを買うだろう。場合によっては無理だ。そうなると、六月に式を挙げるしかないが……入籍だけして、旅行に行って、式は六月という変則技は、あの旧式なパーレンバーク夫妻は認めてくれないだろう。
「そうですね。話し合いによっては、六月になるかもしれないですが……」
「でも君は、できたら三月に式を挙げたい、と」
「はい……」
「そうか……」
社長はロブやレーベルのA&R、スタインウェイさんと小声でしばらく話した後、僕に向かって頷いた。
「わかった。もし君が三月頭に式を挙げるなら、君に十二日間のオフを上げよう。式の二日前から、十日後まで。その期間以外はプロダクションの打ち合わせもあるし、プロモーションの仕事も受けてもらいたいけれどね。もし式を挙げないなら、その間にも仕事は入ると思うが。決まり次第、連絡してくれ。それでいいかね」
「はい! ありがとうございます!」
よし、なんとかマネージメントとは話がついた。すぐにステラのところに行って、今後の打ち合わせをしなければ。パーレンバーク夫妻が、けちをつけなければいいが。
オフィスから出ると僕はステラに連絡し、車を走らせて彼女の家に向かった。
「まあ、急な話ねえ。あと二週間もないじゃないの」
話を聞くと、やはりパーレンバーク夫人は顔をしかめている。でもステラは両手を合わせ、弾んだ口調で言ってくれた。
「あら、わたしはうれしいわ。せっかく早く帰ってきてくれたのだから、六月まで待たなくてもいいと思うの。それに、新婚旅行に行けるなんて。わたし、あきらめていたから、本当にうれしいわ」
「でも、ステラや。あなたは普通の身体ではないのよ。こんな寒い時に結婚式だなんて。それに旅行に行ったりして、大丈夫なの?」
「エヴァンス先生の検診を受けて、相談してみるわ。でも、大丈夫だと思うの。きちんと寒さよけをすれば平気よ」
「お支度のひまもありゃしない」
母親はまだ、文句が言い足りないようだ。
「第一、ドレスはどうするの? あと二週間足らずでお仕立てなんて、できないでしょう。こっちは五月というから、そのつもりで準備していたのに、急に二ヶ月も早めるなんて、どういう神経なのかしら」
「ママ。ジャスティンにもスケジュールの変更はどうにもならないのだから、しかたがないではないの。お仕事なのだから。三月か、六月かしかないのでしょう? どうしても無理ならば六月まで待つけれど、でもママ、本当にどうしても間に合わない? まだ二週間近くあるわ。ドレスもオーダーメイドが無理なら、既製品でもいいのよ。それに、あとのお支度は、あとからでもできるわ」
ステラは訴えるような表情で母親を見た。もとより娘を溺愛している夫人である。甘えを含んだその眼差しには、めっきり弱いようだ。
「まあ、あなたがどうしてもと言うのなら……パパに相談してみましょう。結婚しても、この人はすぐに仕事に行くのなら、あなたもお家に帰ってこられるし、わたしたちも手伝いに行けるわね。でも、きちんとお医者さまの診察を受けて、本当にこんな時期に結婚して旅行に行ってもいいのか、もしいいとなったらどういうことに注意すればいいのか、しっかり聞いていらっしゃい」
「ええ、わかったわ。ありがとう、ママ!」
ステラは母親の首に抱きついた。その娘の背中を一、二度いとしそうにさすりながら、パーレンバーク夫人は聞いている。
「でも、旅行といっても、どこへ行くの? あまり遠いところだと、飛行機の移動が負担でしょう。どこへ行くつもりなの?」
「そうだ。君は南の島がいいって言っていたよね、ステラ。やっぱり今もその希望かい?」
僕はそこでやっと口を挟むことが出来た。
「ええ、そうね。暖かいところ。とくに今はそのほうが、身体にもいいとも思うの」
「じゃあ、カリブ海かな? 地中海は遠いから、今は無理だろうし。そうだ、バハマあたりはどうだい?」
「あら、すてき!」
「まあ、そのあたりなら悪くないかしらね」
パーレンバーク夫人は賢しげに肩を上げ、頷いている。まさか新婚旅行に両親がついてくる、などと言わないだろうなと僕は一瞬危惧したが、そこまで常軌を逸してはいないだろうことを祈るしかない。
「では、明日病院に行きましょう。やっぱり心配だから、わたしも一緒に行くわ。それで、もしあなたが疲れていなかったら、そこからパパにも来てもらって、三人でどこかで一緒にお食事をして、午後からドレスを見に行きましょう」夫人は言い、
「あら、そうね。わたし、とても着たかったウェディングドレスがあるの。五月だとちょっと危なかったけれど、今なら着られるわ。マダム・クロフォードのお店に行っていい? それで、二週間でお仕立てができるかどうか、頼んでみたいの。どうしても無理なら、お店にあるドレスにするわ」と、ステラも声を弾ませている。明日は、僕の出る幕はなさそうだ。
「じゃあ、診察が終わったら、連絡を入れてくれないか、ステラ。僕は旅行の手配をしておくよ。ああ、その前に教会に行って、日を決めてこないとね」
「教会には、うちから話をしておきますよ。明日にでも」
パーレンバーク夫人は僕をちらりと見、そっけない口調で言った。
「わかりました。それでは教会の方は、お願いします」
僕は引き下がった。実家へは、正式に日程が決まり次第、報告しておこう。
翌日、ステラから電話で、ドクターが結婚式と旅行を許可してくれたと報告が入った。彼女の両親が教会に出向いて協議した結果、結婚式の日取りも正式に決まった。三月二日と。ステラが両親とドレスを選んでいる間に、僕は旅行の手配をすませた。三月三日から七泊八日の予定で、バハマへの新婚旅行。飛行機は奮発してファーストクラスを予約し、ホテルも一流どころのスイートルーム。サポートツアーのギャラばかりでなく、残り少ない貯金まで消えてしまったが、一生に一度のことだ。このくらいの贅沢はしたい。
それから式までの日々を、僕はあわただしく過ごした。社長が言ったとおり、プロダクションの打ち合わせが三日ほどあり、プロモーションもかなり入ってきたので、結婚の準備だけに専念してもいられなかった。テレビ出演が三回、ラジオ系が四回、インタビューがあわせて十七件。それで一週間ほどつぶれた。こっちは一世一大の結婚式を控えているのだから、少しは遠慮してくれ! と思わず言いたくもなったが、バンド自体今が大事な時期であることはわかっているだけに、文句は言えない。
