妖魔界

25 トゥーリナがリトゥナをお仕置き3

 リトゥナはどきどきしながら、お父さんの仕事部屋の前に立っていた。お父さんから叱られたことはないけれど、お母さんやターランさんを怒るから、怖い顔なら知っている。自分がその顔で見られるなんて…。でも、お母さんに一人で大丈夫と言ったし、リトゥナにだってプライドはある。『僕だって男の子だもん。お父さんにいい子にしてもらおう!』震える手を戸にかけて開けました。その途端。

「ノックしなさい!」

 ターランの鋭い声がリトゥナを打ち、彼は縮み上がった。

「ごめんなさい!」

「今仕事中だよ!何の用なのさっ。」

「ぼ・僕、悪いことしちゃって…。」

 リトゥナがターランに怯えながら答えていると、それまで書類を読んでいたトゥーリナが顔を上げた。

「リトゥナ、こっちへ来い。」

「はい!」

 二人のやり取りを見たターランが、口を挟もうとする。

「あのね、僕が叱ってるのに邪魔しないでよ。」

「お前は黙ってろ。俺がこいつの父親だ。」

 ターランは吃驚した。でも、前にトゥーリナが父親になろうと決心したのを思い出した。

「…そうだね。じゃ、僕は出てるよ。念の為に外で聞いてるからね。」

「ん?…ああ。」

 今の言葉は、リトゥナをお仕置きしすぎてしまうのをトゥーリナがとても心配しているので、もしもの時は止めてあげるよという意味だと気づいた。その言葉にトゥーリナは嬉しくなった。「悪いな。」

 ターランはにこっと微笑んだ。君は大丈夫だよと言いたげだった。彼は部屋を出て行った。戸が閉められてから、トゥーリナはリトゥナに向き合った。

「で、何をしたんだ?」

「皆で悪戯を沢山したの。」

 もじもじしながらリトゥナは答えた。ちらっとお父さんの手を見た。いつもは優しく撫でてくれるその手がとても怖いものに思えてきた。

「…皆って誰だ?」

 当惑したような顔で訊くお父さんに、リトゥナは我に返って答える。

「お父さんの部下の人の子供。僕のお友達なの。」

 『俺は普段のリトゥナを何も知らないんだな。』トゥーリナは落ち込んだ。しかし、今はそんな場合ではない。

「沢山って何したんだ?」

「えっと、女の子を泣かせて、追っかけて来た人を落とし穴に落として、上からゴミかけて…。」

「…まだあるのか?」

「はい。あのね、全部が全部僕じゃないの。皆で色々したから沢山だけど、一人一人は少ないと思う。」

「そうか、それで。」

「ゴミで汚くなったから、水かけて、落とし穴に蓋して、飽きたから違うとこに行こうとしたら、他の人につかまったの。」

「…それ、面白かったか…?」

 リトゥナは大人しい子だからちょっとしたことだろうと思っていたのに、あまりに凄くてトゥーリナは半ば呆然としていた。

「とっても!」

「子供らしいっちゃ子供らしいけどな…。」

 目を輝かせて言うリトゥナに、トゥーリナは大きなため息をついた。

「そうなの?」

「けど、やり過ぎだぞ!穴に落とした上に、ゴミと水かけて蓋をしただとぉ?怪我してたらどうすんだ?上から蓋が出来る程深い穴なんて、落ちたら酷い怪我するかもって想像つかなかったのか?落ちてたのが女の子だったら?…そういえば、お前、最初に女の子泣かせたって言ったな!男は女を守るもんなんだぞっ。それをっ…!」

 お説教で、ぼろぼろ泣き出したリトゥナを睨みつけると、トゥーリナは息子を膝に抱え込んだ。「最初は甘くしようと思ったが、とても出来ないな!痣つけてやるから覚悟しろ!」

