妖魔界

17 フェルの娘ケルフィー

「あ、ケルフィーちゃん、どこ行くの?僕も一緒に行こうかな。」

 ケルフィーが玄関の戸に手をかけると、父親のフェルがくっついてきた。ちょっと前に、恒例になってきた追いかけっこをした後だった。エッセルに散々お尻をぶたれてカタエルの膝で泣いていたのに。

「一人で行きたいんだけど。」

 ケルフィーは、結婚できる年齢になったフェルの二女だ。

「ええーっ。一緒にお父さんと遊んでくれないなんて、悪い子だよー。」

「じゃあ、お尻をぶって。それで許して下さい。一人で行きたいの。」

「分かったー。木登りするんでしょ。スカート破っちゃ駄目だよぉ。カタエルが怒るよ。」

 フェルが笑いながら言うと、エッセルが、

「お前が怒れ。女の子が木登りをするのに何で、笑っていられるんだ。」

「えー、だってさ、僕は男の子が欲しいんだよね。ケルフィーちゃんは、男の子みたいだから…。」

 父の声を背にケルフィーは、家を出た。

 

 枝の上からの風景はとても美しかった。村が小さく見えた。ここは、村の裏山。彼女が登っている木は、1番大きな木だ。ケルフィーのお気に入りの木である。

 急にこの村へ連れてこられたのは、子供の頃だった。畑仕事をさせられると分かった時、文句を言った。でも、大人になった今は、ただ1つだけの事以外を除いては特に不満はない。

「ケルフィー。一緒にお話しようよー。」

 この村に満足できないただ1つの原因がやってきた。狸のカラシュだ。怖いのを我慢して、木を登ってきた。

「ね、お話しよう。僕ね、…あ、お・落ちるっ。うああああー。」

 どすんっ。カラシュは小さい頃、あんまり外で駆け回ったりする子供ではなかったと言っていた。家でおとなしく遊んでいるのが好きだったと。それなのに、毎日、ケルフィーと話す為、木登りしている。

「痛いなあ。またやっちゃった。もう、お尻が痣だらけだよ。昨日、お父さんにお尻をぶたれる時、怒られた。“また落ちたのか。それでも男か。情けない奴だ。”って。お仕置きが多くなったよ。」

 カラシュは不器用な自分を隠そうとしない。畑仕事は下手でのろく、いつも叱られていた。

 ケルフィーは、カラシュの言葉を無視していた。話をして、仲良くなったら、この人が夫になってしまう。

 この村は女の子が少なかったので、フェルの娘達は、村人達に喜ばれた。しかし、ケルフィーはうんざりしていた。自分は、子供を産む道具ではない。それに、夫から、子供のようにお尻を叩かれるというのが嫌だった。

 ケルフィーは、ザンの城で、リトゥナとともに大きくなった。ザンの女性差別をなくすという夢や、百合恵の妖怪の夫婦は変だという言葉は彼女に影響を与えていた。他の女の子達はそうは思わなかったのに。

「何回も言っているけど、わたしはあなたと付き合う気はないの。もう、話しかけないで。…勘違いして欲しくないから言うけど、わたしは、誰とも結婚するつもりがないわ。あなただからって訳じゃない。」

 付き合ったら、夫になる。その決まりは、女の子を慎重にさせる。一生を共にする相手だ。妖魔界には離婚がない。

 カラシュは、村では大切な畑仕事が下手だ。ほぼ自給自足の生活をしている村でそれは致命的だ。そのせいか、今までの心に決めた女の子は、誰も彼を選んでくれなかった。

 彼女はその事を言っていた。カラシュを傷つけても仕方がないからだ。

 ケルフィーは、第一者ザンの部下だったこの村の出世頭のフェルの娘である。村の人達にとっては、雲の上のような身分の女の子だ。だから、婚期を迎えてからは、村の男の子達の間で、喧嘩になりそうだった。ケルフィーがお転婆な女の子だから、そう大勢ではなかったけれど。