式の前夜、僕は髪を切った。ハイスクールの頃から行っている美容院(実家に近い雑居ビルの二階にある、明るく広い空間が開放的なところだ)へ行き、いつもカットを担当してもらっている美容師さんに、「うなじが隠れるくらいのところまで切って」と言った時、僕はかすかに自分の声が震えているのを意識し、ちょっと苦笑したくなった。髪を切るくらいで、なにを悲壮になっているのだろう。短くなっても、また伸ばせばいい。半年、いや七、八か月くらいたてば、元通りの長さになるだろう。
「えっ、切っちゃっていいの? イメージチェンジかい?」
美容師は驚いた表情で、聞き返している。
「違うよ」僕は苦笑した。
「明日は特別な日なんだ。その日のために、僕は髪を切らなければならないんだよ。イメージチェンジじゃなくね。髪を短くするのは、これで最後、とまでは言わないけれど、たぶん、もう当分ないつもりだよ」
「そうか。任せて。かっこよくカットしてあげるよ。でも、特別な日って、なんだい?」
美容師──トニーという名前の、色の浅黒い二十代半ばの彼は僕の髪を濡らし、ブラシをかけながら、パチッとウインクをしてみせている。
「しかし、いつも思うんだけれど、君の髪はブラッシングが大変だよね。量が多い上に、かなりの巻き毛だからね。いつもブラッシングしているかい? スケルトンブラシでだよ。普通のだと、アフロみたいに広がっちゃうからね。髪の毛爆発は、かっこわるいだろう? なんて言って、君にそんな口を聞いていられるのも、今のうちだけかな。元々けっこう売れていたけれど、今は凄いことになっているじゃないか、君たちのバンドは」
僕は返事のかわりにただ苦笑して、肩をすくめた。
「ここの店に最近入った若い子たちなんかね、君が来るって知って、ずいぶん驚いていたよ。『ジャスティン・ローリングスさんって、あの人ですか? エアレースの? ええ?』なんて言ってね。ほら、だからまだ残って見ている。あとできっとサインをくれなんて頼まれるよ。君の髪は決して扱いいいほうじゃないけど、僕もなんだか自慢できそうだな」
トニーは相変わらず軽口を叩いている。
「そういえば、ロビン君も昨日来てね。やっぱり髪を切ってくれって。で、マッシュルームカットにしてあげたよ。昔みたいに。そうしたら本当に坊やみたいになって、思わず笑ったな。僕はまた、彼が髪を短くするのは、少しでも存在感を出そうというのかな、と思ったんだけれど、だから目立つようにね。だけど、あの子は相変わらずほとんど話をしない子だから、よくわからなかったな。あの子も、君のいう特別な日と関係して、髪を切ったのかい?」
「まあ、そんなところかな。って、マッシュルームカットなのかい、ロビンは」
僕は再び苦笑した。童顔にその髪型は、今だとかなりこっけいだろうと思いながら。
「いや、彼にはそれが一番似合うと思ったし、少しでも存在感が出るだろう? 本人も文句は言わなかったからね」
トニーは肩をすくめる。彼はかなりおしゃべりだ。僕はあんまり歓迎しないが、なんとなくこういうところではBGMのようだし、僕がしゃべらなくとも勝手にしゃべってくれるから、ある意味で気が楽だ。それに腕はたしかなのだ。
「バンドでイメージチェンジをするわけではないんだね。そうだろうなあ、せっかく火がついてきた時に、大胆なイメージチェンジなんて、普通はしないもんな。ロングもショートも、スタイルさえ整っていれば美しいけれど、まあ、それに君やロビン君なんかはショートでもそれなりにいいけれど、うん、あの子はショートにしたらもったいないな。そう、ヴォーカルの──アーディス・レイン。あの子の髪は、ものすごいね。いろいろと人の髪を見てきたけれど、あんなに輝きのある、きれいなブロンドの髪は見たことがない。あの子は顔もものすごくきれいだから、本当に男にしておくのは、もったいないな。あの髪、天然なのかい? めったにあの髪色の天然はないんだけど――あるとしたら、もっと顔色もピンクだったりしそうだけど、でもブリーチにしちゃ、艶がありすぎるよね」
「天然じゃないかな。聞いてみたことはないけど、ツアー中でも、いつも根元から全然変わらないからね。それに彼は薬品アレルギーがあるから、ブリーチなんてできないと思うよ。シャンプーだって、あまり使わないくらいだから」
「じゃあ、何で洗っているんだい?」
「アイヴォリーみたいな、純正石鹸だけかな。それも、そんなには使わないみたいだ」
未来世界でシャワーを浴びる時、エアリィの後に入ると、いつも洗剤量がゼロか最小限になっているので、調整しなおさなければならなかった。モーテルの相部屋に泊まった時も、シャンプーは持ってきていなかった。混じりけのない石鹸一個だけだ。今はどうかわからないが、たぶん同じだろう。
「へえ……じゃあ、コンディショナーもトリートメント剤も使ってないわけか……」
「ああ、たぶん」
「うーん。ミステリーだなぁ。それでどうやって、あの輝きと艶を出しているんだろう」
「さあ」
僕は小さく肩をすくめた。トニーは美容師という職業上、あの髪に興味を惹かれるのだろう。まあ、アーディスがもし女性だったら、あの髪も恐ろしく魅力的なのだろうが――そうでなくとも、たしかに今もステージや映像、写真の視覚効果は高い。だからジョージが『おまえの髪は一つの武器だ』と、エアリィに言うのだろうし。
「ブラッシングもしてないのかい?」
トニーは興味が尽きないらしく、なお質問してくる。
「あんまり見たことないな。乱れたら手で直してる感じだし」
「ああ、ますます謎だなぁ。ぜひ彼にも、うちに来てくれるように言ってくれよ。今大ブレイク中のアーディス・レインだし、あの髪を、ぜひ触ってみたい!」