 トゥーリナは脅しながら、リトゥナのズボンとパンツを何とか苦労して下ろした。まだ膝に乗せたまま下着を下ろすのに慣れていない。

 びしっ、びしっ、ばしっ。百合恵を叩くよりは少し弱い力で叩き出した。びしっ、ばしっ、ばしんっ、ばしんっ。

「あーんっ、ごめんなさあいっ。痛いよぉっ。」

「痛くて当然だ、この馬鹿息子っ。お前がそんな最低野郎だなんて思わなかったぞ。お前を信じてたのに。」

 リトゥナはびくっと震えた。

「ごめんなさいっ。嫌いにならないでっ。もう絶対しないからっ。」

「何だとぉ?俺に嫌われなきゃ、女泣かせていいのか?」

「そ・そんなことないですっ。もう絶対しません。お父さん、ごめんなさいっ。」

 びしっ、びしっ、とお尻を叩きながら、トゥーリナは怯えて泣いている息子を見た。それで少し落ち着いてきた。子供を叱る時、親は落ち着きましょうと書いていた躾の本を思い出した。今はもうリトゥナは反省しているので、怒ったまま叩き続けるのは良くないだろう。

「俺がお前を嫌いにならなくても、女の子を泣かせたりしないとちゃんと言えるか?」

「あい。」

「よし。一端終わりだ。」

 トゥーリナはリトゥナを抱き起こしました。お尻はまだ桃色です。リトゥナは戸惑いました。もっと沢山ぶたれると思ったのに。

 

 『もう終わらせちゃうの?音からするとそんなに赤くなってないと思うけど。甘いな、トゥーは。初心者だからかなあ…。』扉の外で聞いていたターランはまるで何人もの子供を育てた父親みたいに考えていた。ターランだって、お尻を叩かれた経験は少ないのに。彼はトゥーリナに比べれば普通の家庭も知ってるが…。

 

「さ、あっちへ行って立ってろ。」

「はい…ぐす。」

 『なーんだ、お父さんって怖くないや。』お尻叩きはターランくらいの痛さだったし、お説教は怖かったけど、これっぽっちで許してもらえるなら、何てことないとリトゥナは思った。ちっとも反省していなかった。ただ、お父さんが凄い怒りようだったので、女の子を苛めるのだけは止めようと決めた。

「…10分経ったな。リトゥナ、こっちへ来い。」

「はい、お父さん。」

 『10分で終わり…。良かった、お父さん怖くなくて。』ターランさんなら20分は許してくれない。しかも、少しでも動くと両方のお尻を一つずつぶたれてしまう。でも、お父さんは、リトゥナが立っている間、ただ仕事をしているだけで、動いても何も怒らなかった。リトゥナは、ちょっとだけお父さんを馬鹿にしながら側に立った。

「お前、さっき言ってた悪戯の中でどれをやったんだ?」

「うんとね、落とし穴を掘ったのと、水をかけたの。汚いから可哀想だと思ったんだよ。」

「そうか。」

「どうしてそんなこ…あっ。」

 と訊くの?と訊こうとしたリトゥナの視界が回わる。また、お父さんの膝にうつぶせにされた。

「さっき30叩いた。次は15な。その次は25だ。」

「え?え?」

 お父さんが何を言っているのか分からなくて、リトゥナは混乱した。

「まさかあれだけで終わりだと思っていたのか?」

「えっ、だって…。」

「“一端終わりだ”って言った筈だぞ?」

「あっ。」

 確かにお父さんはそう言った。「で・でも…。」

「15回叩いたらまたコーナータイムで、今度は6分くらいでいいかな。」

「どういうこと?」

 やっぱりリトゥナは意味が分からなかった。

「最初のは女の子を苛めた罰。苛めてなかったとしても、見てて止めなかったんだろうから、同罪だ。今叩くのが、落とし穴を掘った罰。次は水をかけた罰だ。…じゃ、いくぞ。」

 ぱしっ、ぱしっ。音はさっきより小さいが、同じ痛さのような気がした。30回が効いているのだろうか。

「ごめんなさあいっ。あんっ、痛いっ。」

「そんなに強く叩いていないぞ。」

 ぱしっ、ぱしっ、ぱんっ。トゥーリナはリトゥナのお尻を叩きながら、恐れていた気持ちにならなくてほっとしていた。リトゥナを叱っているうちに、何をしているか分からなくなって酷い目に合わせてしまうのでは…と思っていたのだ。虐待を受けた人が加害者になる時はそうだと本で読んだから。でも、何ともない。『俺はリトゥナを傷つけない。』リトゥナへの愛が勝ったので、トゥーリナは嬉しかった。