 カラシュがケルフィーと話すのを他の男の子が認めた理由は、カラシュが一番年上であった事と、彼が女の子達からあまり好かれていないからだった。

「気を使ってくれてありがと。でもそんな深刻に考えないで、お友達になろうよ。僕だって、結婚してくれるとは思ってないよ。お話ができる友達が欲しいだけなんだよ。」

 ケルフィーは木を降りてきた。カラシュの全てを包み込むような顔を見た。優しい顔だ。

「降りてきてくれて、ありがとう。お喋りしてくれるんだよね。嬉しいな。」

「いつまでも木の上にいると、お祖父さんにお尻を鞭でぶたれるから降りただけ。」

「いいよ、なんでも。僕の側にいてくれるだけで。」

 カラシュは微笑んで、一人で話をはじめた。ケルフィーが口をきくと、凄く嬉しそうに彼は答える。ケルフィーは彼が嫌いではない。ただ結婚が嫌なだけだ。異性の友達は恋人。恋人は夫という決まりさえなかったら、自分と話をしたがっている男の子達とだって口をきいていい。記憶にあるお城の話をしてあげたいくらいだ。

 カラシュに素っ気無い返事をするのもそのせいだ。カラシュはいい人だ。『いけないわ。この人に惹かれはじめてる。』

 ケルフィーは立ち上がった。カラシュが驚いたが、無視して歩き始めた。

 

「ケルフィー、お尻を出して。お仕置きしてあげるから。」

 家に入るなり、父が言った。「カラシュに対して悪い子だったし、ほんとに、木に登っちゃったもの。いっぱいお仕置きしてあげるね。…さ、お尻を出しなさい。」

 父が自分達を見ていたのは知らなかった。少し驚いたが、ケルフィーは、父について奥に行った。寝室で二人きりになると、ケルフィーはスカートの中に手を入れ、パンツを下ろした。ベッドに座っている父の膝の上にうつぶせになる。フェルは、スカートを捲くると、ケルフィーの背中に手を回し、体を押さえた。手を振り上げる。

「はい、ひとーつ。」

 ぱしっ。ケルフィーのお尻に手の跡がくっきりとついた。

「わたし、結婚なんかしたくないの!お父さんみたいに、理不尽なお仕置きをする夫なんて要らない。だから、誰とも仲良くなんかならないわ。ぶたれる理由なんかないもん。」

 ぱしっ、ぱしっ。お尻が赤くなってきた。

「なーな。…あのねぇ、僕がカタエルにしている事は、普通と違うの。お祖父ちゃんが、お祖母ちゃんをぶつ時は普通でしょ。なんにもしていないのに、お尻ぶったりしないでしょ。人のせいにしたら駄目だよ。」

 ばしばし。フェルは少し強く叩き始める。娘の言葉が少し頭に来たのだ。「それに木登りは悪い事だよ。十分にお仕置きの理由になる。ケルフィー、君は悪い事ばっかり言ってるから、お尻が真っ赤になるまで、ぶってあげようかな。」

 

「ひどい旦那さんなんだ。フェルさんて。優しくて、凄い人だと思っていたのに。なんにもしていないお母さんをぶつの。」

 カラシュは、ケルフィーに言った。裏山だった。お仕置きが済んだケルフィーがまたここに来たら、カラシュがいた。

「そうよ。お父さんはそういう人なの。…カラシュは、お父さんと何もかも似てるわ。話し方も優しい所も。カラシュも嫌な人なんだわ。お父さんみたいに。」

「どうかな。自分の事は分かんないよ。だって、自分が思っている性格と、人が言う自分が違うもの。僕に分かるのは、僕がもし、ケルフィーと結婚できたら、やっぱり、ケルフィーの可愛いお尻をぶつと思うって事だけ。きっと、ケルフィーはおいたをしちゃうし、おいたした子のお尻はぶたなきゃいけないから。でも僕、ケルフィーに痛い思いをさせなきゃいけないのが辛くて、悲しくなると思うな。」

 カラシュはケルフィーの背中を撫でた。『ケルフィー、いっぱい傷ついている。可哀相だよ。でも、僕はどうすればいいのか分からない。』

 ただ撫でてあげる事しか出来なかった。

 