そこまで強調するな、トニー。かえって勧めたくなくなった。まあ、どのみちエアリィは美容院には行かないだろうが。彼は背中に腕を回して髪を切れるほど、超身体が柔らかく、器用な奴なのだ。初期のツアーで僕はそれを目撃して、『おまえはタコか、クラゲか!』と叫んだほどだったのだから。
「話だけは、しておくけれどね」
僕は苦笑して、肩をすくめた。
「でも期待はしないでくれよ。あいつは別に髪を短くするわけじゃないから。僕やロビンが髪を切るのは、バンドのイメージチェンジじゃないんだ。繰り返すようだけど」
僕はそれだけ言うと、あとは黙って見ていた。自分の髪が切り落とされて、床に落ちていくところを。金褐色の髪の束がだんだんとかさを増し、床に積もっていく。トニーもカットを始めてからは、黙って仕事をしているようだ。チョキチョキという機械的なリズムで、はさみの音だけが響く。鏡の中の僕は、なんだか自分の知らないほかの誰かに変貌していくように思えた。
一時間後、僕はコートをはおって、店を出た。
「どうだい、ショートにした感想は?」
トニーがウインクをしながらそう聞く。
「首が寒いよ」
僕は肩をすくめ、それだけ答えた。
「風邪をひかないようにね。冬場に急に髪を切ると、ひきやすいんだよ」
「ああ、わかってる。ありがとう」
「そうだった。君はもと医者のたまごだったものね。ありがとうございました!」
僕は返事代わりにちょっと手を上げ、店の駐車場にとめてあった車に乗りこんだ。頭が妙に軽かった。切られた髪と一緒に何かをなくしたような、そんな気がして、我知らず深いため息が漏れる。まあ、いい。式が終わったら、また伸ばせばいいのだから。僕はそのまま実家へと向かった。
結婚式の日、僕はかつての自分の部屋で目覚めた。僕が家を出てからも、この部屋は元通りに整えられている。起き上がり、レンガ色の幾何学模様のカーテンを開けると、明るい日差しが差し込んできた。僕は窓を開けた。三月の初めだというのに、特別暖かい日だ。雪も降らず冷たい風も吹かず、一足早いぽかぽかとした春の日差しに包まれている。面映さを承知で言うなら、まるで太陽が祝福してくれているような気がした。
「早く朝食にしなさい、ジャスティン。もう九時過ぎよ。式は一時からでしょう」
食堂に降りていくと、母が僕の顔を見るなり言う。ホプキンスさんは湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、式に出席するために来た親戚たちの面倒を見て立ち働いていたが、僕を見るとたちまち台所に飛びこみ、まもなく朝食のトレーをささげて持ってきた。
「どうぞ。朝はしっかり食べておかないと。パーティは三時からですから、それまで食事はできませんよ。それにパーティでも、新郎新婦は食べている暇はないでしょうからね。でも、卵はやめておきました。緊張して気分が悪くなるといけませんからね。全部召し上がってくださいよ、坊ちゃん」
「ああ、ありがとう」
僕は苦笑して、トレーを受け取った。
「おめでとうございます。坊ちゃん。まあ、こんなにお早くご結婚なさるとは思いませんでしたが。まだ二十歳前ですものね。ジョセフ坊ちゃまより先だなんて。でも、大丈夫ですよ。ジャスティン坊ちゃんはしっかりされているし。どうかお幸せに」
ホプキンスさんは感極まったのか、エプロンで鼻をかみ、目をぬぐった。
「ありがとう、本当に。なんだか期待に添えないことばかりだったけれど、ホプキンスさんには本当に感謝しているよ」
僕もなんとなく胸がつまり、トレーから右手を離して、その丸々とした手をとった。
「どんな道に進まれても、ジャスティン坊ちゃんには変わりありませんものね」
ホプキンスさんはもう一度すすり上げた。
「短い髪、とてもお似合いになりますよ。なんだか不思議ですね。そのお姿を見ていると、本当に医学生さんのようで……長い髪も似合っておいででしたがね。もう見なれてしまったので、少々今のほうが変わって見えるくらいですが」
「なんだか僕は、僕じゃないような気がしているよ」
僕は苦笑し、髪に手をやった。
「ああ、そんなことをしたら、トレーに髪が落ちますよ。それに片手で持っていては、危ないです。ひっくり返さないでくださいよ」
ホプキンスさんらしい注意を残し、忙しい彼女は誰かに呼ばれて立ち去っていった。
僕はテーブルにトレーを置き、朝食にかかった。やはり緊張しているのだろうか、あまり食欲はなかったが、ホプキンスさんの心遣いを無駄にしないよう、できるだけ食べた。
朝食を終えた頃、ジョイスがやってきて、僕の隣の椅子に腰を下ろした。栗色の髪を、ゆるく二つに束ねている。まだ普段着のままの妹は、少し寂しげな目で僕を見上げた。
「いよいよ結婚しちゃうのね、お兄ちゃん」
「ああ。でも結婚しても、僕らが兄妹であることには変わりないさ」
僕はちょっと笑ってみせ、妹の髪を軽く引っ張った。
「時々は新しい家にも遊びに来ておくれよ、ジョイス」
「あら、新婚家庭のお邪魔虫にならない?」
「いや、大丈夫さ。歓迎するよ」
お邪魔虫なら、もっと近くにいるから──それは言わずにおいたが。パーレンバーク家に近い新居というのは、何かにつけて夫妻の侵食を受けそうだという、悪い予感がする。
「ここにも帰ってきてね、時々は」
「ああ。父さんや母さんや、おまえに会いにくるから。おまえも来てくれよ」
「ええ。じゃあ、お言葉に甘えて押しかけちゃうわ」
妹は微笑んだ。そして結わえた髪の束を片方取り、手でねじりながら言葉を継ぐ。
「ホプキンスさんがあたしの髪を結ってくれるはずなんだけれど、今朝は忙しくて、まだ暇がないの。親戚の人たちだけじゃなく、病院関係のお客さまもいっぱい来ちゃっているでしょう。パーティの準備にコックさんとメイドさんを二人臨時に雇い入れたけれど、とても全部は回らないのよ。ステラさんのほうは、どれだけ来るの?」
「ステラのゲストかい? お父さんは仕事をもう引退されているんだ。今は夫婦でビルや土地のオーナーで、それで収入を得ているから、仕事関係の人はほとんどいないんだ。代理店の人くらいかな。付き合いのあった弁護士さんも、来ないらしいし」