 ぱんっ、ぱしっ。考えながらも冷静に数を数えていた。

「ごめんなさあああいぃぃぃ。」

「後2回。」

 少し強く、ぱんっ、ぱんっ。「よし、ほら、コーナータイムだ。」

 膝からリトゥナの体を抱き起こすとトゥーリナは言った。

「お父さん、もう許してぇっ。」

 しがみついてくる小さな体。トゥーリナは愛しさで一杯になった。

「お前の作った穴に落とされて、水をかけられた人はどう思ったんだろうな。」

「…。」

「きっと辛かったと思う。今のお前も辛いけど、悪さをしたんだから、罰は必要なんだ。分かるな?」

「…はい、お父さん…。」

 お尻を撫でながら部屋の隅へ向かうリトゥナをトゥーリナは微笑ましく思った。『ちゃんと分かった。俺の息子は良い子に育ってる。』

 

 『また叩いたんだ…。休みを入れながら叩く気なのかな…トゥーは。子供だから、一気にわーっと叩いちゃうのは可哀想だと思ったのかもね。』お尻を叩く音しか聞こえないので、ターランはそう判断した。『でも、上手くやってるみたいだね。俺の心配は必要なさそう。ま、トゥーは虐待なんてするわけないって思ってたけどさ。』誰に自慢してるのか、ターランは一人悦に入っていた。

 

「ん、6分経ったな。後は25回で、うーん、…よし、8分にするか。」

「…はい。」

 返事をしたものの、リトゥナは動かない。

「…どうした、リトゥナ?こっちへ来いよ。」

 リトゥナの瞳に涙が溢れてきた。

「もうぶたないで…。」

 それを聞いたトゥーリナは立ち上がるとリトゥナの側へやってきた。リトゥナはお父さんが怒ったのだと思って、体を小さくする。怖くて逃げられない。すぐ側に立ったお父さんが手を伸ばしてきて、リトゥナは思わず目を閉じ、体を固くした。とても幼かった頃の拳で殴られた記憶が甦った。

 その態度に、トゥーリナは胸がずきんと痛んだ。

「そんなに怯えるなよ…。俺はただ、さっきちゃんと納得したのにそんなことを言うから、もう一度話をしようと思っただけなんだ…。…なあ?」

 トゥーリナはリトゥナを優しく抱いて撫でた。「そんなに俺が怖いか?俺が側に寄るのも嫌か?」

「違うの…僕、ただ、我が侭言っちゃったから、うんと怒られると思っただけなの…。お父さん、ごめんなさい…。僕、お父さんが大好きだから、そんな顔しないで…。」

 リトゥナはお父さんの頬にキスした。トゥーリナは嬉しくなって微笑んだ。そして、傷つきやすい弱い心が恥ずかしくなった。『こんなんだから、親父にガキだって馬鹿にされるんだ…。息子にまで心配させるなんて情けねえな…。』

「大丈夫、何ともない。ちょっと今、弱くなってるみたいだな。初めてお前を叩いてるから、敏感なのかもな。お前に酷くしちまうんじゃないかって怯えて…。でも、もう大丈夫だ。」

 トゥーリナは照れくさくなって笑いながら、軽く言った。「そうそう、お前は?」

「ちゃんと最後までお仕置き受ける。僕が悪いんだもん。」

「そうか。良い子だ。」

「…お父さん、あのね。」

「ん?」

「後で、僕が酷くした人に謝りに行くの、ついて来て。」

「ああ、いいぞ。ちゃんとごめんなさい出来るか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと良い子になるの。」