「それで良かったと思いますよ。下手な事より、自分が出来る事をするしかないのです。多分それが、一番の癒しですよ。」

 しょんぼりしたカラシュの言葉を聞いて、鳥の神父は優しく答えた。村の長的役割の他に子供の勉強やこういった悩み相談も受ける。神父は結構大変なのだ。

「ありがとうございます。神父様。」

 教会を出て、カラシュはため息をついた。ケルフィーに嫌われたと思い、落ち込んでいた。

 

 数日後。カラシュは、いつもの裏山を登っていた。ここ数日は、来ないようにしていたが、我慢できなくなって、来てしまった。

「もう来てくれないのかと思っていたわ。来てくれて嬉しい。わたし、ずっと謝りたかったの。ひどい事を言っちゃったもの。ずっと長い間、冷たくしていたし。」

 ケルフィーは、カラシュの顔を見ると微笑んだ。今日は、木の上にいなかった。

「出迎えてくれたのは、初めてだね。そう言ってくれるのなら、我慢しないですぐ来れば良かったよ。」

 カラシュも微笑む。変な事を言ってしまったと落ち込んでいた気持ちが吹っ飛ぶ。

「わたしね、カラシュ。わたし、あなたとお付き合いしたいと思うの。前にあなたは言ったわ。“ケルフィーに痛い思いをさせなきゃいけないのが辛くて、悲しくなると思うな。”って。あれで、心を決めたの。あなたとなら、上手くやっていけるって。」

「ほ・本当!?僕と結婚してくれるの?僕の奥さんになってくれるの?…夢みたいだよ!!」

 

 何年も経ったある日。ケルフィーとカラシュの新居。

「ケルフィー、野菜はきちんとまとめなさいって言ったでしょ。お城にあげるのと、うちで食べるのと分けとかないと、後で困るんだよ。何回も教えたのに…。こっちにおいで。お尻に教える事にするから。」

 カラシュは、ケルフィーの裸のお尻を叩き始めた。ぴしゃん。ぱしん。ぴしゃん。ぴしゃん。

「ごめんなさい。すっかり忘れていたわ。…あん。痛い。ごめんなさーい。」

「今度はちゃんとできるよね。」

「はい。今度から、きちんとします。痛い。ごめんなさい。あん。許して。出来ます〜。」

 カラシュは、叩くのを止めた。そして、妻のお尻をなぜた。

「僕がお尻を叩きたくないのは知ってるでしょ。いい子にしてくれないと困るよ。こんなに、お尻が赤くなっちゃった。」

「ごめんなさい。わたしが悪い子のせいであなたに嫌な思いをさせてしまって…。」

 ケルフィーはカラシュの胸に頭をもたせかけた。今、彼女は幸せだ。

「僕、そんなに怒っていないからね。」

 カラシュは慌てて言った。

 

「ねぇ、カタエル〜。ケルフィーちゃんが結婚して、息子の代わりがいなくなっちゃったから、子供作ろうよー。」

「駄目よ。おっぱいをあげなきゃいけない赤ちゃんがいるのよ。ただでさえ、子供が多すぎるって言われているでしょ。また、お父さんに怒られるわよ。」

「お父さんなんか怖くないよ。鞭を使うことも出来ないんだ。鞭が腰につけるアクセサリーになってるんだから。」

 逆らうとお尻を叩かれるので、大人しくするしかないカタエルにフェルはのしかかる。

「あ…。フェル…。…あ。」

 カタエルの声の調子が変わったのに気付かないフェルは、妻の服を脱がそうとした。

「そうか。じゃあ、今日は遠慮なく鞭を使うか。ガキに馬鹿にされる親父じゃ情けねぇからな。」

 フェルが、がばっと起きあがる。そして、そのまま玄関に向かって走り出した。

「こら、フェル!てめぇ待ちやがれ!親父を馬鹿にしやがって。望み通りたっぷり尻に鞭をくれてやるから、覚悟しろ!」

 エッセルは息子の後を追い、家を飛び出した。

「あれは冗談だよー。ごめんなさーい、お父さん。」

「絶対に許さねえぞ!尻を鞭の跡だらけにしてやるからな。」

 追いかけっこが始まった。村は今日も平和である。

 

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