僕はその件の弁護士の息子、アーマンド・トラヴァースとステラとの、うまくいかなかったロマンスを思い出した。それゆえ、その当の娘の結婚式に呼ぶわけにはいかないのだろうとも。僕は心の中で肩をすくめた。
「それにパーレンバーク家は、あまり親戚も多くないらしいよ。お父さんの叔母さんとその子たち、といっても、お父さんと同じくらいの年配だけれど、その人たちが二人、夫妻で出るから四人か。お父さんは一人っ子だったらしいし、もうご両親は亡くなっているから、それだけだよ。お母さんのほうは、お兄さん一家がいる。ステラには伯父さんだね。あまり交流はないらしいけれど。上の子は女の人で、二九歳。去年結婚したから旦那さんと二人で出席するみたいだ。下の男の人は二五だけど、式には来ないらしいよ。仕事で今アメリカに住んでいるからって。あと、お父さんお母さんの友達の人が来るみたいなんだ。ドーセット夫妻といってね、アイルランド貴族の末裔らしい。家族ぐるみでつきあっているそうだよ。子供たちはもうとっくに成人して出ているから、来ないみたいだけれどね。あとは、ステラの友達だね。メアリさんとサンディさん、エマさんとブリジットさん、それにカレンさん。全部で五人かな」
「誰が付き添い娘をやるの?」
「メアリさんだよ。ステラはモリーって呼んでいる。一番の親友だからね。僕のベストマンは、ロビンにやってもらうことにしたんだ」
「あら、そうなの。ロビンさんも出ていいって?」
「髪を切ったからね。僕と同じショートに」
「でも、こう言っちゃなんだけれど、ずいぶんパーレンバークさんも石頭よね」
ジョイスは首を振り、ちょっと眉をひそめた。
「髪が長かろうと短かろうと、どうだっていいじゃないの。ロックミュージシャンだろうとお医者さんだろうと、いえ、たとえ工事人夫さんや掃除夫さんだって、ごみの収集をする人だって、いなければ困る、立派なお仕事よ。職業に貴賎はないのが、常識じゃない。第一、お兄ちゃんがロックミュージシャンだっていうことは、髪を切ったって変わりはないでしょう? 親戚の人だって、嘘を聞かされているのでない限りは、知っているはずよ。ロックミュージシャンなら、多少髪が長くたって、あたりまえじゃないの。変に思う人なんていないわよ。お医者さんや刑事さんにも、今は長い髪の人もいるわ。なのにどうして髪を切れ、体裁が悪いから、なんて言うのかしら。短い髪のお兄ちゃんもいいけれど、あたしはやっぱり、もとの髪のお兄ちゃんのほうが、ジャスティンお兄ちゃんだって感じがするわ。なんだか、そうやっていると、別の人みたいな気がするくらいよ」
「僕も心の中では、おまえに大賛成なんだけれどね、ジョイス」僕は苦笑した。
「それにバンドの人たちを呼んじゃいけないなんて。髪を切らなければ体裁が悪い、なんてずいぶんひどいわよね。お兄ちゃん、だって他に友達いる? ロビンさんが髪を切ってまで来てくれるなら、まだ救われるけれど、そうでなかったら、誰も友達が来ない新郎になってしまうわよ。それって、少し寂しくない?」
「寂しいよ、まったくね」僕は再び苦笑。
「みんなに来てもらいたかったと思う。ロビンだけでなく、エアリィにもジョージにもミックにも」
「でも、バンド全員でショートカットにするのって、けっこう勇気がいるでしょうね。イメージとかも、あるでしょうし」
「ああ、さすがに僕のために、みんなにそこまでさせるわけにはいかないよ。まあ、寂しいけれど、しかたがないさ。ロビンだけでも来てくれて、ベストマンをやってもらえるんだから、よしとしよう」
「お兄ちゃんも、本当に髪を切っても大丈夫だったの?」
「いや……ロブには話したけれど、社長さんには話していないから、驚かれるかもしれないな。それにインタビューで『なぜショートに?』って聞かれるだろし、そうしたら、まさか本当のことなんて言えないし、ちょっと困ったな。なにかうまい言いわけを考えておかないと。夏だったら暑苦しかったからとか言えるけれど、今はまだ冬だしね。そう思うと、少し憂鬱だよ。髪を焦がしたとでも言っておくかな。間抜けっぽいけれど。早く伸びてくれるのを祈るだけだね。秋くらいになれば、ある程度格好がついているだろうから、それまでの辛抱だ」
「理解がないにも、ほどがあるって感じね」
ジョイスはいくぶん吐き捨てるような口調だった。将来の義父母に対する不満を僕はあからさまに口に出来ないだけに、妹がかわりに言ってくれるのが気分良く、彼らをかばいだてする気にはなれなかった。むしろそうして鬱憤を晴らすことで、いくぶん気持ちが軽くなった。
やがてホプキンスさんがジョイスの支度をするために呼びに来た。僕は家に滞在している父方の伯父や伯母、従兄弟たち、そして母方の大叔父夫妻に一渡りあいさつし、軽く話をした後、母と兄に付き添われて、一足先に家の車で教会へと向かった。 教会はステラの家の近くなので、ここからだと車で二十分くらいかかる。親戚やお客さんたちは、手配した何台かの車で、あとから来る予定だった。
教会の控え室で、服を着替えた。この日のために新調した白いタキシード。その下にフリルのついた絹のブラウス、白い蝶ネクタイ。たぶんこんな格好をするのは、今日だけだろう。短い髪と白いタキシード。鏡に映った僕は、まるで見知らぬ誰かのようだ。
僕は自分の控え室を出て、花嫁の部屋に向かった。きっと母親が付き添っているのだろう。『式まではだめですよ』と、追い返されるかもしれない。そんな思いで行くと、なんと花嫁の控え室から出てくるパーレンバーク夫人の姿が見えた。明るいパールグレイのドレスに身を包み、せかせかとした足取りで、その夫と連れ立って、廊下を遠ざかっていく。親戚にでも会いに行くのだろうか。そうすると、運が良ければ今控え室にはステラだけだ。
夫妻の後ろ姿が完全に見えなくなってから、僕は慎重にドアをノックした。
「はい……」
しばらく待った後、小さな返事があり、ドアが開いた。
「忘れ物でもしたの、ママ? あら、ジャスティン!」
ステラは驚いたように僕を見つめた。
「あら、まあ。見違えたわ。とても立派よ。すてきだわ!」
「君こそ、ステラ。本当にきれいだよ」