 トゥーリナはまた微笑んだ。『大丈夫、俺はもう二度とこいつを傷つけない。』トゥーリナは確信した。

「じゃ、最後の25回、行くぞ。」

 トゥーリナはリトゥナを膝に乗せました。「これで最後だから、ちゃんと我慢するんだ。」

「はい。」

 ぱんっ、ぱんっ…。トゥーリナは3回目のお尻叩きを始めた。

 

 『トゥーリナったら何回叩くんだろ…?』ターランは顔をしかめた。『止めに行った方が…うーん、でも、酷くしているような音でもないんだよね…。リトゥナの泣き声だって痛がってるだけで、あれなら、俺が叩く時の方が五月蝿いし…。…もうちょっと様子を見ようっと。』

 

 可愛い息子のお尻はだいぶ真っ赤になってきた。もう50回は叩いているので仕方ないのだが、叩き過ぎだったかなあと思いはじめた。でも、リトゥナに我慢しろと言っておいて、決めたことをころころ変えては威厳がない。トゥーリナは最後まできちんと叩こうと思い直す。

 ぱんっ、ぱしっ、ぱしっ、ぱんっ。強弱をつけてみたり、速さを変えたりと実験をしているうちに、25回は終わった。

「よし、これで全部終わりだ。」

 リトゥナを抱き起こして、立たせた。

「ごめんなさい、もうしません。」

「分かればいいんだ。さ、コーナータイムだぞ。」

 お尻を撫でながら歩いて行く息子をトゥーリナは見ていた。叩き過ぎたかもしれないと後悔はあったが、無事に終わってほっとしていた。

 コーナータイムが終わった後、リトゥナが抱きついてきた。トゥーリナは、しっかりと抱いてやった。暫く無言で抱いたままにしていた。

「謝りに行く元気が出たか?」

「うん。」

 うんと言ってしまい、リトゥナははっとする。

「そうか。じゃ、行くぞ。」

 トゥーリナが全く気にしていないので、リトゥナはほっとした。二人が部屋を出ると、ターランが声をかけてきた。

「何処へ行くのさ?」

「こいつが謝りに行くのについていく。そんなにかからないから、その間、俺が片付けた仕事を見てくれ。」

「うん、分かった。でも、すぐに帰って来てよ。仕事途中なんだから。」

「ああ。」

 トゥーリナは、リトゥナを軽く抱きながら歩いて行く。

 男性の部屋に着いた。トゥーリナがノックして、先に中へ入った。リトゥナは中に入ると戸を閉めた。男性とその妻が吃驚した顔をしている。

「トゥーリナ様!どうしたんですかっ!?」

 トゥーリナは顔をしかめた。落とし穴に落とされた男性は足に包帯を巻いていた。

「馬鹿息子の所為で怪我したのか…?」

「え?…ああ、これですか?」

 男性は足首を見ながら、続けた。「いえ、大したことないすよ。これが念の為に巻いとけって五月蝿いんで…。」

 これと呼ばれた奥さんは、トゥーリナを恐れたような目で見ていた。偉い人相手だから仕方ないのだけれど、トゥーリナは少し面白くなかった。でも、今は叱るのが肝心と思い直した。

「ほら見ろ、怪我してた!もう馬鹿な真似するんじゃないぞ!」

「はい!」

 リトゥナは、急に怒り出したお父さんの声に吃驚して飛び上がった。それから、慌てて怪我をしてしまった男性に謝る。「もう、あんな馬鹿なことしません。ごめんなさい。」

「いや、いや、リトゥナ様、勿体無いお言葉ですよ。ほんと大したことねえんすから。」

 丁寧な言葉遣いに慣れていないらしい男性は、吃驚しながら言った。

「許して貰えて良かったな、リトゥナ。」

「はい…。」

「本当に悪かった。」

 トゥーリナは妖魔界式の丁寧な礼をし、リトゥナは深々と頭を下げた。次は女の子の部屋だ。

 女の子の所でもトゥーリナとリトゥナはしっかりと謝ってきた。リトゥナにもう二度としないようにと念を押した後、トゥーリナは仕事部屋へ戻った。ちゃんと叱れたし、その後始末もきちんと出来た。トゥーリナに父親としての自信がついた。

 

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