僕は思わず感歎の声を上げた。
ステラはもうすっかり支度が済み、純白の花嫁衣裳をまとっていた。少なくともパーレンバーク夫人は、服の趣味は良いようだ。それとも、全面的にステラの希望なのだろうか。欲しいドレスがあると、何度か言っていたから。上質の柔らかな絹で出来たそのドレスは、適度なゆるみを持って身体を包み、袖や胸にふんわりとしたドレープを作っている。ふわっと膨らんだスカートの上から流れ落ちる白のレースが、水の波紋のように床に広がっていた。首から肩にかけてあしらったレースを真珠のブローチで胸に留め、スカートの上の方までその裾が垂れ下がっている。腰にはサテンのサッシュを巻き、後ろで大きなリボンに結んであった。金色の髪はきゅっと後ろにまとめて、小さなシニヨンにしてある。後れ毛の下に見える小さな耳には、サファイアのついた、ちろちろ揺れる金のイヤリングが下がっていた。頭と顔をすっぽりおおったシフォンのベールは、まるで薄い雲のようだ。
僕は思い出していた。初めて僕たち二人が出会った夜を。四年前の五月、土曜日の午後に開かれた、あるハイスクールでの交流パーティ。ステラはその時も、白い服を着ていた。あっさりしたデザインの、柔らかい生地で出来たワンピース。雲のような金色の髪にも、白い花の飾りをつけていた。ステラは誰かを探すようにまわりを見ていた。その姿に目を惹かれた僕は、思い切って声をかけたのだった。
『どうしたの? 誰か探しているの?』
『ええ、友達を。一緒に来たのだけれど、さっきから、どこかへ行ってしまったらしくて。ああ!』
彼女は僕を見上げ、ぱっと頬を紅潮させた。
『あなたはさっき演奏していたバンドの、ギターの人ですね。そうでしょう?』
『そう。今夜は僕たちの初舞台なんだ。気に入ってもらえたら、うれしいんだけれど。僕はジャスティン・ローリングス。ローズデイルイースト・セカンダリースクールの十一学年なんだよ。君は?』
『ローズデイルだと、少し遠いですね。でもわたしも、学校はその近くなんです。わたしはステラ・パーレンバーグ。セントメアリ・プライベートスクールの第十学年なの』
彼女は恥ずかしそうに微笑んで答えた。長い睫毛を伏せ、頬を美しい紅色に染めながら。バンドとしての第一歩を踏み出した、ハイスクールでのパーティ。まだインスト四人のころで、やっととれた初めての仕事だった。演奏した曲は、ヒット曲のインストバージョンばかりで、かなり不本意だったけれど、初めての仕事で気分は高揚していた。僕はそこで、未来の花嫁と知り合ったのだ。忘れもしない、四年前の五月九日。ステラが十五才で僕が十六才だったその夜が、バンドにとっても僕たち二人にとっても、記念すべき第一歩を踏み出した時だった。それから四年の年月を経て、僕たちは今一つのゴールにたどり着いた。そして新しい人生というスタートラインに。
「本当にきれいだね、ステラ」
僕は花嫁を見つめ、もう一度繰り返した。
「ありがとう。うれしいわ」
彼女は頬を少し紅潮させながら微笑んだ。
「子供のころから、わたし、あこがれていたのよ。ウェディングドレスを着て、花嫁さんになる日を。その日が本当に来たのね」
「だけど、君の相手は僕で良かったのかい? もっとすてきなお婿さんを想像していたんじゃないかい?」
「何を言うの、いやね!」ステラは小さな声で笑った。
「意地悪ね、ジャスティン。わかっているくせに。入って」
ステラはドレスの裾をつまんで部屋に戻り、僕もドアを閉めて中に入った。部屋には、他に誰もいない。
「このドレス、どうかしら?」
ステラはスカートを優雅な仕草でつまみ、にっこりと笑う。
「似合うよ。最高にすてきだ」
僕は手を伸ばし、そっとスカートのドレープに触れた。
「でも、ずいぶん忙しい思いをさせて悪かったね。君はただの身体ではないのに。ドレスを選んだり、支度もいろいろ大変だっただろう」
「急に二ヶ月も早くなったのですものね。ママは文句を言って大変だったわ。このドレスも、昨日の夜に仕上がってきたの。ぎりぎりよ。クロフォードのお店では、ウェディングドレスのオーダーメイドは、普通なら二、三ヶ月、早くても三週間かかるって言われたのだけれど、無理を言って、十二日間で仕上げてもらったのよ。特急料金でドレス代が一割増しになって、ママはそこでもぶつぶつ言っていたけれど。でも、わたしはどうしても、これが着たかったの。お店にも展示してあったのだけれど、わたしのサイズではないから、仕立ててもらう必要があって……間に合ってよかった。わたし、うれしいわ。早くあなたのお嫁さんになれるし、着たかったドレスも着られて。今なら、あまりお腹も目だたないでしょう?」
「ああ、全然わからないよ」
僕はスカートに触れていた手をスライドさせて、滑らかな腹部に触れた。壊れ物を扱うように、そっと。ステラは微笑み、僕の手の上から、自分の柔らかな指を重ねている。
「不思議ね。わたしの中に命が育っているなんて」
ステラはささやくような声を出した。
「昨日、念のために、もう一度検診に行ってきたの。順調ですって。超音波の映像を見せてもらったのよ。小さな手足のついた雪だるまのような形をしていて、そのちっちゃな手足が、時々動くの。わたし、感動して涙が出てしまったのよ」
「そうか。僕も見たかったな」
ステラ同様、不思議な気分がしていた。彼女の中に今、僕たちの分身である小さな生命が宿っている。彼女の身体だけをよりどころとして育っている、僕らの子供。秋になれば、赤ん坊として、この子は生まれてくるのだろう。父親になるという感覚は、まだ僕にはピンとこない。何となく照れくさいようなうれしいような、そんな漠然とした感じだ。でも生命の神秘を、感じずにはいられない。命はいったいどのような定めで、どこから来るのだろうと。まだせいぜい二、三センチの小さな小さな命、この子は秋にどんな赤ん坊になって、産まれてくるのだろう。髪は、目は、顔は、体つきは、そして性格は? 男の子だろうか、女の子だろうか。この子はどう考え、何が好きになり、どんな人と会い、どんな夢を追いかけるのだろう──?
突然、僕は気づいた。事実、それとも今となっては幻かもしれない、二年半前、いや、未来のヴィジョン。世界はあと八年半で終わる――もしそれが本当だったら、この子はその時、まだ八歳だ。そう思った時、背中から氷水を浴びせられたような、ぞっとする冷たさを感じた。もちろん、僕はこの子をアイスキャッスルへ連れていくだろう。でも、もし本当に世界の終わりが来たならば、とてつもなく過酷な条件と聞くアイスキャッスルで、たった八歳の子供が生き延びられるだろうか――?
「どうしたの、ジャスティン?」
ステラが怪訝そうな顔で見ている。
「いや……」僕は笑おうとした。
「考え込んでしまったよ。あまりに不思議で……」
「そうよね……」
ステラはいとおしげにお腹をなでた。彼女の感じている思いと、僕のそれとは違うだろう。でも共通な願いは、我が子の無事な成長。それは同じだろう。
「でも、大丈夫かい。まだ十二、三週くらいだろう? 式や旅行で、疲れ過ぎないようにしなければね」
「ええ。たしかにまだ安定期ではないけれど、実際にはよほど無茶をしなければ、それほど問題はないそうよ。エヴァンス先生が、そうおっしゃっていたわ。わたしは若いし健康だから、結婚式を挙げたり、バハマに旅行に行ったりするくらいなら大丈夫だと、言ってくださったの。立っていてお腹の張りを感じたら、すぐに座るか横になること。疲れたなと感じたら、すぐ休むこと。冷やさないようにすること、それは守ってくださいとも、おっしゃっていたけれど」
「冷やさないように? じゃあ、絹のドレスじゃ寒いんじゃないかい?」
「大丈夫よ。この下にフランネルのコンビネーションを着ているの。毛糸のベストとペチコートもよ。ママが心配して、重ね着をさせるんですもの。今日は陽気がいいから、暖かすぎるくらいだわ」
「本当かい?」
僕は思わずスカートを持ち上げようとした。
「だめよ、見ないで!」
ステラは笑って、不届きな手を押さえている。
「ごめん。つい見たくなっちゃったよ」
僕は笑って手を引っ込めた。改めてお互いに見つめあう。ステラはぽっと頬を染め、恥ずかしそうに微笑んだ。
「きれいだね、本当に」
僕は再び手を伸ばし、ふんわりとした袖に触れた。
「ベールをずらしたりドレープを崩す心配がなければ、思いきり君を抱きしめたいよ」
「いいわよ……崩れたら直すから」
ステラは再びはにかんだように笑う。
僕は衝動に負け、手を伸ばして花嫁を抱き寄せようとした。と、その瞬間、控え室のドアが開き、甲高い声がした。
「ステラ、ミッシェル大叔母さんにトマスとライザが、ちょっとご挨拶にって……あら」
パーレンバーク夫人は、慌てて飛び退いた僕を、驚いたように見やった。
「来ていたの? まあ、まだお式の前なのに、ここに入ってきてはだめよ。本当に、常識知らずなんだから。早く出て行ってちょうだい」
言葉だけでなく、夫人はその手で僕の背中をぐいっと押し、ドアの方へ押しやる。僕は「すみません」と頭を下げ、押し出されるようにドアから出た。夫人の後ろにいた太った老婦人と中年の男女が、(これがお婿さんか)という好奇心に満ちた、あからさまに値踏みをしているような目で見ている。僕はその人たちにも軽く頭を下げて挨拶をすると、冷や汗をかきながら退散した。
焦って小走りに自分の控え室に戻る途中、ジョイスとぶつかりそうになった。妹は明るいクリーム色のシルクにオレンジ色のリボンを裾と襟元にあしらい、レースで飾ったドレスを着て、髪をアップに結い上げ、ドレスと同じ色合いの、華やかな髪飾りをつけている。ジョイスはびっくりしたように目を丸くし、「なにやっているの、お兄ちゃん。花婿さんがこんなところをうろうろして」と、あきれたように声を上げていた。さらに控え室から出てきたホプキンスさんにも、「坊ちゃん、気持ちはわかりますが、落ち着いてくださいよ」と、たしなめられる始末だ。やれやれ、結婚式はあわただしすぎ、二人だけの感慨に浸っているひまなんてない。
そんなバックステージの喧騒が嘘のように、式は厳粛に進められた。賛美歌が歌われ、神父さんの始まりの言葉を聞いた後、僕はベストマンを務めてくれるロビンとともに祭壇に立った。
ステラは父親と一緒にヴァージンロードを歩いてきた。ブライズメイドを務める彼女の親友、メアリ・デュバリエ嬢がベールを捧げながらついてくる。ステラはモリーと呼んでいるメアリ嬢は、茶色の髪を両側でシニヨンに結い、サーモンピンクのドレスを着て、頬を心もち紅潮させていた。平板な顔立ちでそばかすが多く、口も少々大きくて、おとなしそうな印象の彼女は、ステラの小学校時代からの友達だ。僕たちが出会ったハイスクールの交流パーティにステラが来たのも、メアリさんに誘われたからだし(会場となった高校に、彼女と仲のいい従姉がいたらしい)、彼女がその従姉と話に行って、ステラが一人になったから、僕が話しかけられたわけだから、間接的には僕らの結びの神だ。僕らの付き合いがステラの両親に禁じられていたころには、僕に会う時、いつも彼女に協力してもらっていたという。ある意味、僕にも恩人でもある。会社員のお父さんとフラワーアレンジメントの先生であるお母さん、大学生のお姉さん。映画や食べ物の好みがステラと似ていて、よく一緒に出かけ、最近新しい彼氏が出来たこと――そんな彼女に対する情報は、ステラからよく聞いた。僕自身、メアリ嬢と直接話したことはないが。
パーレンバーク氏は恰幅の良い身体を黒いモーニングに包み、口を真一文字に引き結んで、娘の手を取って歩いていた。ステラはうつむき、すべるような足取りでヴァージンロードを踏んでやってくる。祭壇の前で、パーレンバーク氏はきっと僕をにらみ据えながら、娘を渡した。
僕らは祭壇に向き合い、神父さんが長々と口上を始めた。「この結婚に異議のあるものは申し出るように」というお決まりのフレーズに来た時、パーレンバーク夫妻が意味ありげに目を見交わすのが見えたが、さすがに、というかここに来て本当に異議を申し立てるなど、実際にはまったくといっていいほど、ないのかもしれない。このフレーズも無事に過ぎ、キリストの教義にもとづくお説教、賛美歌と続いた後、司祭は厳かに問いかけた。
「汝、ジャスティン・クロード・ローリングスはステラ・マリア・ヴォン・パーレンバークを妻とし、病める時も健やかなる時もこれを愛し、これを慰め、死が二人を引き離すまで、ともに生きることを誓いますか?」
「誓います」
僕はステラの目を見つめながら、力をこめて答えた。
司祭は頷き、ステラのほうに向き直る。そして、また同じフレーズが繰り返される。
「汝、ステラ・マリア・ヴォン・パーレンバークは──」
口上が終わると、ステラはベール越しに僕を見、低い声で明瞭に言った。
「誓います」
聖餐の葡萄酒とパンを食べ、指輪を交換した。誓いのキスを交わし、司祭は僕ら二人を夫婦と宣言した。
「神が娶わせたものを、人が引き離してはならない」と。
契約書にサインをし、僕らは正式に夫婦となった。ステラはペンを置くと、涙ぐんだ。僕は彼女の肩を強く抱き寄せた。パーレンバーク夫人も泣いている。でもその涙は、どういう種類のものだろう。
教会の庭に出ると、参列者たちがやってきた。ステラは五人の女友達と、はしゃいだ様子でおしゃべりを始めた。ブライズメイドのメアリさんをはじめ、他の四人もそれぞれに華やかな、とはいってもそれほど派手ではない色合いのドレスに身を包み、若い娘特有の華やいだ空気を漂わせている。僕は彼女たちに軽く挨拶をしてから、ベストマンを務めてくれたロビンのところへ行った。
ロビンは首が隠れるくらいの長さの見事なマッシュルームカットに、シルバーグレイのタキシード。白いシャツと蝶ネクタイ、黒のベストといういでたちだ。なんだか僕の知っているロビンとはまるで別人のような、もしくは学生時代に戻ってしまったような、奇妙な印象だった。ロブも白のネクタイと明るいグレーのフォーマルスーツに身を固め、来てくれていた。でも、ロブのスーツ姿はあまり違和感がない。
「おめでとう、ジャスティン」
「おめでとう。良かったな」
二人はそう祝福してくれ、
「ありがとう、本当に」
僕は二人の手をとった。
「良かったよ、二人だけでも来てくれて。二人の顔を見ると、本当にほっとするよ」
「二人だけ、じゃないよ!」
いきなりそばで声がして、僕は振り向いた。そういえば彼──式の時もローリングス家の席の端にいたのに気づいたけれど、誰だろう。はっきり言って、不思議に思っていたのだった。首筋あたりまでの茶色い髪、細い銀縁眼鏡をかけ、MIT――マサチューセッツ工科大学のエンブレムの入った紺のブレザーを着て、白いシャツに赤いアスコットタイ、グレーに赤いチェックのズボンをはいた、一見非常にかわいらしい女の子のようにも見える、まだ若い──明らかに僕よりも若いその子は。
「おめでと、ジャスティン!」
そう言ったその声で、僕ははっきりわかった。
「おまえ……ひょっとしたら、エアリィか!」
僕は仰天しながら叫んだ。そうだ、眼鏡をかけているし、髪の毛の感じが違うので、気がつかなかった。が、この声は間違いようがない。それにその顔立ちや眼は、紛れもなく彼のものだ。
「そう。わかった?」
「おまえ……どうしたんだよ、その格好。その髪は?」
「これ? カツラなんだ」
エアリィは眼鏡をとり、笑った。「やっぱ僕まで髪切ったらまずいのかもしれないけど、ジャスティンが結婚式の時どんな顔するのかなって、見てみたくて、こんなカッコしてみたんだ。これなら髪切らないでも、行けるから。それで茶色のこの長さのウィッグ、通販で買って……おととい来たんだよ。間に合ってよかった」
「そうか。ウィッグなんだ。そういう手もあったんだな」
手を触れてみると、ふわっという妙なクッションを感じた。
「ちょっと! 触るな! 地髪まとめるのに苦労したんだから! ズレるから、やめて!」
「ごめん!」僕は思わず笑った。
「でもなあ、ぱっと見には、ぜんぜんわからなかったよ、そんな格好をすると。おまえはやっぱり金髪のイメージが強いしな。そのブレザーは?」
「継兄さんのなんだ。大学時代に着てたやつが小さくなって、うちにおいてあったんで、ちょっと拝借したんだよ。で、ついでに眼鏡もかけてみよって思って、継兄さんの古い眼鏡かけてみたけど……今より度は緩いはずなんだけど、ちょっとくらくらしたな」
「そりゃ、おまえみたいに視力二・〇以上ある奴が近視の眼鏡かけたら、くらくらするに決まってるだろうよ。よく転ばずに来られたな」
「なんとかね。町の風景が歪んで見えた。ダリの絵みたいな感じで。それで時々上にあげて、その間から見てたんだ。式の時には。でも、学生っぽく見えた?」
「見えたよ。なんだか、本当にMITの学生みたいだ。若すぎるけどな。ああ、おまえもそこへ行くはずだったんだよな。あの時プロにならなかったら」
「うん。まあ、審査があるから、百パーセントじゃないけど……たぶん行ってたと思う。だからさ、僕も一瞬妙な気分がしたんだ。おまえもロビンもそんな髪して……てか、ロビン、その髪やばいよ。ビートルズみたい。まさかそれもカツラじゃないよね?」
「地毛だよ。こんなカットにされちゃったんだ。だから、言わないでよ、エアリィ。僕も、すごく恥ずかしいんだ」
ロビンは頭に手をやって、苦笑する。
「トニーにお任せしたせいだな。もう一回カットしなおしてもらってこいよ。ツアー始まるまでに」僕も思わず笑った。
「トニーって、美容師さん?」
「そう。ロビンと僕の行きつけのね。あっ、その美容師が、おまえにも来てほしいなんて言ってたぞ、エアリィ」
「えー、変な髪形にされると困るから、遠慮しとく」
彼は笑って、肩をすくめていた。「でもまあ、それはともかくさ……なんか、妙な気がしたんだ、さっきは。パラレルワールドに迷い込んだみたいな。あの時、結局プロになんなくて、ジャスティンとロビンはトロント大学へ行って、僕はボストンでMITに行っているような。それでジャスティンとステラさんが学生なのに出来ちゃった結婚をすることになって、僕も昔のよしみで見に来た、そんな感じがして」
「ああ、そうだな。あの時、別の道を選んでいたら、そんな形で顔を合わせたのかもな」
僕もある種の感慨にとらわれた。もう決して引き返せない運命の分岐、あったかもしれない、もう一つの現在。
「けどさ、前に座ってるロブの姿見たら、ああ、やっぱり今の僕らは違うんだなぁって、現実に戻った気がしたよ」
エアリィはちょっと笑う。僕も苦笑しているロブを見て、同じ思いを感じた。そう、一時的に外見が変わろうと、僕らの現実は変わらない。取らなかった道は、幻でしかない。現実ではなく、あったかもしれない可能性というだけだ。
「ともかく、来てくれてありがとう、三人とも。僕も本当にうれしいよ。やっと完全な結婚式が出来た。いや、ジョージとミックもいたら、もっと最高だけれど」
僕は手を伸ばし、二人の友の手を取った。
「披露パーティが三時からあるんだよ。できたら、そっちにも来てくれないか」
「うーん、行きたいけど、僕はパス。また今日も、ロブが仕事入れてくれちゃったから。四時までにテレビ局行かなきゃなんないんだ」
「それまでには元に戻れよ、エアリィ。そのままで行かれたら、困るぞ。まったく、おまえがそんな格好で来るとはな。僕も驚いたよ」ロブは苦笑している。
「あ、着替え持ってきてなかった」
「おい。取材ならともかく、テレビに出るんだぞ。そんなアイヴィーリーグの学生みたいな格好では困る。一回帰って、着替えないとな。車で来たのか?」
「いや、停めるとこないと困るから、バス使ったよ。見られたけど、声はかけられなかったから、バレてなかったみたいだし、なんか楽しかったな。視界はゆがんでたけど」
「まあ、そうだろうな。僕もわからなかったくらいだ。ともかく、それなら家まで送って行こう。今、車を出すから。待っているから、着替えたらそのまま直行だな。ミックにも連絡しておこう」
「でも、ロブはそのままで行くの? 着替える暇ある?」
「僕はこのままでも良いだろう。僕がテレビに出るわけじゃないからな」
ロブは苦笑し、ついで僕に向き直った。
「そういうわけだ。六時からTVの公開収録があってね。そこにゲストで行くんだ。リハや打ち合わせがあるから、四時から入らないといけない。今回はジャスティンのかわりにミックが一緒だ。それが七時に終わったあとは、夕食をはさんで、八時半から十時まで、取材が三件入っている。ということで、僕もそっちに行くんだ。悪いな、ジャスティン。着替えの時間もあるから、もう行かないと」
「仕事なのか。そうか。残念だな」
あいかわらずの二人のやり取りに苦笑しながらも、そう言わずにはいられなかった。ロビンもがっかりしたような顔だ。
「ロビン、おまえだけでも来いよ。ああ、でもやっぱり、一人じゃいやか?」
「う……ん。悪いけれど、遠慮したいな。君は花婿なんだから、僕が独占するわけにはいかないし、そうすると話す人もいなくなってしまうもの」
「母さんや、ジョー兄さんやジョアンナ姉さん、それにジョイスもいるぞ。おまえ、知っているだろう?」
「でも、小母さんたちは小母さんたちで忙しいでしょう。それに僕、やっぱり知らない人の多いパーティって苦手なんだ。ごめんね。僕は君の結婚式でベストマンが出来たことだけで、充分だよ」
「そうか。しかたがないな。今日は来てくれて、どうもありがとう。ロビン、エアリィ、それにロブ。うれしかったよ」
僕は手を差し出し、彼らと順に握手していった。
「おめでとう、ジャスティン!」
「幸せにね!」
「がんばれよ!」
そんな仲間たちの祝福が、何よりもうれしい。
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